バッドエンドなんて一秒もいりませんわ!婚約破棄されても。

萩月

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「ジョアン! ジョアン・ド・ラセール! 生きているのか、ジョアン!」


別荘の静寂を切り裂いて、派手な軍靴の音が玄関ホールに響き渡った。
現れたのは、肩で息をし、髪を振り乱したエドワード王子だ。
その後ろでは、場違いなほど着飾ったマリアが「もう、歩くのが大変ですわぁ」と文句を垂れている。


私はちょうど、台所でジャガイモの皮を剥き終えたところだった。
エプロン姿に、袖を捲り上げた、令嬢らしからぬ格好。
手には、最後の一剥きを終えた鋭利なナイフが握られている。


「……あら。エドワード殿下? どうされましたの、そんなに血相を変えて。……あ、もしかしてジャガイモの差し入れかしら?」


「……え?」


エドワードは、幽霊でも見たかのように目を見開いた。
彼の視線は、私の頬についた泥、そして元気よく跳ねた後れ毛に釘付けになっている。


「き、貴様……病に伏せ、生死の境を彷徨っているのではなかったのか? 公爵が、ショックで寝込んでいると言っていたぞ!」


「お父様ったら、相変わらず大げさですわね。寝込んでいる暇なんてありませんわよ。見てください、このジャガイモの曲線! これをどう調理すれば一番ハッピーな結末を迎えられるか、二十四時間体制で検討中ですもの」


「ジャガイモ……? 検討……?」


「ええ。今の私の主役は、殿下ではなくこのデンプン質ですわ。……お帰りはこちらですわよ。出口、分かります?」


私はナイフの先で、玄関を適当に指し示した。
エドワードは顔を真っ赤にし、一歩、私に詰め寄った。


「ふざけるな! 私がどれほど心配して……いや、国家の機密を握る元婚約者の安否を……! ジョアン、やはり貴様は演技をしていたのだな! 私を困らせるために!」


「殿下を困らせるほど、私は暇ではありませんわ。……それよりマリア様、お肌が荒れていますわよ? 王宮の激務、私がいなくて大変なんですのね」


「……っ! ジョアン様、相変わらず嫌味な方! エドワード様、見てください、この無礼な態度を!」


マリアが王子の腕に縋り付く。
だが、エドワードの視線は私を離さない。
執着という名の炎が、彼の瞳の中でギラリと光った。


「……ジョアン、もういい。無理な強がりはやめろ。……戻ってきても、いいぞ?」


「……は?」


「貴様のその惨めな姿、見ていられん。私を愛しているのだろう? だからこんな辺境で、私への当てつけのような生活を……」


「殿下。一言よろしいかしら」


私はナイフをまな板に突き立てた。
トォン、と心地よい音が響く。


「私のハッピーエンドに、過去の遺物は必要ありませんわ。……お引き取りくださいな。これ以上私の時間を奪うなら、このジャガイモの皮と一緒に、あなたのプライドも剥いて差し上げますわよ?」


「……なっ、貴様……!」


エドワードが怒りに任せて私の肩を掴もうとした、その時。


背後の影から、巨大な「壁」がせり出してきた。


「……殿下。女性の意思を尊重できない男は、戦場では真っ先に狙撃される対象ですぞ」


低く、心臓を直接握られるような重低音。
エドワードの顔から、一気に血の気が引いた。


「……バ、バシュラール大将軍!? なぜ、貴殿がここに……!」


「……現地視察だ。……それと、この令嬢とは現在、非常に重要な『契約』を交わしている最中でしてな」


ギルバート様は無言で私の隣に立ち、エドワードを冷徹に射抜いた。
大将軍の放つ凄まじい「死の気配」に、王子は蛇に睨まれた蛙のように硬直する。


「……契約、だと……?」


「ええ。甘……いえ、国家の安寧と私のハッピーを両立させる、鉄壁の契約ですわ」


私はギルバート様の腕に、これ見よがしに手を添えた。
エドワードの絶望したような顔。
それを見て、私の心には最高のハッピーな風が吹き抜けたのである。
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