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「……ディアナ。念のために確認するが、君のその目は開いているのか? それとも、ただ描いているだけか?」
王宮大広間の入り口で、エスコートするカイルが、私の耳元で極限まで声を潜めて囁いた。
私は、羽飾りのついた扇で口元を隠し、微動だにせず答える。
「……カイル。失礼なことを言わないで。開いているわよ、一ミリくらいは」
「一ミリか。それは世間一般では『閉じている』と言うんだ」
「いいのよ。今の私は『病弱で、光を浴びるのも辛い令嬢』なの。これくらいがリアリティというものだわ」
大広間の重厚な扉が開かれた瞬間、会場中の視線が私たちに突き刺さった。
一ヶ月前、罵倒を浴びせて追い出したはずの「悪役令嬢」の登場に、貴族たちがざわめき立つ。
「……おお、見ろ。グラナート公爵令嬢だ」
「なんて痛々しい……。肌は真っ白で、まるで陶器の人形のようだわ」
(……それは、セバスが『不健康に見えるように』と気合を入れて塗った、最高級の白粉のせいよ)
「歩き方を見て。一歩一歩が、まるで薄氷を踏むかのよう……。相当、お体が悪いのでは?」
(……それは、ドレスの中のクッションが足に絡まって、まともに歩けないだけよ)
私は、カイルに支えられながら、会場の中央へと進んだ。
そこへ、真っ先に駆け寄ってきたのは、案の定、ウィルフレイド様だった。
「ディアナ! リリアン! ああ、二人とも、よくぞ生きていてくれた!」
王子の後ろからは、案の定、不満げな表情のリリアンが、私と同じような「もこもこドレス」を引きずりながら現れる。
「ウィル様ぁ……。大きな声を出さないでくださいまし。お師匠様の……いえ、ディアナ様の繊細な鼓膜が破れてしまいますわ」
「リリアン! 君までそんなにやつれて……。一体、公爵邸でどんな過酷な看病をしていたんだ!」
(……毎日ポテトチップスを揚げて、徹夜で恋愛小説を読んでいただけだなんて、口が裂けても言えないわね)
私は、扇をさらに深く構え、スッと目を閉じた。
ここだ。今こそ、この「羽毛袖」の真価を発揮する時。
私は腕を組み、自然な動作で右の袖に顎を乗せた。
「……ディアナ? なぜ黙り込む? 私が怖くて声も出ないのか?」
「……」
「ディアナ! 返事をしてくれ! 私は君に、今までの非を……」
王子の叫びを遠くに聞きながら、私は意識を完全に遮断した。
ふわっふわ。なにこれ、最高。この袖、私のために生まれてきたわ。
「……お、おい。カイル。彼女、さっきから動かないが……。もしや、立ったまま事切れているのでは……!?」
「……。殿下、ご安心を。彼女は今、『瞑想』をされているのです」
カイルが、嘘八百を並べ立てるのが聞こえる。
「瞑想だと? パーティーの最中にか?」
「ええ。あまりにお体が弱っているため、精神を研ぎ澄ませて、この場の『生命エネルギー』を吸収しなければ立っていられないのです。……どうか、彼女の神聖な休息を邪魔しないでいただきたい」
「め、瞑想……。なんて気高いんだ。死の淵にあっても、なお公爵令嬢としての矜持を保とうとするその姿勢……!」
会場に、感嘆の溜息が広がった。
「見ろ。あの微動だにしない立ち姿。まるで伝説の聖女のようだ」
「病を隠し、王家の呼び出しに応えるために、魂の力だけで立っていらっしゃるのね……」
(……いや、ただ寝てるだけ。袖が枕になってるだけだから)
私は夢の中で、山のようなパンケーキを食べていた。
カイルが私の耳元で、「おい、ディアナ。そろそろ国王陛下がいらっしゃる。起きて一ミリ以上は目を開けろ」と、爪を立てて私の腕を掴むまでは。
「……ッ!? あ、あら……。ごきげんよう、皆様」
私は、ハッと我に返り、何事もなかったかのように扇を翻した。
「……。今、一瞬だけ、白目を剥いていなかったか?」
「気のせいですわ、ウィルフレイド様。私は今、精霊たちと『定休日のあり方』について対話をしておりましたの」
「せいれい……? よくわからんが、やはりディアナは凄い! 私が選んだリリアンも素晴らしいが、ディアナのその……超然とした雰囲気も、捨てがたいものがあるな!」
(……まだ、そんなことを言っているのね。この王子、本当に救いようがないわ)
私は、隣で同じように立ったまま寝かけていたリリアンの脇腹を突き、現実へと引き戻した。
