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「……お嬢様。お耳を汚すようで恐縮ですが、社交界では今、とんでもない噂が駆け巡っております」
セバスが、銀のトレイに乗せた最新の「社交界新聞」をうやうやしく差し出してきた。
私はソファに寝そべり、リリアンに足ツボをマッサージさせながら(彼女は『これも修行ですわ!』と意気込んでいる)、その見出しを眺めた。
『悲報:氷の薔薇、ついに散る? ディアナ令嬢、婚約破棄のショックで病床に伏す』
「……あら、私が散るなんて。まだ一分咲きの廃人だというのに、失礼しちゃうわね」
「続きがございます。……『目撃者の証言によれば、彼女の頬はこけ、肌は土気色になり、もはや自力で立ち上がることも叶わない重病とのこと』だそうです」
私は鏡を手に取った。そこには、連日の昼寝と高カロリーな間食のおかげで、かつてないほどツヤツヤした肌の私が映っている。
「土気色どころか、薔薇色じゃない。リリアン、あなたのマッサージの効果かしら?」
「光栄ですわ、お師匠様! でも、私のマッサージで土気色になったら、それはもう暗殺の域ですわ!」
リリアンが私の足をぐいっと押すと、私は心地よい悲鳴を上げた。
そこに、書類の束(最近、日に日に厚くなっている)を抱えたカイルが、氷のような無表情で入ってきた。
「……ディアナ。その『病死寸前』という噂だが、尾ひれがついてさらに酷いことになっているぞ」
「あら、カイル。今度は何? 私が天に召されて、王都に雪でも降らせたことになってる?」
「笑い事ではない。今朝、王宮に『ディアナ令嬢の追悼式をいつ行うのか』という問い合わせが三件も届いた。おまけに、リリアン様についても『聖女の慈愛で彼女を看病し、共に力尽きた』という美談に仕立て上げられている」
「私まで!? 嬉しいですわお師匠様、私、歴史に名を残せそうです!」
リリアンが目を輝かせたが、カイルは彼女を冷たく一蹴した。
「名を残す前に、あなたの実家が『娘を返せ』と王宮に怒鳴り込んできている。……殿下は殿下で、『私のせいで二人の乙女が……!』と、執務室でずっと竪琴を弾きながら泣いている。仕事が完全に止まった」
「……地獄ね。その竪琴、弦を全部切ってあげればいいのに」
私は起き上がり、悪い微笑みを浮かべた。
「ねえ、カイル。この噂、否定するどころか、もっと煽ってみない?」
「……何を企んでいる」
「私が『病死寸前』なら、誰も私をパーティーに誘わないわよね? 王子も、無理に私を連れ戻そうとしたら『病人を虐める非道な男』として糾弾されるわ」
私はセバスに向き直った。
「セバス。明日から、公爵邸の門に『面会謝絶』の大きな看板を立てて。それから、ときどき窓から白い布を振って、『ああ、もうダメですわ……』と悲痛な声を出しなさい」
「畏まりました。悲劇の執事を演じるのは、得意分野でございます」
「お師匠様、私は!? 私は何をすればいいんですか!?」
「リリアン、あなたは……そうね。ときどき庭に出て、虚空を見つめながら『ああ、ディアナ様……光が、光が消えていく……』と呟いて。もちろん、ボロボロの格好でね」
「任せてください! 私、学芸会では村人A役で絶賛された演技力を持っていますから!」
カイルが頭を押さえて、深いため息をついた。
「……。君たち、いい加減にしろ。国家を巻き込んで『壮大な仮病』を演じるつもりか」
「仮病じゃないわ、カイル。これは『平穏な定休日を守るための防衛戦』よ。あなたが私の味方なら、王宮でしっかり『彼女の命は、あと数回のポテトチップス分しか残っていない』と伝えてきて」
「そんなバカげた報告ができるか! ……と言いたいところだが、今の殿下を黙らせるには、それくらいのショックが必要かもしれんな」
カイルは諦めたように、手元の書類に「重病のため公務復帰不可」というスタンプを力任せに押した。
「……。ただし、条件がある。噂が落ち着くまで、君は絶対に屋敷の外に出るな。もしツヤツヤした顔で市場を歩いているところを見られたら、私の首が飛ぶ」
「ええ、もちろんよ。私はこの布団という名の聖域から、一歩も出るつもりはないわ」
こうして、グラナート公爵邸は「悲劇の舞台」へと変貌した。
外では人々が涙し、王子が竪琴を奏で、社交界が沈黙に包まれる中。
屋敷の中では、二人の令嬢が最新のスイーツを囲んで、これ以上ないほど元気に「定休日」を謳歌していた。
「……お師匠様、この新作のタルト、絶品ですわ! 死んでもいいくらい美味しいです!」
「ダメよ、リリアン。本当に死んだら、明日の朝寝坊ができなくなるでしょう?」
