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「……ふぅ。限界だわ。カイル、もう私のライフはゼロよ。今すぐこの場に布団を敷いてちょうだい」
パーティー会場の喧騒を抜け出し、私はテラスの冷たい空気に身を委ねた。
「もこもこドレス」の重みと、睡魔との格闘。社交界への復帰という名の「出勤」は、私の精神をボロ雑巾のように疲れさせていた。
「……お疲れ様。陛下への挨拶は済ませたし、王子も今はリリアン様に捕まっている。少しは休めるだろう」
カイルが、私の隣で静かに手すりへ寄りかかった。
彼は、会場からくすねてきたらしい冷たいベリージュースを私に差し出した。
「助かるわ。……ねえカイル。私、やっぱり向いていないわ、外の世界。明日からは公爵邸の門にバリケードを築いて、一生をあの中で終えたい」
「バリケードを築いても、王命には勝てんよ。今日のように、君の『生存』を盾に引きずり出されるのがオチだ」
「……地獄ね。どこまでも働かせようとするなんて、この国の重労働法はどうなっているのかしら」
私はジュースを一口飲み、夜空を見上げた。
カイルはしばらく沈黙していたが、不意に懐から一通の書面を取り出した。
「……ディアナ。今後の君の『定休日』を恒久的に維持するための、一つの提案がある」
「提案? また何か、面倒な手続きが必要なの?」
「いいえ。むしろ、あらゆる手続きを簡略化するための、一括契約だ」
カイルは、月の光の下でその書面を広げた。
そこには、流麗な文字で『婚約及び隠居生活保障に関する合意書』と記されていた。
「……何これ。婚約、と……隠居?」
「結論から言おう。君が私の妻になれば、グラナート公爵家とアシュフォード侯爵家の権威を合わせ、王家からの不当な公務要請を完全にシャットアウトできる」
カイルは、事務的な口調で淡々と続けた。
「君は私の屋敷の奥で、好きなだけ寝ていればいい。食事、寝具、最新の小説、そして『何もしない権利』。これらすべてを、私が生涯にわたって提供することを保証する」
「……。それって、要するに」
「ああ。事務的に言って、私は君に求婚している。……これは、君の『定休日』を守るための、最も効率的で合理的な解決策だ」
私はジュースを飲む手を止め、カイルの顔をじっと見つめた。
彼の表情は、いつも通り冷静沈着な「宰相」のままだ。
だが、書面を握る指先が、わずかに震えているのを私は見逃さなかった。
「カイル。……あなた、私のことが好きなの?」
「……。その質問は、契約の履行に関係があるか?」
「あるわよ。愛のない定休日は、ただの独房だもの」
カイルは一度、深く息を吐き、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「……。……好きだ。事務的な利便性を抜きにしても、君が隣でいびきをかいていないと、私は書類を捌く意欲が湧かないほどにはな」
「……。それ、告白としては最低の部類に入るわよ」
「知っている。だが、これが私の精一杯だ。……どうだ、ディアナ。私の『福利厚生』を受ける気はあるか?」
私は、受け取った合意書を眺めた。
『週休五日、残りの二日も半休。昼寝の妨害は死罪に値する』。
……なんて魅力的な条件。
「いいわ。ただし、一つ条件を付け加えさせて」
「何だ。金貨の増額か? それとも枕のグレードアップか?」
「いいえ。……たまには、二人で一緒にダラダラすること。カイル、あなたも働きすぎなのよ」
カイルは、一瞬だけ目を見開いた後、ふっと柔らかく微笑んだ。
「……。それは、契約違反だな。私の仕事が減れば、君の定休日を守る盾が弱くなる」
「いいのよ。盾が壊れたら、二人で一緒に逃げればいいわ。……返事は、『イエス』よ。私の未来の旦那様」
私は、彼の手からペンを取り、その合意書にサインをした。
テラスに吹き抜ける夜風が、今度は少しだけ暖かく感じられた。
「……。よし、契約成立だ。これで君は、法的に私のもの……いや、私の保護下にある」
「ええ、よろしく頼むわ。……ねえ、ところで旦那様。今すぐここでおんぶして、馬車まで運んでくれない?」
「……。まだ仕事は終わっていないのだが。……まあ、契約の第一条『妻の安眠を最優先する』に従うとしよう」
カイルの背中に飛び乗ると、彼は文句を言いながらも、しっかりと私を支えて歩き出した。
背後でパーティーの音楽が遠ざかっていく。
