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煌びやかなシャンデリアが輝く、王立学院の卒業パーティー。
その祝祭の最中、音楽が止まり、劇的な宣言が会場に響き渡りました。
「ミルム・ファン・アトラス公爵令嬢! 私は貴様との婚約を破棄し、真実の愛であるリリィ・モルン男爵令嬢と婚約することをここに宣言する!」
第一王子セドリック殿下が、隣に震える小動物のような少女、リリィを抱き寄せながら指を突きつけます。
その周囲には、まるで正義の味方にでもなったつもりの側近たちが、勝ち誇った顔で並んでいました。
(……きた、きたきたきた、ついにきたわ!)
私は扇で口元を隠しながら、心の中でガッツポーズを決めました。
この日をどれほど待ちわびたことか。
論理的思考に欠ける殿下の教育係を兼ねた婚約者という立場は、私の精神を摩耗させるばかりでした。
「承知いたしましたわ、セドリック殿下。婚約破棄の件、謹んでお受けいたします。書類は後ほど公爵家より送付……」
「待て、待て待て! 何だその反応は! もっとこう、泣き崩れるとか、リリィに掴みかかるとかないのか!」
殿下が拍子抜けしたように叫びました。
いえ、そんな非生産的な真似をするわけがありません。
私は一刻も早く、積み上がった領地の未処理案件を片付け、悠々自適な独身生活を送りたいのです。
「殿下、私は非常に多忙なのです。手続きがスムーズに進むのであれば、それに越したことはありませんわ。さあ、リリィ様もお幸せに。では失礼……」
「逃がさんぞ、悪役令嬢め! 貴様がリリィに行った数々の悪行を、ここで白日の下に晒してやる! まず、昨月の茶会で彼女のドレスにわざと紅茶をかけたな!」
殿下のその言葉に、私の「整理整頓」を好む脳がピクリと反応しました。
……聞き捨てなりません。
嘘をそのままにしておくのは、帳簿の数字が合わないのを見過ごすくらい、私の性分に合わないのです。
「……少々お待ちください、殿下。その『わざと紅茶をかけた』という主張には、致命的な論理破綻がございますわ」
「何だと? 現にリリィのドレスは濡れていたではないか!」
私は閉じていた扇を、パチンと小気味よい音を立てて閉じました。
そして、一歩、殿下の方へと詰め寄ります。
「まず、その茶会が行われたのは先月の十日、時刻は午後三時。場所は学院の中庭ですわね。その日の風速は北北西に約五メートル。私が座っていた位置からリリィ様の席までは、円卓を挟んで約二メートルの距離がありました」
「……それがどうしたというのだ」
「重力加速度と風抵抗を計算に入れれば、ティーカップから溢れた液体がその距離を水平移動して彼女のドレスに命中するには、私がカップを時速五十キロ以上の初速で投擲するか、あるいは魔法による加速が必要です。しかし私は魔法が使えませんし、その場には多くの目撃者がいました。私がカップを投げましたか?」
「い、いや、投げてはいないが……お前が躓いて……」
「私が躓いたと仰るなら、液体は私の足元、あるいはテーブルの中央にこぼれるのが物理学上の帰結です。彼女のドレスに直接かかるのは不自然極まりない。むしろ、彼女が自らカップを手繰り寄せ、自身の膝に零したと考える方が、弾道計算上の整合性が取れますわ。違いますか、リリィ様?」
リリィ様がヒッと短く悲鳴を上げ、殿下の腕の中に顔を埋めました。
それを見た殿下が、顔を真っ赤にして怒鳴ります。
「屁理屈を言うな! 計算など知るか! リリィが泣いているのが証拠だ! 貴様はいつもそうだ、そうやって小難しく言葉をこねくり回して、人を馬鹿にする!」
「言葉をこねくり回しているのではなく、事実を確認しているのです。殿下、貴方は国家を統治するお立場。感情という不確かな指標で事実を歪めては、司法が崩壊いたしますわよ?」
「うるさい! さらに貴様は、リリィの教科書を破り捨てたな! これこそ動かぬ証拠、破られた紙片が貴様の鞄から見つかっているのだ!」
私は大きくため息をつきました。
あまりにも稚拙。
あまりにも論理性に欠ける。
せっかくの「喜んで婚約破棄」という円満な結末を、彼自ら汚していることに気づかないのでしょうか。
