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「お父様! ただいま戻りましたわ! あ、それとこちら、私の新しい物語の共同執筆者……じゃなくて、婚約者のギルバート様ですわ!」
ラセール公爵家の重厚な扉を蹴り開けんばかりの勢いで、私はエントランスに飛び込んだ。
背後には、正装を完璧に着こなした(けれど顔が死ぬほど怖い)ギルバート様が控えている。
「じ、ジョアン!? 病気で生死の境を彷徨っていたのでは……。……って、バシュラール大将軍!? なぜ、うちの娘と手を繋いで……いや、掴まれているんだ!?」
私の父、ラセール公爵は、手に持っていたティーカップを床に落とした。
ガシャン、という景気の良い音が、再会の祝砲のように響く。
「……ラセール公爵。……突然の訪問、失礼する。……だが、事態は一刻を争う。……俺は、ジョアン嬢と結婚する」
「け、結婚!? ……大将軍、君は……あ、あの……正気か? うちの娘は、ハッピーエンド中毒で、ジャガイモの皮を剥くのが趣味な、かなり……その、個性的な令嬢だぞ?」
お父様、実の娘を珍獣のように紹介するのはおやめになって。
「……熟知している。……その個性が、俺の人生には不可欠だ。……既に王家への報告書(という名の宣戦布告)は提出済みだ。……式は、来週に行う」
「来週!!?」
お父様の叫び声が、屋敷の天井を突き抜けた。
私も驚いてギルバート様を仰ぎ見る。
「まあ、ギル様! 来週だなんて、ケーキの試作が間に合いませんわよ! 私のハッピーエンドには、五段重ねのベリータルトが必須なんですの!」
「安心しろ、ジョアン。……既に王宮のパティシエを三名、俺の別荘に監禁……いや、先行配属させてある。……材料も軍の輸送ルートで確保した」
「流石は大将軍様! ロジスティクスが完璧ですわ!」
「ああ。お前の笑顔のためなら、兵站(ロジ)のすべてを注ぎ込む」
私たちの会話に、お父様は頭を抱えて座り込んだ。
「バシュラール大将軍。……君は、あのアホなエドワード殿下の尻拭いで疲れているのかと思っていたが…。まさか、自分から地獄……いや、嵐の中に飛び込むとは。……あ、いや、いいんだ。娘を、よろしくお願いします」
「……地獄ではない。ここは、幸福(ハッピー)の最前線だ」
ギルバート様は真顔で言い切った。
怖い。顔は相変わらず夜盗の親玉みたいに怖いけれど、その言葉の甘さに私の心臓はもはや溶けかかっている。
一方その頃。
王宮の隅っこでは、エドワード殿下がマリア様からの罵倒と、国王陛下からの大目玉で、文字通り抜け殻のようになっていた。
「ジョアン…。ギルバート…。なぜだ……。なぜ、私だけがこんなバッドエンドなんだ……」
「殿下、いい加減になさい! あなたの婚約破棄のせいで、大将軍が公爵家と結託して、軍の予算でウェディングケーキを作っているという報告が入っているのよ! これ、どう責任取るつもり!?」
「知らない……。もう、どうでもいい……」
王子のすすり泣きは、誰にも届かない。
彼の役目は、ジョアンの物語に最高のスパイスを与える「残念な元彼」として、完璧に完結したのだ。
「さあ、お父様! 落ち込んでいる暇はありませんわ! ゲストのリストアップ、引き出物の選定、そして私のドレスの最終フィッティング! ネル、スケジュールを読み上げて!」
「はいはい。……まずは本日中に招待状を五百通発送。明日の午前中は花冠の作成。午後はギルバート様の『笑顔の練習・上級編』です」
「笑顔か。……善処する」
ギルバート様が、鏡の前で引きつった微笑みを浮かべようとして、鏡が微かに震えた。
「ふふ。……最高の結末になりそうですわね、ネル!」
「……お嬢様。……結末ではなく、これは『永遠に続くハッピーエンド』の、ほんの序章に過ぎませんよ」
ネルの言葉に、私は力強く頷いた。
前世の記憶も、転生の魔法も、何一つ持っていない私。
けれど、今ここにある幸せは、間違いなく私自身の力(と、少しの糖分)で掴み取ったもの。
結婚式当日まで、あと七日。
