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「……はぁ。殿下の去り際の台詞、『愛を意味する異国の隠語』。あれ、絶対に流行りませんわよね?」
カレーの余韻に浸りながら、リリアーナが食後のハーブティーを優雅にすすった。その優雅さは、口元のカレー染みを無視すれば完璧なものだ。
「流行らせてたまるもんですか。明日から街のレストランで『愛を一つ、激辛で!』なんて注文が飛び交ったら、この国の正気を疑うわ」
私は椅子に深く背を預け、天井のシャンデリアを見上げた。
「でもお姉様。殿下のあの思い込みの激しさ……あれはある意味、才能ですわ。あの方の目には、この世界は全て自分を称賛するための舞台に見えているのでしょうね」
「……。あんなに自分の世界に没頭できるのは、ある種の幸福だな。周囲の苦労は絶えないが」
ゼクスが、空になった皿を器用に重ねながら、ぼそりと零した。
「あらゼクス様。あんた、さっき殿下の前で私のことを『責任を持って精神科へ』なんて言っていましたわよね? あれ、本気だったのかしら」
「……。騎士に二言はない。あの方が次に暴走したら、私は迷わず王に直訴するつもりだ。主君を守るのが騎士の義務だが、主君の暴走から国を守るのもまた義務だからな」
ゼクスは淡々と語るが、その瞳には強い決意が宿っていた。
「……真面目ですわね、本当に」
「不真面目な監視役では、君のようなお転婆令嬢を抑えられないからな」
「お、お転婆令嬢!? 私はこれでも、社交界では『氷の薔薇』と恐れられた高嶺の……」
「『カレーをバケツでおかわりしたい』と言う薔薇がどこにいる」
「……。……それは、あまりにも美味しかったからですわよ!」
私が顔を赤くして反論すると、ゼクスはふっと息を吐くように笑った。今度ははっきりと、彼の口元が弧を描いているのが見えた。
「……笑ったわね。あんた、今確かに笑いましたわよ!」
「笑っていない。……それより、リリアーナ嬢。君の部屋の準備はマーサに任せてある。明日は朝から君にも庭の手入れを手伝ってもらうぞ。居候をタダで置くほど、私の管理は甘くない」
「ええっ!? 私も草むしりですの!? 聖女のような私の手が、泥にまみれてしまいますわ!」
「安心しろ。泥は洗えば落ちるが、王子のポエムで汚れた鼓膜はなかなか治らんからな」
「……。……確かに。草の根を抜く方が、殿下の愛の歌を抜くより百倍建設的ですわね。承知いたしましたわ!」
リリアーナは妙に納得した様子で頷くと、「明日に備えて寝ますわ!」と嵐のように食堂を去っていった。
再び、食堂に残されたのは私とゼクスの二人だけになった。
窓の外はすっかり夜が更け、静かな月光が床に差し込んでいる。
「……メリー。少し外の空気を吸ってくるか?」
ゼクスが、不意に私に問いかけた。
「えっ? ですが、私は謹慎中の身ですわよ。夜の散歩なんて、それこそ脱走の容疑をかけられるのではなくて?」
「私が同行しているんだ。監視の一部だと思えばいい。……君は、さっきから少し無理をしている顔をしている」
「……。……あんた、本当に余計なことばかり気が付くんですのね」
私は、彼に促されるようにしてテラスへと出た。
夜の風は少し冷たかったが、カレーで熱くなった体には心地よかった。
「……自由になりたかっただけなんですの」
私は、手すりに手をかけ、遠くに見える王都の明かりを見つめた。
「王子の婚約者として、誰からも文句を言われないように、完璧でいなければならなかった。……でも、本当の私は、もっと適当で、口が悪くて、カレーのお焦げを必死に削るような、そんな女なんですのよ」
ゼクスは私の隣に立ち、同じ方向を見つめた。
「……知っている。君が完璧な『悪役』を演じていることも、リリアーナ嬢と結託してこの状況を作り出したことも」
「……。全部、バレていたんですのね」
「ああ。だが、それを報告しなかったのは……」
ゼクスは一度言葉を切ると、私の肩に、彼が羽織っていた上着を無造作にかけた。
重くて、温かくて、彼の匂いがする上着。
「……今の君の方が、王宮で凍りついていた時よりも、ずっといい顔をしていると思ったからだ」
「…………」
私は、心臓が大きく一度だけ跳ねるのを感じた。
「……不器用な励ましですわね。騎士様」
「励ましているつもりはない。ただの事実だ。……さあ、冷える。中に入れ。明日も朝から草むしりだぞ」
「……。はいはい、分かってますわよ」
私は彼の大きな上着をギュッと抱きしめ、屋敷の中へと戻った。
背後で、ゼクスが「……やれやれ」と呟くのが聞こえたが、その声はいつになく穏やかだった。
