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王都、サン・レアル王宮。
セドリック皇太子は、執務室の机を思い切り叩きました。
「どういうことだ! 説明しろ!」
彼の前で震え上がっているのは、北方領の視察から戻ったばかりの役人でした。
「は、はい! その……北方最大の都市アイゼンベルクが、現在、空前の『美化運動』に包まれておりまして……」
「美化運動だと?」
「左様にございます。街ゆく女性たちが皆、自信に満ちた表情で自らの美を語り、さらには『ローズマリー様こそ真の審美眼の持ち主』と、あの中央から追放された伯爵令嬢を聖女のように崇めているのです!」
セドリックはこめかみを押さえ、深い溜息をつきました。
反省させるために、寒くて地味な北の地へ送ったはずでした。
それなのに、彼女が行く先々で「信者」を増やし、街の経済や文化まで塗り替えているという報告。
「……あの女。国外追放を言い渡した時も『美少女を探しに行ける』と喜んでいたが、まさか本気で実行しているというのか」
「それだけではありません、殿下。アイゼンベルクの領主からは『ローズマリー様の推奨する美容品の関税を撤廃してほしい』との要望まで届いております」
「却下だ! そんなふざけた要望、通せるわけがないだろう!」
セドリックが叫んだその時、部屋の扉が静かに開き、リリアンが入ってきました。
最近のリリアンは、以前のような弱々しさが消え、どこか凛とした、触れれば切れるような鋭い美しさを纏っていました。
「セドリック様、お声が廊下まで響いておりますわよ」
「おお、リリアン。……聞いてくれ。あのローズマリーが北の地で勝手な振る舞いをしているらしい。やはり、修道院へ入れるだけでは甘かったか」
セドリックが同意を求めると、リリアンは優雅に首を傾げました。
「勝手な振る舞い、ですか? 私はむしろ、ローズマリー様が皆様に元気を与えているのだと感じますけれど。……私も、彼女が今どのような『美』を見出しているのか、とても興味がありますわ」
「なっ……。リリアン、君まであいつの肩を持つのか?」
「肩を持つのではなく、事実を申し上げているのです。……殿下、いっそのこと、私たちが直接、北方の視察へ向かってはいかがでしょうか?」
リリアンの提案に、セドリックは目を見開きました。
「視察……。私が、わざわざあんな辺境へ行くというのか?」
「ええ。殿下自ら、ローズマリー様が本当に反省しているのか、それとも報告通り『美の王国』を築こうとしているのかを確かめるのです。……それに、私も少し、王都の空気に飽きてしまいましたの」
リリアンの瞳に宿る、隠しきれない好奇心。
セドリックには、それがローズマリーによって引き出されたものだということが、面白くありませんでした。
しかし、同時に彼の中にも「今のローズマリーがどんな顔をして自分を無視するのか」という、妙に歪んだ確認欲求が芽生えていました。
「……よかろう。北方の治安維持、およびローズマリー・フォン・グレイスタウンの動向調査を名目に、急遽視察団を編成する!」
「承知いたしました、殿下。……楽しみですわね」
リリアンの微笑みは、以前よりもずっと、ローズマリーの教えに忠実な「黄金比の角度」で輝いていました。
数日後。
王家の紋章を掲げた豪華な馬車が、物々しい護衛を引き連れて北方へと出発しました。
それは、追放された令嬢を追って、皇太子とヒロインが自ら北へと向かうという、建国以来前代未聞の事態でした。
一方その頃、ローズマリー一行は、ついに目的地である「聖灰の修道院」の門前に到着していました。
「……ここが、私の新たなる『美の実験場』……。いえ、修道院ですのね」
目の前に広がるのは、ひび割れた石壁、荒れ果てた庭、そしてお父様が言っていた通りの、むさ苦しい髭面の門番。
アンが絶望的な声を上げます。
「お嬢様、見てください。美しさの欠片もありません。本当に地獄の入り口ですよ……」
しかし、ローズマリーは馬車を降りるなり、手袋をパチンと鳴らして不敵な笑みを浮かべました。
「いいえアン、これは地獄ではありません。真っ白なキャンバスですわ! ……さあ、カトリーヌ様! まずはあの門番の髭を、黄金比に従ってトリミングすることから始めましょうか!」
「……。断る。私はもう、王都に帰りたい」
カトリーヌの切実な訴えも空しく、ローズマリーは修道院の重い扉を、まるで宝箱を開けるかのような勢いで押し開けました。
王都から皇太子が迫っていることなど、この時の彼女は知る由もありません。
