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「……ウィルフレイド様。私は今、非常に、非常に『遺憾』ですわ」
私は、カウチからゆっくりと上体を起こした。
視線の先には、なおも「君を救い出すまで私はここを動かんぞ!」と豪語し、私の特製クッションの上に土足で上がろうとしている王子の姿がある。
「おお、ようやくその気になったか、ディアナ! さあ、私と共に王宮へ……」
「……黙れと言っているのが、聞こえませんでしたの?」
私の声が、いつもより三オクターブほど低い位置で響いた。
テラスの温度が、物理的に数度下がったような気がする。
隣で書類をめくっていたカイルの手が止まり、彼は音を立てずに椅子を引いて、リリアンを連れて数メートル後退した。
「……お、おい。ディアナ? なんだ、その目は。まるでおぞましい魔物を見るような……」
「ウィルフレイド様。私は、この一ヶ月間、あなたの無能も、空気の読めなさも、ストーカー紛いの執着も、すべて『定休日の余興』として受け流してきましたわ」
私は一歩、また一歩と、王子に向かって歩み寄る。
「ですが……。私の、世界に一つしかない『低反発・超極細繊維・特注安眠クッション』。それをその泥だらけの靴で踏もうとしたこと……これだけは、万死に値しますわ」
「く、クッション!? そんな物のために、私に牙を剥くというのか!」
「そんな物……? 今、そんな物と言いましたわね?」
私は、腰に差していた(護身用という名の、果物を剥くための)小さなナイフ……ではなく、テーブルの上にあった『銀のトング』を手に取った。
「カイル。王族に物理的な『教育』を施した場合、不敬罪の減免措置はありますかしら?」
「……。正当防衛、あるいは『災害への対処』として報告書を書き換えれば、数日間の自宅謹慎で済むでしょう。私が保証します」
「助かるわ。……さあ、ウィルフレイド様。お覚悟はよろしいかしら?」
「ま、待て! ディアナ! そのトングで何をするつもりだ! うわあああ!」
私は、かつて王太子妃教育で叩き込まれた「無駄のない最短距離の動作」を、人生で初めて、攻撃のために使用した。
シュッ、という風を切る音と共に、銀のトングが王子の鼻先一ミリをかすめ、彼の豪華なマントの留め具を正確に捉えて、力任せに引き剥がす。
「ひぃ!? ぬ、脱がされた!?」
「まだ終わりませんわ! 次はその無駄に騒がしい口に、私が昨日焼いた『激辛・デス・マカロン』を詰め込んで差し上げます!」
「マカロン!? それは毒物ではないのか……ぐぼぉっ!」
私は、ポケットに常備していた(いつでも食べられるように)試作のマカロンを、王子の口が開きかけた瞬間に放り込んだ。
「……。……。……ッ、ぎゃあああああああ! 辛い! 痛い! 喉が、私の喉が焦土と化すぅぅぅ!」
ウィルフレイド様は、喉を掻きむしりながらテラスを転げ回った。
「いいですか。私の定休日は、聖域です。そこに土足で踏み入る者は、たとえ神であろうと、王族であろうと、私がこの手で『廃人』以下の存在に変えて差し上げますわ!」
私は、トングをカチンと鳴らし、勝ち誇ったように見下ろした。
「……ひ、酷い。ディアナ、君は本当に……悪魔だ……」
「ええ、悪役令嬢ですから。セバス! この『粗大ゴミ』を門の外に叩き出して! 二度とこの邸宅の敷居を跨がせないように、周囲に地雷……ではなく、強力な防臭剤(王子除け)を撒いてちょうだい!」
「畏まりました、お嬢様。本日の処置、実に優雅でございました」
涙と鼻水、そして辛味でぐちゃぐちゃになった王子が、衛兵たちによって引きずられていく。
その背中が見えなくなるまで、私は仁王立ちで睨み続けた。
「……。……。……あ。疲れた」
王子の姿が消えた瞬間、私の膝から力が抜けた。
私はそのまま、崩れ落ちるように近くの椅子に倒れ込んだ。
「……お疲れ様、ディアナ。実に、凄まじい気迫だったよ」
カイルが、私の背中に優しく手を置き、冷たい水を持ってきてくれた。
「……カイル。私、一ヶ月分のカロリーを消費した気がするわ」
「そうだろうな。君があんなに動くのを、数年ぶりに見たよ」
「もう嫌。……私、明日から一週間、本当に指一本動かさないわよ。いいわね?」
「ああ。私が全身全霊をもって、君の『絶対安静』を保障しよう。……リリアン様、あなたも今のを見ていたでしょう? 彼女を怒らせると、国が滅びます」
「はいぃ……。お師匠様、一生ついていきますわ……。でも、あのマカロン、私にも一個くださいまし」
「……リリアン。あなた、本当に将来が心配だわ」
私は、静かになったテラスで、ようやく取り戻した「平和」を噛み締めた。
やはり、定休日は戦って勝ち取るもの。
