19 / 28
19
しおりを挟む
翌朝。小鳥のさえずりと共に、私の顔面に冷たい水滴が降り注いだ。
「……ひゃん!? な、何!? 雨!? それとも王子の涙!?」
私が飛び起きると、そこには霧吹きを手にしたゼクスが、無表情で立っていた。
「おはよう、メリー。そしてリリアーナ嬢。六時だ、太陽は既に高いぞ」
「……ゼクス様……。聖女である私に……お花に水をやるように水をかけるなんて……なんて斬新な目覚めかしら……」
隣のベッド(リリアーナが強引に私の部屋に運び込ませた)では、リリアーナが幽霊のような動きで這い出してきた。
「二人とも、五分で着替えろ。今日は庭の西側を制圧する」
「……制圧って、あんた……。ただの草むしりを軍事作戦みたいに言わないで頂戴……」
私は目をこすりながら、マーサが用意した「草むしり特化型ドレス(古着)」に袖を通した。
一時間後。
私たちは、朝露に濡れた庭で、一列に並んで地面を這いつくばっていた。
「……ねえ、お姉様。私、気づいてしまいましたわ」
リリアーナが、泥だらけの指でひょろひょろの雑草を抜きながら呟いた。
「何をよ。この草の中に、殿下の隠し財産でも眠っていた?」
「いいえ。この『草を抜く』という行為……殿下のポエムを一つずつ記憶から消去する作業に似ていますわ。抜けば抜くほど、心が軽やかになっていくのを感じますの!」
「……あんた、相当末期ね。でも分かるわ。私も、この太い根っこを抜くたびに、あのナルシストの鼻柱を折っているような快感を覚えますもの」
「「ふふふ……あはははは!」」
朝の庭に、悪役令嬢とヒロインの不気味な笑い声が響き渡る。
数メートル先で、黙々と木の手入れをしていたゼクスが、肩を震わせてこちらを振り返った。
「……お前たち。あまり物騒なことを考えながら作業をするな。草に呪いがこもって枯れてしまう」
「あら、枯れるなら好都合じゃありませんか。手間が省けますわ!」
私が言い返すと、ゼクスは呆れたように私に近づき、私の頭からひょいと何かを取り除いた。
「……また、葉っぱをつけている。君は本当に、隙が多いな」
「……っ。余計なお世話ですわ! これは……その、自然との一体化を狙った高等なファッションですのよ!」
昨夜のテラスでの出来事を思い出し、私は急激に顔が熱くなるのを感じた。
「おやおや? お姉様、またお顔がカレーのように赤くなっておりますわよ?」
リリアーナが、猫のような目で私たちを交互に見た。
「リリアーナ、黙りなさい! これは、朝日の反射ですわ!」
「朝日の反射で、耳の裏まで真っ赤になるなんて、お姉様は鏡の精霊か何かかしら? ねえ、ゼクス様。昨夜、二人の間に『愛のスパイス』が振りかけられたりしませんでした?」
「……。リリアーナ嬢、無駄口を叩く暇があるなら、その向こうのドクダミを抜け。放置すると庭中が殿下の匂い……ではなく、独特の臭気に包まれるぞ」
ゼクスは、耳の先端を少しだけ赤くして、そそくさと持ち場に戻っていった。
(……あら、あの堅物様も動揺しているのかしら?)
