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王都を出て三日。
馬車の揺れに、私の自慢のプロポーション(自称)も悲鳴を上げていました。
「……アン。限界ですわ。このままでは、私の臀部の曲線が平らな板のようになってしまいます」
「お嬢様、そんな物理的にありえない心配をする前に、もう少しお行儀良く座ってください。さっきからリリアン様の肖像画を抱きしめてゴロゴロ転がっているからですよ」
アンが冷めた目で私を見つめます。
ですが、見てください。この馬車の狭さを!
美少女を観賞するには、ある程度の「引き」の距離が必要なのです。
至近距離で肖像画を見続けすぎて、私の視力は今、リリアン様の微細な毛穴まで幻視できるレベルに達していました。
そんな時、馬車が急に速度を落とし、やがて完全に止まりました。
「……何かしら? もう修道院に着いたの? 心の準備がまだですわ。せめて唇に紅を差し直す時間をちょうだいな」
「いえ、ここは国境近くの駐屯地です。護衛の兵士たちの交代式ですよ」
アンに促されて外へ出ると、そこには銀色に輝く鎧を纏った一団が整列していました。
むさ苦しい男たちの集団かと思い、私は大きなため息をつきかけました……が。
「……っ!? あ、あそこにいるのは、何……?」
私の視線が、一人の騎士に釘付けになりました。
他の兵士たちより一際背が高く、腰まであるマントを翻して立つその人物。
兜を脱いで現れたその顔立ちは、あまりにも鋭く、あまりにも気高く、そして――。
「……女、性……? いえ、これは『麗人』。凛々しき戦女神(ヴァルキリー)の再来ですわ!」
私はアンを突き飛ばす勢いで、その騎士の元へと駆け寄りました。
「貴殿が、王都から移送されてきたグレイスタウン伯爵令嬢か?」
響いたのは、低く、重厚で、それでいて鈴を転がすような透明感のある声。
彼女――王宮騎士団副団長、カトリーヌ様が、切れ長の瞳で私を射抜きました。
「はうあっ……! その眼光! その引き締まった顎のライン! まさに、研ぎ澄まされた名剣のような機能美ですわ!」
「……何?」
カトリーヌ様が眉をひそめました。
その眉間のシワすらも、一つの芸術作品のようです。
「お初にお目にかかります、カトリーヌ様! 私はローズマリー! 今この瞬間、あなたの『美』の奴隷になることを誓いましたわ!」
「お嬢様! 初対面の方にいきなり奴隷宣言しないでください!」
追いかけてきたアンが私の肩を掴みますが、私は止まりません。
「見てください、この無駄のない筋肉のつき方! 鎧の上からでも分かります。あなたの体幹は、きっと古の大理石像よりも完璧なバランスで保たれているはず!」
「……貴様、正気か? 私は殿下の命を受け、貴様を北の修道院まで送り届ける任務に就いたカトリーヌ・フォン・バルドーだ。反省の色がないとは聞いていたが……想像以上だな」
カトリーヌ様は呆れたように息を吐きました。
ああ、その吐息! 冬の朝の霧のように白く、そして気高い!
「反省? ええ、しておりますわ! なぜもっと早く、あなたの存在に気づかなかったのかと、己の不明を恥じ入るばかりです!」
私はカトリーヌ様の甲手(小手)を強引に両手で握りしめました。
「カトリーヌ様、修道院までの道中、どうか私の隣に座ってください。あなたの横顔をデッサンし続けたいのです。光の当たり具合によって変化する、その頬の陰影を記録に残すことこそが、今の私の生きがいですわ!」
「断る。私は馬で行く」
「そんな殺生な! では、私が馬になります! あなたを背に乗せて、草原を駆け抜けたい!」
「お嬢様、落ち着いてください。あなたは伯爵令嬢であって、四足歩行の獣ではありません」
アンが必死に私を引き剥がそうとしますが、私はカトリーヌ様の美しさという名の引力に抗えません。
カトリーヌ様は困惑したように、私とアンを交互に見ました。
「……セドリック殿下からは『毒婦』だと聞かされていたが。……ただの変人ではないか」
「『美』を愛でる者は、往々にして世間から変人扱いされるものです。ですがカトリーヌ様、安心してください。私はあなたの味方です。その銀色の鎧を毎日磨き上げ、あなたの輝きを二倍、いえ、十倍にして差し上げますわ!」
「……。出発するぞ。……おい、その令嬢を馬車に押し込め」
カトリーヌ様は、わずかに頬を赤らめて(きっと怒りでしょうが、私には照れに見えました)背を向けました。
ああ、その後ろ姿。
マントの揺れ方が、まるで大河の流れのように優雅です。
「カトリーヌ様ーー! 愛しておりますわーー! 修道院に着くまでに、私の愛でその氷のような心を溶かして差し上げますからーー!」
「お嬢様、もう喋らないでください! カトリーヌ様の右手が、剣の柄にかかっていますよ! 斬られますよ!」
私は無理やり馬車に押し戻されましたが、その表情は喜びに満ち溢れていました。
リリアン様が「可憐な花」なら、カトリーヌ様は「孤高の月」。
これからの旅路、私の視界には常にこの二人の美しさが同居することになるのです。
「ああ、忙しいですわね。リリアン様への手紙も書かなければならないし、カトリーヌ様の観察日記もつけなければ……! アン、紙とペンを! 早く!」
「……もう、勝手にしてください」
馬車は再び動き出しました。
その隣を、颯爽と馬で駆けるカトリーヌ様の姿を窓から眺めながら、私はかつてない興奮で鼻血を出し、優雅に失神したのでした。
馬車の揺れに、私の自慢のプロポーション(自称)も悲鳴を上げていました。
「……アン。限界ですわ。このままでは、私の臀部の曲線が平らな板のようになってしまいます」
「お嬢様、そんな物理的にありえない心配をする前に、もう少しお行儀良く座ってください。さっきからリリアン様の肖像画を抱きしめてゴロゴロ転がっているからですよ」
アンが冷めた目で私を見つめます。
ですが、見てください。この馬車の狭さを!
