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4話:意地

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 朝早く着いた石角は柿渋の発酵を見ながら水による耐久性を測っている。

 大会の前に体育祭があり、部活対抗リレーへ参加して、部員の増員を目指すために話し合いをしようと準備をした。柿渋の匂いはとてもキツいため、マスクをしてもその匂いは鼻へ直撃する。

 とある先生が廊下を通り、石角の姿を見て物理室へ入った。

「おー石角ー!朝早いじゃないか。何かの準備?ってこれ柿渋かー。爪楊枝大会に使うものかな?」

 石角に話しかけた先生は中学の物理を教えている教師、冨樫修哉だった。彼は寺野、下原、喬林、湯田、石角、前桜が中学の時から教えていた物理教師で主に地学が主流の先生だ。担任を初めて任された時にクラスがあまりにも騒がしく、完全な学級崩壊を起こして精神的に病んでしまったが奇跡的に回復し、今は楽しく教えている。

「はい、今回の課題があまりにもキツくてどうすれば良いのか分からないのです。ですがその課題のうちの一つの解決策で柿渋を作り、誰もいない早朝ならと思って作っています」

 石角の計画に冨樫は頷いて最後まで話を聞く。

 今回の課題を見せた結果、冨樫は目を疑った。なぜなら今までの難易度とは比べものにならないくらいのものであったからだ。

「これは凄くめんどくさい課題だね…。何かを運に任せて何かを極めるか、またはバランス良くするかの2つに絞られるけれども風化は難しい。僕も石角に伝えれる情報や使えそうなものがあったらまた伝えるよ。僕は職員会議だからまた後で来るよ。もしかしたら、東国先生にも伝えてアドバイスをするかもしれんから」

 その後いつものように物理部全員が集合する。

 遅刻者は0人だったので予定通りに進めれると石角は思った。

「今日は爪楊枝大会もそうだけどもうすぐ部活対抗リレーを控えている。どうにかして一位を勝ち取り、宣伝したい。順番を決めたいが走りたいって人いる?」

 誰も手を率先してあげる人はいなかった。しかし、加賀木は恥ずかしながら手を挙げた。

「お?アリスが行くのかー。確かに瞬発力も高いし、後輩だから宣伝にはもってこいだよ!」

 前桜の推薦的発言に拍手が鳴り響く。しかし、その間欅は何と一位になれるオペレーションを組み立てていた。そのオペレーションは陸上部として兼部している石角、寺野を最終カードに入れて最初の3人を加賀木、下原、湯田で回そうという考えだ。

 しかし、下原はその考えに不快だった。

「俺は卓球部の方で走りたいけどダメかな?残ってるのは前桜、喬林、鶴海、左右田ってとこだけど俺の代わりに走りたいって人おる?」

 ワガママな部員で困った一同だ。しかし4人はすぐ答えを出した。

「私は、明日から海外で留学するからそもそも参加することができない」

「私は、剣道部で走るように言われてるから流石にそこまで余裕がない」

「走りたいけど部活対抗リレーのあと、演舞だから着替えなきゃいけないし、キツいよ?」

「俺は目立ちたくないし、足速いけどスターターの係に入ることが決まってるからね」

 1人だけ驚愕な理由が飛び出したが、理由も理由で深い意味があったので下原は渋々リレーの一員として受け入れることに。いつものようにそれぞれの班に分かれて爪楊枝タワーの作業に没頭した。

 前桜は何をすれば良いのか分からずでせめての行動をと言わんばかりにコンビニへと向かう。USBメモリークラッシャーの湯田はその怪力を使って爪楊枝を加工した。組み立てる中、冨樫と連れてくるよと言っていた東国が入った。

「これはまた凄い。いつものように結束力があって面白い。連覇がかかる大会でもあり、節目ともなるので是非優勝してほしいところですね」

 表情ひとつも変えずににこやかで話したのは東国力道。彼は理系選択者の物理を教えているハンド部の顧問でもある。遠くへ飛ばす方法を物理的に調べて投げたりするのが楽しみ。物理では主に力学的エネルギーの話をするのが、彼の仕事だ。年々爪楊枝タワーの精密さを高めるために一度様子を見て、優勝に導く先生の異名は通称、勝利の使者。

「東国先生。こちらが今年の爪楊枝タワーの課題です。節目というのもあって難易度もそれなりに高いです」

 石角は大会運営から来た手紙を見せた。手紙の内容を読んだ後、一つの実験を行うように指示する。

「まだ完成ではないかもしれないけど、津波に対する耐久性テストをしてみるのはどうかな?柿渋を使って風化を抑えるというのは江戸時代の建築でも特に港などではよく行われているものなので間違いなく使えます。作成しようとしているこの柿渋だと後2日ほど熟成させれば大丈夫でしょう。なのでここからは津波に対する対応力を計算することを優先しましょう」

 東国の言う通りに部員は波を起こす機械を作るために長く、大きめの水槽を用意しては水を流した。貯める前に板で仕切り板を敷いて置く。貯めた後に仕切り板を抜く事で波を起こすという仕組みだ。

 しかしながら実験が始まる前に鶴居は応援団演舞の仲間から呼び出された。

「ごめんみんな!練習しに行ってくる!また後で戻ってくると思うから実験の様子動画撮っててよね」

 そのように言い残し、彼女は走り去る。

 その代打で呼ばれたかのように前桜が帰ってきた。東国と冨樫は事情を知っている為、彼女の行動は特別に許している。

「お帰りー前桜!って買いすぎだろそれ…何人分買ってきたんだよ(笑)」

 前桜の両腕はビニール袋の跡がその重さを物語っていた。そして、彼女は1人分に分けて手渡しでお菓子を贈る。

「私がいなくても絶対優勝してよね!この物理部こそ最高最強の部活って事を全高校にその名を轟かせよう!」

 そのエールに石角は絶対に勝つと誓う。

 東国と冨樫は教え子の留学成功を祈って別室へ連れられて話をした。

「さて、水も溜まった事だからやってみようか!まずは何もない状態からしてそこから量調節して大きな津波を作ろう」

 石角の合図で下原と湯田は板を抜く係として、欅と富林は動画を、喬林と加賀木は到達時間、左右田は分速を求めるという布陣で行った。 実験も思うようにいかず、20回行ったものも満足のいく結果は出なかった。もう帰ろうと思ったら前桜が戻ってきた。そして、部員は帰る支度をして外に出た。留学前最後のメッセージだ。

「物理部のみんなへ、こんな私のことを明るく迎えてくれたり楽しい企画を計画してくれたりと本当にありがとう!大会には参加できないけれども私の分まで頑張ってほしい!みんなが大好きです。帰国した時はまたみんなで遊びたいから私のこと忘れないでね!」

 そのメッセージは単純なものだけど内容はとても深く、マリアナ海溝レベルだ。そんな仲微笑ましい姿を東国と冨樫は笑顔で見守る中、応援演舞の練習で遅れてきた鶴居もそばで泣きながら彼女の成功と無事を祈った。
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