私は、エプロンのポケットの中で、昨夜借りた彼の上着の温もりを思い出していた。
「……ふふん、お姉様。私、いいことを思いつきましたわ」
リリアーナが、悪巧みをしている時の顔で近づいてきた。
「なによ、嫌な予感しかしないわ」
「この謹慎生活が終わる時、殿下には『私、ゼクス様と結婚しますので、さようなら!』って言ってやりましょうよ。あの方の驚く顔、想像しただけでお腹がいっぱいになりますわ!」
「……。……あんた、それ、私の気持ちを完全に無視してませんこと?」
「え? お姉様、ゼクス様のこと、嫌いなんですの?」
「……。……き、嫌いではありませんけれど。でも、彼はただの監視役で……」
「『嫌いじゃない』は、私たちの辞書では『大好き』の隠語ですわよね、お姉様!」
リリアーナが、泥だらけの手で私の肩を叩いた。
「ちょっと! ドレスが汚れるじゃない!」
「いいじゃありませんか。どうせ、この恋も泥沼……いえ、情熱的な愛の始まりなんですもの!」
「うるさいわよ、この腹黒ヒロイン!」
私は、リリアーナの顔を目がけて、抜いたばかりの雑草を投げつけた。
「ああっ! 聖女の顔にドロドロの攻撃が! ゼクス様ー! お姉様が嫉妬の炎で私を焼き尽くそうとしていますわー!」
「……。……やかましい。静かに作業しろ!」
ゼクスの怒鳴り声が響いたが、その声はどこか楽しげに聞こえた。
王宮の冷たい空気とは正反対の、泥臭くて、騒がしくて、温かい朝。
私たちは、自由という名の戦場で、今日も元気に笑い合っていた。
「……ひゃん!? な、何!? 雨!? それとも王子の涙!?」
私が飛び起きると、そこには霧吹きを手にしたゼクスが、無表情で立っていた。
「おはよう、メリー。そしてリリアーナ嬢。六時だ、太陽は既に高いぞ」
「……ゼクス様……。聖女である私に……お花に水をやるように水をかけるなんて……なんて斬新な目覚めかしら……」
隣のベッド(リリアーナが強引に私の部屋に運び込ませた)では、リリアーナが幽霊のような動きで這い出してきた。
「二人とも、五分で着替えろ。今日は庭の西側を制圧する」
「……制圧って、あんた……。ただの草むしりを軍事作戦みたいに言わないで頂戴……」
私は目をこすりながら、マーサが用意した「草むしり特化型ドレス(古着)」に袖を通した。
一時間後。
私たちは、朝露に濡れた庭で、一列に並んで地面を這いつくばっていた。
「……ねえ、お姉様。私、気づいてしまいましたわ」
リリアーナが、泥だらけの指でひょろひょろの雑草を抜きながら呟いた。
「何をよ。この草の中に、殿下の隠し財産でも眠っていた?」
「いいえ。この『草を抜く』という行為……殿下のポエムを一つずつ記憶から消去する作業に似ていますわ。抜けば抜くほど、心が軽やかになっていくのを感じますの!」
「……あんた、相当末期ね。でも分かるわ。私も、この太い根っこを抜くたびに、あのナルシストの鼻柱を折っているような快感を覚えますもの」
「「ふふふ……あはははは!」」
朝の庭に、悪役令嬢とヒロインの不気味な笑い声が響き渡る。
数メートル先で、黙々と木の手入れをしていたゼクスが、肩を震わせてこちらを振り返った。
「……お前たち。あまり物騒なことを考えながら作業をするな。草に呪いがこもって枯れてしまう」
「あら、枯れるなら好都合じゃありませんか。手間が省けますわ!」
私が言い返すと、ゼクスは呆れたように私に近づき、私の頭からひょいと何かを取り除いた。
「……また、葉っぱをつけている。君は本当に、隙が多いな」
「……っ。余計なお世話ですわ! これは……その、自然との一体化を狙った高等なファッションですのよ!」
昨夜のテラスでの出来事を思い出し、私は急激に顔が熱くなるのを感じた。
「おやおや? お姉様、またお顔がカレーのように赤くなっておりますわよ?」
リリアーナが、猫のような目で私たちを交互に見た。
「リリアーナ、黙りなさい! これは、朝日の反射ですわ!」
「朝日の反射で、耳の裏まで真っ赤になるなんて、お姉様は鏡の精霊か何かかしら? ねえ、ゼクス様。昨夜、二人の間に『愛のスパイス』が振りかけられたりしませんでした?」
「……。リリアーナ嬢、無駄口を叩く暇があるなら、その向こうのドクダミを抜け。放置すると庭中が殿下の匂い……ではなく、独特の臭気に包まれるぞ」
ゼクスは、耳の先端を少しだけ赤くして、そそくさと持ち場に戻っていった。
(……あら、あの堅物様も動揺しているのかしら?)
