婚約を破棄する!と言われた私と、裏でハイタッチするヒロイン。

萩月

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深夜。別荘の寝室は、静寂に包まれていた。

窓の外ではフクロウが鳴き、時折、風が木々を揺らす音が聞こえる。

私は毛布を頭まですっぽりと被り、パジャマのポケットから「それ」を取り出した。

リリアーナ特製の魔導通信板。見た目はただの薄い石板だが、指で文字をなぞれば相手の板に反映される優れものだ。

私は細心の注意を払いながら、石板に指を走らせた。

『リリアーナ、聞こえる? 大変なことになったわ。あの堅物騎士、ゼクスが別荘まで追いかけてきたのよ!』

数秒後。石板が微かに震え、文字が浮かび上がった。

『お疲れ様です、お姉様。ゼクス様、やっぱり行きましたか。あの人、意外としつこいんですよね』

『他人事だと思って! 今も私の部屋の椅子で、彫像みたいに座ってるのよ。寝顔すら見せられないなんて、乙女のプライバシーが崩壊だわ!』

『いいじゃないですか、イケメンの監視付きなんて。私は今、王子のポエムの朗読を無理やり聞かされて、耳から血が出そうですよ』

『……あんたも大変ね。同情するわ』

リリアーナとの通信に夢中になっていると、突然、毛布の隙間から冷たい空気が入り込んだ。

「……メリー。さっきから毛布の中で何をしている」

「ひゃうん!?」

心臓が口から飛び出すかと思った。

ガバッと毛布を剥ぎ取られる。そこには、月明かりを浴びて「般若(はんにゃ)」のような顔をしたゼクスが立っていた。

「……ゼ、ゼクス様。心臓に悪いですわ! レディが寝ている最中に毛布を剥ぐなんて、それでも騎士ですの!?」

「騎士の前に、私は監視役だ。毛布の中から怪しい光が漏れていたぞ。何か隠しているな」

「ひ、光なんて気のせいですわ! 私の美しさが、暗闇でも隠しきれずに漏れ出てしまっただけです!」

「その割には、手元に妙な石板を握りしめているようだが」

ゼクスの視線が、私の右手に釘付けになる。

まずい。魔導通信板を隠す間もなかった。

私は咄嗟に、石板を胸に抱きかかえて叫んだ。

「これ、これは……私のお守りですわ! 寂しい夜、これを抱いて寝ると、ヴィルフレド殿下の温もりを感じられるんですの!」

「……石だぞ。冷たいだろう」

「愛があれば、氷だってホットストーンに変わりますわ!」

「嘘をつけ。貸せ、没収だ」

ゼクスが大きな手を伸ばしてくる。私は必死にベッドの上を転がり、彼の手を逃れた。

「嫌ですわ! これだけは、これだけは死守します! レディの宝物を奪うなんて、それでも……それでも……」

「それでもなんだ」

「……それでも、その整った顔立ちが泣きますわよ!」

「顔は関係ないだろう。いいから出せ。王宮への不審な連絡手段であれば、看過できない」

ゼクスがベッドに片膝をつき、私を追い詰める。

逃げ場がない。彼の体温が伝わってくるほどの至近距離に、私の心拍数は別の意味で跳ね上がった。

(ちょっと待って、この状況、普通に考えればドキドキするやつじゃない!?)

だが、目の前の男の瞳に宿っているのは、甘い誘惑ではなく、獲物を追い詰める冷徹な意志だ。

私は覚悟を決めた。

「分かりましたわ……。そんなに疑うなら、お見せします」

私は震える手で、石板を彼の方へ差し出した。

もちろん、リリアーナとのやり取りは魔法で消去済みだ。

「……なんだ、これは」

ゼクスが石板を覗き込む。

そこには、私が今しがた必死に書き込んだ一文があった。

『ゼクスのバカ。堅物。筋肉ダルマ。早く帰れ』

「…………」

「……ふふん、どうです? これが私の偽らざる『心の声』ですわ」

ゼクスは、石板と私の顔を交互に見た後、深いため息をついた。

「……メリー。君は、自分の立場を分かっているのか?」

「分かってますわ。謹慎中の、哀れで孤独なヒロインですもの」

「『堅物』までは許そう。だが、『筋肉ダルマ』は心外だな。私はこれでも、柔軟な動きを信条としている」

「そこですの!? バカって言われたことはスルーなんですの!?」

ゼクスは石板を私に投げ返すと、再び部屋の隅の椅子に戻った。

「勝手にしろ。ただし、次また怪しい光を漏らしてみろ。その時は、その石板を粉々に砕いてやる」

「……暴力反対ですわ」

私は再び毛布の中に潜り込んだ。

石板を確認すると、リリアーナから新しいメッセージが届いていた。

『お姉様、大丈夫ですか? ゼクス様にバレて、今頃拷問でも受けてるんじゃないかと心配で。……あ、でも、あの人に攻められるのも、案外お姉様の好みかもしれませんね(笑)』

私は通信板に向かって、全力で指を叩きつけた。

『あの子、後で絶対にわさびクッキーを食べさせてやる……!!』

夜はまだ、始まったばかりだった。
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