バッドエンドなんて一秒もいりませんわ!婚約破棄されても。

萩月

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「マリア……貴様、私まで騙していたのか! あんなに健気で純真だと言っていたのは、すべて嘘だったというのか!」


エドワード殿下の叫びが会場に虚しく響き渡った。
つい数分前まで「愛するマリア」を抱き寄せていた腕は、今や汚れ物でも払うかのように彼女を突き放している。
流石は王子様、保身のスピードだけは光速を超えているわ。


「ち、違いますわエドワード様! これは、その……ジョアン様が私を追い詰めるから、私はただ、あなたのお傍にいたくて……!」


床にへたり込んだマリア様が、必死に彼の裾に縋り付く。
しかし、周囲の貴族たちの目は冷ややかそのものだ。
「自作自演で公爵令嬢を貶めようとした女」というレッテルは、この社交界では死刑宣告に等しい。


「……お見事な掌返しですわね。ねえ、ギルバート様。あの二人のやり取り、新作の喜劇よりも面白いと思いません?」


私は最後の一つとなった『深紅のベリータルト』を頬張りながら、隣の鉄壁に話しかけた。


「……。……。……醜悪だな。……だが、あの男の変わり身の早さは、ある種の才能かもしれん。……戦場なら味方に背中を撃たれるタイプだ」


ギルバート様は冷徹な眼差しで、ドロドロの修羅場を展開する二人を見下ろしている。
その手には、いつの間にか確保していた特大のマドレーヌが握られていた。


「マリア、もういい! 貴様との婚約などなかったことにする! 衛兵、この詐欺師を外へ連れ出せ!」


「なっ……! なによ、自分だってジョアン様の悪口をノリノリで言っていたじゃない! 『あんな女、早く修道院に送ってせいせいする』って、毎晩お酒を飲みながら笑っていたのは誰よ!」


「ぎ、貴様! 何をデタラメを!」


マリア様の自爆スイッチが入った。
絶望が頂点に達した彼女は、もはや猫を被るのをやめたらしい。
髪を振り乱し、指を突き立ててエドワード殿下を罵倒し始める。


「だいたい、エドワード様! あなたの仕事が遅いのは私のせいじゃないわ! ジョアン様が作ってくれたマニュアルすら読めないあんたがバカなだけでしょ! 夜の睦言だって退屈なのよ、このマザコン王子!」


「ぶっ……!!」


私は危うくタルトを噴き出すところだった。
会場全体が、今度こそ完全に凍りついた。
淑女が口にしてはいけない言葉が、シャンデリアの光の下で炸裂したのだ。


「マ、マザ……っ!? 衛兵! 早く、早くこの女を連れて行け!!」


顔を真っ赤にして、茹で上がった蛸のようになったエドワード殿下。
狂ったように笑いながら引きずられていくマリア様。
まさにハッピーエンドとは程遠い、地獄のような自爆劇。


「……ふぅ。ご馳走様でしたわ。……あ、殿下。お顔の色がよろしくなくてよ? マザ……あ、いえ、お母様に慰めていただいたらよろしいのではなくて?」


「ジョ、ジョアン……! 貴様まで私を愚弄するか!」


「愚弄だなんて。私はただ、あなたの選んだ『真実の愛』が、随分と賑やかな結末を迎えたことに感動しているだけですわ」


私は優雅に、けれど心底楽しそうに微笑んでみせた。
マリア様がいなくなった後の演壇は、もはやエドワード殿下の敗北を象徴する処刑台のように見えた。


「……さあ、ギルバート様。騒がしいノイズも消えましたし、最後のアイスクリームが溶ける前に戻りましょう」


「……。……。……ああ。……あのアイス、塩キャラメル味があるのを確認した」


「まあ! 流石ですわ、大将軍様!」


私たちは、背後で「ジョアン! 待て! 話を聞け!」と叫ぶ王子の声を完全に無視して、再びスイーツの楽園へと歩き出した。
捨てられた男の未練がましい叫びなど、今の私たちには甘いシロップの一滴ほどの価値もない。


……けれど、プライドをズタズタにされたエドワード殿下の目は、まだ諦めていなかった。
彼は、震える手で側にいた騎士の剣を掴み、信じられない行動に出ようとしていたのである。
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