自由への道は、思っていたよりもずっと、温かいものなのかもしれない。
カレーの余韻に浸りながら、リリアーナが食後のハーブティーを優雅にすすった。その優雅さは、口元のカレー染みを無視すれば完璧なものだ。
「流行らせてたまるもんですか。明日から街のレストランで『愛を一つ、激辛で!』なんて注文が飛び交ったら、この国の正気を疑うわ」
私は椅子に深く背を預け、天井のシャンデリアを見上げた。
「でもお姉様。殿下のあの思い込みの激しさ……あれはある意味、才能ですわ。あの方の目には、この世界は全て自分を称賛するための舞台に見えているのでしょうね」
「……。あんなに自分の世界に没頭できるのは、ある種の幸福だな。周囲の苦労は絶えないが」
ゼクスが、空になった皿を器用に重ねながら、ぼそりと零した。
「あらゼクス様。あんた、さっき殿下の前で私のことを『責任を持って精神科へ』なんて言っていましたわよね? あれ、本気だったのかしら」
「……。騎士に二言はない。あの方が次に暴走したら、私は迷わず王に直訴するつもりだ。主君を守るのが騎士の義務だが、主君の暴走から国を守るのもまた義務だからな」
ゼクスは淡々と語るが、その瞳には強い決意が宿っていた。
「……真面目ですわね、本当に」
「不真面目な監視役では、君のようなお転婆令嬢を抑えられないからな」
「お、お転婆令嬢!? 私はこれでも、社交界では『氷の薔薇』と恐れられた高嶺の……」
「『カレーをバケツでおかわりしたい』と言う薔薇がどこにいる」
「……。……それは、あまりにも美味しかったからですわよ!」
私が顔を赤くして反論すると、ゼクスはふっと息を吐くように笑った。今度ははっきりと、彼の口元が弧を描いているのが見えた。
「……笑ったわね。あんた、今確かに笑いましたわよ!」
「笑っていない。……それより、リリアーナ嬢。君の部屋の準備はマーサに任せてある。明日は朝から君にも庭の手入れを手伝ってもらうぞ。居候をタダで置くほど、私の管理は甘くない」
「ええっ!? 私も草むしりですの!? 聖女のような私の手が、泥にまみれてしまいますわ!」
「安心しろ。泥は洗えば落ちるが、王子のポエムで汚れた鼓膜はなかなか治らんからな」
「……。……確かに。草の根を抜く方が、殿下の愛の歌を抜くより百倍建設的ですわね。承知いたしましたわ!」
リリアーナは妙に納得した様子で頷くと、「明日に備えて寝ますわ!」と嵐のように食堂を去っていった。
再び、食堂に残されたのは私とゼクスの二人だけになった。
窓の外はすっかり夜が更け、静かな月光が床に差し込んでいる。
「……メリー。少し外の空気を吸ってくるか?」
ゼクスが、不意に私に問いかけた。
「えっ? ですが、私は謹慎中の身ですわよ。夜の散歩なんて、それこそ脱走の容疑をかけられるのではなくて?」
「私が同行しているんだ。監視の一部だと思えばいい。……君は、さっきから少し無理をしている顔をしている」
「……。……あんた、本当に余計なことばかり気が付くんですのね」
私は、彼に促されるようにしてテラスへと出た。
夜の風は少し冷たかったが、カレーで熱くなった体には心地よかった。
「……自由になりたかっただけなんですの」
私は、手すりに手をかけ、遠くに見える王都の明かりを見つめた。
「王子の婚約者として、誰からも文句を言われないように、完璧でいなければならなかった。……でも、本当の私は、もっと適当で、口が悪くて、カレーのお焦げを必死に削るような、そんな女なんですのよ」
ゼクスは私の隣に立ち、同じ方向を見つめた。
「……知っている。君が完璧な『悪役』を演じていることも、リリアーナ嬢と結託してこの状況を作り出したことも」
「……。全部、バレていたんですのね」
「ああ。だが、それを報告しなかったのは……」
ゼクスは一度言葉を切ると、私の肩に、彼が羽織っていた上着を無造作にかけた。
重くて、温かくて、彼の匂いがする上着。
「……今の君の方が、王宮で凍りついていた時よりも、ずっといい顔をしていると思ったからだ」
「…………」
私は、心臓が大きく一度だけ跳ねるのを感じた。
「……不器用な励ましですわね。騎士様」
「励ましているつもりはない。ただの事実だ。……さあ、冷える。中に入れ。明日も朝から草むしりだぞ」
「……。はいはい、分かってますわよ」
私は彼の大きな上着をギュッと抱きしめ、屋敷の中へと戻った。
背後で、ゼクスが「……やれやれ」と呟くのが聞こえたが、その声はいつになく穏やかだった。
自由への道は、思っていたよりもずっと、温かいものなのかもしれない。
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