婚約を破棄する!と言われた私と、裏でハイタッチするヒロイン。

萩月

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翌朝。小鳥のさえずりと共に、私の優雅な朝が始まる……はずだった。

「起きろ、メリー。もう六時だ」

枕元で響いたのは、執事の優しい声でも、マーサの穏やかな呼びかけでもない。

低く、冷たく、そして無駄に響きの良い、あの騎士の野太い声だった。

「……んぅ……あと、五時間……」

「死ぬ気か。謹慎中の身とはいえ、規則正しい生活は更生への第一歩だ。ほら、立て」

「嫌ですわ……。私の辞書に『早起き』という文字はありませんの……。あと、レディの寝室に朝から入り浸るなんて、やっぱり変態ですわ……」

私は毛布を頭の上まで引っ張り上げ、ミノムシのように丸まった。

だが、次の瞬間、無慈悲にも重力が私を襲った。

「わわっ!? ちょっと、何をするんですの!」

ゼクスが毛布ごと私をひょいと担ぎ上げ、あろうことかソファの上に放り出したのだ。

「……ふぅ。これで目が覚めたな」

「覚めましたわよ! 最悪の目覚めですわ! 心臓がバクバクして、別の意味で死にそうですわ!」

私はボサボサの髪を振り乱し、ソファの上でゼクスを睨みつけた。

彼は涼しい顔で、窓のカーテンを全開にする。

容赦ない朝日が、私の不摂生な顔を照らし出した。

「さあ、着替えてこい。朝食の後は、庭の草むしりだ」

「はぁ? 草むしり? 私が? この、繊細な指先を持つ侯爵令嬢の私がですの!?」

「そうだ。謹慎とは、己の罪を反省し、労働を通じて精神を磨く場でもある。王家からの通達にもそうある」

「そんなの、絶対あんたが勝手に追加したルールですわ! ヴィルフレドがそんな難しい言葉知ってるはずありませんもの!」

私はぷりぷりと怒りながら、マーサを呼んで身支度を整えさせた。

流石にパジャマのままでは戦えない。

一時間後。私は、麦わら帽子にエプロンという、およそ貴族令嬢には似つかわしくない格好で庭に立っていた。

「……ねえ、ゼクス様。確認ですけど、これって本当に『恋愛小説』的な展開なんですの? 普通、もっとこう、監視役の騎士と目が合ってドキッとか、そういうのがあるんじゃないかしら?」

「黙って手を動かせ。その雑草は『王子の慈悲を忘れた心』だと思って抜くんだ」

「ネーミングセンスが最悪ですわね!」

私が腰を屈めて草を抜いていると、ゼクスがその隣で、これまた無駄に綺麗なフォームで剣の素振りを始めた。

ブォン、ブォンと空気を切り裂く音が耳障りだ。

「……ちょっと、うるさいですわ。集中できませんわ」

「私は私の訓練をしているだけだ。気にするな」

「気にしますわよ! あ、リリアーナに報告しなきゃ……」

私はエプロンのポケットから、こっそり通信板を取り出そうとした。

だが。

「……メリー。今、ポケットに手をやったな」

「なっ!? な、何のことですの! ちょっと、デリケートな部分が痒かっただけですわ!」

「嘘をつくな。没収だと言っただろう」

ゼクスが素振りを止め、私の方へ歩み寄ってくる。

私は必死に、抜いたばかりの雑草の山を彼に投げつけた。

「えいっ! 雑草アタックですわ!」

「……。子供か、君は」

頭から草を被ったゼクスは、感情の読めない顔で私を見下ろした。

その時、彼の銀色の髪から、ひらりと小さな青い花が落ちた。

「……あ」

「なんだ」

「……いえ。その、あんまりにもあんたが堅物だから、花の方から逃げ出したくなったのかと思って」

私は不自然に視線を逸らした。

実は、彼の頭に花が乗っている姿が、案外……いや、ほんの少しだけ可愛く見えてしまったなんて、口が裂けても言えない。

ゼクスは自分の頭を払い、地面に落ちた花を見つめた。

「……これはネモフィラか。君が嫌がらせで庭に植えさせたものだと聞いたが」

「あら、ご存知でしたの? 王子が『青い花は僕の瞳のようだね』なんてうぬぼれていたから、全部抜いて肥やしにしてやろうと思ったんですのよ」

「……ふっ」

え?

今、笑った?

私が驚いて顔を上げると、ゼクスの口元はすでに元の「一文字」に戻っていた。

「……なんだ。早く終わらせろ。昼食は私が作る」

「……は? あんたが? 毒でも盛る気ですの?」

「騎士団のキャンプで培った料理の腕、せいぜい有り難がって食べるんだな」

ゼクスはそう言い残すと、颯爽と屋敷の方へ戻っていった。

私は、ポツンと庭に取り残された。

「……料理ができる騎士、ね。リリアーナに教えたら、また『意外な萌えポイントですね』とか言われそうだわ」

私は、エプロンのポケットの中で微かに震える通信板を、そっと握りしめた。
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