美少女を観賞するには、ある程度の「引き」の距離が必要なのです。
至近距離で肖像画を見続けすぎて、私の視力は今、リリアン様の微細な毛穴まで幻視できるレベルに達していました。
そんな時、馬車が急に速度を落とし、やがて完全に止まりました。
「……何かしら? もう修道院に着いたの? 心の準備がまだですわ。せめて唇に紅を差し直す時間をちょうだいな」
「いえ、ここは国境近くの駐屯地です。護衛の兵士たちの交代式ですよ」
アンに促されて外へ出ると、そこには銀色に輝く鎧を纏った一団が整列していました。
むさ苦しい男たちの集団かと思い、私は大きなため息をつきかけました……が。
「……っ!? あ、あそこにいるのは、何……?」
私の視線が、一人の騎士に釘付けになりました。
他の兵士たちより一際背が高く、腰まであるマントを翻して立つその人物。
兜を脱いで現れたその顔立ちは、あまりにも鋭く、あまりにも気高く、そして――。
「……女、性……? いえ、これは『麗人』。凛々しき戦女神(ヴァルキリー)の再来ですわ!」
私はアンを突き飛ばす勢いで、その騎士の元へと駆け寄りました。
「貴殿が、王都から移送されてきたグレイスタウン伯爵令嬢か?」
響いたのは、低く、重厚で、それでいて鈴を転がすような透明感のある声。
彼女――王宮騎士団副団長、カトリーヌ様が、切れ長の瞳で私を射抜きました。
「はうあっ……! その眼光! その引き締まった顎のライン! まさに、研ぎ澄まされた名剣のような機能美ですわ!」
「……何?」
カトリーヌ様が眉をひそめました。
その眉間のシワすらも、一つの芸術作品のようです。
「お初にお目にかかります、カトリーヌ様! 私はローズマリー! 今この瞬間、あなたの『美』の奴隷になることを誓いましたわ!」
「お嬢様! 初対面の方にいきなり奴隷宣言しないでください!」
追いかけてきたアンが私の肩を掴みますが、私は止まりません。
「見てください、この無駄のない筋肉のつき方! 鎧の上からでも分かります。あなたの体幹は、きっと古の大理石像よりも完璧なバランスで保たれているはず!」
「……貴様、正気か? 私は殿下の命を受け、貴様を北の修道院まで送り届ける任務に就いたカトリーヌ・フォン・バルドーだ。反省の色がないとは聞いていたが……想像以上だな」
カトリーヌ様は呆れたように息を吐きました。
ああ、その吐息! 冬の朝の霧のように白く、そして気高い!
「反省? ええ、しておりますわ! なぜもっと早く、あなたの存在に気づかなかったのかと、己の不明を恥じ入るばかりです!」
私はカトリーヌ様の甲手(小手)を強引に両手で握りしめました。
「カトリーヌ様、修道院までの道中、どうか私の隣に座ってください。あなたの横顔をデッサンし続けたいのです。光の当たり具合によって変化する、その頬の陰影を記録に残すことこそが、今の私の生きがいですわ!」
「断る。私は馬で行く」
「そんな殺生な! では、私が馬になります! あなたを背に乗せて、草原を駆け抜けたい!」
「お嬢様、落ち着いてください。あなたは伯爵令嬢であって、四足歩行の獣ではありません」
アンが必死に私を引き剥がそうとしますが、私はカトリーヌ様の美しさという名の引力に抗えません。
カトリーヌ様は困惑したように、私とアンを交互に見ました。
「……セドリック殿下からは『毒婦』だと聞かされていたが。……ただの変人ではないか」
「『美』を愛でる者は、往々にして世間から変人扱いされるものです。ですがカトリーヌ様、安心してください。私はあなたの味方です。その銀色の鎧を毎日磨き上げ、あなたの輝きを二倍、いえ、十倍にして差し上げますわ!」
「……。出発するぞ。……おい、その令嬢を馬車に押し込め」
カトリーヌ様は、わずかに頬を赤らめて(きっと怒りでしょうが、私には照れに見えました)背を向けました。
ああ、その後ろ姿。
マントの揺れ方が、まるで大河の流れのように優雅です。
「カトリーヌ様ーー! 愛しておりますわーー! 修道院に着くまでに、私の愛でその氷のような心を溶かして差し上げますからーー!」
「お嬢様、もう喋らないでください! カトリーヌ様の右手が、剣の柄にかかっていますよ! 斬られますよ!」
私は無理やり馬車に押し戻されましたが、その表情は喜びに満ち溢れていました。
リリアン様が「可憐な花」なら、カトリーヌ様は「孤高の月」。
これからの旅路、私の視界には常にこの二人の美しさが同居することになるのです。
「ああ、忙しいですわね。リリアン様への手紙も書かなければならないし、カトリーヌ様の観察日記もつけなければ……! アン、紙とペンを! 早く!」
「……もう、勝手にしてください」
馬車は再び動き出しました。
その隣を、颯爽と馬で駆けるカトリーヌ様の姿を窓から眺めながら、私はかつてない興奮で鼻血を出し、優雅に失神したのでした。
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