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第一話 「忘れる者と、拒むもの」
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夕方になり、事情を話し終わった二人(といってもほぼ蓉子の一人語りだったが)を見送ったつぐみは、姿がアパートの廊下から消えると力が抜けた。何かに引っ張られるようにして室内に戻ると、自然に言葉が出てくる。
「まさか十葉ちゃんが記憶喪失だったとはぁー」
「まぁ、可能性としては考えておくべきだっただろう」
「でもさ、記憶を取り戻すのはお医者さんの仕事でしょう?しがない探偵に頼んだって、どうにもならないわよ?」
「そうはいっても、あの母親の言い分を聞いていると、誰かに押されて頭をぶつけたって話だったじゃないか。そうなってくると、事件性が疑われる。、、、ここでクエスチョン、事件を解決するのは医者の仕事でしょうか」
「、、、患者の事件を暴く医者も、葬儀社もいるよ?」
「それはドラマの話だろ」
陽希の皮肉は頭の片隅に追いやり、つぐみはソファのへりにもたれかかりながら、組み立て始める。
始まりは十葉が二週間前、下校途中の斜面になった道路で頭を電柱にぶつけたことらしい。現場はコンクリートの舗装もされており、足先が危険だったというわけではないため、自分で転倒したとは考えにくい。そのため、最初から蓉子は警察や医者にも、誰かが十葉のことを突き倒したのではないかと主張したそうだ。が、信じてはもらえなかった。確かにつぐみが警察官だったとしても、鵜呑みにはしないだろう。余談として蓉子は、その事件の一週間前に不審者の目撃情報が学校から生徒・親にも伝えられ、なるべく一人で下校しないようにとも呼び掛けられていた、ということも話してくれた。
「つまり十葉ちゃんが一人で帰るとは考えづらい。二人以上で帰っていたとしたら、その片方の子、もしくは複数人が十葉ちゃんを突き落とした、、、。一人だったとしても不審者の仕業、、、って考えてもおかしくはないってことよね」
「あぁ。何より十葉ちゃんのカバンは荒らされていた」
本人の記憶が無くなっちまったせいで、物がなくなっているのかは分からんらしいが。と、陽希がボソッと付け加える。
元来あまり十葉は両親に、自分の交友関係を明かしていなかったらしい。そのため“誰と親しかったのか”、“誰とよく帰っていたのか”、“悩みやトラブルがあったのか”、あまつさえ“将来何をしたいのか”ということも、蓉子は全く分からなかったらしい。
「、、、でも、十葉ちゃんは思い出したいのかなぁ、、、」
「記憶をか」
「うん。、、、もしかしたら一緒に帰るほど仲良い親友が、倒したって可能性もあるわけでしょ?それが真実だとしたら傷つくんじゃないかな、、、って」
まるで星座占いのような、微かな可能性とエゴの話だが。
グラスの後片付けをしていた陽希は、さっきまでの優男っぷりはどこへやら、読みかけのまま棚に置かれていた本を手に取る。その勢いのままソファにどかっともたれかかる。その本につぐみはすこし既視感を覚えた。そして意外に、その姿が似合っていて驚く。大正か昭和の文豪の居室に迷い込んだ感覚だ。
そうとも知らず陽希は、つぐみに一瞥をくれてややおざなりに述べてくる。
「別に真実を提示したって、それを受け入れるかどうかなんて十葉ちゃん次第じゃないか。何言っているのさ。僕はそう思うけど」
「でも、、、エゴに感じるかも」
口ごもったつぐみは、スッと息を呑んだ。自分の発言を責められたからではない。彼の目がひどく冷やかで、寂しげだったから。
「そうだな。、、、時にはエゴだ。でも、開業するとき、僕は決めたから」
彼は、何の残像を目に上映させているのか。
つぐみは何も言えないまま目を閉じ、しばらくこらえた。つぐみにとっての昔話はあまり芳しいものではない。
薄目を開けると、彼は読書を再開していた。瞳には文字の羅列のみ。何度も読んでいるのを感じさせる。色褪せた表紙。どことなく角が変色しているのは、汗や皮膚がついてしまっているからかもしれない。
彼の思っていることなんて、あたしには一片も分からない。
「、、、決めた。明日、十葉ちゃんのこと、調べてくる」
