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ハルバード領と直轄地の境界に位置する、由緒正しき貴賓館。
そこに、大軍を引き連れたジュリアス王子と、その傍らで相変わらず「儚げ」を装うリリアーヌが到着した。
迎え撃つのは、領主ヴィンセントと、本日も食べ歩き用の特製ポーチを完備したカナメアである。
「……ジュリアス殿下。魔物討伐の視察とは、随分と大掛かりなことで。おかげで我が領の国境警備隊は、余計な炊き出しの準備に追われておりますわ」
カナメアは、出されたばかりの「蜂蜜漬けのナッツ」をポリポリと咀嚼しながら、冷ややかな視線を投げた。
「ふん、カナメア。貴様がこの辺境でどれほど野蛮な暮らしをしているかと思えば……相変わらず口を動かしていないと死ぬ病気なのか?」
ジュリアスの言葉には、かつての威圧感はなく、どこか力ない。その目は、テーブルに並んだハルバード領特産の「猪肉のパテ」に釘付けになっていた。
「失礼ですわね。これは『効率的なエネルギー摂取』ですわ。それよりリリアーヌ様、そちらのパテ、一口も召し上がっていないようですが?」
カナメアが指摘すると、リリアーヌはこれ見よがしにハンカチを口元に当て、弱々しく首を振った。
「ええ……。リリアーヌ、この土地の食べ物は、なんだか獣の匂いが強すぎて……。リリアーヌのような繊細な胃腸には、毒も同然ですわ。ああ、空気に溶けてしまいそうですわ……」
「そうですか。それは勿体ない。……ですが、ヴィンセント様。この後のお茶会でも、彼女のために特製の『雲のようなスフレ』を用意させる予定でしたわよね?」
「ああ。貴殿の指示通り、最高の卵とバターを使い、三人がかりで三十分間泡立てさせた代物だ」
ヴィンセントが頷くと、リリアーヌの瞳が一瞬だけ、欲望に似た光を宿した。
しかし、数時間後。お茶会の席でカナメアが目にしたのは、信じがたい光景だった。
リリアーヌは、自分の前に出されたフワフワのスフレを一口だけ、それもほんの数ミリだけ削り取って口に運んだ。
「まあ……。美味しいけれど、リリアーヌには重すぎますわ。半分も食べられないなんて、パティシエの方に申し訳ありませんわね」
そう言って、彼女は悲しげな顔をしてみせた。
お茶会が一時中断し、ジュリアスとヴィンセントが別室で協議を始めた隙だった。
カナメアは、自分の「食のセンサー」が警報を鳴らしているのを感じ、こっそりとリリアーヌの後を追った。
彼女が向かったのは、人気のないテラスの隅。そこには、大きな鉢植えが置かれていた。
リリアーヌは周囲を素早く見回すと、ドレスの隠しポケットから、ナプキンに包まれた「何か」を取り出した。
それは、先ほど彼女が「重すぎる」と言って残したはずのスフレ、そして一口も食べなかったはずの焼き菓子たちだった。
リリアーヌはそれを無造作に、鉢植えの土の中へとねじ込み始めたのである。
「……おーほっほっほ! こんな高カロリーな塊、誰が食べるっていうのよ。私は『食べない美学』の象徴なの。……残して捨てるのは気が引けるけれど、こうして土に埋めてしまえば、誰も気づかないわ!」
リリアーヌは、愛らしい顔を醜く歪ませて笑い、さらにパテの欠片まで足で踏みつけた。
「…………それ、何をしているのかしら?」
低く、地這うような声が響いた。
「ひ、ひえっ!?」
リリアーヌが飛び上がって振り返ると、そこには、暗黒のオーラを纏ったカナメアが立っていた。
彼女の瞳は、これまでのユーモアを一切排した、真の「悪役令嬢」の輝きを放っている。
「……リリアーヌ様。今、あなたが土に埋めたのは、ハルバード領の騎士たちが命を懸けて守り、パティシエが魂を削って泡立てた、至高の結晶ですわね?」
