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アステリア王宮の午後のティータイム。
本来であれば、麗しき令嬢と気高き王子が愛を語らう、甘美な時間のはずだった。
しかし、円卓に座るジュリアス王子の表情は、まるで腐ったレモンを噛み潰したかのように苦い。
「……王子様? お顔の色が優れませんわ。リリアーヌが淹れた、この『妖精の吐息茶』が、お口に合いませんでしたの?」
リリアーヌが上目遣いで、花びらが数枚浮いた薄桃色の液体を差し出した。
「……いや、リリアーヌ。茶はいいんだ。だが、この……付け合わせの『マカロン』とやらは、一体どうしたのだ?」
ジュリアスが指差したのは、皿の上にぽつんと置かれた、親指の爪ほどの大きさしかない、ひび割れた茶色の塊だった。
「まあ、王子様ったら! これはリリアーヌが、愛を込めて手作りいたしましたのよ? 『かすみ草の粉末』と『朝露の雫』だけで練り上げた、究極のデトックス・スイーツですわ!」
「……カスミソウ? 朝露? リリアーヌ、私は空腹なのだ。これを食べても、胃袋の隙間すら埋まらん」
ジュリアスは力なくマカロンを口に放り込んだが、それは口に入れた瞬間にパサパサと粉砕され、喉の水分を奪っていくだけだった。
ジュリアスが求めていたのは、かつてカナメアが「これが紅茶に合うんですのよ!」と無理やり口に押し込んできた、バターたっぷりのスコーンや、果汁が溢れるタルトだった。
あの時は「品がない」と一蹴したが、いざ目の前から消えてみると、その「品のない美味」が恋しくてたまらない。
「王子様、最近いつもカナメア様の話ばかり……。リリアーヌ、とっても悲しいですわ。あの、がさつで大食らいな女のどこが良いのですか?」
リリアーヌがハンカチを噛んで悔しがる。彼女にとって、カナメアは「女の敵」そのものだった。
(どうして……? 婚約破棄されて、あんなにみじめに追い出されたはずなのに。どうして王子様は、あんな女の面影を追っているのよ!)
リリアーヌの焦りは、もはや限界に達していた。
彼女は「男の胃袋を掴むのは、なにも大食いだけではない」ということを証明しようと、無謀な計画を立てた。
「王子様! 決めましたわ! 今夜の晩餐は、このリリアーヌが厨房に立って、最高に『可憐な』手料理を振る舞わせていただきます!」
「……リリアーヌ、君が料理を? 包丁など持ったことがあるのか?」
「もちろんですわ! 昨晩、練習でバラの花を千切りましたもの!」
嫌な予感しかしないジュリアスを余所に、リリアーヌは意気揚々と厨房へと乗り込んでいった。
数時間後。
王宮のダイニングに運ばれてきたのは、銀の蓋(ドームカバー)で隠された、謎のメインディッシュだった。
「さあ、王子様。リリアーヌの愛を、召し上がれ!」
リリアーヌが自信満々に蓋を開ける。
そこに鎮座していたのは……。
「…………なんだ、これは。新種の苔か?」
「失礼ですわね! これは『森の恵みのオーガニック・サラダ、月の光仕立て』ですわ!」
皿の上には、茹ですぎて変色した数枚の葉っぱと、その上に無造作に散らされた、枯れかけの食用花。
そして何より衝撃的なのは、その全体に「青い」謎のソースがドロリとかかっていることだった。
「……リリアーヌ。なぜ、ソースが青いのだ。自然界にこんな色の食欲をそそる液体は存在しないぞ」
「あら、これは蝶豆の花(バタフライピー)の煮汁に、リリアーヌの涙を一滴隠し味に加えたものですわ。とっても幻想的でしょう?」
「幻想的すぎて、私の生存本能が『食べるな』と警告を出しているのだが」
ジュリアスは震える手でフォークを伸ばし、その「青い葉っぱ」を一口食べた。
「…………っ!!」
「いかがですの、王子様!?」
「……苦い。……いや、苦いというレベルではない。これは……泥だ。水溜りの泥を煮詰めて、そこに古い香水をぶっかけたような味がする……」
ジュリアスはナプキンで口を押さえ、猛烈にむせ返った。
「まあ! せっかくリリアーヌが、一ミリも『あぶらみ』を使わずに作ったのに! カナメア様のような、下品な料理とは違いますのよ!?」
「リリアーヌ……。料理とは、見た目やコンセプト以前に、まず『食べ物』でなければならないのだ……」
ジュリアスは、皿の上の青い物体を見つめながら、遠い北の空を仰いだ。
(ああ……。カナメア。お前の、あの『肉汁滴るステーキ』が食べたい。お前が『これ、最高の焼き加減ですわよ!』と、自分の頬をリスのように膨らませて笑う、あの光景が見たい……)
失って初めて気づく、美食の重要性。
ジュリアスは、カナメアを追い出した自分の決断が、実は「人生で最大の美食の機会」をドブに捨てたことと同義であったと、ようやく自覚し始めていた。
一方、リリアーヌは真っ赤になって怒り狂っていた。
「キーッ! なによ、なによ! こうなったら、もっともっと『可憐』を極めてやるんだから! 明日は、空気だけで作ったスープよ!!」
「……もういい、リリアーヌ。今夜は、王宮の裏の屋台でホットドッグを買ってきてくれ。……肉が、肉が食べたいんだ……」
王太子の魂の叫びは、夜の王宮に虚しく響くのであった。