ただ、目の前の「美しくない光景」を破壊し、再構築することに、彼女のすべての情熱が注がれようとしていました。
セドリック皇太子は、執務室の机を思い切り叩きました。
「どういうことだ! 説明しろ!」
彼の前で震え上がっているのは、北方領の視察から戻ったばかりの役人でした。
「は、はい! その……北方最大の都市アイゼンベルクが、現在、空前の『美化運動』に包まれておりまして……」
「美化運動だと?」
「左様にございます。街ゆく女性たちが皆、自信に満ちた表情で自らの美を語り、さらには『ローズマリー様こそ真の審美眼の持ち主』と、あの中央から追放された伯爵令嬢を聖女のように崇めているのです!」
セドリックはこめかみを押さえ、深い溜息をつきました。
反省させるために、寒くて地味な北の地へ送ったはずでした。
それなのに、彼女が行く先々で「信者」を増やし、街の経済や文化まで塗り替えているという報告。
「……あの女。国外追放を言い渡した時も『美少女を探しに行ける』と喜んでいたが、まさか本気で実行しているというのか」
「それだけではありません、殿下。アイゼンベルクの領主からは『ローズマリー様の推奨する美容品の関税を撤廃してほしい』との要望まで届いております」
「却下だ! そんなふざけた要望、通せるわけがないだろう!」
セドリックが叫んだその時、部屋の扉が静かに開き、リリアンが入ってきました。
最近のリリアンは、以前のような弱々しさが消え、どこか凛とした、触れれば切れるような鋭い美しさを纏っていました。
「セドリック様、お声が廊下まで響いておりますわよ」
「おお、リリアン。……聞いてくれ。あのローズマリーが北の地で勝手な振る舞いをしているらしい。やはり、修道院へ入れるだけでは甘かったか」
セドリックが同意を求めると、リリアンは優雅に首を傾げました。
「勝手な振る舞い、ですか? 私はむしろ、ローズマリー様が皆様に元気を与えているのだと感じますけれど。……私も、彼女が今どのような『美』を見出しているのか、とても興味がありますわ」
「なっ……。リリアン、君まであいつの肩を持つのか?」
「肩を持つのではなく、事実を申し上げているのです。……殿下、いっそのこと、私たちが直接、北方の視察へ向かってはいかがでしょうか?」
リリアンの提案に、セドリックは目を見開きました。
「視察……。私が、わざわざあんな辺境へ行くというのか?」
「ええ。殿下自ら、ローズマリー様が本当に反省しているのか、それとも報告通り『美の王国』を築こうとしているのかを確かめるのです。……それに、私も少し、王都の空気に飽きてしまいましたの」
リリアンの瞳に宿る、隠しきれない好奇心。
セドリックには、それがローズマリーによって引き出されたものだということが、面白くありませんでした。
しかし、同時に彼の中にも「今のローズマリーがどんな顔をして自分を無視するのか」という、妙に歪んだ確認欲求が芽生えていました。
「……よかろう。北方の治安維持、およびローズマリー・フォン・グレイスタウンの動向調査を名目に、急遽視察団を編成する!」
「承知いたしました、殿下。……楽しみですわね」
リリアンの微笑みは、以前よりもずっと、ローズマリーの教えに忠実な「黄金比の角度」で輝いていました。
数日後。
王家の紋章を掲げた豪華な馬車が、物々しい護衛を引き連れて北方へと出発しました。
それは、追放された令嬢を追って、皇太子とヒロインが自ら北へと向かうという、建国以来前代未聞の事態でした。
一方その頃、ローズマリー一行は、ついに目的地である「聖灰の修道院」の門前に到着していました。
「……ここが、私の新たなる『美の実験場』……。いえ、修道院ですのね」
目の前に広がるのは、ひび割れた石壁、荒れ果てた庭、そしてお父様が言っていた通りの、むさ苦しい髭面の門番。
アンが絶望的な声を上げます。
「お嬢様、見てください。美しさの欠片もありません。本当に地獄の入り口ですよ……」
しかし、ローズマリーは馬車を降りるなり、手袋をパチンと鳴らして不敵な笑みを浮かべました。
「いいえアン、これは地獄ではありません。真っ白なキャンバスですわ! ……さあ、カトリーヌ様! まずはあの門番の髭を、黄金比に従ってトリミングすることから始めましょうか!」
「……。断る。私はもう、王都に帰りたい」
カトリーヌの切実な訴えも空しく、ローズマリーは修道院の重い扉を、まるで宝箱を開けるかのような勢いで押し開けました。
王都から皇太子が迫っていることなど、この時の彼女は知る由もありません。
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