婚約破棄?どうぞ!それどころではないですわ!

萩月

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「……ああ、この景色ですわ。これこそが、私が夢にまで見た『美の終着駅』……いいえ、新たなる楽園の入り口ですわ!」

 南の海を一望できる、白亜の別荘のバルコニー。

 私は、エメラルドグリーンに輝く海と、そこに降り注ぐ太陽の光を浴びながら、深呼吸をしました。

 潮風が運んでくるのは、塩の香りだけではありません。

 私の背後に集まった、至高の美女たちが放つ「芳醇な美」のオーラです。

「お嬢様。……もう、私のトランクには一ミリの隙間もありませんよ。中身はすべて、南国の花で作った新作の化粧水と、皆様の寝顔を隠し撮り……いえ、記録したスケッチブックで埋まっています」

 アンが呆れた様子で、冷たいフルーツ水を差し出してくれました。

「いいのよアン。これこそが私の資産、私の命。……さあ、始めましょう! 今夜は、私たちがこの過酷な(?)旅を乗り越え、辿り着いたことを祝う、最高に美しい晩餐会ですわ!」

 広間に入ると、そこにはすでに「主役」たちが勢揃いしていました。

 純白の薄いドレスを纏い、まるで波間から現れた女神のようなリリアン様。

 情熱的な真紅の水着……の上に、透けるようなシルクの羽織を重ねたエレオノーラ様。

 そして、軍服を脱ぎ捨て、動きやすいけれど気品に溢れたサマードレス姿のカトリーヌ様。

 視界の密度が、高すぎます。

「ローズマリー様。見てください、このドレス。貴女が選んでくださったこの色が、今の私の心の色にぴったりですわ」

 リリアン様が、恥ずかしそうにスカートの裾を揺らしました。

「……っ! あ、ああああ……! なんて、なんて瑞々しい! リリアン様、貴女はもう、守られるだけの蕾ではありません。今この瞬間、南国の光を吸い込んで、世界で最も気高い大輪の花へと進化を遂げたのですわ!」

「大げさですわ、ローズマリー様。……でも、嬉しいです。貴女にそう言っていただけると、自分が本当に特別な存在になった気がしますの」

 リリアン様の隣で、エレオノーラ様が不敵な笑みを浮かべてグラスを掲げました。

「ちょっと、リリアンばかり褒めないで。私のこの、南国の太陽にも負けない肌の輝きはどうかしら? 貴女に教わったマッサージのおかげで、デコルテのラインがさらに完璧になったわ」

「エレオノーラ様! 貴女のその自信に満ちた立ち姿! まさに、この島を統べる若き女王ですわ! その赤髪と海の青のコントラスト……色彩学の教科書に載せるべき奇跡の一枚ですわよ!」

「ふふ、合格ね。……さあ、カトリーヌ。貴女もいつまでも柱の陰にいないで、こちらへいらっしゃいな。そのドレス、ローズマリーが鼻血を出しながら選んだ逸品でしょう?」

 促されて、カトリーヌ様がぎこちない足取りで光の下へと現れました。

 普段の厳しい表情が少しだけ緩み、潮風に吹かれた銀髪が柔らかく揺れています。

「……。私は、やはりこのような格好は落ち着かん。剣がないと、どうにも手持ち無沙汰でな。……ローズマリー、あまりじろじろ見るな。穴が開くぞ」

「穴が開いても、その奥に潜む貴女の騎士道精神を観賞し続けますわ! カトリーヌ様、貴女のその『慣れない格好への戸惑い』が生み出す微かな表情の揺らぎ……! これぞ、静寂の中の情熱(サイレント・パッション)! 抱いて! 今すぐそのドレス姿で私を!」

「……。よし、アン。やはりこの変態令嬢を一度、冷たい海に放り込んで頭を冷やしてこよう」

 カトリーヌ様が本気で私を担ぎ上げようとしましたが、リリアン様とエレオノーラ様が笑ってそれを止めました。

「いいではありませんか。これが、私たちのローズマリー様なのですから」

 テーブルに並べられたのは、地元の新鮮な果物と、見た目にも鮮やかな料理の数々。

 しかし、私にとっての御馳走は、それらを優雅に口に運ぶ美女たちの所作そのものでした。

「……ふふ。婚約破棄をされた時は、どうなることかと思いましたけれど」

 私はグラスを掲げ、月明かりに透かしました。

「あの時、セドリック殿下に縋り付いて泣いていたら、私は今頃、王宮の片隅でカビの生えたような毎日を過ごしていたでしょう。……ですが、見て。私の周りには、今、こんなにも素晴らしい光が溢れているわ」

 リリアン様が、そっと私の手に自分の手を重ねました。

「ローズマリー様が、私たちを見つけ出してくださったのです。……貴女のその、少し変わった……いえ、とても真っ直ぐな愛が、私たちの本当の美しさを引き出してくれたのですよ」

「そうね。……私も、貴女に出会わなければ、ただの『怖い姫君』で終わっていたかもしれないわ。感謝しているわよ、ローズマリー」

 エレオノーラ様が優しく微笑み、カトリーヌ様も短く頷きました。

「……私もだ。貴様のせいで、私の美意識は完全に壊されたが……。まあ、悪くない景色だ」

「皆様……。ああ、もう、幸せすぎて……! これ以上の眼福はありません! 私、もう、今この瞬間に石化して、この別荘の守り神になりたいですわ!」

「「「それは困ります」」」

 三人の声が、完璧なハーモニーで重なりました。

 賑やかな笑い声が、南の夜の静寂に溶けていきます。

 悪役令嬢、国外追放、そして美の探求者。

 私の肩書きが何であれ、今ここに、私が心から愛でる「美しき絆」がある。

 それだけで、私の人生は完膚なきまでのハッピーエンドなのだと、確信したのでした。

「……さあ! 夜はまだ始まったばかりですわ! 次は皆様で、月明かりの下での『美しき影の投影会』を楽しみましょう!」

「……。アン、やっぱり海に投げ込もう。今のうちに」

「賛成ですわ」

 私は愛する彼女たちに追いかけられながら、白い砂浜へと駆け出しました。

 波音と共に響く、乙女たちの笑い声。

 それは、どんな宝石よりも輝かしく、私の心を彩り続けるのでした。
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