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貴賓館のテラスには、これまでにないほど禍々しく、かつバターの芳醇な香りが漂うプレッシャーが満ちていた。
カナメアの合図と共に運ばれてきたのは、深さ三十センチはあろうかという巨大な銀バケツ。
その中には、ハルバード領の厳しい冬を越えるための高エネルギー源、脂肪分たっぷりの「濃厚バターマッシュポテト」が、表面に脂の膜を張って鎮座していた。
「……さあ、リリアーヌ様。本日、あなたが土に還そうとした尊き命の代わりですわ。一口残らず、その胃袋に収めていただきましょうか」
カナメアの手には、どこから取り出したのか、鈍く光る巨大なサービングスプーンが握られていた。
「な、なによこれ……! こんな泥みたいな塊、食べられるわけないじゃない! 私は『花の精霊』のように軽やかに生きる淑女なのよ! お願い、王子様、助けて!」
リリアーヌが涙を浮かべてジュリアスに縋り付こうとしたが、その時、背後の扉が開いて男たちが現れた。
「……リリアーヌ。今、すべて聞いていたぞ」
ジュリアスの声は、かつてないほど低く、そして絶望に満ちていた。
彼の視線は、カナメアが暴き出した「土に埋められたスフレの残骸」に向けられている。
「き、貴様……リリアーヌ。私の前では『お腹がいっぱいで一口も入らない』と泣いて見せながら、裏では食材を泥の中に捨てていたというのか?」
「ち、違うんです王子様! これは……その、土に栄養を与えようと思って……!」
「嘘を仰いなさい!」
カナメアの怒号が響いた。
「植物にスフレが必要なわけありませんわ! このバターの含有量を見なさい! 根腐れして枯れるのがオチですわよ! 植物を愛でるフリをして、その実、自分の見栄のために命を弄ぶ……。これこそが、食の秩序を乱す『真の悪役』の所業ですわ!」
カナメアの一喝に、リリアーヌは蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
「……殿下。私は軍人として、冬の食糧難で倒れる民を数多く見てきました」
ヴィンセントが静かに、しかし凄まじい威圧感を放ってリリアーヌを見下ろした。
「我が領の食材を、このような形で侮辱されたこと……ハルバード辺境伯として、断じて看過できません。……カナメア殿の『再教育』に、私も全面的に協力しましょう」
「辺境伯様まで……!? う、嘘よ、こんなのいじめだわ!」
「いじめ? いいえ、これは『供養』ですわ」
カナメアはリリアーヌの口元に、山盛りのマッシュポテトを突きつけた。
「食べなさい。このジャガイモを育てた農家の汗を、バターのために乳を搾り取られた牛の悲鳴を、そしてそれらを調理した職人の誇りを、その舌で、喉で、胃袋で、直接受け止めるのです!」
「嫌、嫌ぁあああ!!」
「拒否権はありませんわ! さあ、大きな口を開けて! 『あーん』ですわよ!」
カナメアは有無を言わせぬ力で、リリアーヌの口にマッシュポテトを放り込んだ。
もがくリリアーヌ。しかし、カナメアの腕力(日々の食事で鍛えられたもの)は、か弱さを売りにする令嬢の比ではなかった。
「モグ……ムグッ!? ……ん、んんっ……!」
リリアーヌの目が大きく見開かれた。
「……どうですか。美味しいでしょう? 悔しいけれど、ハルバードのポテトは世界一のコクを誇りますのよ」
「……お、美味しい……。……はっ! 違うわ、私はこんな太りそうなもの……!」
「美味しいと思った瞬間に、あなたの負けですわ。さあ、次は二口目! この黄金色のポテトが、あなたの血となり、肉となり、二度と『少食令嬢』などという嘘を吐けない身体にして差し上げます!」
カナメアによる、過酷な「食の説教」はその後一時間以上にわたって続いた。
ジュリアスはその光景を、魂が抜けたような顔で眺めていた。
自分が恋い焦がれ、カナメアを捨ててまで選んだ可憐な花が、実は「食べ物を捨てる嘘つき」であり、今、泥のようにポテトを口に詰め込まれている。
一方で、かつて「品がない」と切り捨てたカナメアは、誰よりも食を愛し、命に対して真摯に向き合っていた。
「……私は、なんてバカだったんだ……」
ジュリアスは崩れ落ち、膝をついた。
「カナメア……。私は、お前のその『正しさ』が、まぶしすぎて直視できなかったのかもしれない。……お前の隣で、私もそのポテトを食べたかった……」
「殿下。……残念ながら、もう手遅れです」
ヴィンセントが、ジュリアスの肩に無慈悲に手を置いた。
「彼女の隣で食卓を囲む権利は、もはや貴殿にはありません。……彼女の情熱を、毒気ではなく『愛』と呼べる者だけが、その権利を持つのですから」
「……あ、ああ……」
テラスには、リリアーヌの「もう食べられませんわ……」という泣き言と、カナメアの「おかわりはバケツの底にまだありますわよ!」という快活な声が、いつまでも響き渡っていた。