二人の高笑いは、厚いカーテンに遮られ、決して外に漏れることはなかった。
セバスが、銀のトレイに乗せた最新の「社交界新聞」をうやうやしく差し出してきた。
私はソファに寝そべり、リリアンに足ツボをマッサージさせながら(彼女は『これも修行ですわ!』と意気込んでいる)、その見出しを眺めた。
『悲報:氷の薔薇、ついに散る? ディアナ令嬢、婚約破棄のショックで病床に伏す』
「……あら、私が散るなんて。まだ一分咲きの廃人だというのに、失礼しちゃうわね」
「続きがございます。……『目撃者の証言によれば、彼女の頬はこけ、肌は土気色になり、もはや自力で立ち上がることも叶わない重病とのこと』だそうです」
私は鏡を手に取った。そこには、連日の昼寝と高カロリーな間食のおかげで、かつてないほどツヤツヤした肌の私が映っている。
「土気色どころか、薔薇色じゃない。リリアン、あなたのマッサージの効果かしら?」
「光栄ですわ、お師匠様! でも、私のマッサージで土気色になったら、それはもう暗殺の域ですわ!」
リリアンが私の足をぐいっと押すと、私は心地よい悲鳴を上げた。
そこに、書類の束(最近、日に日に厚くなっている)を抱えたカイルが、氷のような無表情で入ってきた。
「……ディアナ。その『病死寸前』という噂だが、尾ひれがついてさらに酷いことになっているぞ」
「あら、カイル。今度は何? 私が天に召されて、王都に雪でも降らせたことになってる?」
「笑い事ではない。今朝、王宮に『ディアナ令嬢の追悼式をいつ行うのか』という問い合わせが三件も届いた。おまけに、リリアン様についても『聖女の慈愛で彼女を看病し、共に力尽きた』という美談に仕立て上げられている」
「私まで!? 嬉しいですわお師匠様、私、歴史に名を残せそうです!」
リリアンが目を輝かせたが、カイルは彼女を冷たく一蹴した。
「名を残す前に、あなたの実家が『娘を返せ』と王宮に怒鳴り込んできている。……殿下は殿下で、『私のせいで二人の乙女が……!』と、執務室でずっと竪琴を弾きながら泣いている。仕事が完全に止まった」
「……地獄ね。その竪琴、弦を全部切ってあげればいいのに」
私は起き上がり、悪い微笑みを浮かべた。
「ねえ、カイル。この噂、否定するどころか、もっと煽ってみない?」
「……何を企んでいる」
「私が『病死寸前』なら、誰も私をパーティーに誘わないわよね? 王子も、無理に私を連れ戻そうとしたら『病人を虐める非道な男』として糾弾されるわ」
私はセバスに向き直った。
「セバス。明日から、公爵邸の門に『面会謝絶』の大きな看板を立てて。それから、ときどき窓から白い布を振って、『ああ、もうダメですわ……』と悲痛な声を出しなさい」
「畏まりました。悲劇の執事を演じるのは、得意分野でございます」
「お師匠様、私は!? 私は何をすればいいんですか!?」
「リリアン、あなたは……そうね。ときどき庭に出て、虚空を見つめながら『ああ、ディアナ様……光が、光が消えていく……』と呟いて。もちろん、ボロボロの格好でね」
「任せてください! 私、学芸会では村人A役で絶賛された演技力を持っていますから!」
カイルが頭を押さえて、深いため息をついた。
「……。君たち、いい加減にしろ。国家を巻き込んで『壮大な仮病』を演じるつもりか」
「仮病じゃないわ、カイル。これは『平穏な定休日を守るための防衛戦』よ。あなたが私の味方なら、王宮でしっかり『彼女の命は、あと数回のポテトチップス分しか残っていない』と伝えてきて」
「そんなバカげた報告ができるか! ……と言いたいところだが、今の殿下を黙らせるには、それくらいのショックが必要かもしれんな」
カイルは諦めたように、手元の書類に「重病のため公務復帰不可」というスタンプを力任せに押した。
「……。ただし、条件がある。噂が落ち着くまで、君は絶対に屋敷の外に出るな。もしツヤツヤした顔で市場を歩いているところを見られたら、私の首が飛ぶ」
「ええ、もちろんよ。私はこの布団という名の聖域から、一歩も出るつもりはないわ」
こうして、グラナート公爵邸は「悲劇の舞台」へと変貌した。
外では人々が涙し、王子が竪琴を奏で、社交界が沈黙に包まれる中。
屋敷の中では、二人の令嬢が最新のスイーツを囲んで、これ以上ないほど元気に「定休日」を謳歌していた。
「……お師匠様、この新作のタルト、絶品ですわ! 死んでもいいくらい美味しいです!」
「ダメよ、リリアン。本当に死んだら、明日の朝寝坊ができなくなるでしょう?」
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