私の人生最大のハッピーエンドに向けて、ラセール公爵家は、戦場以上の熱気で動き出したのである。
ラセール公爵家の重厚な扉を蹴り開けんばかりの勢いで、私はエントランスに飛び込んだ。
背後には、正装を完璧に着こなした(けれど顔が死ぬほど怖い)ギルバート様が控えている。
「じ、ジョアン!? 病気で生死の境を彷徨っていたのでは……。……って、バシュラール大将軍!? なぜ、うちの娘と手を繋いで……いや、掴まれているんだ!?」
私の父、ラセール公爵は、手に持っていたティーカップを床に落とした。
ガシャン、という景気の良い音が、再会の祝砲のように響く。
「……ラセール公爵。……突然の訪問、失礼する。……だが、事態は一刻を争う。……俺は、ジョアン嬢と結婚する」
「け、結婚!? ……大将軍、君は……あ、あの……正気か? うちの娘は、ハッピーエンド中毒で、ジャガイモの皮を剥くのが趣味な、かなり……その、個性的な令嬢だぞ?」
お父様、実の娘を珍獣のように紹介するのはおやめになって。
「……熟知している。……その個性が、俺の人生には不可欠だ。……既に王家への報告書(という名の宣戦布告)は提出済みだ。……式は、来週に行う」
「来週!!?」
お父様の叫び声が、屋敷の天井を突き抜けた。
私も驚いてギルバート様を仰ぎ見る。
「まあ、ギル様! 来週だなんて、ケーキの試作が間に合いませんわよ! 私のハッピーエンドには、五段重ねのベリータルトが必須なんですの!」
「安心しろ、ジョアン。……既に王宮のパティシエを三名、俺の別荘に監禁……いや、先行配属させてある。……材料も軍の輸送ルートで確保した」
「流石は大将軍様! ロジスティクスが完璧ですわ!」
「ああ。お前の笑顔のためなら、兵站(ロジ)のすべてを注ぎ込む」
私たちの会話に、お父様は頭を抱えて座り込んだ。
「バシュラール大将軍。……君は、あのアホなエドワード殿下の尻拭いで疲れているのかと思っていたが…。まさか、自分から地獄……いや、嵐の中に飛び込むとは。……あ、いや、いいんだ。娘を、よろしくお願いします」
「……地獄ではない。ここは、幸福(ハッピー)の最前線だ」
ギルバート様は真顔で言い切った。
怖い。顔は相変わらず夜盗の親玉みたいに怖いけれど、その言葉の甘さに私の心臓はもはや溶けかかっている。
一方その頃。
王宮の隅っこでは、エドワード殿下がマリア様からの罵倒と、国王陛下からの大目玉で、文字通り抜け殻のようになっていた。
「ジョアン…。ギルバート…。なぜだ……。なぜ、私だけがこんなバッドエンドなんだ……」
「殿下、いい加減になさい! あなたの婚約破棄のせいで、大将軍が公爵家と結託して、軍の予算でウェディングケーキを作っているという報告が入っているのよ! これ、どう責任取るつもり!?」
「知らない……。もう、どうでもいい……」
王子のすすり泣きは、誰にも届かない。
彼の役目は、ジョアンの物語に最高のスパイスを与える「残念な元彼」として、完璧に完結したのだ。
「さあ、お父様! 落ち込んでいる暇はありませんわ! ゲストのリストアップ、引き出物の選定、そして私のドレスの最終フィッティング! ネル、スケジュールを読み上げて!」
「はいはい。……まずは本日中に招待状を五百通発送。明日の午前中は花冠の作成。午後はギルバート様の『笑顔の練習・上級編』です」
「笑顔か。……善処する」
ギルバート様が、鏡の前で引きつった微笑みを浮かべようとして、鏡が微かに震えた。
「ふふ。……最高の結末になりそうですわね、ネル!」
「……お嬢様。……結末ではなく、これは『永遠に続くハッピーエンド』の、ほんの序章に過ぎませんよ」
ネルの言葉に、私は力強く頷いた。
前世の記憶も、転生の魔法も、何一つ持っていない私。
けれど、今ここにある幸せは、間違いなく私自身の力(と、少しの糖分)で掴み取ったもの。
結婚式当日まで、あと七日。
私の人生最大のハッピーエンドに向けて、ラセール公爵家は、戦場以上の熱気で動き出したのである。
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