「な、なによカナメア! 見ていたの!? ……別にいいじゃない、私の自由よ! 食べたくないものを、無理に食べる方が罪だわ!」
「……罪? ええ、罪ですわね。ですが、最大の罪は、あなたが『食への敬意』を一ミリも持ち合わせていないことですわ!」
カナメアは一歩、また一歩とリリアーヌを壁際まで追い詰めた。
「私は……あなたが王子を奪ったことも、私を馬鹿にしたことも、正直どうでもいいと思っていました。ですが……食べ物を、ただの『少食演出の道具』として使い、最後は土に捨てる。……これだけは、万死に値しますわ」
「な、何よその顔……! 怖い……来ないで!」
「……リリアーヌ様。あなたは、私がなぜ『悪役令嬢』と呼ばれていたか、本当の理由をご存知かしら?」
カナメアがリリアーヌの顎をクイと持ち上げた。
「私が悪役だったのは、美味しいものを独り占めしようとしたからではありません。……食べ物を粗末にする愚か者を、文字通り『噛み砕いて』きたからですわ!」
その瞬間、カナメアの背後に巨大な猛獣の幻影が見えた気がして、リリアーヌは腰を抜かした。
「……さあ、リリアーヌ様。今から私が、本当の『教育』というものを叩き込んで差し上げます。……まずは、その土まみれのスフレから……と言いたいところですが、さすがにそれは不衛生ですわね」
カナメアは冷酷な笑みを浮かべ、厨房に向かって指を鳴らした。
「給仕! 特大のバケツを持ってきなさい! 中身は、リリアーヌ様が今まで『捨ててきた』分のカロリーに相当する、ハルバード特製濃厚バターマッシュポテトですわ!」
「な、何を……何をさせるつもりよ!」
「決まっていますわ。……あなたが今日から、一粒残らずそれを完食するまで、私は一歩もここを通しません。……さあ、リリアーヌ様。美食の女神(私)の前で、懺悔の時間が始まりましたわよ!」
カナメアの絶叫に近い宣言が、貴賓館のテラスに響き渡った。
それは、婚約破棄以来、彼女が見せた初めての「本気の怒り」であった。
そこに、大軍を引き連れたジュリアス王子と、その傍らで相変わらず「儚げ」を装うリリアーヌが到着した。
迎え撃つのは、領主ヴィンセントと、本日も食べ歩き用の特製ポーチを完備したカナメアである。
「……ジュリアス殿下。魔物討伐の視察とは、随分と大掛かりなことで。おかげで我が領の国境警備隊は、余計な炊き出しの準備に追われておりますわ」
カナメアは、出されたばかりの「蜂蜜漬けのナッツ」をポリポリと咀嚼しながら、冷ややかな視線を投げた。
「ふん、カナメア。貴様がこの辺境でどれほど野蛮な暮らしをしているかと思えば……相変わらず口を動かしていないと死ぬ病気なのか?」
ジュリアスの言葉には、かつての威圧感はなく、どこか力ない。その目は、テーブルに並んだハルバード領特産の「猪肉のパテ」に釘付けになっていた。
「失礼ですわね。これは『効率的なエネルギー摂取』ですわ。それよりリリアーヌ様、そちらのパテ、一口も召し上がっていないようですが?」
カナメアが指摘すると、リリアーヌはこれ見よがしにハンカチを口元に当て、弱々しく首を振った。
「ええ……。リリアーヌ、この土地の食べ物は、なんだか獣の匂いが強すぎて……。リリアーヌのような繊細な胃腸には、毒も同然ですわ。ああ、空気に溶けてしまいそうですわ……」
「そうですか。それは勿体ない。……ですが、ヴィンセント様。この後のお茶会でも、彼女のために特製の『雲のようなスフレ』を用意させる予定でしたわよね?」
「ああ。貴殿の指示通り、最高の卵とバターを使い、三人がかりで三十分間泡立てさせた代物だ」
ヴィンセントが頷くと、リリアーヌの瞳が一瞬だけ、欲望に似た光を宿した。
しかし、数時間後。お茶会の席でカナメアが目にしたのは、信じがたい光景だった。
