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「……セバス。今度は何? 空から王子でも降ってきたの?」
私は、ビーズクッションに埋もれたまま、ドアを叩く微かな音に反応した。
ウィルフレイド様を塩で追い払ってから数時間。ようやく訪れた平穏を、再び誰かが踏みにじろうとしている。
「いいえ、お嬢様。今回は空からではなく、正面玄関からでございます。……男爵令嬢のリリアン様が、血相を変えてお越しです」
「リリアンさんが? あざとい笑顔を振りまきに? 悪いけれど、今の私には彼女を可愛がる体力も、毒を吐く気力もないわ」
「それが……『一目だけでいいから、お師匠様に会わせてほしい』と泣きついておられまして。門番も困り果てております」
私は思わず、クッションから顔を跳ね上げた。
「……お師匠様? 誰のことかしら。この家にそんな高尚な人間が住んでいるなんて初耳だわ」
「どうやら、お嬢様のことのようでございます」
嫌な予感しかしない。
私は、仕方なく「綿スモック」のシワを適当に伸ばし、手近にあったブランケットを腰に巻きつけて応接室へと向かった。
応接室の扉を開けると、そこには、いつものフリフリしたドレスではなく、どこかクタッとした旅装束に身を包んだリリアンさんがいた。
彼女は私の顔を見るなり、床に膝をついて叫んだ。
「お師匠様! 私、もう限界です! どうか、ダラけ方の極意を教えてください!」
「……。とりあえず、その『お師匠様』という呼び方をやめてもらえるかしら。鼓膜が拒絶反応を起こしているわ」
「だって、だって……! ウィル様ったら、毎日毎日『ディアナならこうしていた』とか『ディアナはもっと効率的だった』とか! 私をなんだと思っているんですか! 私はシュークリームを食べるために生まれてきたんです!」
「それは、ご愁傷様ね。でも、私には関係ないわ。私はもう引退したのよ」
私はソファに どさりと腰を下ろし、行儀悪く足を組んだ。
「関係あります! 私、気づいたんです。あんな王子様と結婚して王妃様になったら、一生、休めないって! あの日、パーティー会場から颯爽と去っていくお師匠様の背中は、誰よりも輝いて見えました!」
リリアンさんは、目をキラキラさせて私に詰め寄ってきた。
「私、お師匠様のように、強く、美しく、そして徹底的にダラけたいんです! どうすればそんなに、堂々と廃人になれるんですか!?」
「……。ダラけるのは、逃げではないわ。それは『自分を守るための聖域』なのよ。リリアンさん、あなたにその覚悟があるの?」
「あります! ウエストが三センチ増えても、髪がボサボサになっても構いません!」
(……この子、意外とガッツがあるわね)
私は、セバスに目配せをした。
「セバス。彼女に、私がさっきまで食べていた『激辛ポテトチップス』を持ってきて」
「畏まりました。お飲み物は、炭酸の抜けた甘ったるいジュースでよろしいですか?」
「ええ、それが一番『自堕落』にふさわしいわ」
運ばれてきたポテトチップスを、リリアンさんは戸惑いながらも口に運んだ。
「……っ! 辛っ! え、でも……なんだか、止まりませんわ」
「いい? リリアン。廃人の第一歩は、『明日の自分に期待しないこと』よ。今この瞬間の快楽に、全神経を集中させるの」
私は彼女の隣に座り、髪をさらにぐちゃぐちゃに乱してやった。
「髪を整える時間を、昼寝に回しなさい。誰かに良く思われようとする心を、捨てなさい。……それができて初めて、あなたは『定休日』の門を叩けるのよ」
「お、お師匠様……! 私、目が覚めましたわ! 私、今まで無理をして『可愛いヒロイン』を演じていたんです……本当は、一日中ベッドでゴロゴロしながら、騎士物語の同人誌を読んでいたいだけなのに……!」
「あら、いい趣味じゃない。気が合いそうね」
私たちは、そのまま応接室の床に座り込み、ポテトチップスを貪りながら、王子の愚痴と「いかに楽をして生きるか」という高度な戦略会議を始めた。
「……お嬢様。少々よろしいでしょうか」
数時間後、セバスが静かに現れた。
「何? 今、いいところなのよ。リリアンさんに『二度寝の二段階右折』について伝授していたところなんだから」
「申し訳ありません。ですが、カイル様が『公爵邸の食費とクリーニング代が異常に跳ね上がっている。これ以上の廃人受け入れは国家予算に関わる』と、般若のような顔で廊下に立っておられます」
「……。リリアンさん。どうやら、私たちの敵は王子だけではないようね」
「望むところです、お師匠様! 私、カイル様の小言をBGMに寝る練習をします!」
こうして、私の「定休日」には、なぜか招かれざる「弟子」が加わることになった。
