婚約破棄?どうぞ!それどころではないですわ!

萩月

文字の大きさ
6 / 28

6

しおりを挟む
 王都を出て三日。

 馬車の揺れに、私の自慢のプロポーション(自称)も悲鳴を上げていました。

「……アン。限界ですわ。このままでは、私の臀部の曲線が平らな板のようになってしまいます」

「お嬢様、そんな物理的にありえない心配をする前に、もう少しお行儀良く座ってください。さっきからリリアン様の肖像画を抱きしめてゴロゴロ転がっているからですよ」

 アンが冷めた目で私を見つめます。

 ですが、見てください。この馬車の狭さを!

 美少女を観賞するには、ある程度の「引き」の距離が必要なのです。

 至近距離で肖像画を見続けすぎて、私の視力は今、リリアン様の微細な毛穴まで幻視できるレベルに達していました。

 そんな時、馬車が急に速度を落とし、やがて完全に止まりました。

「……何かしら? もう修道院に着いたの? 心の準備がまだですわ。せめて唇に紅を差し直す時間をちょうだいな」

「いえ、ここは国境近くの駐屯地です。護衛の兵士たちの交代式ですよ」

 アンに促されて外へ出ると、そこには銀色に輝く鎧を纏った一団が整列していました。

 むさ苦しい男たちの集団かと思い、私は大きなため息をつきかけました……が。

「……っ!? あ、あそこにいるのは、何……?」

 私の視線が、一人の騎士に釘付けになりました。

 他の兵士たちより一際背が高く、腰まであるマントを翻して立つその人物。

 兜を脱いで現れたその顔立ちは、あまりにも鋭く、あまりにも気高く、そして――。

「……女、性……? いえ、これは『麗人』。凛々しき戦女神(ヴァルキリー)の再来ですわ!」

 私はアンを突き飛ばす勢いで、その騎士の元へと駆け寄りました。

「貴殿が、王都から移送されてきたグレイスタウン伯爵令嬢か?」

 響いたのは、低く、重厚で、それでいて鈴を転がすような透明感のある声。

 彼女――王宮騎士団副団長、カトリーヌ様が、切れ長の瞳で私を射抜きました。

「はうあっ……! その眼光! その引き締まった顎のライン! まさに、研ぎ澄まされた名剣のような機能美ですわ!」

「……何?」

 カトリーヌ様が眉をひそめました。

 その眉間のシワすらも、一つの芸術作品のようです。

「お初にお目にかかります、カトリーヌ様! 私はローズマリー! 今この瞬間、あなたの『美』の奴隷になることを誓いましたわ!」

「お嬢様! 初対面の方にいきなり奴隷宣言しないでください!」

 追いかけてきたアンが私の肩を掴みますが、私は止まりません。

「見てください、この無駄のない筋肉のつき方! 鎧の上からでも分かります。あなたの体幹は、きっと古の大理石像よりも完璧なバランスで保たれているはず!」

「……貴様、正気か? 私は殿下の命を受け、貴様を北の修道院まで送り届ける任務に就いたカトリーヌ・フォン・バルドーだ。反省の色がないとは聞いていたが……想像以上だな」

 カトリーヌ様は呆れたように息を吐きました。

 ああ、その吐息! 冬の朝の霧のように白く、そして気高い!

「反省? ええ、しておりますわ! なぜもっと早く、あなたの存在に気づかなかったのかと、己の不明を恥じ入るばかりです!」

 私はカトリーヌ様の甲手(小手)を強引に両手で握りしめました。

「カトリーヌ様、修道院までの道中、どうか私の隣に座ってください。あなたの横顔をデッサンし続けたいのです。光の当たり具合によって変化する、その頬の陰影を記録に残すことこそが、今の私の生きがいですわ!」

「断る。私は馬で行く」

「そんな殺生な! では、私が馬になります! あなたを背に乗せて、草原を駆け抜けたい!」

「お嬢様、落ち着いてください。あなたは伯爵令嬢であって、四足歩行の獣ではありません」

 アンが必死に私を引き剥がそうとしますが、私はカトリーヌ様の美しさという名の引力に抗えません。

 カトリーヌ様は困惑したように、私とアンを交互に見ました。

「……セドリック殿下からは『毒婦』だと聞かされていたが。……ただの変人ではないか」

「『美』を愛でる者は、往々にして世間から変人扱いされるものです。ですがカトリーヌ様、安心してください。私はあなたの味方です。その銀色の鎧を毎日磨き上げ、あなたの輝きを二倍、いえ、十倍にして差し上げますわ!」

「……。出発するぞ。……おい、その令嬢を馬車に押し込め」

 カトリーヌ様は、わずかに頬を赤らめて(きっと怒りでしょうが、私には照れに見えました)背を向けました。

 ああ、その後ろ姿。

 マントの揺れ方が、まるで大河の流れのように優雅です。

「カトリーヌ様ーー! 愛しておりますわーー! 修道院に着くまでに、私の愛でその氷のような心を溶かして差し上げますからーー!」

「お嬢様、もう喋らないでください! カトリーヌ様の右手が、剣の柄にかかっていますよ! 斬られますよ!」

 私は無理やり馬車に押し戻されましたが、その表情は喜びに満ち溢れていました。

 リリアン様が「可憐な花」なら、カトリーヌ様は「孤高の月」。

 これからの旅路、私の視界には常にこの二人の美しさが同居することになるのです。

「ああ、忙しいですわね。リリアン様への手紙も書かなければならないし、カトリーヌ様の観察日記もつけなければ……! アン、紙とペンを! 早く!」

「……もう、勝手にしてください」

 馬車は再び動き出しました。

 その隣を、颯爽と馬で駆けるカトリーヌ様の姿を窓から眺めながら、私はかつてない興奮で鼻血を出し、優雅に失神したのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です

希羽
恋愛
「お前のような可愛げのない女との婚約は破棄する!」 卒業パーティの会場で、婚約者である第二王子デリックはそう宣言し、私の義妹ミナを抱き寄せました。 誰もが私が泣き崩れると思いましたが――正直、せいせいしました。 だって、王子の領地経営、借金返済、結界維持、それら全ての激務を一人でこなしていたのは「可愛げのない」私だったのですから。 「承知しました。では、あとはミナと二人で頑張ってください」 私は手切れ金代わりに面倒な仕事を全て置いて国を出ました。 すると、国境で待っていたのは、隣国ガルガディア帝国の冷徹皇太子ことクライド様。なぜか彼は私を溺愛し、帝国で最高の地位と環境を与えてくれて……。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

婚約破棄されたのに、王太子殿下がバルコニーの下にいます

ちよこ
恋愛
「リリス・フォン・アイゼンシュタイン。君との婚約を破棄する」 王子による公開断罪。 悪役令嬢として破滅ルートを迎えたリリスは、ようやく自由を手に入れた……はずだった。 だが翌朝、屋敷のバルコニーの下に立っていたのは、断罪したはずの王太子。 花束を抱え、「おはよう」と微笑む彼は、毎朝訪れるようになり—— 「リリス、僕は君の全てが好きなんだ。」 そう語る彼は、狂愛をリリスに注ぎはじめる。 婚約破棄×悪役令嬢×ヤンデレ王子による、 テンプレから逸脱しまくるダークサイド・ラブコメディ!

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

処理中です...