リリアーヌは、自分の前に出されたフワフワのスフレを一口だけ、それもほんの数ミリだけ削り取って口に運んだ。
「まあ……。美味しいけれど、リリアーヌには重すぎますわ。半分も食べられないなんて、パティシエの方に申し訳ありませんわね」
そう言って、彼女は悲しげな顔をしてみせた。
お茶会が一時中断し、ジュリアスとヴィンセントが別室で協議を始めた隙だった。
カナメアは、自分の「食のセンサー」が警報を鳴らしているのを感じ、こっそりとリリアーヌの後を追った。
彼女が向かったのは、人気のないテラスの隅。そこには、大きな鉢植えが置かれていた。
リリアーヌは周囲を素早く見回すと、ドレスの隠しポケットから、ナプキンに包まれた「何か」を取り出した。
それは、先ほど彼女が「重すぎる」と言って残したはずのスフレ、そして一口も食べなかったはずの焼き菓子たちだった。
リリアーヌはそれを無造作に、鉢植えの土の中へとねじ込み始めたのである。
「……おーほっほっほ! こんな高カロリーな塊、誰が食べるっていうのよ。私は『食べない美学』の象徴なの。……残して捨てるのは気が引けるけれど、こうして土に埋めてしまえば、誰も気づかないわ!」
リリアーヌは、愛らしい顔を醜く歪ませて笑い、さらにパテの欠片まで足で踏みつけた。
「…………それ、何をしているのかしら?」
低く、地這うような声が響いた。
「ひ、ひえっ!?」
リリアーヌが飛び上がって振り返ると、そこには、暗黒のオーラを纏ったカナメアが立っていた。
彼女の瞳は、これまでのユーモアを一切排した、真の「悪役令嬢」の輝きを放っている。
「……リリアーヌ様。今、あなたが土に埋めたのは、ハルバード領の騎士たちが命を懸けて守り、パティシエが魂を削って泡立てた、至高の結晶ですわね?」
「な、なによカナメア! 見ていたの!? ……別にいいじゃない、私の自由よ! 食べたくないものを、無理に食べる方が罪だわ!」
「……罪? ええ、罪ですわね。ですが、最大の罪は、あなたが『食への敬意』を一ミリも持ち合わせていないことですわ!」
カナメアは一歩、また一歩とリリアーヌを壁際まで追い詰めた。
「私は……あなたが王子を奪ったことも、私を馬鹿にしたことも、正直どうでもいいと思っていました。ですが……食べ物を、ただの『少食演出の道具』として使い、最後は土に捨てる。……これだけは、万死に値しますわ」
「な、何よその顔……! 怖い……来ないで!」
「……リリアーヌ様。あなたは、私がなぜ『悪役令嬢』と呼ばれていたか、本当の理由をご存知かしら?」
カナメアがリリアーヌの顎をクイと持ち上げた。
「私が悪役だったのは、美味しいものを独り占めしようとしたからではありません。……食べ物を粗末にする愚か者を、文字通り『噛み砕いて』きたからですわ!」
その瞬間、カナメアの背後に巨大な猛獣の幻影が見えた気がして、リリアーヌは腰を抜かした。
「……さあ、リリアーヌ様。今から私が、本当の『教育』というものを叩き込んで差し上げます。……まずは、その土まみれのスフレから……と言いたいところですが、さすがにそれは不衛生ですわね」
カナメアは冷酷な笑みを浮かべ、厨房に向かって指を鳴らした。
「給仕! 特大のバケツを持ってきなさい! 中身は、リリアーヌ様が今まで『捨ててきた』分のカロリーに相当する、ハルバード特製濃厚バターマッシュポテトですわ!」
「な、何を……何をさせるつもりよ!」
「決まっていますわ。……あなたが今日から、一粒残らずそれを完食するまで、私は一歩もここを通しません。……さあ、リリアーヌ様。美食の女神(私)の前で、懺悔の時間が始まりましたわよ!」
カナメアの絶叫に近い宣言が、貴賓館のテラスに響き渡った。
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