私は、エプロンのポケットの中で、昨夜借りた彼の上着の温もりを思い出していた。
「……ふふん、お姉様。私、いいことを思いつきましたわ」
リリアーナが、悪巧みをしている時の顔で近づいてきた。
「なによ、嫌な予感しかしないわ」
「この謹慎生活が終わる時、殿下には『私、ゼクス様と結婚しますので、さようなら!』って言ってやりましょうよ。あの方の驚く顔、想像しただけでお腹がいっぱいになりますわ!」
「……。……あんた、それ、私の気持ちを完全に無視してませんこと?」
「え? お姉様、ゼクス様のこと、嫌いなんですの?」
「……。……き、嫌いではありませんけれど。でも、彼はただの監視役で……」
「『嫌いじゃない』は、私たちの辞書では『大好き』の隠語ですわよね、お姉様!」
リリアーナが、泥だらけの手で私の肩を叩いた。
「ちょっと! ドレスが汚れるじゃない!」
「いいじゃありませんか。どうせ、この恋も泥沼……いえ、情熱的な愛の始まりなんですもの!」
「うるさいわよ、この腹黒ヒロイン!」
私は、リリアーナの顔を目がけて、抜いたばかりの雑草を投げつけた。
「ああっ! 聖女の顔にドロドロの攻撃が! ゼクス様ー! お姉様が嫉妬の炎で私を焼き尽くそうとしていますわー!」
「……。……やかましい。静かに作業しろ!」
ゼクスの怒鳴り声が響いたが、その声はどこか楽しげに聞こえた。
王宮の冷たい空気とは正反対の、泥臭くて、騒がしくて、温かい朝。
私たちは、自由という名の戦場で、今日も元気に笑い合っていた。
0
あなたにおすすめの小説
見捨ててくれてありがとうございます。あとはご勝手に。
有賀冬馬
恋愛
「君のような女は俺の格を下げる」――そう言って、侯爵家嫡男の婚約者は、わたしを社交界で公然と捨てた。
選んだのは、華やかで高慢な伯爵令嬢。
涙に暮れるわたしを慰めてくれたのは、王国最強の騎士団副団長だった。
彼に守られ、真実の愛を知ったとき、地味で陰気だったわたしは、もういなかった。
やがて、彼は新妻の悪行によって失脚。復縁を求めて縋りつく元婚約者に、わたしは冷たく告げる。
白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません
鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。
「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」
そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。
——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。
「最近、おまえが気になるんだ」
「もっと夫婦としての時間を持たないか?」
今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。
愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。
わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。
政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ
“白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
捨てられた令嬢と、選ばれなかった未来
鍛高譚
恋愛
「君とは釣り合わない。だから、僕は王女殿下を選ぶ」
婚約者アルバート・ロンズデールに冷たく告げられた瞬間、エミリア・ウィンスレットの人生は暗転した。
王都一の名門公爵令嬢として慎ましくも誠実に彼を支えてきたというのに、待っていたのは無慈悲な婚約破棄――しかも相手は王女クラリッサ。
アルバートと王女の華やかな婚約発表の裏で、エミリアは社交界から冷遇され、"捨てられた哀れな令嬢"と嘲笑される日々が始まる。
だが、彼女は決して屈しない。
「ならば、貴方たちが後悔するような未来を作るわ」
そう決意したエミリアは、ある人物から手を差し伸べられる。
――それは、冷静沈着にして王国の正統な後継者、皇太子アレクシス・フォルベルト。
彼は告げる。「私と共に来い。……君の聡明さと誇りが、この国には必要だ」
婚約破棄された幼い公爵令嬢、目覚めたら絶世の美女でした
鍛高譚
恋愛
『幼すぎる』と婚約破棄された公爵令嬢ですが、意識不明から目覚めたら絶世の美女になっていました
幼すぎる、頼りない――そんな理由で婚約者に見限られた公爵令嬢シルフィーネ。
心ない言葉に傷ついた彼女は、事故に遭い意識不明となってしまう。
しかし一年後、彼女は奇跡的に目を覚ます。
そして目覚めた彼女は――かつての面影を残しつつも、見る者すべてを惹きつける絶世の美女へと変貌を遂げていた!
周囲の反応は一変。婚約破棄を後悔する元婚約者、熱視線を送る他家の令息たち、さらには王太子からの突然の縁談まで舞い込み――?
「もう、誰にも傷つけられたくない。私は私の幸せを手に入れるの」
これは、冷たく突き放された少女が美しく咲き誇り、誇りと自由を手に入れる、ざまぁ&逆転恋愛劇。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです
有賀冬馬
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」
そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。
社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。
そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。
過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。
そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。
「君が隣にいない宮廷は退屈だ」
これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる