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「……では、昨晩の婚約合意に基づき、生活細則の策定に入ります。ディアナ様、こちらが修正案です」
翌朝、公爵邸のテラス。
カイルは、朝食のクロワッサンを片手に、もう片方の手で分厚い羊皮紙を広げた。
私は、寝ぼけ眼でカフェオレを啜りながら、その異常な長さの書類を眺める。
「……カイル。婚約の翌朝に、愛の囁きではなく『生活細則』を突きつける男は、この国であなた一人だけだと思うわ」
「愛の囁きは、生活の安定という土台があってこそ響くものです。……さあ、第一条。『起床時間』について。私は十時を提案します」
「却下よ。十時はまだ『夜の余韻』が残っている時間だわ。最短でも午後一時。できれば太陽がやる気を出した頃がいい」
「一時!? それでは昼食を抜くことになります。健康管理義務違反です。……妥協して十一時半。これならブランチに間に合う」
「……十一時四十五分。この十五分の微睡みが、一日の廃人クオリティを決定づけるのよ」
カイルは苦虫を噛み潰したような顔をしたが、渋々ペンを走らせた。
「……分かりました。では、起床は十一時四十五分。……次、第四条。『おやつ及び間食の権利』について。君の要望は?」
「無制限。二十四時間、私の右手が届く範囲にポテトチップスか、それに準ずる塩気のあるものが供給されること」
「即座に却下だ。そんな生活をしたら、一ヶ月で君の体は塩の柱になる。……週に三回、それも一回につき一袋までだ」
「嘘でしょう!? そんなの、砂漠で一滴の水を分け与えられるようなものよ! 週に七回、一回につき二袋。それと、深夜のチョコレート一箱を要求するわ!」
「……。深夜のチョコは、私の胃にも負担がかかる。私が君の隣で書類を捌きながら、君がチョコを貪る姿を見るのは精神衛生上良くない」
隣で、同じように寝癖をつけたリリアンが、口を挟んできた。
「カイル様、お師匠様の言う通りですわ! 甘いものがない定休日なんて、具のないサンドイッチのようなものです! 私も、弟子としての『おやつ配給権』を主張します!」
「リリアン様、あなたは実家へ帰る準備をしてください。……いいか、ディアナ。おやつは一日一回。その代わり、私が自ら最高級のショコラティエから取り寄せたものを出す」
「……。自ら? あなたが、選んでくれるの?」
「……。ああ。君が喜ぶ顔を……いや、不満そうにしない顔を見るのは、私の『福利厚生』の一環だ」
カイルは、ふいと顔を背けた。その耳が少しだけ赤い。
「……ふふ。いいわ、それで手を打ちましょう。……ところで、第七条の『共同活動』って何?」
「文字通り、私と君が共に行う活動だ。週に一度、庭園の散歩、あるいは読書。……それと」
「それと?」
「……。……君が寝る時に、私がその横で本を読む権利だ。一メートル以内の距離で」
テラスに、微妙な沈黙が流れた。
リリアンが「ひゃあぁ……!」と、わざとらしい悲鳴を上げて顔を隠す。
「……。カイル、それって要するに、ただ一緒にいたいだけじゃないの?」
「……。勘違いしないでほしい。監視だ。君が寝言で『婚約破棄!』と叫んで、精神的なダメージを負っていないか確認するための……」
「そんな寝言、一度も言ったことないわ。むしろ『お昼寝最高!』って叫んでいるはずよ」
「……。とにかく。これは私の譲れない条件だ。異論は認めない」
カイルは、まくし立てるようにして書類の最後にサインを促した。
私は、呆れつつも、その書類にペンを入れた。
「はい、サインしたわよ。これで私たちは、世界で一番『条件』に縛られたカップルね」
「……。縛られているのではない。守られているんだ。……これで君は、堂々と私の隣でダラけることができる」
カイルは、署名された書類を大切そうに仕舞い込んだ。
その時。
「ディアナぁぁ! カイルぅぅ! 待て、まだ認めていないぞ! その婚約、王子の名において無効だぁぁ!」
玄関ホールの向こうから、いつもの不法侵入者の叫び声が聞こえてきた。
「……。またあいつか。……セバス。生活細則・第十五条『不快な侵入者への対処』を。……塩の準備を」
「畏まりました。本日は『岩塩』をご用意しております。殿下の心に深く刻まれる痛みとなるでしょう」
「……。カイル。私、交渉に一項目追加していいかしら」
「何だ?」
「王子を追い払った後、私をもう一度二度寝させてちょうだい」
「……。ああ、許可しよう。……ただし、私の腕の中で、だ」
「……。……。あなた、本当に事務的じゃなくなってきたわね」
私の「定休日」は、さらに甘く、さらに騒がしく。
