バッドエンドなんて一秒もいりませんわ!婚約破棄されても。

萩月

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「お嬢様、窓から真っ赤な塊が搬入されてきます。火事ではありません、ドレスです」


ネルの淡々とした報告に、私は思わず手に持っていたスコーンを落としそうになった。
別荘の入り口に、王都でも名高い高級仕立屋の馬車が止まっている。
そして、その指揮を執っているのは、仁王立ちで眉間にシワを寄せたギルバート様だった。


「ギルバート様! これ、どういうことですの? 私、手持ちのドレスをネルにリメイクしてもらうつもりでしたのに!」


「……却下だ。あんな地味な布切れで戦場(夜会)に出るなど、俺の護衛対象として許せん。……おい、それをもっと丁寧に運べ!」


ギルバート様の怒号に、仕立屋たちが震えながら巨大な衣装箱を運び込んでくる。
中から現れたのは、真紅のシルクに金糸の刺繍が贅沢に施された、目が眩むほど豪華なドレスだった。


「……。……。……これ、派手すぎませんこと? まるで、これから建国記念祭の主役でも務めるみたいですわ」


「当然だ。あの男爵令嬢が、お前を『落ちぶれた姿』で見世物にするつもりなら、こちらは『勝利の女神』として降臨してやるのが礼儀だろう」


ギルバート様は腕を組み、満足げにその「真っ赤な挑戦状」を眺めている。


「礼儀の方向性が、軍事作戦に近い気がしますわ……。でも、これだけのボリューム。……スイーツを食べる時、袖がクリームに浸からないか心配ですわね」


「……そこか。貴様の心配事は、常に糖分に関することだけだな」


「当たり前ですわ! 機能性のないドレスなんて、ハッピーエンドの障害でしかありませんもの。……でも、素敵な色。……本当に、私がこれを着てもよろしいの?」


私はそっと、滑らかな生地に触れた。
これほど力強く、気高い色は、以前の「王子の婚約者」という枠に収まっていた私なら、決して選ばなかったものだ。


「……ああ。お前には、そのくらい強い色が似合う。……少なくとも、俺の隣に立つならな」


「……。……。……ギルバート様?」


彼がふいっと顔を背けた。
相変わらずの強面だが、首筋がかすかに赤くなっているのを私は見逃さない。


「あらあら。大将軍様、もしや『俺の女に手出しはさせない』という、独占欲の表れですの? ハッピーエンドのスパイスとしては、少々刺激が強すぎますわね」


「……。……。……だ、黙れ。これは、敵の視線を撹乱し、射線を逸らすための……デコイだ」


「ドレスをデコイ(囮)と呼ぶのは、世界中であなただけだと思いますわよ、ギル様」


「……ギル様と呼ぶなと言っているだろう!」


ギルバート様は吐き捨てるように言ったが、その瞳はどこか嬉しそうに揺れていた。
その横で、ネルが私のウエストにメジャーを巻き付け、無慈悲に宣告する。


「お嬢様、この一週間で食べたデニッシュの分、少しサイズが怪しいですよ。……夜会まで、間食禁止です」


「「なっ……!!」」


私とギルバート様の声が、見事に重なった。


「ネル! それはあんまりですわ! 私のハッピーエンドから『間食』を奪うなんて、ページを半分破り捨てるようなものですわよ!」


「……侍女よ。……兵の士気に関わる。……撤回しろ」


「お二人とも、お菓子への執念で団結しないでください。さあ、試着ですよ!」


引きずられるように着替え室へ連行される私と、取り残されて虚空を見つめる大将軍。
夜会を目前にして、私たちの「戦闘準備」は、あらぬ方向へと熱を帯びていた。


マリア様、楽しみにしていてくださいな。
あなたが用意した「悲劇の舞台」に現れるのは、あなたが知っている私ではないわ。
……最強のデコイ(ドレス)を纏った、食欲旺盛な女神の降臨ですわよ!
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