16 / 28
16
しおりを挟む
「お嬢様、ポストに毒々しい色の封筒が突き刺さっていましたよ」
ネルが指先で摘まむようにして持ってきたのは、目がチカチカするようなピンク色の封筒だった。
あまりにもきつい香水の匂いに、私は思わず鼻をつまんだ。
「……ネル、それを今すぐ中和してちょうだい。私のハッピーな空間が、安っぽい虚栄の香りで汚染されてしまうわ」
「同感です。ですが、差出人を見てください。……『マリア・フォン・バレット』。ご丁寧に、殿下の個人紋章まで添えられていますよ」
「まあ! あの不屈の男爵令嬢から? ジャガイモの件で、よほど私にお礼が言いたかったのかしら」
私は手袋をはめてから、慎重に封を切った。
中から出てきたのは、これまた金ピカの縁取りが施された、悪趣味な夜会への招待状。
『親愛なるジョアン様へ。
南の地での静養、いかがお過ごしかしら?
来週、近隣の領主館で、エドワード殿下をお迎えしての親睦夜会が開かれますの。
身分の低い方々も参加されるカジュアルな会ですけれど、元・公爵令嬢のあなたなら、落ちぶれた姿でも恥をかかずに済むと思いましてよ。
ぜひ、あなたの「現在のハッピー」を皆様に見せつけてあげて。 マリアより』
「……ふん。相変わらず、日本語……じゃなくて、この国の言葉を『悪意』に変換する天才ね、彼女は」
「お嬢様、変なメタ発言はやめてください。……どう見ても罠ですね。公開処刑の招待状です」
ネルが冷たく言い放つと同時に、テラスの影から「どさっ」という重量感のある音がした。
「……その招待状、見せろ」
現れたのは、最近すっかりこの別荘の『地縛霊(ただし甘いものが大好物)』と化したギルバート様だ。
彼は私の手から招待状をひったくると、一瞥して鼻で笑った。
「……稚拙だな。エドワードの馬鹿が、この領主を使ってお前を誘い出し、公衆の面前で復縁を迫るか、あるいは徹底的に辱めるつもりだろう」
「あら、復縁なんてホラーですわよギルバート様! 私の物語は、もうそんな使い古された展開には戻りませんの」
私はギルバート様の隣に座り、彼が持ってきた(と思われる)包みをじっと見つめた。
「それよりギルバート様。その、あなたの懐から漂う、香ばしくて甘い香りの方が重要ですわ。……もしや、隣町の特製マカロン?」
「……フン。よく鼻が利く女だ。……それと、この夜会には行く必要はない。俺がその領主を脅して……いや、説得して開催を中止させてもいい」
ギルバート様の瞳に、冷酷な光が宿る。
彼は本気だ。私の平穏を乱すものには、容赦なく「大将軍の物理的解決」を下すつもりなのだろう。
……けれど、私は彼の袖をくいと引いた。
「いいえ、ギルバート様。招待されたら、全力で応えるのがハッピーエンド至上主義者のマナーですわ」
「……正気か、ジョアン。あいつらはお前を笑いものにするつもりだぞ」
「笑わせておけばよろしいですわ。……それより見てください、この招待状の裏。……『当日は、王宮専属パティシエによる、新作スイーツの発表会も兼ねております』ですって!」
ギルバート様の体が、ピクリと硬直した。
「……パティシエ。……新作」
「ええ。王宮でしか食べられなかったあの味が、この南の地で! マリア様は私を惨めな姿で見せ物にしたいのでしょうけれど、私は最高に美しく装って、最高に美味しいものを食べ尽くすつもりですわ。……どうです? ギルバート様。あなたも、私の『騎士』として同行してくださらない?」
私は、彼を試すように首を傾げた。
マリアの罠、王子の執着、そして新作スイーツ。
天秤にかけるまでもない、圧倒的な魅力がそこにはあった。
「……。……。……新作スイーツが、悪の手に落ちるのは看過できん」
「まあ! さすが正義の大将軍様ですわね!」
「……勘違いするな。お前が一人で行けば、会場の食料が枯渇しかねんから、俺が監視しに行くだけだ」
ギルバート様はそっぽを向いて、懐から取り出したマカロンを一つ、私の口に押し込んだ。
