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「カトリーヌ様! 見てください、この雲一つない青空! まるであなたの、一点の曇りもない清廉な魂を映し出したかのようですわ!」
私は馬車の窓から身を乗り出し、並走するカトリーヌ様に声をかけました。
走行中の馬車から身を出すのは危険だとアンに何度も叱られていますが、そんなことは些細な問題です。
今の私にとって、馬上にあるカトリーヌ様の「斜め後ろから見たうなじ」の美しさを拝むことこそが、生存のための優先事項なのです。
「……ローズマリー嬢、座れと言っているだろう。それに、私はただ任務を遂行しているに過ぎん。私の魂がどうこうという話は、神官にでもしてくれ」
カトリーヌ様は前を向いたまま、冷淡に答えました。
ああ、その冷たい拒絶! 氷の刃で心臓を撫でられるような心地よさですわ!
「まあ! そんなに冷たくあしらわないでくださいまし。私たちはもう、三日も寝食を共に……厳密には別々の馬車と馬ですが、同じ空気を吸っている仲ではありませんか。これはもう、実質的に『親友』と呼んでも差し支えないのでは?」
「差し支えしかない。貴殿は護送対象、私は監視役だ。その距離を履き違えるな」
「距離、ですか。確かに。カトリーヌ様との心の距離を縮めるために、まずは物理的な距離をゼロにする必要がありますわね。……アン! 今すぐカトリーヌ様をこの狭い馬車の中に引きずり込みなさい! 私が膝枕で彼女の疲れを癒して差し上げます!」
「できるわけないでしょう! あと、さっきから『実質的に親友』とか言ってますけど、お嬢様の言う友達の定義って、獲物を追い詰める猟犬のそれと同じですよ!」
アンが私の腰を掴んで、強引に座席へと引き戻しました。
私はちぇっと唇を尖らせ、手近にあったリリアン様の肖像画を抱きしめました。
「失礼ね。私の言う『友達』とは、互いの美点を認め合い、高め合い、そして私が一方的にその美しさを二十四時間体制で観賞することを許諾し合える関係のことですわ」
「それはただのストーカー契約です」
アンがため息をついたその時、後方から一騎の伝令が駆け寄ってくるのが見えました。
馬車が止まり、カトリーヌ様が伝令から一通の手紙を受け取ります。
「ローズマリー嬢。王都から貴殿宛に手紙だ」
「あら、お父様からかしら? それともセドリック殿下が『君のいない夜会は味がしなくて、つい別の美女を十人ほど侍らせてしまったよ』なんていう、聞くに堪えない言い訳でも送ってきたのかしら?」
「……リリアン・フォン・アデール嬢からだ」
カトリーヌ様の言葉に、私の心臓が跳ね上がりました。
「リリアン様から!? まあ! すぐに、今すぐに私に献上なさい!」
私は馬車を飛び降り、カトリーヌ様の手からひったくるようにして手紙を奪い取りました。
封蝋には、彼女らしい可憐な小花の刻印。
私は震える手で封を切り、その中身を貪るように読みました。
『親愛なるローズマリー様へ。
急な出発に驚きました。あの日いただいたノート……。正直に申し上げますと、その……内容が細かすぎて、毎晩震えながら読んでおります。
特に「睡眠中の表情管理」の項目は、どう頑張っても実践できそうにありません。
でも、あなたが私のためにこれほどの……情熱(?)を注いでくださったことは、忘れません。
北方は寒いと聞きます。どうか、お体に気をつけて。 リリアンより』
私は手紙を読み終えた瞬間、その場に崩れ落ちました。
「お嬢様!? やっぱりショックだったんですか!? 『震えながら読んでいる』なんて、実質的に絶縁状みたいなものですもんね……」
「……アン、あなたには何が見えているの?」
私は涙を流しながら、手紙を天に掲げました。
「見てなさい、この文字の並びを! 『忘れません』。これはつまり『私の心は常にあなたと共にあります』という愛の誓い! そして『お体に気をつけて』は、『早く戻って私を抱きしめて』という切なる願いですわ!」
「……。カトリーヌ様、聞いての通りです。このお嬢様、もう手遅れです」
アンが虚空を見つめて呟きました。
カトリーヌ様もまた、複雑な表情で私を見下ろしていました。
「……貴殿は、ある種、幸せな人間だな。どのような言葉も自分に都合の良い『美』へと変換してしまうのか」
「変換ではありません。真実を抽出しているだけですわ。カトリーヌ様、今の私は無敵です! リリアン様の愛という名の鎧を纏い、カトリーヌ様という名の剣を傍らに置く! これ以上の幸福がこの世にあるでしょうか!」
「私は剣になった覚えはないが……。行くぞ、日が暮れる。……少しは大人しくしていろ。リリアン嬢も、貴殿が北の空の下で静かに暮らすことを望んでいるのだろうからな」
「いいえ! 彼女は私が修道院を美の聖域にリフォームし、彼女を迎え入れる準備を整えるのを待っているのです! 待っていてくださいリリアン様! 私が最高の城(修道院)を築いて差し上げますわ!」
私の叫びが、夕暮れの街道に木霊しました。
カトリーヌ様が呆れたように馬を速め、私はその後ろ姿に熱烈な投げキッスを送り続けました。
「お嬢様、さっきからカトリーヌ様の手が、剣の柄じゃなくてこめかみを押さえてますよ。頭痛がひどいんでしょうね……」
「愛の熱量に当てられたのですわ、きっと!」
馬車は再び走り出します。
リリアン様からの手紙という最強の燃料(ガソリン)を得た私の暴走は、もはや誰にも止められない領域へと突入していくのでした。
私は馬車の窓から身を乗り出し、並走するカトリーヌ様に声をかけました。
走行中の馬車から身を出すのは危険だとアンに何度も叱られていますが、そんなことは些細な問題です。
今の私にとって、馬上にあるカトリーヌ様の「斜め後ろから見たうなじ」の美しさを拝むことこそが、生存のための優先事項なのです。
「……ローズマリー嬢、座れと言っているだろう。それに、私はただ任務を遂行しているに過ぎん。私の魂がどうこうという話は、神官にでもしてくれ」
カトリーヌ様は前を向いたまま、冷淡に答えました。
ああ、その冷たい拒絶! 氷の刃で心臓を撫でられるような心地よさですわ!
