61 / 73
第3部_「右手に剣を。左手に血を」
第48話:沈黙の誓い
しおりを挟む
レティの葬儀は、王都の外れにある小さな墓地で、ひっそりと行われた。 参列者は少なかった。彼女の両親と、近所の常連客たち。そして、ミトスとアルベルトだけだ。
国を救った英雄の妻の葬儀としては、あまりにも質素だった。 だが、それはアルベルトの強い希望だった。 国旗も、勲章も、弔砲もいらない。 彼女は「英雄の妻」として死んだのではない。ただの「レティ」として、俺の帰りを待ちわびて眠りについたのだから。
墓石の前で、アルベルトはずっと立ち尽くしていた。 涙は枯れ果てていた。 あるのは、胸に空いた巨大な風穴と、後悔だけだった。
「……アルベルト」
式が終わり、誰もいなくなった墓地で、ミトスが声をかけた。 彼女の目は赤く腫れていたが、その表情は憑き物が落ちたように静かだった。
「あの子から、貴方への伝言を預かっているわ」
アルベルトの肩が、ピクリと震えた。 彼は恐ろしかった。 彼女が最期に何を思ったのか。恨み言か、嘆きか。 「どうして帰ってきてくれなかったの」と責められるのが、怖かった。
「……あの子は、言っていたわ」
ミトスは、固く拳を握りしめ、喉まで出かかった「真実」を飲み込んだ。
――『死にたくない』
――『アルさんに会いたい』
――『怖いよ、寂しいよ』
言ってはいけない。伝えてはいけない真実を心の奥底に沈める。もう破ることすらできない亡き友との約束を守るために。
「『幸せでした』って」
ミトスは、精一杯の穏やかな声で告げた。
「『ごめんなさいは無しよ』。『貴方のおかげで、私の人生は最高に輝いていました』……そう言って、笑って逝ったわ」
嘘だ。 半分は本当で、半分は残酷な嘘だ。 彼女は笑ってなどいなかった。涙で顔をぐしゃぐしゃにして、震えながら逝ったのだ。 けれど、ミトスはこの嘘を突き通した。 アルベルトを生かすために。彼を「妻を絶望の中で死なせた男」にしないために。
「……そうか」
アルベルトは、崩れ落ちるように墓石に額を押し当てた。
「……馬鹿な奴だ。俺なんかのために……最後まで……」
嗚咽が漏れる。 彼は、レティの最後の優しさに救われ、そして同時に、その優しさに一生縛られることになった。 俺は、こんなに愛されていたのに。彼女の期待に応えられなかった。 その罪悪感が、彼を永遠に「英雄」の座から引きずり下ろした。
数日後。 アルベルトは、騎士団長の職を辞した。 王の慰留も、国民の嘆願も、すべて無視した。 彼は剣を置き、功績のすべてを放棄し、王都を去ることに決めた。
「……行くのね」
城門の出口で、ミトスが見送りに来ていた。 アルベルトの荷物は少ない。背中の鞄と、首に巻かれた赤いチェックのマフラーだけだ。 不揃いな編み目のそのマフラーだけが、今の彼に残された全てだった。
「ああ。……どこか静かな場所で、何も持たずに。」
「そう」
ミトスは、引き止めなかった。 引き止める資格も、言葉も、もう持っていなかった。
「ミトス。……ありがとう」
アルベルトは、穏やかだが光のない瞳で彼女を見た。
「お前がいてくれてよかった。……お前のおかげで、俺は最期まで彼女の夫でいられた」
ミトスは、泣き笑いのような表情で首を横に振った。
「……よしてよ。私は、ただの彼女の友人よ」
最後まで、言えなかった。 『私が貴方を支える』とも、『行かないで』とも。 彼女は、レティとの秘密を抱えたまま、彼を見送ることを選んだ。 彼女にとっての最大の愛情はそれしか許さなかった。
アルベルトの背中が遠ざかっていく。 雪が舞う街道を、一人で歩いていく孤独な男。 ミトスは、その姿が見えなくなるまで、ずっと立ち尽くしていた。
国を救った英雄の妻の葬儀としては、あまりにも質素だった。 だが、それはアルベルトの強い希望だった。 国旗も、勲章も、弔砲もいらない。 彼女は「英雄の妻」として死んだのではない。ただの「レティ」として、俺の帰りを待ちわびて眠りについたのだから。
