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「……ルミール。あんなに冷たく、私を突き放すなんて」
王都へと逃げ帰った馬車の中。エリオット王子は、窓の外を虚ろな目で見つめながら、ポツリと独り言を漏らした。
隣では、ラーナがガタガタと震えながら、必死に化粧を直している。
「エリオット様、あんな恐ろしい女のことなんて早くお忘れになって! あのお姉様はもう、人間ではありませんわ! 魔王か何かに魂を売ったに違いありません!」
(そうよ、あんな顔、人間に出せるわけがないわ! 思い出しただけで夢に出そう……!)
ラーナの叫びは、エリオットの耳には届いていなかった。
彼の脳裏には、ルミールのあの「地獄へ落ちろ」という低く、冷ややかな声がリフレインしていた。
「……いや、ラーナ。考えてもみろ。今までルミールが私に、あんなに情熱的な言葉をぶつけたことがあっただろうか?」
「…………はい?」
ラーナの手が止まった。
「今までは、何を言っても無言か、あるいは不気味に沈黙するだけだった。だが、昨日の彼女はどうだ。あの激しい眼光! 私を射殺さんばかりの、剥き出しの感情!」
エリオットの頬が、なぜか微かに赤らんでいく。
「あれは……そう、愛の裏返しではないのか? あまりの裏切りに絶望し、憎しみという名の愛に反転した……。そうか! ルミールは、まだ私を求めているんだ!」
(……この王子、トチ狂ったわ。病院に連れて行ったほうがいいかもしれない)
ラーナの引き攣った視線を余所に、エリオットの迷走は加速していく。
「ルミールがカイル公爵の隣にいたのも、私を嫉妬させるための狂言に違いない。あんな不気味な顔をして、一生懸命に私を遠ざけようとする……。くっ、愛おしいじゃないか!」
「エリオット様!? 正気に戻ってください! お姉様は本気で貴方を消し去ろうとしていましたわよ!?」
「フッ、ラーナ。君には分からないだろうな。大人の恋の駆け引きというものが」
エリオットは、どこから取り出したのか、手鏡を見て自分の前髪を整え始めた。
「待っていろ、ルミール。君のその氷のような心を、私の熱い抱擁で溶かしてあげよう。あんな隣国の公爵などに、君を渡してなるものか!」
一方その頃、辺境の別荘では。
(……っくしゅん! ……あー、誰かが私の噂をしてるわね。きっとラーナが私の呪い代行サービスでも始めたんだわ。失礼しちゃう!)
私は、新しく開発した『全自動・肩揉み魔導チェア』に身を任せ、極楽のひとときを過ごしていた。
「おや、風邪かな? それとも、王都の元婚約者が君への『歪んだ情熱』を燃やしている予兆かな」
テラスの柵に腰掛けたカイル様が、可笑しそうに私を見た。
(予兆!? やめてよ、縁起でもない! あの王子とは、もう一生関わりたくないんだから!)
私はボードを手に取り、高速で文字を書き換えた。
『カイル様、変な冗談はやめてください。あんな王子、私の「芝刈り魔王」の餌食にするのも勿体ないくらいです』
「ははは。心の中では『生理的に無理! 視界に入れないで!』と全力で拒絶しているね。……でもルミール、あの王子は相当に思い込みが激しい。また何か仕掛けてくるかもしれないよ」
カイル様は私の隣に歩み寄ると、私の頬を指先で優しく撫でた。
(……っ。またそうやって、不意打ちでドキドキさせる……! これ、心臓に悪いって言ってるじゃない!)
私の顔は、羞恥心と動揺により、「次の一撃で貴様の心臓を握りつぶす」という戦神のような迫力を放ち始めた。
「……近、い」
(「顔が近すぎて、私の語彙力が死滅してしまいます。どうか三メートルほど離れてください」という、乙女な悲鳴!)
「三メートル? 嫌だね。僕は君の『うるさすぎる愛の告白(心の声)』を、一番近くで聴いていたいんだ」
(……っ、だ、誰も愛の告白なんてしてないわよ! 今の声は、ただの動悸よ!)
「ほう。動悸にしては、随分と甘い響きだったけれど?」
カイル様の悪戯っぽい微笑みに、私はついにオーバーヒートを起こし、指先から小さな火花を散らした。
(あああああ! もう! 王子は変な方向へ迷走するし、カイル様は距離感がバグってるし! 私の静かなスローライフはどこ!?)