「まあ! そんなに冷たくあしらわないでくださいまし。私たちはもう、三日も寝食を共に……厳密には別々の馬車と馬ですが、同じ空気を吸っている仲ではありませんか。これはもう、実質的に『親友』と呼んでも差し支えないのでは?」
「差し支えしかない。貴殿は護送対象、私は監視役だ。その距離を履き違えるな」
「距離、ですか。確かに。カトリーヌ様との心の距離を縮めるために、まずは物理的な距離をゼロにする必要がありますわね。……アン! 今すぐカトリーヌ様をこの狭い馬車の中に引きずり込みなさい! 私が膝枕で彼女の疲れを癒して差し上げます!」
「できるわけないでしょう! あと、さっきから『実質的に親友』とか言ってますけど、お嬢様の言う友達の定義って、獲物を追い詰める猟犬のそれと同じですよ!」
アンが私の腰を掴んで、強引に座席へと引き戻しました。
私はちぇっと唇を尖らせ、手近にあったリリアン様の肖像画を抱きしめました。
「失礼ね。私の言う『友達』とは、互いの美点を認め合い、高め合い、そして私が一方的にその美しさを二十四時間体制で観賞することを許諾し合える関係のことですわ」
「それはただのストーカー契約です」
アンがため息をついたその時、後方から一騎の伝令が駆け寄ってくるのが見えました。
馬車が止まり、カトリーヌ様が伝令から一通の手紙を受け取ります。
「ローズマリー嬢。王都から貴殿宛に手紙だ」
「あら、お父様からかしら? それともセドリック殿下が『君のいない夜会は味がしなくて、つい別の美女を十人ほど侍らせてしまったよ』なんていう、聞くに堪えない言い訳でも送ってきたのかしら?」
「……リリアン・フォン・アデール嬢からだ」
カトリーヌ様の言葉に、私の心臓が跳ね上がりました。
「リリアン様から!? まあ! すぐに、今すぐに私に献上なさい!」
私は馬車を飛び降り、カトリーヌ様の手からひったくるようにして手紙を奪い取りました。
封蝋には、彼女らしい可憐な小花の刻印。
私は震える手で封を切り、その中身を貪るように読みました。
『親愛なるローズマリー様へ。
急な出発に驚きました。あの日いただいたノート……。正直に申し上げますと、その……内容が細かすぎて、毎晩震えながら読んでおります。
特に「睡眠中の表情管理」の項目は、どう頑張っても実践できそうにありません。
でも、あなたが私のためにこれほどの……情熱(?)を注いでくださったことは、忘れません。
北方は寒いと聞きます。どうか、お体に気をつけて。 リリアンより』
私は手紙を読み終えた瞬間、その場に崩れ落ちました。
「お嬢様!? やっぱりショックだったんですか!? 『震えながら読んでいる』なんて、実質的に絶縁状みたいなものですもんね……」
「……アン、あなたには何が見えているの?」
私は涙を流しながら、手紙を天に掲げました。
「見てなさい、この文字の並びを! 『忘れません』。これはつまり『私の心は常にあなたと共にあります』という愛の誓い! そして『お体に気をつけて』は、『早く戻って私を抱きしめて』という切なる願いですわ!」
「……。カトリーヌ様、聞いての通りです。このお嬢様、もう手遅れです」
アンが虚空を見つめて呟きました。
カトリーヌ様もまた、複雑な表情で私を見下ろしていました。
「……貴殿は、ある種、幸せな人間だな。どのような言葉も自分に都合の良い『美』へと変換してしまうのか」
「変換ではありません。真実を抽出しているだけですわ。カトリーヌ様、今の私は無敵です! リリアン様の愛という名の鎧を纏い、カトリーヌ様という名の剣を傍らに置く! これ以上の幸福がこの世にあるでしょうか!」
「私は剣になった覚えはないが……。行くぞ、日が暮れる。……少しは大人しくしていろ。リリアン嬢も、貴殿が北の空の下で静かに暮らすことを望んでいるのだろうからな」
「いいえ! 彼女は私が修道院を美の聖域にリフォームし、彼女を迎え入れる準備を整えるのを待っているのです! 待っていてくださいリリアン様! 私が最高の城(修道院)を築いて差し上げますわ!」
私の叫びが、夕暮れの街道に木霊しました。
カトリーヌ様が呆れたように馬を速め、私はその後ろ姿に熱烈な投げキッスを送り続けました。
「お嬢様、さっきからカトリーヌ様の手が、剣の柄じゃなくてこめかみを押さえてますよ。頭痛がひどいんでしょうね……」
「愛の熱量に当てられたのですわ、きっと!」
馬車は再び走り出します。
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