完璧な独り占めの休日ではなくなってしまったが、まあ、愚痴を言い合える仲間がいるのも、悪くはない。
……カイルの冷たい視線さえ無視できれば、の話だけれど。
私は、ビーズクッションに埋もれたまま、ドアを叩く微かな音に反応した。
ウィルフレイド様を塩で追い払ってから数時間。ようやく訪れた平穏を、再び誰かが踏みにじろうとしている。
「いいえ、お嬢様。今回は空からではなく、正面玄関からでございます。……男爵令嬢のリリアン様が、血相を変えてお越しです」
「リリアンさんが? あざとい笑顔を振りまきに? 悪いけれど、今の私には彼女を可愛がる体力も、毒を吐く気力もないわ」
「それが……『一目だけでいいから、お師匠様に会わせてほしい』と泣きついておられまして。門番も困り果てております」
私は思わず、クッションから顔を跳ね上げた。
「……お師匠様? 誰のことかしら。この家にそんな高尚な人間が住んでいるなんて初耳だわ」
「どうやら、お嬢様のことのようでございます」
嫌な予感しかしない。
私は、仕方なく「綿スモック」のシワを適当に伸ばし、手近にあったブランケットを腰に巻きつけて応接室へと向かった。
応接室の扉を開けると、そこには、いつものフリフリしたドレスではなく、どこかクタッとした旅装束に身を包んだリリアンさんがいた。
彼女は私の顔を見るなり、床に膝をついて叫んだ。
「お師匠様! 私、もう限界です! どうか、ダラけ方の極意を教えてください!」
「……。とりあえず、その『お師匠様』という呼び方をやめてもらえるかしら。鼓膜が拒絶反応を起こしているわ」
「だって、だって……! ウィル様ったら、毎日毎日『ディアナならこうしていた』とか『ディアナはもっと効率的だった』とか! 私をなんだと思っているんですか! 私はシュークリームを食べるために生まれてきたんです!」
「それは、ご愁傷様ね。でも、私には関係ないわ。私はもう引退したのよ」
私はソファに どさりと腰を下ろし、行儀悪く足を組んだ。
「関係あります! 私、気づいたんです。あんな王子様と結婚して王妃様になったら、一生、休めないって! あの日、パーティー会場から颯爽と去っていくお師匠様の背中は、誰よりも輝いて見えました!」
リリアンさんは、目をキラキラさせて私に詰め寄ってきた。
「私、お師匠様のように、強く、美しく、そして徹底的にダラけたいんです! どうすればそんなに、堂々と廃人になれるんですか!?」
「……。ダラけるのは、逃げではないわ。それは『自分を守るための聖域』なのよ。リリアンさん、あなたにその覚悟があるの?」
「あります! ウエストが三センチ増えても、髪がボサボサになっても構いません!」
(……この子、意外とガッツがあるわね)
私は、セバスに目配せをした。
「セバス。彼女に、私がさっきまで食べていた『激辛ポテトチップス』を持ってきて」
「畏まりました。お飲み物は、炭酸の抜けた甘ったるいジュースでよろしいですか?」
「ええ、それが一番『自堕落』にふさわしいわ」
運ばれてきたポテトチップスを、リリアンさんは戸惑いながらも口に運んだ。
「……っ! 辛っ! え、でも……なんだか、止まりませんわ」
「いい? リリアン。廃人の第一歩は、『明日の自分に期待しないこと』よ。今この瞬間の快楽に、全神経を集中させるの」
私は彼女の隣に座り、髪をさらにぐちゃぐちゃに乱してやった。
「髪を整える時間を、昼寝に回しなさい。誰かに良く思われようとする心を、捨てなさい。……それができて初めて、あなたは『定休日』の門を叩けるのよ」
「お、お師匠様……! 私、目が覚めましたわ! 私、今まで無理をして『可愛いヒロイン』を演じていたんです……本当は、一日中ベッドでゴロゴロしながら、騎士物語の同人誌を読んでいたいだけなのに……!」
「あら、いい趣味じゃない。気が合いそうね」
私たちは、そのまま応接室の床に座り込み、ポテトチップスを貪りながら、王子の愚痴と「いかに楽をして生きるか」という高度な戦略会議を始めた。
「……お嬢様。少々よろしいでしょうか」
数時間後、セバスが静かに現れた。
「何? 今、いいところなのよ。リリアンさんに『二度寝の二段階右折』について伝授していたところなんだから」
「申し訳ありません。ですが、カイル様が『公爵邸の食費とクリーニング代が異常に跳ね上がっている。これ以上の廃人受け入れは国家予算に関わる』と、般若のような顔で廊下に立っておられます」
「……。リリアンさん。どうやら、私たちの敵は王子だけではないようね」
「望むところです、お師匠様! 私、カイル様の小言をBGMに寝る練習をします!」
こうして、私の「定休日」には、なぜか招かれざる「弟子」が加わることになった。
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