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「……ディアナ、起きろ。今日こそは逃げられないぞ。王宮へ行く準備をしろ」
朝の六時。私の枕元で、カイルが冷酷な執行官のような声で告げた。
私は毛布を頭から被り、芋虫のように丸まって抵抗の意志を示す。
「……お断りよ。今日は『火曜日』。私の個人的な暦では、火曜日は『燃え尽き症候群を予防するために寝倒す日』と決まっているの」
「勝手に暦を書き換えるな。今日は陛下との謁見だ。君の婚約、リリアン様の進路、そして君が熱望する『永久定休日』の公認……すべてがかかっているんだぞ」
「陛下だって、朝の六時に廃人の顔なんて見たくないはずだわ。……あと五時間待って」
「待てるか。さあ、リリアン様。例のブツを」
カイルの合図と共に、部屋の扉が勢いよく開いた。
「お師匠様! おはようございますわ! 本日の謁見に向けた『視覚的プレゼン資料』と、お師匠様を無理やり覚醒させるための『特製・強炭酸レモン水』を持って参りました!」
リリアンが、キラキラした笑顔で私の口元にグラスを突きつける。
「……っ!? 酸っぱい! 痛い! 脳が炭酸で洗われていくようだわ!」
無理やり目を覚まさせられた私は、セバスとリリアンの共同作業によって、一時間後には「見た目だけは完璧な公爵令嬢」へと仕立て上げられた。
中身は相変わらず、裏地がフカフカの「手抜きドレス」だけれど。
王宮の謁見の間。
そこには、この国の最高権力者である国王陛下が、眉間に深い皺を刻んで玉座に鎮座していた。
傍らには、どこかやつれた様子のウィルフレイド様が、置物のように立っている。
「……面を上げよ、ディアナ・フォン・グラナート。そして宰相カイル、男爵令嬢リリアンも」
陛下の声が、重厚な広間に響いた。
私は、淑女の礼(カーテシー)を完璧にこなしつつ、心の中では「早く帰って二度寝したい」という呪文を唱え続けていた。
「ディアナよ。ウィルフレイドから話は聞いている。……貴様、婚約破棄を奇貨として、公爵邸に引きこもり、挙句の果てには宰相を私物化しているそうではないか」
「私物化など、人聞きの悪い。私はただ、カイルという名の『福利厚生』を享受しているに過ぎませんわ、陛下」
「……。陛下に対してその物言い、相変わらず剛胆だな。……ウィルフレイドは泣いているぞ。『ディアナがマカロンで私を殺そうとした』とな」
「あれは教育ですわ。無能な王子に世間の厳しさを教えるための、慈悲に満ちた一粒でした」
ウィルフレイド様が「ひっ……!」と短く悲鳴を上げたが、私は無視した。
「陛下。本日は、私の『隠居』を公的に認めていただくためにお伺いしました。……リリアン、資料を」
「はい、お師匠様! 陛下、こちらをご覧ください!」
リリアンが、玉座の前に巨大なグラフを広げた。
「これは、お師匠様が『表舞台』にいた頃と、今の『定休日』状態における、王宮の事務処理効率の比較表ですわ!」
「……。ほう、これは?」
陛下が興味深そうに身を乗り出す。
「お師匠様が引退した直後は、確かに効率は落ちました。ですが、お師匠様の『監視』の下でカイル様が集中して働く現在、全体的な決裁速度は以前の二割増しとなっております!」
「なぜだ。ディアナは寝ているだけなのだろう?」
「はい! ですが、カイル様は『ディアナに昼寝をさせる時間を一秒でも長く稼ぐ』という執念により、超人的な速度で書類を捌いているのです! つまり、お師匠様の『怠惰』こそが、この国の宰相を加速させるガソリンとなっているのですわ!」
「……。……なるほど。一理あるな」
陛下は感心したように顎を撫でた。
「カイルよ。貴殿も、これで満足なのか? 一生、寝ている女の盾になるつもりか?」
カイルは一歩前に出ると、一切の迷いなく頭を下げた。
「陛下。私は彼女の隣で書類を書いている時が、最も精神が安定いたします。……彼女が寝ていれば、国は平和なのです。彼女が起きて怒り出せば、殿下の鼻がデス・マカロンで埋まります。どちらが国益か、明白ではありませんか?」
「……。確かに、一理どころか百理ある」
陛下は、深いため息をつくと、傍らで震える息子を一瞥した。
「ウィルフレイドよ。諦めろ。貴様では、この『廃人の皮を被った魔物』を制御できん。……ディアナよ、認めよう」
「……! では?」
「グラナート公爵令嬢ディアナと、宰相カイル・アシュフォードの婚約を正式に認可する。……併せて、ディアナ。貴殿に『永世定休日授与者』の称号を与える。公的な行事への出席義務は、すべてカイルが代行することを許す」
「……。陛下。あなたは神か、あるいはそれ以上の存在ですわ」
私は、感極まって床に伏した。
ついに、ついに手に入れた。王家公認の、合法的なニート生活!
