婚約を破棄する!と言われた私と、裏でハイタッチするヒロイン。

萩月

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煌びやかなシャンデリアが輝く夜会会場。その中央で、私の婚約者であるヴィルフレド王子が、朗々と喉を鳴らした。

その隣には、この国の「ヒロイン」枠として名高い、男爵令嬢のリリアーナ様が震えながら寄り添っている。

周囲の貴族たちは固唾を呑み、オーケストラの演奏すら止まった。

完璧。まさに、完璧なシチュエーションだわ。

「メリー・ローズ! お前との婚約を、本日この時をもって破棄する!」

王子の指が、一直線に私を指した。

私は、扇で口元を隠しながら、心の中で盛大にガッツポーズを決める。

(キターーー!! ついにこの時が! よく言ったヴィル、あんた今日が一番輝いてるわよ!)

しかし、私はプロの「悪役令嬢」を自称する女だ。

ここで「はい、喜んで!」と即答しては、これまでの苦労が水の泡になってしまう。

私はわざとらしく、青ざめたフリをして扇を落としてみせた。

「……そ、そんな……! ヴィルフレド殿下、一体何をおっしゃっているのですか!?」

「とぼけるな! リリアーナに対する度重なる嫌がらせ。階段からの突き落とし、教科書への落書き、さらには毒入りのクッキーまで!」

「お、お言葉ですが殿下。クッキーに関しては、リリアーナ様が『甘いものが食べたい』とおっしゃったから、私が特製の激辛わさびクッキーを差し上げただけで……」

「それを嫌がらせと言うのだ!」

(ちっ、バレてたか。でもあれ、新陳代謝が良くなるってリリアーナも喜んでたのになぁ)

私はチラリと、王子の腕の中で「震えている」リリアーナに視線を送った。

彼女は可哀想な被害者を演じるため、うつむいて肩を震わせている。

だが、私にはわかっていた。

彼女が垂らした前髪の隙間から、私に向かって「サムアップ」を送っていることを。

(リリアーナ、あんた最高よ。その震え、実は笑いを堪えてるだけだもんね)

リリアーナは、消え入りそうな声で口を開いた。

「ひ、殿下……もうそれくらいに……。メリー様も、きっと悪気はなかったのです……。ただ、私と殿下が仲良くしているのが、羨ましかっただけで……」

(うわぁ、完璧な追い打ち! 『羨ましかっただけ』なんて、私が一番言われたくないセリフをあえてぶっ込んできたわね!)

「健気なリリアーナ! お前はどこまで優しいのだ。メリー、お前のような心の醜い女は、王妃の座に相応しくない!」

「ひどいですわ……! 私がどれだけ殿下を……殿下のその、ちょっと残念な脳みそを含めて愛していたと思っているのですか!」

「今、さらっと暴言を吐かなかったか!?」

「気のせいですわ! 悲しみで口が滑っただけです!」

周囲の貴族たちがヒソヒソと囁き合う。

「やはり、メリー様が……」
「リリアーナ様が気の毒に」
「あんな性格では、婚約破棄も当然だ」

いいわ、いいわよ。もっと言って。

この国における私の評価が下がれば下がるほど、私の「自由」は確固たるものになる。

ヴィルフレド王子は、ドヤ顔で宣言を続けた。

「よって、メリー・ローズをこの場より追放し、領地での無期限謹慎を命ずる! 今すぐ俺の前から消え失せろ!」

「くっ……! この屈辱、一生忘れませんわ! ……さようなら、お馬鹿……いえ、愛しきヴィルフレド殿下!」

私はスカートの裾を大きく翻し、ドラマチックな足取りで会場を後にした。

扉を抜ける直前、もう一度だけリリアーナと目が合った。

彼女は「後でね」と口パクで伝え、私は「任せなさい」とウィンクを返した。

夜会会場を出て、迎えの馬車に飛び乗った瞬間、私は座席に倒れ込んだ。

「あー、終わった! やっと終わったわー!」

私は、締め付けていたコルセットを緩め、髪に刺さっていた重苦しい宝石のピンをむしり取った。

「見てなさいよヴィルフレド。あんたがリリアーナとイチャイチャしている間に、私は領地で美味しいもの食べて昼寝三昧よ!」

私は馬車の窓から、遠ざかる王宮を見上げた。

前世? そんな怪しい話は知らない。

これは、今を生きる私と、親友のリリアーナが結託して仕掛けた、最高の「自由獲得大作戦」なのだ。

「さて、まずは領地に着いたら何をしようかしら。とりあえず、あの窮屈な夜会ドレスを焚き火で燃やすところから始めようかな」

馬車は夜の街を駆け抜ける。

私の第二の人生……いや、本当の人生が、今ここから始まるのだ。

だが、この時の私はまだ知らなかった。

王子の側近である、あの堅物騎士ゼクスが、ずっと冷ややかな目で私たちの小芝居を観察していたことを。

そして、リリアーナが「王子から逃げる」ための計画が、想像以上に過激なものであることを。

「ふふっ、ハイタッチしたい……。今すぐリリアーナと、全力でハイタッチしたいわ……!」

私は、誰もいない馬車の中で、一人で自分の手に「パンッ」と空振りのハイタッチをした。

夜風が心地よい。

明日からは、もう「悪役令嬢」のフリをして、わさびクッキーを焼く必要もないのだ。

そう思うと、自然と鼻歌が漏れた。
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