契約書の頁数は、愛の深さに比例して増え続けていくのだった。
翌朝、公爵邸のテラス。
カイルは、朝食のクロワッサンを片手に、もう片方の手で分厚い羊皮紙を広げた。
私は、寝ぼけ眼でカフェオレを啜りながら、その異常な長さの書類を眺める。
「……カイル。婚約の翌朝に、愛の囁きではなく『生活細則』を突きつける男は、この国であなた一人だけだと思うわ」
「愛の囁きは、生活の安定という土台があってこそ響くものです。……さあ、第一条。『起床時間』について。私は十時を提案します」
「却下よ。十時はまだ『夜の余韻』が残っている時間だわ。最短でも午後一時。できれば太陽がやる気を出した頃がいい」
「一時!? それでは昼食を抜くことになります。健康管理義務違反です。……妥協して十一時半。これならブランチに間に合う」
「……十一時四十五分。この十五分の微睡みが、一日の廃人クオリティを決定づけるのよ」
カイルは苦虫を噛み潰したような顔をしたが、渋々ペンを走らせた。
「……分かりました。では、起床は十一時四十五分。……次、第四条。『おやつ及び間食の権利』について。君の要望は?」
「無制限。二十四時間、私の右手が届く範囲にポテトチップスか、それに準ずる塩気のあるものが供給されること」
「即座に却下だ。そんな生活をしたら、一ヶ月で君の体は塩の柱になる。……週に三回、それも一回につき一袋までだ」
「嘘でしょう!? そんなの、砂漠で一滴の水を分け与えられるようなものよ! 週に七回、一回につき二袋。それと、深夜のチョコレート一箱を要求するわ!」
「……。深夜のチョコは、私の胃にも負担がかかる。私が君の隣で書類を捌きながら、君がチョコを貪る姿を見るのは精神衛生上良くない」
隣で、同じように寝癖をつけたリリアンが、口を挟んできた。
「カイル様、お師匠様の言う通りですわ! 甘いものがない定休日なんて、具のないサンドイッチのようなものです! 私も、弟子としての『おやつ配給権』を主張します!」
「リリアン様、あなたは実家へ帰る準備をしてください。……いいか、ディアナ。おやつは一日一回。その代わり、私が自ら最高級のショコラティエから取り寄せたものを出す」
「……。自ら? あなたが、選んでくれるの?」
「……。ああ。君が喜ぶ顔を……いや、不満そうにしない顔を見るのは、私の『福利厚生』の一環だ」
カイルは、ふいと顔を背けた。その耳が少しだけ赤い。
「……ふふ。いいわ、それで手を打ちましょう。……ところで、第七条の『共同活動』って何?」
「文字通り、私と君が共に行う活動だ。週に一度、庭園の散歩、あるいは読書。……それと」
「それと?」
「……。……君が寝る時に、私がその横で本を読む権利だ。一メートル以内の距離で」
テラスに、微妙な沈黙が流れた。
リリアンが「ひゃあぁ……!」と、わざとらしい悲鳴を上げて顔を隠す。
「……。カイル、それって要するに、ただ一緒にいたいだけじゃないの?」
「……。勘違いしないでほしい。監視だ。君が寝言で『婚約破棄!』と叫んで、精神的なダメージを負っていないか確認するための……」
「そんな寝言、一度も言ったことないわ。むしろ『お昼寝最高!』って叫んでいるはずよ」
「……。とにかく。これは私の譲れない条件だ。異論は認めない」
カイルは、まくし立てるようにして書類の最後にサインを促した。
私は、呆れつつも、その書類にペンを入れた。
「はい、サインしたわよ。これで私たちは、世界で一番『条件』に縛られたカップルね」
「……。縛られているのではない。守られているんだ。……これで君は、堂々と私の隣でダラけることができる」
カイルは、署名された書類を大切そうに仕舞い込んだ。
その時。
「ディアナぁぁ! カイルぅぅ! 待て、まだ認めていないぞ! その婚約、王子の名において無効だぁぁ!」
玄関ホールの向こうから、いつもの不法侵入者の叫び声が聞こえてきた。
「……。またあいつか。……セバス。生活細則・第十五条『不快な侵入者への対処』を。……塩の準備を」
「畏まりました。本日は『岩塩』をご用意しております。殿下の心に深く刻まれる痛みとなるでしょう」
「……。カイル。私、交渉に一項目追加していいかしら」
「何だ?」
「王子を追い払った後、私をもう一度二度寝させてちょうだい」
「……。ああ、許可しよう。……ただし、私の腕の中で、だ」
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私の「定休日」は、さらに甘く、さらに騒がしく。
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