墓石の前で、アルベルトはずっと立ち尽くしていた。 涙は枯れ果てていた。 あるのは、胸に空いた巨大な風穴と、後悔だけだった。
「……アルベルト」
式が終わり、誰もいなくなった墓地で、ミトスが声をかけた。 彼女の目は赤く腫れていたが、その表情は憑き物が落ちたように静かだった。
「あの子から、貴方への伝言を預かっているわ」
アルベルトの肩が、ピクリと震えた。 彼は恐ろしかった。 彼女が最期に何を思ったのか。恨み言か、嘆きか。 「どうして帰ってきてくれなかったの」と責められるのが、怖かった。
「……あの子は、言っていたわ」
ミトスは、固く拳を握りしめ、喉まで出かかった「真実」を飲み込んだ。
――『死にたくない』
――『アルさんに会いたい』
――『怖いよ、寂しいよ』
言ってはいけない。伝えてはいけない真実を心の奥底に沈める。もう破ることすらできない亡き友との約束を守るために。
「『幸せでした』って」
ミトスは、精一杯の穏やかな声で告げた。
「『ごめんなさいは無しよ』。『貴方のおかげで、私の人生は最高に輝いていました』……そう言って、笑って逝ったわ」
嘘だ。 半分は本当で、半分は残酷な嘘だ。 彼女は笑ってなどいなかった。涙で顔をぐしゃぐしゃにして、震えながら逝ったのだ。 けれど、ミトスはこの嘘を突き通した。 アルベルトを生かすために。彼を「妻を絶望の中で死なせた男」にしないために。
「……そうか」
アルベルトは、崩れ落ちるように墓石に額を押し当てた。
「……馬鹿な奴だ。俺なんかのために……最後まで……」
嗚咽が漏れる。 彼は、レティの最後の優しさに救われ、そして同時に、その優しさに一生縛られることになった。 俺は、こんなに愛されていたのに。彼女の期待に応えられなかった。 その罪悪感が、彼を永遠に「英雄」の座から引きずり下ろした。
数日後。 アルベルトは、騎士団長の職を辞した。 王の慰留も、国民の嘆願も、すべて無視した。 彼は剣を置き、功績のすべてを放棄し、王都を去ることに決めた。
「……行くのね」
城門の出口で、ミトスが見送りに来ていた。 アルベルトの荷物は少ない。背中の鞄と、首に巻かれた赤いチェックのマフラーだけだ。 不揃いな編み目のそのマフラーだけが、今の彼に残された全てだった。
「ああ。……どこか静かな場所で、何も持たずに。」
「そう」
ミトスは、引き止めなかった。 引き止める資格も、言葉も、もう持っていなかった。
「ミトス。……ありがとう」
アルベルトは、穏やかだが光のない瞳で彼女を見た。
「お前がいてくれてよかった。……お前のおかげで、俺は最期まで彼女の夫でいられた」
ミトスは、泣き笑いのような表情で首を横に振った。
「……よしてよ。私は、ただの彼女の友人よ」
最後まで、言えなかった。 『私が貴方を支える』とも、『行かないで』とも。 彼女は、レティとの秘密を抱えたまま、彼を見送ることを選んだ。 彼女にとっての最大の愛情はそれしか許さなかった。
アルベルトの背中が遠ざかっていく。 雪が舞う街道を、一人で歩いていく孤独な男。 ミトスは、その姿が見えなくなるまで、ずっと立ち尽くしていた。
11
あなたにおすすめの小説
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
テイマーなのに獣人ばかりにモテすぎて困ってます!~彼女はまだツンデレ獣人に番認定されたことに気付いてない~
しましまにゃんこ
恋愛
リリアは、この春、アリシア王国で冒険者になったばかりのテイマーの女の子。早く冒険者として活動したいのに、まだ一匹もテイムすることができずに焦っている。
森に入れば触手に襲われ、街を歩けば獣人に襲われる無自覚天然ドジキャラのリリア。
そんなリリアを溺愛し、陰ながらこっそり見守る黒ヒョウ獣人のロルフは、いつもリリアに振り回されっぱなし。
実は二人の間にはある秘密が!?