サクッとした食感と、濃厚なピスタチオのクリーム。
「んん~! ハッピー! ……決まりね、ネル。ドレスの準備を。……とびきり、派手で、誰よりも幸せそうに見えるやつをお願いね!」
「承知いたしました。……マリア様の顔が真っ青になる姿が、今から目に浮かびますよ」
マリア様、あなたは大きな間違いを犯したわ。
私を「悲劇のヒロイン」という舞台に立たせるつもりでしょうけれど。
残念ながら、その舞台の脚本(メニュー)を書き換えるのは、この私よ。
「楽しみにしていてくださいな。私の第二章、最大の『スカッとハッピー』な夜会を!」
ジョアンの瞳には、かつてないほどの戦意(と食欲)が燃え盛っていた。
ネルが指先で摘まむようにして持ってきたのは、目がチカチカするようなピンク色の封筒だった。
あまりにもきつい香水の匂いに、私は思わず鼻をつまんだ。
「……ネル、それを今すぐ中和してちょうだい。私のハッピーな空間が、安っぽい虚栄の香りで汚染されてしまうわ」
「同感です。ですが、差出人を見てください。……『マリア・フォン・バレット』。ご丁寧に、殿下の個人紋章まで添えられていますよ」
「まあ! あの不屈の男爵令嬢から? ジャガイモの件で、よほど私にお礼が言いたかったのかしら」
私は手袋をはめてから、慎重に封を切った。
中から出てきたのは、これまた金ピカの縁取りが施された、悪趣味な夜会への招待状。
『親愛なるジョアン様へ。
南の地での静養、いかがお過ごしかしら?
来週、近隣の領主館で、エドワード殿下をお迎えしての親睦夜会が開かれますの。
身分の低い方々も参加されるカジュアルな会ですけれど、元・公爵令嬢のあなたなら、落ちぶれた姿でも恥をかかずに済むと思いましてよ。
ぜひ、あなたの「現在のハッピー」を皆様に見せつけてあげて。 マリアより』
「……ふん。相変わらず、日本語……じゃなくて、この国の言葉を『悪意』に変換する天才ね、彼女は」
「お嬢様、変なメタ発言はやめてください。……どう見ても罠ですね。公開処刑の招待状です」
ネルが冷たく言い放つと同時に、テラスの影から「どさっ」という重量感のある音がした。
「……その招待状、見せろ」
現れたのは、最近すっかりこの別荘の『地縛霊(ただし甘いものが大好物)』と化したギルバート様だ。
彼は私の手から招待状をひったくると、一瞥して鼻で笑った。
「……稚拙だな。エドワードの馬鹿が、この領主を使ってお前を誘い出し、公衆の面前で復縁を迫るか、あるいは徹底的に辱めるつもりだろう」
「あら、復縁なんてホラーですわよギルバート様! 私の物語は、もうそんな使い古された展開には戻りませんの」
私はギルバート様の隣に座り、彼が持ってきた(と思われる)包みをじっと見つめた。
「それよりギルバート様。その、あなたの懐から漂う、香ばしくて甘い香りの方が重要ですわ。……もしや、隣町の特製マカロン?」
「……フン。よく鼻が利く女だ。……それと、この夜会には行く必要はない。俺がその領主を脅して……いや、説得して開催を中止させてもいい」
ギルバート様の瞳に、冷酷な光が宿る。
彼は本気だ。私の平穏を乱すものには、容赦なく「大将軍の物理的解決」を下すつもりなのだろう。
……けれど、私は彼の袖をくいと引いた。
「いいえ、ギルバート様。招待されたら、全力で応えるのがハッピーエンド至上主義者のマナーですわ」
「……正気か、ジョアン。あいつらはお前を笑いものにするつもりだぞ」
「笑わせておけばよろしいですわ。……それより見てください、この招待状の裏。……『当日は、王宮専属パティシエによる、新作スイーツの発表会も兼ねております』ですって!」
ギルバート様の体が、ピクリと硬直した。
「……パティシエ。……新作」
「ええ。王宮でしか食べられなかったあの味が、この南の地で! マリア様は私を惨めな姿で見せ物にしたいのでしょうけれど、私は最高に美しく装って、最高に美味しいものを食べ尽くすつもりですわ。……どうです? ギルバート様。あなたも、私の『騎士』として同行してくださらない?」