「ただし! カイルが過労で倒れた場合は、即座に連れ戻すからな。……あと、リリアン。貴殿は今日から宰相補助官として、カイルの負担を減らせ。それがディアナの平穏を守る唯一の道だ」
「はい! 喜んで馬車馬のように働きますわ!」
こうして、私は国家公認の「定休日」を勝ち取った。
帰り道、王宮の門を出た瞬間、私はカイルの背中に飛び乗った。
「カイル! やったわ! 私、もう二度とこの門を潜らないわよ!」
「……。喜んでいるところを悪いが、ディアナ。結婚式だけは出ないといけないからな」
「えっ? それ、リモートじゃダメかしら?」
「ダメに決まっているだろう。……まあ、いい。明日は一日、寝かせてやるよ」
「……。大好きよ、カイル」
私の人生最大の戦いは、最高の「妥協」と「勝利」をもって幕を閉じた。
……はずだったのだが。
「定休日」を極める道は、まだまだ奥が深いことを、私はこの後思い知らされることになる。
朝の六時。私の枕元で、カイルが冷酷な執行官のような声で告げた。
私は毛布を頭から被り、芋虫のように丸まって抵抗の意志を示す。
「……お断りよ。今日は『火曜日』。私の個人的な暦では、火曜日は『燃え尽き症候群を予防するために寝倒す日』と決まっているの」
「勝手に暦を書き換えるな。今日は陛下との謁見だ。君の婚約、リリアン様の進路、そして君が熱望する『永久定休日』の公認……すべてがかかっているんだぞ」
「陛下だって、朝の六時に廃人の顔なんて見たくないはずだわ。……あと五時間待って」
「待てるか。さあ、リリアン様。例のブツを」
カイルの合図と共に、部屋の扉が勢いよく開いた。
「お師匠様! おはようございますわ! 本日の謁見に向けた『視覚的プレゼン資料』と、お師匠様を無理やり覚醒させるための『特製・強炭酸レモン水』を持って参りました!」
リリアンが、キラキラした笑顔で私の口元にグラスを突きつける。
「……っ!? 酸っぱい! 痛い! 脳が炭酸で洗われていくようだわ!」
無理やり目を覚まさせられた私は、セバスとリリアンの共同作業によって、一時間後には「見た目だけは完璧な公爵令嬢」へと仕立て上げられた。
中身は相変わらず、裏地がフカフカの「手抜きドレス」だけれど。
王宮の謁見の間。
そこには、この国の最高権力者である国王陛下が、眉間に深い皺を刻んで玉座に鎮座していた。
傍らには、どこかやつれた様子のウィルフレイド様が、置物のように立っている。
「……面を上げよ、ディアナ・フォン・グラナート。そして宰相カイル、男爵令嬢リリアンも」
陛下の声が、重厚な広間に響いた。
私は、淑女の礼(カーテシー)を完璧にこなしつつ、心の中では「早く帰って二度寝したい」という呪文を唱え続けていた。
「ディアナよ。ウィルフレイドから話は聞いている。……貴様、婚約破棄を奇貨として、公爵邸に引きこもり、挙句の果てには宰相を私物化しているそうではないか」
「私物化など、人聞きの悪い。私はただ、カイルという名の『福利厚生』を享受しているに過ぎませんわ、陛下」
「……。陛下に対してその物言い、相変わらず剛胆だな。……ウィルフレイドは泣いているぞ。『ディアナがマカロンで私を殺そうとした』とな」