剣と魔法、魔法道具が使えるファンタジーな世界で、テイマーとして活躍したい女の子と、好きなのに好きといえない獣人の男の子の、勘違い、溺愛、ジレジレ、時にヤンデレなドタバタ系ラブコメです!
『王女様は聖女様!?おてんば姫の冒険録~全属性の賢者、500年後に転生する!ペットのドラゴンが迷子なので冒険者になって探しにいきます!』と同じ世界です。今後「王女様~」のほうでも登場予定です。お楽しみに!
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
契約妹、はじめました!
和島逆
恋愛
「契約結婚、ですか?」
「いいえ。『契約妹』です」
そんな会話から始まった、平民の私と伯爵子息様とのおかしな雇用関係。
エリート魔導技士でもある彼の目的は、重度のシスコン兄を演じて自身の縁談を遠ざけること。報酬は魅力的で、孤児である私にとっては願ってもないオイシイ話!
そうして始まった伯爵家での『契約妹』生活は、思った以上に快適で。義父と義母にも気に入られ、雇用主である偽のお兄様までだんだん優しくなってきたような……?
このお仕事、どうやら悪くないようです。
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
【完結】死の4番隊隊長の花嫁候補に選ばれました~鈍感女は溺愛になかなか気付かない~
白井ライス
恋愛
時は血で血を洗う戦乱の世の中。
国の戦闘部隊“黒炎の龍”に入隊が叶わなかった主人公アイリーン・シュバイツァー。
幼馴染みで喧嘩仲間でもあったショーン・マクレイリーがかの有名な特効部隊でもある4番隊隊長に就任したことを知る。
いよいよ、隣国との戦争が間近に迫ったある日、アイリーンはショーンから決闘を申し込まれる。
これは脳筋女と恋に不器用な魔術師が結ばれるお話。
【完結】懸命に働いた結果、無実の罪で魔王への生贄にされた聖女。でも、その『氷華の魔王』様に溺愛され、誰よりも幸福な人生を手に入れました。
小平ニコ
恋愛
主人公マリエラは懸命に聖女の役割を果たしてきたのに、婚約者である王太子ウィルハルドは、お気に入りの宮女のデタラメを真に受けて婚約破棄。そしてマリエラを恐るべき『氷華の魔王』レオナールへの生贄にしてしまう。
だが、冷徹で残忍と噂されるレオナールは、マリエラに対して深い愛情と優しさを注ぎ、マリエラを侮辱したウィルハルドの顎を氷漬けにして黙らせ、衆目の前で大恥をかかせた。
そして、レオナールと共に魔王国グレスウェアに移り住むマリエラ。レオナールの居城での新しい生活は、甘く幸福なものだった。互いに『運命の相手』と認め合い、愛を育み、信頼を深めていくマリエラとレオナール。
しかしレオナールは、生まれついての絶大な魔力ゆえの呪いとして、長く生きられない体だった。ショックに打ちひしがれるマリエラ。だがある日、封印された禁術を使えば、自らの寿命が大幅に減るものの、レオナールに命を分けることができると知るのだった。
その頃、王太子ウィルハルドは自分に恥をかかせた魔王レオナールへの憎しみを滾らせ、魔王国の反王政派と結託してレオナールの暗殺を企てる。
しかしそれは、あまりにも愚かな選択だった。レオナールのマリエラに対する態度があまりにも優しかったから、ウィルハルドは彼を侮り、忘れていたのである。『氷華の魔王』が恐るべき存在であることを……
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】
かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。
名前も年齢も住んでた町も覚えてません。
ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。
プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。
小説家になろう様にも公開してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる