婚約破棄?どうぞ!それどころではないですわ!

萩月

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「ローズマリー・フォン・グレイスタウン伯爵令嬢! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!」

 きらびやかなシャンデリアが輝く夜会の中心で、私の婚約者であるセドリック皇太子の怒声が響き渡りました。

 周囲の貴族たちは、一斉に息を呑みます。

 楽団の演奏はピタリと止まり、会場はまるでお墓の中のような静寂に包まれました。

 けれど、そんな張り詰めた空気など、今の私にはどうでもいいことでした。

「……っ! ああ……、なんという……なんという奇跡……」

 私は扇を握りしめたまま、震える声で呟きました。

「ほう、ショックで言葉も出ないか。自業自得だ。リリアンを執拗にいじめた貴様のような女、妃にするわけにはいかないからな!」

 セドリック様は、ドヤ顔で言い放ちました。

 その隣には、彼に守られるようにして寄り添う一人の少女がいます。

 男爵令嬢、リリアン様。

 この国の「ヒロイン」とも称される、清廉潔白な美少女です。

「……見て。あの方の、あの潤んだ瞳。まるで朝露を含んだスミレのようですわ……。あぁ、今にもこぼれ落ちそうな涙が、白い頬を伝うその軌跡。完璧です。黄金比を超えた、神の造形美ですわ……!」

「……おい、ローズマリー。聞いているのか?」

 セドリック様の困惑した声など、私の耳には届きません。

 私の視界は今、リリアン様という名の「光」によって埋め尽くされているのです。

 彼女が怯えて震えるたびに、ふわふわとした亜麻色の髪が揺れます。

 その一筋一筋に、私は名前をつけて保存したい。

「ローズマリー! 返事をしろ! 貴様はリリアンの教科書を池に捨て、ドレスを破り、夜会で恥をかかせた! その罪を認めるのかと聞いているんだ!」

 あまりの熱量に、私はようやくセドリック様に視線を向けました。

 視界の端に映る皇太子は、まあ、世間一般では美形と言われる部類でしょう。

 しかし、今の私にとって彼は、至高の芸術品(リリアン様)を隠す邪魔な遮蔽物でしかありません。

「……殿下、少しどいていただけません? リリアン様の左斜め四十五度からの絶景が、あなたの肩で見えませんの」

「は……? 絶景……?」

「それと、身に覚えのない冤罪を並べ立てるのはおやめになって。私が彼女に近づいたのは、ただその美しい睫毛の枚数を数えたかっただけですわ。池に落ちた教科書? ああ、あれは彼女がうっかり滑ったのを、私が必死に掴もうとして間に合わなかった結果ではありませんか。……それよりリリアン様、お怪我はありませんか? その膝の擦り傷、私が舐めて治して差し上げたいくらいですわ!」

「ひっ……! セ、セドリック様ぁ……」

 リリアン様が、さらにセドリック様の背中に隠れてしまいました。

 ああ、可憐。怯える小鹿のようなその仕草、最高に「眼福」です。

 私、ローズマリーは、幼い頃から美しいものが大好きでした。

 それも、自分と同じ「女性」の美しさに対して、異常なまでの執着と愛着を持ってしまったのです。

 宝石よりも、ドレスよりも、磨き上げられた生身の美少女。

 そんな私が、この窮屈な婚約という縛りから解放される。

 しかも、目の前には守ってあげたくなるような絶世の美少女がいる。

 ……これ、断罪じゃなくて「ご褒美」ではありませんこと?

「……ローズマリー、貴様、頭でも打ったのか? それとも狂ったのか?」

「いいえ、かつてないほど正気ですわ。殿下、婚約破棄の件、謹んで、いえ、泣いて喜んでお受けいたします!」

「……喜んで?」

「ええ! これで私は自由の身! 殿下のご機嫌を取るために、お茶会の時間を削る必要もありません。これからは、リリアン様のような輝ける美少女たちを愛でるためだけに、私の全人生を捧げますわ!」

 私は大きく両手を広げ、宣言しました。

 会場のあちこちから「えっ……」「百合……?」「いや、ただの変態では……」という困惑のささやきが聞こえてきます。

 失礼ですわね、私はただの「美の探究者」です。

「あ、それと。殿下はリリアン様と婚約されるおつもりでしょうけれど、彼女のスキンケアには気をつけて差し上げて? 彼女は肌が繊細ですから、安物の化粧水など使わせたら私が殿下を物理的に成敗いたしますわよ」

「き、貴様に言われるまでもない! ……なんなんだ、この空気は……。もっと、こう、泣き叫んで縋り付いてくるものではないのか……」

 セドリック様が困惑し、拳を震わせています。

 彼としては、悪役令嬢を華麗に裁いて、ヒロインと結ばれる感動のフィナーレを演出したかったのでしょう。

 残念でしたわね。私はあなたの顔なんて、もう三年前から飽きていましたの。

「リリアン様、もし殿下があなたを泣かせるようなことがあれば、いつでも私の元へいらしてくださいね。私の家には、国中から集めた最高の美容師と、肌触りの良い寝具が揃っておりますわ。二人で朝まで、美容について語り合いましょう?」

「……あ、あの……ありがとうございます……?」

 困惑しながらも、リリアン様が小さく会釈をしてくれました。

 尊い。

 その一瞬の動きだけで、私の心拍数は限界を突破しました。

「さあ! 話がまとまったところで、私は失礼いたしますわ! ……あ、最後に一つ。殿下、そのリボンタイ、少し曲がっていてよ。美しくありませんわね」

 私は優雅にカーテシーを披露すると、呆然とする一同を尻目に、颯爽と出口へと歩き出しました。

 背後でセドリック様が「待て! まだ国外追放の話が終わっていないぞ!」と叫んでいるのが聞こえます。

 国外追放?

 あら、素晴らしい。

 この国に飽きたら、隣国の美女を探しに行けるということではありませんか。

 私の未来は、虹色よりも美しく輝いているようです。

「ふふ、ふふふふ……。待っていてくださいね、世界中の美少女たち。このローズマリー、あなた方を全力で愛でに行きますわよ!」

 高笑いと共に会場を後にする私の背中は、誰よりも清々しく、そして誰よりも「変質者的」な情熱に満ち溢れていたのでした。
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