バッドエンドなんて一秒もいりませんわ!婚約破棄されても。

萩月

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「お嬢様、ポストに毒々しい色の封筒が突き刺さっていましたよ」


ネルが指先で摘まむようにして持ってきたのは、目がチカチカするようなピンク色の封筒だった。
あまりにもきつい香水の匂いに、私は思わず鼻をつまんだ。


「……ネル、それを今すぐ中和してちょうだい。私のハッピーな空間が、安っぽい虚栄の香りで汚染されてしまうわ」


「同感です。ですが、差出人を見てください。……『マリア・フォン・バレット』。ご丁寧に、殿下の個人紋章まで添えられていますよ」


「まあ! あの不屈の男爵令嬢から? ジャガイモの件で、よほど私にお礼が言いたかったのかしら」


私は手袋をはめてから、慎重に封を切った。
中から出てきたのは、これまた金ピカの縁取りが施された、悪趣味な夜会への招待状。


『親愛なるジョアン様へ。
南の地での静養、いかがお過ごしかしら?
来週、近隣の領主館で、エドワード殿下をお迎えしての親睦夜会が開かれますの。
身分の低い方々も参加されるカジュアルな会ですけれど、元・公爵令嬢のあなたなら、落ちぶれた姿でも恥をかかずに済むと思いましてよ。
ぜひ、あなたの「現在のハッピー」を皆様に見せつけてあげて。 マリアより』


「……ふん。相変わらず、日本語……じゃなくて、この国の言葉を『悪意』に変換する天才ね、彼女は」


「お嬢様、変なメタ発言はやめてください。……どう見ても罠ですね。公開処刑の招待状です」


ネルが冷たく言い放つと同時に、テラスの影から「どさっ」という重量感のある音がした。


「……その招待状、見せろ」


現れたのは、最近すっかりこの別荘の『地縛霊(ただし甘いものが大好物)』と化したギルバート様だ。
彼は私の手から招待状をひったくると、一瞥して鼻で笑った。


「……稚拙だな。エドワードの馬鹿が、この領主を使ってお前を誘い出し、公衆の面前で復縁を迫るか、あるいは徹底的に辱めるつもりだろう」


「あら、復縁なんてホラーですわよギルバート様! 私の物語は、もうそんな使い古された展開には戻りませんの」


私はギルバート様の隣に座り、彼が持ってきた(と思われる)包みをじっと見つめた。


「それよりギルバート様。その、あなたの懐から漂う、香ばしくて甘い香りの方が重要ですわ。……もしや、隣町の特製マカロン?」


「……フン。よく鼻が利く女だ。……それと、この夜会には行く必要はない。俺がその領主を脅して……いや、説得して開催を中止させてもいい」


ギルバート様の瞳に、冷酷な光が宿る。
彼は本気だ。私の平穏を乱すものには、容赦なく「大将軍の物理的解決」を下すつもりなのだろう。
……けれど、私は彼の袖をくいと引いた。


「いいえ、ギルバート様。招待されたら、全力で応えるのがハッピーエンド至上主義者のマナーですわ」


「……正気か、ジョアン。あいつらはお前を笑いものにするつもりだぞ」


「笑わせておけばよろしいですわ。……それより見てください、この招待状の裏。……『当日は、王宮専属パティシエによる、新作スイーツの発表会も兼ねております』ですって!」


ギルバート様の体が、ピクリと硬直した。


「……パティシエ。……新作」


「ええ。王宮でしか食べられなかったあの味が、この南の地で! マリア様は私を惨めな姿で見せ物にしたいのでしょうけれど、私は最高に美しく装って、最高に美味しいものを食べ尽くすつもりですわ。……どうです? ギルバート様。あなたも、私の『騎士』として同行してくださらない?」


私は、彼を試すように首を傾げた。
マリアの罠、王子の執着、そして新作スイーツ。
天秤にかけるまでもない、圧倒的な魅力がそこにはあった。


「……。……。……新作スイーツが、悪の手に落ちるのは看過できん」


「まあ! さすが正義の大将軍様ですわね!」


「……勘違いするな。お前が一人で行けば、会場の食料が枯渇しかねんから、俺が監視しに行くだけだ」


ギルバート様はそっぽを向いて、懐から取り出したマカロンを一つ、私の口に押し込んだ。
サクッとした食感と、濃厚なピスタチオのクリーム。


「んん~! ハッピー! ……決まりね、ネル。ドレスの準備を。……とびきり、派手で、誰よりも幸せそうに見えるやつをお願いね!」


「承知いたしました。……マリア様の顔が真っ青になる姿が、今から目に浮かびますよ」


マリア様、あなたは大きな間違いを犯したわ。
私を「悲劇のヒロイン」という舞台に立たせるつもりでしょうけれど。
残念ながら、その舞台の脚本(メニュー)を書き換えるのは、この私よ。


「楽しみにしていてくださいな。私の第二章、最大の『スカッとハッピー』な夜会を!」


ジョアンの瞳には、かつてないほどの戦意(と食欲)が燃え盛っていた。
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