私たちの「生存確認」は、図らずも「高潔な令嬢の奇跡」として、社交界の伝説に新たな一頁を書き加えようとしていた。
「定休日」の番外編は、思わぬ誤解と、最高の寝心地と共に更けていく。
私は、国王陛下の入場を待ちながら、今度は左の袖に顎を乗せる準備を始めるのだった。
王宮大広間の入り口で、エスコートするカイルが、私の耳元で極限まで声を潜めて囁いた。
私は、羽飾りのついた扇で口元を隠し、微動だにせず答える。
「……カイル。失礼なことを言わないで。開いているわよ、一ミリくらいは」
「一ミリか。それは世間一般では『閉じている』と言うんだ」
「いいのよ。今の私は『病弱で、光を浴びるのも辛い令嬢』なの。これくらいがリアリティというものだわ」
大広間の重厚な扉が開かれた瞬間、会場中の視線が私たちに突き刺さった。
一ヶ月前、罵倒を浴びせて追い出したはずの「悪役令嬢」の登場に、貴族たちがざわめき立つ。
「……おお、見ろ。グラナート公爵令嬢だ」
「なんて痛々しい……。肌は真っ白で、まるで陶器の人形のようだわ」
(……それは、セバスが『不健康に見えるように』と気合を入れて塗った、最高級の白粉のせいよ)
「歩き方を見て。一歩一歩が、まるで薄氷を踏むかのよう……。相当、お体が悪いのでは?」
(……それは、ドレスの中のクッションが足に絡まって、まともに歩けないだけよ)
私は、カイルに支えられながら、会場の中央へと進んだ。
そこへ、真っ先に駆け寄ってきたのは、案の定、ウィルフレイド様だった。
「ディアナ! リリアン! ああ、二人とも、よくぞ生きていてくれた!」
王子の後ろからは、案の定、不満げな表情のリリアンが、私と同じような「もこもこドレス」を引きずりながら現れる。
「ウィル様ぁ……。大きな声を出さないでくださいまし。お師匠様の……いえ、ディアナ様の繊細な鼓膜が破れてしまいますわ」
「リリアン! 君までそんなにやつれて……。一体、公爵邸でどんな過酷な看病をしていたんだ!」
(……毎日ポテトチップスを揚げて、徹夜で恋愛小説を読んでいただけだなんて、口が裂けても言えないわね)
私は、扇をさらに深く構え、スッと目を閉じた。
ここだ。今こそ、この「羽毛袖」の真価を発揮する時。
私は腕を組み、自然な動作で右の袖に顎を乗せた。
「……ディアナ? なぜ黙り込む? 私が怖くて声も出ないのか?」
「……」
「ディアナ! 返事をしてくれ! 私は君に、今までの非を……」
王子の叫びを遠くに聞きながら、私は意識を完全に遮断した。
ふわっふわ。なにこれ、最高。この袖、私のために生まれてきたわ。
「……お、おい。カイル。彼女、さっきから動かないが……。もしや、立ったまま事切れているのでは……!?」
「……。殿下、ご安心を。彼女は今、『瞑想』をされているのです」
カイルが、嘘八百を並べ立てるのが聞こえる。
「瞑想だと? パーティーの最中にか?」
「ええ。あまりにお体が弱っているため、精神を研ぎ澄ませて、この場の『生命エネルギー』を吸収しなければ立っていられないのです。……どうか、彼女の神聖な休息を邪魔しないでいただきたい」
「め、瞑想……。なんて気高いんだ。死の淵にあっても、なお公爵令嬢としての矜持を保とうとするその姿勢……!」
会場に、感嘆の溜息が広がった。
「見ろ。あの微動だにしない立ち姿。まるで伝説の聖女のようだ」
「病を隠し、王家の呼び出しに応えるために、魂の力だけで立っていらっしゃるのね……」
(……いや、ただ寝てるだけ。袖が枕になってるだけだから)
私は夢の中で、山のようなパンケーキを食べていた。
カイルが私の耳元で、「おい、ディアナ。そろそろ国王陛下がいらっしゃる。起きて一ミリ以上は目を開けろ」と、爪を立てて私の腕を掴むまでは。
「……ッ!? あ、あら……。ごきげんよう、皆様」
私は、ハッと我に返り、何事もなかったかのように扇を翻した。
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(……まだ、そんなことを言っているのね。この王子、本当に救いようがないわ)
私は、隣で同じように立ったまま寝かけていたリリアンの脇腹を突き、現実へと引き戻した。
私たちの「生存確認」は、図らずも「高潔な令嬢の奇跡」として、社交界の伝説に新たな一頁を書き加えようとしていた。
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