私は、カイルの肩に頭を預け、勝利の後の、深い、深い眠りへと落ちていった。
私は、カウチからゆっくりと上体を起こした。
視線の先には、なおも「君を救い出すまで私はここを動かんぞ!」と豪語し、私の特製クッションの上に土足で上がろうとしている王子の姿がある。
「おお、ようやくその気になったか、ディアナ! さあ、私と共に王宮へ……」
「……黙れと言っているのが、聞こえませんでしたの?」
私の声が、いつもより三オクターブほど低い位置で響いた。
テラスの温度が、物理的に数度下がったような気がする。
隣で書類をめくっていたカイルの手が止まり、彼は音を立てずに椅子を引いて、リリアンを連れて数メートル後退した。
「……お、おい。ディアナ? なんだ、その目は。まるでおぞましい魔物を見るような……」
「ウィルフレイド様。私は、この一ヶ月間、あなたの無能も、空気の読めなさも、ストーカー紛いの執着も、すべて『定休日の余興』として受け流してきましたわ」
私は一歩、また一歩と、王子に向かって歩み寄る。
「ですが……。私の、世界に一つしかない『低反発・超極細繊維・特注安眠クッション』。それをその泥だらけの靴で踏もうとしたこと……これだけは、万死に値しますわ」
「く、クッション!? そんな物のために、私に牙を剥くというのか!」
「そんな物……? 今、そんな物と言いましたわね?」
私は、腰に差していた(護身用という名の、果物を剥くための)小さなナイフ……ではなく、テーブルの上にあった『銀のトング』を手に取った。
「カイル。王族に物理的な『教育』を施した場合、不敬罪の減免措置はありますかしら?」
「……。正当防衛、あるいは『災害への対処』として報告書を書き換えれば、数日間の自宅謹慎で済むでしょう。私が保証します」
「助かるわ。……さあ、ウィルフレイド様。お覚悟はよろしいかしら?」
「ま、待て! ディアナ! そのトングで何をするつもりだ! うわあああ!」
私は、かつて王太子妃教育で叩き込まれた「無駄のない最短距離の動作」を、人生で初めて、攻撃のために使用した。
シュッ、という風を切る音と共に、銀のトングが王子の鼻先一ミリをかすめ、彼の豪華なマントの留め具を正確に捉えて、力任せに引き剥がす。
「ひぃ!? ぬ、脱がされた!?」
「まだ終わりませんわ! 次はその無駄に騒がしい口に、私が昨日焼いた『激辛・デス・マカロン』を詰め込んで差し上げます!」
「マカロン!? それは毒物ではないのか……ぐぼぉっ!」
私は、ポケットに常備していた(いつでも食べられるように)試作のマカロンを、王子の口が開きかけた瞬間に放り込んだ。
「……。……。……ッ、ぎゃあああああああ! 辛い! 痛い! 喉が、私の喉が焦土と化すぅぅぅ!」
ウィルフレイド様は、喉を掻きむしりながらテラスを転げ回った。
「いいですか。私の定休日は、聖域です。そこに土足で踏み入る者は、たとえ神であろうと、王族であろうと、私がこの手で『廃人』以下の存在に変えて差し上げますわ!」
私は、トングをカチンと鳴らし、勝ち誇ったように見下ろした。
「……ひ、酷い。ディアナ、君は本当に……悪魔だ……」
「ええ、悪役令嬢ですから。セバス! この『粗大ゴミ』を門の外に叩き出して! 二度とこの邸宅の敷居を跨がせないように、周囲に地雷……ではなく、強力な防臭剤(王子除け)を撒いてちょうだい!」
「畏まりました、お嬢様。本日の処置、実に優雅でございました」
涙と鼻水、そして辛味でぐちゃぐちゃになった王子が、衛兵たちによって引きずられていく。
その背中が見えなくなるまで、私は仁王立ちで睨み続けた。
「……。……。……あ。疲れた」
王子の姿が消えた瞬間、私の膝から力が抜けた。
私はそのまま、崩れ落ちるように近くの椅子に倒れ込んだ。
「……お疲れ様、ディアナ。実に、凄まじい気迫だったよ」
カイルが、私の背中に優しく手を置き、冷たい水を持ってきてくれた。
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「もう嫌。……私、明日から一週間、本当に指一本動かさないわよ。いいわね?」
「ああ。私が全身全霊をもって、君の『絶対安静』を保障しよう。……リリアン様、あなたも今のを見ていたでしょう? 彼女を怒らせると、国が滅びます」
「はいぃ……。お師匠様、一生ついていきますわ……。でも、あのマカロン、私にも一個くださいまし」
「……リリアン。あなた、本当に将来が心配だわ」
私は、静かになったテラスで、ようやく取り戻した「平和」を噛み締めた。
やはり、定休日は戦って勝ち取るもの。
私は、カイルの肩に頭を預け、勝利の後の、深い、深い眠りへと落ちていった。
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