私は、彼を試すように首を傾げた。
マリアの罠、王子の執着、そして新作スイーツ。
天秤にかけるまでもない、圧倒的な魅力がそこにはあった。
「……。……。……新作スイーツが、悪の手に落ちるのは看過できん」
「まあ! さすが正義の大将軍様ですわね!」
「……勘違いするな。お前が一人で行けば、会場の食料が枯渇しかねんから、俺が監視しに行くだけだ」
ギルバート様はそっぽを向いて、懐から取り出したマカロンを一つ、私の口に押し込んだ。
サクッとした食感と、濃厚なピスタチオのクリーム。
「んん~! ハッピー! ……決まりね、ネル。ドレスの準備を。……とびきり、派手で、誰よりも幸せそうに見えるやつをお願いね!」
「承知いたしました。……マリア様の顔が真っ青になる姿が、今から目に浮かびますよ」
マリア様、あなたは大きな間違いを犯したわ。
私を「悲劇のヒロイン」という舞台に立たせるつもりでしょうけれど。
残念ながら、その舞台の脚本(メニュー)を書き換えるのは、この私よ。
「楽しみにしていてくださいな。私の第二章、最大の『スカッとハッピー』な夜会を!」
ジョアンの瞳には、かつてないほどの戦意(と食欲)が燃え盛っていた。
0
あなたにおすすめの小説
わがままな婚約者はお嫌いらしいので婚約解消を提案してあげたのに、反応が思っていたのと違うんですが
水谷繭
恋愛
公爵令嬢のリリアーヌは、婚約者のジェラール王子を追いかけてはいつも冷たくあしらわれていた。
王子の態度に落ち込んだリリアーヌが公園を散策していると、転んで頭を打ってしまう。
数日間寝込むはめになったリリアーヌ。眠っている間に前世の記憶が流れ込み、リリアーヌは今自分がいるのは前世で読んでいたWeb漫画の世界だったことに気づく。
記憶を思い出してみると冷静になり、あれだけ執着していた王子をどうしてそこまで好きだったのかわからなくなる。
リリアーヌは王子と婚約解消して、新しい人生を歩むことを決意するが……
◆表紙はGirly Drop様からお借りしました
◇小説家になろうにも掲載しています
第一王子に裏切られた私は意外と身近に転生しました。さぁ復讐を始めましょう……
水城ゆき
恋愛
公爵令嬢のメリアンナは知ってしまった。婚約者である第一王子アストレアが自分の屋敷のメイドであるミレーナにラブレターを送った事を。
憤怒したメリアンナは二人の恋を実らせまいと行動するが、その作戦が上手くいきかけた時。
突然現れたミレーナを見て、思わずアストレアは抱きしめていたメリアンナを突き飛ばした。
メリアンナは階段を転落する事になり、そのまま命を落としてしまう。
しかし次に目覚めた時、メリアンナは第二王子の長女として以前の記憶を保ったまま生まれ変わっていたのだ。
ここからメリアンナの復讐が始まる。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
婚約破棄?悪役令嬢の復讐は爆速で。
八雲
恋愛
「リリム・フォン・アスタロト! 貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの最中、婚約者である王太子エリオットから身に覚えのない罪を突きつけられた公爵令嬢リリム。隣には「真実の愛」を語るマシュマロ系男爵令嬢シャーリーの姿。
普通の令嬢なら泣き崩れる場面――だが、リリムは違った。
【完結】婚約破棄中に思い出した三人~恐らく私のお父様が最強~
かのん
恋愛
どこにでもある婚約破棄。
だが、その中心にいる王子、その婚約者、そして男爵令嬢の三人は婚約破棄の瞬間に雷に打たれたかのように思い出す。
だめだ。
このまま婚約破棄したらこの国が亡びる。
これは、婚約破棄直後に、白昼夢によって未来を見てしまった三人の婚約破棄騒動物語。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる