田舎の元騎士団長はどタイプメイドに振り回される

れおぽん

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第4部_「幸せな気持ちで、帰ってもいい」

第60話(最終話):ハッピーエンドのその先へ

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ノアの腕の中で「ただいま」と告げた直後、アルベルトの体から、文字通り全ての力が抜け落ちた。
張り詰めていた糸が、切れたのだ。膝が笑うどころではない。地面の感触さえ消失し、彼は泥人形のように崩れ落ちた。

「――旦那様ッ!?」

ノアの悲鳴が遠くで聞こえる。視界が急速に暗転していく中で、アルベルトはどこか他人事のように(ああ、シチューを食べ損ねたな)とぼんやり考えていた。意識は、泥のように重く、そして心地よい闇の底へと沈んでいった。

***

次に目を覚ました時、世界は白かった。鼻孔をくすぐるのは、鉄錆と泥の匂いではなく、清潔なリネンと、鼻につく消毒液の刺激臭だった。

「……気がついた?」

耳元で、聞き慣れた女性の声がした。アルベルトは重い瞼を数回瞬かせ、ぼやけた視界の焦点を合わせた。白い天井。無機質な魔導ランプ。そこは、見覚えのある場所――王立魔導研究院の、第4研究室だった。

ベッドの傍らには、三人の女性がいた。腕を組み、安堵の溜息をついているミリアム。椅子に座り込み、真っ赤に腫らした目でこちらを睨んでいるミトス。そして、ベッドの柵を強く握りしめ、今にも泣き出しそうな顔をしているノア。

「……ここは、ミトスの部屋か」

アルベルトが掠れた声で呟くと、ミトスが鼻をすすりながら眼鏡の位置を直した。

「そうよ。……まったく、人使いが荒いんだから。城門からここまで運ぶのに、どれだけ苦労したと思ってるの」
「すまない。……どのくらい、寝ていた?」
「丸一日よ。……魔力枯渇に、全身打撲、肋骨の亀裂骨折。よくこれで生きて帰ってきたわね」

ミトスの言葉は棘だらけだったが、その手は優しくアルベルトの額の汗を拭っていた。アルベルトは、自分の体が包帯だらけになっているのを確認し、それからふと、一番重要なことを報告していないことに気づいた。

体を起こそうとして、激痛に呻く。ノアが慌てて背中を支えた。

「無理です、寝ていてください!」
「いや……言っておかないと」

アルベルトは、息を整え、ミリアムとミトスの顔を交互に見た。彼女たちは、待っていたのだ。勝利の報告ではない。もっと根本的な、大切な言葉を。

「……今回の作戦」

アルベルトは、天井を見上げたまま、噛み締めるように言った。

「全員、無事だ」

部屋の空気が、ピタリと止まった。

「先行部隊も。本隊も。……グレイブも、レオンハルトも。誰一人、欠けていない」

彼はニッと、悪戯っぽく笑った。

「俺が全部、防ぎきった。……あいつら、俺より元気なくらいだ。多分今頃、腹が減ったとか言って騒いでるはずだ」

その言葉が落ちた瞬間。ミトスの喉から、「ひっ」という空気を吸い込む音が漏れた。そして次の瞬間、彼女は顔を覆い、子供のように泣き崩れた。

「う……うああああああんッ!」

堰を切ったような慟哭だった。それは悲鳴ではない。
彼女の中に長い間巣食っていた「死神」の呪縛――大切な人はみんな死んでしまうという恐怖が、粉々に砕け散った音だった。

「よかった……!本当に、よかった……っ!」

ミリアムもまた、目から大粒の涙をこぼしながら、震えるミトスの肩を抱きしめた。彼女とて、不安で押し潰されそうだったのだ。夫を信じると言いながらも、最悪の想像が何度も脳裏をよぎっていただろう。

二人の女性が、身を寄せ合って泣いている。その光景を見て、アルベルトはきょとんとした。

「……そんなに……泣くことか?」

不思議そうに首を傾げるアルベルトの横腹を、ノアが無言で、しかし結構な強さでつねった。

「いっ!?」
「……鈍感」

ノアは呆れたように、けれど愛おしそうに溜息をついた。

「女性の涙には、いろんな種類があるんです。……今は、黙って見ていてください」

アルベルトは訳が分からないまま、ただ「はい」と頷いた。理由はどうあれ、彼女たちが安堵してくれているなら、それでいい。俺は守ったのだ。国を、友を、そして彼女たちの笑顔を。かつてレティを守れなかった俺が、今度こそ、全ての手で掴み取って帰ってきたのだ。

アルベルトは、隣にいるノアの手を、包帯だらけの手でそっと握り返した。ノアは、泣き顔のまま微笑み、その手を頬ずりするように両手で包み込んだ。

***

それから数日後。王都の復興ムードも落ち着き、街に日常が戻り始めた頃。貸し切りにされた酒場で、ささやかな、けれど盛大な祝勝会が開かれていた。

騎士団の若手たちは大騒ぎし、樽ごとのエールが次々と空になっていく。その喧騒から少し離れたカウンター席で、レオンハルトとミトスが並んでグラスを傾けていた。

レオンハルトの左腕は吊られており、頬にはガーゼが貼られている。無傷とは言えなかったが、その表情は晴れやかだった。

「……無事でよかったわね、生意気な副隊長さん」

ミトスは、グラスを見つめながら、ぶっきらぼうに言った。レオンハルトは、彼女の横顔を愛おしそうに見つめ、口角を上げた。

「ええ。……約束しましたから」

彼は、残った右手のグラスを、軽く掲げた。

「帰る場所がある男は、しぶといんですよ」

その言葉に、ミトスは顔を赤くし、「ふん」と鼻を鳴らした。だが、彼女は自分の背中を彼の肩にもたれかける。まだ手は繋がない。恋人という名前もついていない。けれど、二人の間には、確かに新しい温度が生まれていた。過去の傷を舐め合うのではなく、未来を共有するための、温かな予感。


テーブル席では、グレイブが山盛りの野菜料理と格闘していた。その隣で、ミリアムが仁王立ちしている。

「ほら食え!ニンジン残すんじゃないわよ!生きて帰ってきた罰ゲームよ!」
「勘弁してくれ……肉も食わせてくれよ……」
「駄目。あんた痩せたんだから、ビタミン摂りなさい」

口では厳しいことを言いつつ、ミリアムの手は甲斐甲斐しく夫の口元をナプキンで拭いている。そしてテーブルの下では、二人の足がしっかりと絡まり合っていた。もう二度と離れないと、確かめ合うように。

そして。酒場の喧騒から離れた、夜風の吹き抜けるテラス席。アルベルトとノアは、手すりに寄りかかり、王都の夜景を見下ろしていた。

アルベルトの膝の上には、当然のようにノアが乗っている。重装メイド服の重みも、今では心地よい安心感の一部だ。

「……平和だな」

アルベルトが呟くと、ノアは彼の胸に後頭部を預け、星空を見上げた。

「はい。……騒がしくて、温かい夜ですね」

戦いは終わった。ガランド商会の残党も捕縛され、国境の脅威も去った。これからは、またあの森の屋敷で、穏やかな日々が始まる。

「旦那様」
「ん?」
「傷が癒えたら、少し遠出をしませんか」

ノアが、不意に提案した。

「旅行か?王都の観光なら、この前……」
「いいえ。……私の実家へ」

アルベルトは瞬きをした。ノアの実家。彼女のルーツ。

「父と母の墓参りに行きたいのです。……きちんと、ご挨拶をしておきたいので」

彼女は振り返り、アルベルトの目を見つめた。

「『素敵な方を見つけました』と。……『私はもう、一人ではありません』と」

それは、彼女なりの「過去」との向き合い方だった。アルベルトがレティという過去を受け入れ、共に歩むことを決めたように、彼女もまた、自身の過去をアルベルトに見せ、共有しようとしているのだ。

アルベルトは背筋を正し、真剣な顔で頷いた。

「……そうだな。行こう」

彼は少し緊張したように喉を鳴らした。

「とびきり頑固なお義父さんだったらどうしようか。……『娘はやらん』と化けて出てくるかもしれん」
「ふふ。父は厳格な魔導師でしたから、あり得るかもしれませんね」

ノアは悪戯っぽく笑い、アルベルトの首に腕を回した。

「でも、大丈夫です。もしお父様が怒ったら……私が貴方を守りますから」

彼女の顔が近づく。月明かりの下、彼女の瞳が潤んで輝いている。

「この【対魔導防護服】にかけて。……貴方のことは、一生私が守り抜きます」

「……頼もしいな。じゃあ、俺は安心して君の尻に敷かれるとしよう」

二人の影が重なった。長く、甘いキス。遠くで聞こえる仲間の笑い声と、夜風の音だけが、二人を祝福していた。

不器用で甲斐性なしの元英雄と、鉄壁で甘えん坊なメイド。二人の物語は、ここで一旦の区切りを迎える。けれど、彼らの「日常」はこれからも続いていく。あの森の奥、古びた屋敷のリビングで。温かいシチューと、赤いマフラーと、そして愛しい人の体温と共に。いつまでも、幸せに。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

月桂樹
2026.02.18 月桂樹

れおぽん様、初めまして。
完結おめでとうございます🎊

メイドのノアさんが、常に凜としていて良かったです。(o⌒∇⌒o)

また、アルベルトの過去から現在までの生きざまが殺伐としていたのに、一つの出逢いから色がつきはじめて、人間らしくなっていくところが良かったです。
(ノ゚Д゚)八(゚Д゚ )ノイエーイ

最後色々な葛藤がありながらも戦いに行き、皆が無事に帰ってくることができて、これからの未来に希望が持てるようになって本当に良かったです。
( *´・ω)/(;д; )
楽しませていただきました。
ありがとうございます☺️

2026.02.20 れおぽん

感想のご投稿、ありがとうございます!
アルベルトは絶対幸せにすると決めていたのでよかったです。
楽しんでいただき本当にありがとうございます!

解除

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