私の「定休日」は、どうやら世界で一番口うるさくて、世界で一番甘い「専属ガードマン」を手に入れたようだった。
パーティー会場の喧騒を抜け出し、私はテラスの冷たい空気に身を委ねた。
「もこもこドレス」の重みと、睡魔との格闘。社交界への復帰という名の「出勤」は、私の精神をボロ雑巾のように疲れさせていた。
「……お疲れ様。陛下への挨拶は済ませたし、王子も今はリリアン様に捕まっている。少しは休めるだろう」
カイルが、私の隣で静かに手すりへ寄りかかった。
彼は、会場からくすねてきたらしい冷たいベリージュースを私に差し出した。
「助かるわ。……ねえカイル。私、やっぱり向いていないわ、外の世界。明日からは公爵邸の門にバリケードを築いて、一生をあの中で終えたい」
「バリケードを築いても、王命には勝てんよ。今日のように、君の『生存』を盾に引きずり出されるのがオチだ」
「……地獄ね。どこまでも働かせようとするなんて、この国の重労働法はどうなっているのかしら」
私はジュースを一口飲み、夜空を見上げた。
カイルはしばらく沈黙していたが、不意に懐から一通の書面を取り出した。
「……ディアナ。今後の君の『定休日』を恒久的に維持するための、一つの提案がある」
「提案? また何か、面倒な手続きが必要なの?」
「いいえ。むしろ、あらゆる手続きを簡略化するための、一括契約だ」
カイルは、月の光の下でその書面を広げた。
そこには、流麗な文字で『婚約及び隠居生活保障に関する合意書』と記されていた。
「……何これ。婚約、と……隠居?」
「結論から言おう。君が私の妻になれば、グラナート公爵家とアシュフォード侯爵家の権威を合わせ、王家からの不当な公務要請を完全にシャットアウトできる」
カイルは、事務的な口調で淡々と続けた。
「君は私の屋敷の奥で、好きなだけ寝ていればいい。食事、寝具、最新の小説、そして『何もしない権利』。これらすべてを、私が生涯にわたって提供することを保証する」
「……。それって、要するに」
「ああ。事務的に言って、私は君に求婚している。……これは、君の『定休日』を守るための、最も効率的で合理的な解決策だ」
私はジュースを飲む手を止め、カイルの顔をじっと見つめた。
彼の表情は、いつも通り冷静沈着な「宰相」のままだ。
だが、書面を握る指先が、わずかに震えているのを私は見逃さなかった。
「カイル。……あなた、私のことが好きなの?」
「……。その質問は、契約の履行に関係があるか?」
「あるわよ。愛のない定休日は、ただの独房だもの」
カイルは一度、深く息を吐き、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「……。……好きだ。事務的な利便性を抜きにしても、君が隣でいびきをかいていないと、私は書類を捌く意欲が湧かないほどにはな」
「……。それ、告白としては最低の部類に入るわよ」
「知っている。だが、これが私の精一杯だ。……どうだ、ディアナ。私の『福利厚生』を受ける気はあるか?」
私は、受け取った合意書を眺めた。
『週休五日、残りの二日も半休。昼寝の妨害は死罪に値する』。
……なんて魅力的な条件。
「いいわ。ただし、一つ条件を付け加えさせて」
「何だ。金貨の増額か? それとも枕のグレードアップか?」
「いいえ。……たまには、二人で一緒にダラダラすること。カイル、あなたも働きすぎなのよ」
カイルは、一瞬だけ目を見開いた後、ふっと柔らかく微笑んだ。
「……。それは、契約違反だな。私の仕事が減れば、君の定休日を守る盾が弱くなる」
「いいのよ。盾が壊れたら、二人で一緒に逃げればいいわ。……返事は、『イエス』よ。私の未来の旦那様」
私は、彼の手からペンを取り、その合意書にサインをした。
テラスに吹き抜ける夜風が、今度は少しだけ暖かく感じられた。
「……。よし、契約成立だ。これで君は、法的に私のもの……いや、私の保護下にある」
「ええ、よろしく頼むわ。……ねえ、ところで旦那様。今すぐここでおんぶして、馬車まで運んでくれない?」
「……。まだ仕事は終わっていないのだが。……まあ、契約の第一条『妻の安眠を最優先する』に従うとしよう」
カイルの背中に飛び乗ると、彼は文句を言いながらも、しっかりと私を支えて歩き出した。
背後でパーティーの音楽が遠ざかっていく。
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