「あれは教育ですわ。無能な王子に世間の厳しさを教えるための、慈悲に満ちた一粒でした」
ウィルフレイド様が「ひっ……!」と短く悲鳴を上げたが、私は無視した。
「陛下。本日は、私の『隠居』を公的に認めていただくためにお伺いしました。……リリアン、資料を」
「はい、お師匠様! 陛下、こちらをご覧ください!」
リリアンが、玉座の前に巨大なグラフを広げた。
「これは、お師匠様が『表舞台』にいた頃と、今の『定休日』状態における、王宮の事務処理効率の比較表ですわ!」
「……。ほう、これは?」
陛下が興味深そうに身を乗り出す。
「お師匠様が引退した直後は、確かに効率は落ちました。ですが、お師匠様の『監視』の下でカイル様が集中して働く現在、全体的な決裁速度は以前の二割増しとなっております!」
「なぜだ。ディアナは寝ているだけなのだろう?」
「はい! ですが、カイル様は『ディアナに昼寝をさせる時間を一秒でも長く稼ぐ』という執念により、超人的な速度で書類を捌いているのです! つまり、お師匠様の『怠惰』こそが、この国の宰相を加速させるガソリンとなっているのですわ!」
「……。……なるほど。一理あるな」
陛下は感心したように顎を撫でた。
「カイルよ。貴殿も、これで満足なのか? 一生、寝ている女の盾になるつもりか?」
カイルは一歩前に出ると、一切の迷いなく頭を下げた。
「陛下。私は彼女の隣で書類を書いている時が、最も精神が安定いたします。……彼女が寝ていれば、国は平和なのです。彼女が起きて怒り出せば、殿下の鼻がデス・マカロンで埋まります。どちらが国益か、明白ではありませんか?」
「……。確かに、一理どころか百理ある」
陛下は、深いため息をつくと、傍らで震える息子を一瞥した。
「ウィルフレイドよ。諦めろ。貴様では、この『廃人の皮を被った魔物』を制御できん。……ディアナよ、認めよう」
「……! では?」
「グラナート公爵令嬢ディアナと、宰相カイル・アシュフォードの婚約を正式に認可する。……併せて、ディアナ。貴殿に『永世定休日授与者』の称号を与える。公的な行事への出席義務は、すべてカイルが代行することを許す」
「……。陛下。あなたは神か、あるいはそれ以上の存在ですわ」
私は、感極まって床に伏した。
ついに、ついに手に入れた。王家公認の、合法的なニート生活!
「ただし! カイルが過労で倒れた場合は、即座に連れ戻すからな。……あと、リリアン。貴殿は今日から宰相補助官として、カイルの負担を減らせ。それがディアナの平穏を守る唯一の道だ」
「はい! 喜んで馬車馬のように働きますわ!」
こうして、私は国家公認の「定休日」を勝ち取った。
帰り道、王宮の門を出た瞬間、私はカイルの背中に飛び乗った。
「カイル! やったわ! 私、もう二度とこの門を潜らないわよ!」
「……。喜んでいるところを悪いが、ディアナ。結婚式だけは出ないといけないからな」
「えっ? それ、リモートじゃダメかしら?」
「ダメに決まっているだろう。……まあ、いい。明日は一日、寝かせてやるよ」
「……。大好きよ、カイル」
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