返事はなし。一本道になっている廊下を進み、ドアを押し開く。外はもう暗くなりかけていた。橙色の絵の具と、紺色の絵の具が混じり合った空は、やや濁っていて人間臭かった。
「まさか十葉ちゃんが記憶喪失だったとはぁー」
「まぁ、可能性としては考えておくべきだっただろう」
「でもさ、記憶を取り戻すのはお医者さんの仕事でしょう?しがない探偵に頼んだって、どうにもならないわよ?」
「そうはいっても、あの母親の言い分を聞いていると、誰かに押されて頭をぶつけたって話だったじゃないか。そうなってくると、事件性が疑われる。、、、ここでクエスチョン、事件を解決するのは医者の仕事でしょうか」
「、、、患者の事件を暴く医者も、葬儀社もいるよ?」
「それはドラマの話だろ」
陽希の皮肉は頭の片隅に追いやり、つぐみはソファのへりにもたれかかりながら、組み立て始める。
始まりは十葉が二週間前、下校途中の斜面になった道路で頭を電柱にぶつけたことらしい。現場はコンクリートの舗装もされており、足先が危険だったというわけではないため、自分で転倒したとは考えにくい。そのため、最初から蓉子は警察や医者にも、誰かが十葉のことを突き倒したのではないかと主張したそうだ。が、信じてはもらえなかった。確かにつぐみが警察官だったとしても、鵜呑みにはしないだろう。余談として蓉子は、その事件の一週間前に不審者の目撃情報が学校から生徒・親にも伝えられ、なるべく一人で下校しないようにとも呼び掛けられていた、ということも話してくれた。
「つまり十葉ちゃんが一人で帰るとは考えづらい。二人以上で帰っていたとしたら、その片方の子、もしくは複数人が十葉ちゃんを突き落とした、、、。一人だったとしても不審者の仕業、、、って考えてもおかしくはないってことよね」
「あぁ。何より十葉ちゃんのカバンは荒らされていた」
本人の記憶が無くなっちまったせいで、物がなくなっているのかは分からんらしいが。と、陽希がボソッと付け加える。
元来あまり十葉は両親に、自分の交友関係を明かしていなかったらしい。そのため“誰と親しかったのか”、“誰とよく帰っていたのか”、“悩みやトラブルがあったのか”、あまつさえ“将来何をしたいのか”ということも、蓉子は全く分からなかったらしい。
「、、、でも、十葉ちゃんは思い出したいのかなぁ、、、」
「記憶をか」
「うん。、、、もしかしたら一緒に帰るほど仲良い親友が、倒したって可能性もあるわけでしょ?それが真実だとしたら傷つくんじゃないかな、、、って」
まるで星座占いのような、微かな可能性とエゴの話だが。
グラスの後片付けをしていた陽希は、さっきまでの優男っぷりはどこへやら、読みかけのまま棚に置かれていた本を手に取る。その勢いのままソファにどかっともたれかかる。その本につぐみはすこし既視感を覚えた。そして意外に、その姿が似合っていて驚く。大正か昭和の文豪の居室に迷い込んだ感覚だ。
そうとも知らず陽希は、つぐみに一瞥をくれてややおざなりに述べてくる。
「別に真実を提示したって、それを受け入れるかどうかなんて十葉ちゃん次第じゃないか。何言っているのさ。僕はそう思うけど」
「でも、、、エゴに感じるかも」
口ごもったつぐみは、スッと息を呑んだ。自分の発言を責められたからではない。彼の目がひどく冷やかで、寂しげだったから。
「そうだな。、、、時にはエゴだ。でも、開業するとき、僕は決めたから」
彼は、何の残像を目に上映させているのか。
つぐみは何も言えないまま目を閉じ、しばらくこらえた。つぐみにとっての昔話はあまり芳しいものではない。
薄目を開けると、彼は読書を再開していた。瞳には文字の羅列のみ。何度も読んでいるのを感じさせる。色褪せた表紙。どことなく角が変色しているのは、汗や皮膚がついてしまっているからかもしれない。
彼の思っていることなんて、あたしには一片も分からない。
「、、、決めた。明日、十葉ちゃんのこと、調べてくる」
返事はなし。一本道になっている廊下を進み、ドアを押し開く。外はもう暗くなりかけていた。橙色の絵の具と、紺色の絵の具が混じり合った空は、やや濁っていて人間臭かった。
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