美食の女王がいなくなった王宮は、今や「青い泥」が食卓に並ぶ、ディストピアへと変貌を遂げていた。
本来であれば、麗しき令嬢と気高き王子が愛を語らう、甘美な時間のはずだった。
しかし、円卓に座るジュリアス王子の表情は、まるで腐ったレモンを噛み潰したかのように苦い。
「……王子様? お顔の色が優れませんわ。リリアーヌが淹れた、この『妖精の吐息茶』が、お口に合いませんでしたの?」
リリアーヌが上目遣いで、花びらが数枚浮いた薄桃色の液体を差し出した。
「……いや、リリアーヌ。茶はいいんだ。だが、この……付け合わせの『マカロン』とやらは、一体どうしたのだ?」
ジュリアスが指差したのは、皿の上にぽつんと置かれた、親指の爪ほどの大きさしかない、ひび割れた茶色の塊だった。
「まあ、王子様ったら! これはリリアーヌが、愛を込めて手作りいたしましたのよ? 『かすみ草の粉末』と『朝露の雫』だけで練り上げた、究極のデトックス・スイーツですわ!」
「……カスミソウ? 朝露? リリアーヌ、私は空腹なのだ。これを食べても、胃袋の隙間すら埋まらん」
ジュリアスは力なくマカロンを口に放り込んだが、それは口に入れた瞬間にパサパサと粉砕され、喉の水分を奪っていくだけだった。
ジュリアスが求めていたのは、かつてカナメアが「これが紅茶に合うんですのよ!」と無理やり口に押し込んできた、バターたっぷりのスコーンや、果汁が溢れるタルトだった。
あの時は「品がない」と一蹴したが、いざ目の前から消えてみると、その「品のない美味」が恋しくてたまらない。
「王子様、最近いつもカナメア様の話ばかり……。リリアーヌ、とっても悲しいですわ。あの、がさつで大食らいな女のどこが良いのですか?」
リリアーヌがハンカチを噛んで悔しがる。彼女にとって、カナメアは「女の敵」そのものだった。
(どうして……? 婚約破棄されて、あんなにみじめに追い出されたはずなのに。どうして王子様は、あんな女の面影を追っているのよ!)
リリアーヌの焦りは、もはや限界に達していた。
彼女は「男の胃袋を掴むのは、なにも大食いだけではない」ということを証明しようと、無謀な計画を立てた。
「王子様! 決めましたわ! 今夜の晩餐は、このリリアーヌが厨房に立って、最高に『可憐な』手料理を振る舞わせていただきます!」
「……リリアーヌ、君が料理を? 包丁など持ったことがあるのか?」
「もちろんですわ! 昨晩、練習でバラの花を千切りましたもの!」
嫌な予感しかしないジュリアスを余所に、リリアーヌは意気揚々と厨房へと乗り込んでいった。
数時間後。
王宮のダイニングに運ばれてきたのは、銀の蓋(ドームカバー)で隠された、謎のメインディッシュだった。
「さあ、王子様。リリアーヌの愛を、召し上がれ!」
リリアーヌが自信満々に蓋を開ける。
そこに鎮座していたのは……。
「…………なんだ、これは。新種の苔か?」
「失礼ですわね! これは『森の恵みのオーガニック・サラダ、月の光仕立て』ですわ!」
皿の上には、茹ですぎて変色した数枚の葉っぱと、その上に無造作に散らされた、枯れかけの食用花。
そして何より衝撃的なのは、その全体に「青い」謎のソースがドロリとかかっていることだった。
「……リリアーヌ。なぜ、ソースが青いのだ。自然界にこんな色の食欲をそそる液体は存在しないぞ」
「あら、これは蝶豆の花(バタフライピー)の煮汁に、リリアーヌの涙を一滴隠し味に加えたものですわ。とっても幻想的でしょう?」
「幻想的すぎて、私の生存本能が『食べるな』と警告を出しているのだが」
ジュリアスは震える手でフォークを伸ばし、その「青い葉っぱ」を一口食べた。
「…………っ!!」
「いかがですの、王子様!?」
「……苦い。……いや、苦いというレベルではない。これは……泥だ。水溜りの泥を煮詰めて、そこに古い香水をぶっかけたような味がする……」
ジュリアスはナプキンで口を押さえ、猛烈にむせ返った。
「まあ! せっかくリリアーヌが、一ミリも『あぶらみ』を使わずに作ったのに! カナメア様のような、下品な料理とは違いますのよ!?」
「リリアーヌ……。料理とは、見た目やコンセプト以前に、まず『食べ物』でなければならないのだ……」
ジュリアスは、皿の上の青い物体を見つめながら、遠い北の空を仰いだ。
(ああ……。カナメア。お前の、あの『肉汁滴るステーキ』が食べたい。お前が『これ、最高の焼き加減ですわよ!』と、自分の頬をリスのように膨らませて笑う、あの光景が見たい……)
失って初めて気づく、美食の重要性。
ジュリアスは、カナメアを追い出した自分の決断が、実は「人生で最大の美食の機会」をドブに捨てたことと同義であったと、ようやく自覚し始めていた。
一方、リリアーヌは真っ赤になって怒り狂っていた。
「キーッ! なによ、なによ! こうなったら、もっともっと『可憐』を極めてやるんだから! 明日は、空気だけで作ったスープよ!!」
「……もういい、リリアーヌ。今夜は、王宮の裏の屋台でホットドッグを買ってきてくれ。……肉が、肉が食べたいんだ……」
王太子の魂の叫びは、夜の王宮に虚しく響くのであった。
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