美食の神が微笑むのは、常に、食べ物を心から愛し、一粒のジャガイモにも感謝を捧げる者だけなのである。
カナメアの合図と共に運ばれてきたのは、深さ三十センチはあろうかという巨大な銀バケツ。
その中には、ハルバード領の厳しい冬を越えるための高エネルギー源、脂肪分たっぷりの「濃厚バターマッシュポテト」が、表面に脂の膜を張って鎮座していた。
「……さあ、リリアーヌ様。本日、あなたが土に還そうとした尊き命の代わりですわ。一口残らず、その胃袋に収めていただきましょうか」
カナメアの手には、どこから取り出したのか、鈍く光る巨大なサービングスプーンが握られていた。
「な、なによこれ……! こんな泥みたいな塊、食べられるわけないじゃない! 私は『花の精霊』のように軽やかに生きる淑女なのよ! お願い、王子様、助けて!」
リリアーヌが涙を浮かべてジュリアスに縋り付こうとしたが、その時、背後の扉が開いて男たちが現れた。
「……リリアーヌ。今、すべて聞いていたぞ」
ジュリアスの声は、かつてないほど低く、そして絶望に満ちていた。
彼の視線は、カナメアが暴き出した「土に埋められたスフレの残骸」に向けられている。
「き、貴様……リリアーヌ。私の前では『お腹がいっぱいで一口も入らない』と泣いて見せながら、裏では食材を泥の中に捨てていたというのか?」
「ち、違うんです王子様! これは……その、土に栄養を与えようと思って……!」
「嘘を仰いなさい!」
カナメアの怒号が響いた。
「植物にスフレが必要なわけありませんわ! このバターの含有量を見なさい! 根腐れして枯れるのがオチですわよ! 植物を愛でるフリをして、その実、自分の見栄のために命を弄ぶ……。これこそが、食の秩序を乱す『真の悪役』の所業ですわ!」
カナメアの一喝に、リリアーヌは蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
「……殿下。私は軍人として、冬の食糧難で倒れる民を数多く見てきました」
ヴィンセントが静かに、しかし凄まじい威圧感を放ってリリアーヌを見下ろした。
「我が領の食材を、このような形で侮辱されたこと……ハルバード辺境伯として、断じて看過できません。……カナメア殿の『再教育』に、私も全面的に協力しましょう」
「辺境伯様まで……!? う、嘘よ、こんなのいじめだわ!」
「いじめ? いいえ、これは『供養』ですわ」
カナメアはリリアーヌの口元に、山盛りのマッシュポテトを突きつけた。
「食べなさい。このジャガイモを育てた農家の汗を、バターのために乳を搾り取られた牛の悲鳴を、そしてそれらを調理した職人の誇りを、その舌で、喉で、胃袋で、直接受け止めるのです!」
「嫌、嫌ぁあああ!!」
「拒否権はありませんわ! さあ、大きな口を開けて! 『あーん』ですわよ!」
カナメアは有無を言わせぬ力で、リリアーヌの口にマッシュポテトを放り込んだ。
もがくリリアーヌ。しかし、カナメアの腕力(日々の食事で鍛えられたもの)は、か弱さを売りにする令嬢の比ではなかった。
「モグ……ムグッ!? ……ん、んんっ……!」
リリアーヌの目が大きく見開かれた。
「……どうですか。美味しいでしょう? 悔しいけれど、ハルバードのポテトは世界一のコクを誇りますのよ」
「……お、美味しい……。……はっ! 違うわ、私はこんな太りそうなもの……!」
「美味しいと思った瞬間に、あなたの負けですわ。さあ、次は二口目! この黄金色のポテトが、あなたの血となり、肉となり、二度と『少食令嬢』などという嘘を吐けない身体にして差し上げます!」
カナメアによる、過酷な「食の説教」はその後一時間以上にわたって続いた。
ジュリアスはその光景を、魂が抜けたような顔で眺めていた。
自分が恋い焦がれ、カナメアを捨ててまで選んだ可憐な花が、実は「食べ物を捨てる嘘つき」であり、今、泥のようにポテトを口に詰め込まれている。
一方で、かつて「品がない」と切り捨てたカナメアは、誰よりも食を愛し、命に対して真摯に向き合っていた。
「……私は、なんてバカだったんだ……」
ジュリアスは崩れ落ち、膝をついた。
「カナメア……。私は、お前のその『正しさ』が、まぶしすぎて直視できなかったのかもしれない。……お前の隣で、私もそのポテトを食べたかった……」
「殿下。……残念ながら、もう手遅れです」
ヴィンセントが、ジュリアスの肩に無慈悲に手を置いた。
「彼女の隣で食卓を囲む権利は、もはや貴殿にはありません。……彼女の情熱を、毒気ではなく『愛』と呼べる者だけが、その権利を持つのですから」
「……あ、ああ……」
テラスには、リリアーヌの「もう食べられませんわ……」という泣き言と、カナメアの「おかわりはバケツの底にまだありますわよ!」という快活な声が、いつまでも響き渡っていた。
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