私の内心の絶叫は、別荘の屋根を震わせるほどの魔圧となって周囲に広がった。
森の鳥たちが一斉に飛び立ち、近くを散歩していた鹿たちが「魔王が目覚めた!」と言わんばかりに逃げ惑う。
そんな中、王都ではエリオット王子が「ルミールへの愛のポエム」を綴り始めていた……。
最悪の再会が、すぐそこまで迫っていることなど、この時の私はまだ知る由もなかったのである。
王都へと逃げ帰った馬車の中。エリオット王子は、窓の外を虚ろな目で見つめながら、ポツリと独り言を漏らした。
隣では、ラーナがガタガタと震えながら、必死に化粧を直している。
「エリオット様、あんな恐ろしい女のことなんて早くお忘れになって! あのお姉様はもう、人間ではありませんわ! 魔王か何かに魂を売ったに違いありません!」
(そうよ、あんな顔、人間に出せるわけがないわ! 思い出しただけで夢に出そう……!)
ラーナの叫びは、エリオットの耳には届いていなかった。
彼の脳裏には、ルミールのあの「地獄へ落ちろ」という低く、冷ややかな声がリフレインしていた。
「……いや、ラーナ。考えてもみろ。今までルミールが私に、あんなに情熱的な言葉をぶつけたことがあっただろうか?」
「…………はい?」
ラーナの手が止まった。
「今までは、何を言っても無言か、あるいは不気味に沈黙するだけだった。だが、昨日の彼女はどうだ。あの激しい眼光! 私を射殺さんばかりの、剥き出しの感情!」
エリオットの頬が、なぜか微かに赤らんでいく。
「あれは……そう、愛の裏返しではないのか? あまりの裏切りに絶望し、憎しみという名の愛に反転した……。そうか! ルミールは、まだ私を求めているんだ!」
(……この王子、トチ狂ったわ。病院に連れて行ったほうがいいかもしれない)
ラーナの引き攣った視線を余所に、エリオットの迷走は加速していく。
「ルミールがカイル公爵の隣にいたのも、私を嫉妬させるための狂言に違いない。あんな不気味な顔をして、一生懸命に私を遠ざけようとする……。くっ、愛おしいじゃないか!」
「エリオット様!? 正気に戻ってください! お姉様は本気で貴方を消し去ろうとしていましたわよ!?」
「フッ、ラーナ。君には分からないだろうな。大人の恋の駆け引きというものが」
エリオットは、どこから取り出したのか、手鏡を見て自分の前髪を整え始めた。
「待っていろ、ルミール。君のその氷のような心を、私の熱い抱擁で溶かしてあげよう。あんな隣国の公爵などに、君を渡してなるものか!」
一方その頃、辺境の別荘では。
(……っくしゅん! ……あー、誰かが私の噂をしてるわね。きっとラーナが私の呪い代行サービスでも始めたんだわ。失礼しちゃう!)
私は、新しく開発した『全自動・肩揉み魔導チェア』に身を任せ、極楽のひとときを過ごしていた。
「おや、風邪かな? それとも、王都の元婚約者が君への『歪んだ情熱』を燃やしている予兆かな」
テラスの柵に腰掛けたカイル様が、可笑しそうに私を見た。
(予兆!? やめてよ、縁起でもない! あの王子とは、もう一生関わりたくないんだから!)
私はボードを手に取り、高速で文字を書き換えた。
『カイル様、変な冗談はやめてください。あんな王子、私の「芝刈り魔王」の餌食にするのも勿体ないくらいです』
「ははは。心の中では『生理的に無理! 視界に入れないで!』と全力で拒絶しているね。……でもルミール、あの王子は相当に思い込みが激しい。また何か仕掛けてくるかもしれないよ」
カイル様は私の隣に歩み寄ると、私の頬を指先で優しく撫でた。
(……っ。またそうやって、不意打ちでドキドキさせる……! これ、心臓に悪いって言ってるじゃない!)
私の顔は、羞恥心と動揺により、「次の一撃で貴様の心臓を握りつぶす」という戦神のような迫力を放ち始めた。
「……近、い」
(「顔が近すぎて、私の語彙力が死滅してしまいます。どうか三メートルほど離れてください」という、乙女な悲鳴!)
「三メートル? 嫌だね。僕は君の『うるさすぎる愛の告白(心の声)』を、一番近くで聴いていたいんだ」
(……っ、だ、誰も愛の告白なんてしてないわよ! 今の声は、ただの動悸よ!)
「ほう。動悸にしては、随分と甘い響きだったけれど?」
カイル様の悪戯っぽい微笑みに、私はついにオーバーヒートを起こし、指先から小さな火花を散らした。
(あああああ! もう! 王子は変な方向へ迷走するし、カイル様は距離感がバグってるし! 私の静かなスローライフはどこ!?)
私の内心の絶叫は、別荘の屋根を震わせるほどの魔圧となって周囲に広がった。
森の鳥たちが一斉に飛び立ち、近くを散歩していた鹿たちが「魔王が目覚めた!」と言わんばかりに逃げ惑う。
そんな中、王都ではエリオット王子が「ルミールへの愛のポエム」を綴り始めていた……。
最悪の再会が、すぐそこまで迫っていることなど、この時の私はまだ知る由もなかったのである。
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