「殿下、その『証拠の紙片』についてですが。リリィ様が使用している教科書は、今年度から改訂された新装版ですね。しかし、私の鞄から出てきたという紙片は、旧版の再生紙特有の黄ばみがありました。インクの乗りからしても、少なくとも三年前のものです」
「な、何だと……?」
「つまり、誰かがわざわざ古い教科書を破り、私の鞄に忍ばせたということになります。ちなみに、リリィ様。貴方が本日お持ちの鞄の隅に、同じ旧版の教科書の背表紙がはみ出しているのが見えますけれど。それは一体、どのような論理的説明がつきますの?」
リリィ様が慌てて鞄を後ろに隠しました。
その挙動不審な態度は、もはや「私は犯人です」と言っているようなものです。
「ぐっ……そ、それは……リリィが勉強熱心で、古い資料も参照していただけに決まっているだろう!」
「……殿下、今の発言は論理学的に見て『アド・ホックな仮説』と呼ばれるものです。自身の主張を守るために、その場しのぎの無理な理由を付け加えるのは、議論において最も見苦しい敗北宣言ですわよ」
「黙れ、黙れ黙れ! 貴様、婚約破棄される側なのに、なぜそんなに偉そうなんだ!」
「私はただ、貴方の言い分があまりに支離滅裂なので、教育係としての義務感から修正案を提示しているだけです。婚約破棄自体には、先ほどから申し上げている通り、一点の異議もございません。むしろ感謝しているほどです」
私は周囲を見渡しました。
最初は私を蔑んでいた貴族たちも、今や殿下のあまりの不甲斐なさと、私の理路整然とした反論に、妙な感心の視線を向け始めています。
「さて、殿下。これ以上不毛な議論を続けても、お互いの時間の浪費でしかありません。婚約破棄の理由は『性格の不一致』および『王子の能力不足に伴う将来への不安』。これでよろしいですね?」
「誰が能力不足だ! 私は王子だぞ!」
「王としての資質と身分は別物です。……ああ、そうだわ。リリィ様、一つだけアドバイスを」
震えるリリィ様に、私は最高の笑みを向けました。
「嘘をつくなら、せめて物理法則と整合性が取れる範囲になさることですわ。重力は貴方の涙の味方をしてはくれませんもの」
会場が静まり返る中、私は優雅に一礼しました。
背後でセドリック殿下が「まだ終わっていないぞ!」と何か叫んでいましたが、私の耳にはすでに、自由へのファンファーレが鳴り響いていました。
(さあ、帰って美味しい紅茶を飲みながら、領地の収支報告書をチェックしましょう!)
こうして、私の「完璧な婚約破棄」が、……少しばかりの説教と共に、幕を開けたのでした。
その祝祭の最中、音楽が止まり、劇的な宣言が会場に響き渡りました。
「ミルム・ファン・アトラス公爵令嬢! 私は貴様との婚約を破棄し、真実の愛であるリリィ・モルン男爵令嬢と婚約することをここに宣言する!」
第一王子セドリック殿下が、隣に震える小動物のような少女、リリィを抱き寄せながら指を突きつけます。
その周囲には、まるで正義の味方にでもなったつもりの側近たちが、勝ち誇った顔で並んでいました。
(……きた、きたきたきた、ついにきたわ!)
私は扇で口元を隠しながら、心の中でガッツポーズを決めました。
この日をどれほど待ちわびたことか。
論理的思考に欠ける殿下の教育係を兼ねた婚約者という立場は、私の精神を摩耗させるばかりでした。
「承知いたしましたわ、セドリック殿下。婚約破棄の件、謹んでお受けいたします。書類は後ほど公爵家より送付……」
「待て、待て待て! 何だその反応は! もっとこう、泣き崩れるとか、リリィに掴みかかるとかないのか!」
殿下が拍子抜けしたように叫びました。
いえ、そんな非生産的な真似をするわけがありません。
私は一刻も早く、積み上がった領地の未処理案件を片付け、悠々自適な独身生活を送りたいのです。
「殿下、私は非常に多忙なのです。手続きがスムーズに進むのであれば、それに越したことはありませんわ。さあ、リリィ様もお幸せに。では失礼……」
「逃がさんぞ、悪役令嬢め! 貴様がリリィに行った数々の悪行を、ここで白日の下に晒してやる! まず、昨月の茶会で彼女のドレスにわざと紅茶をかけたな!」
殿下のその言葉に、私の「整理整頓」を好む脳がピクリと反応しました。
……聞き捨てなりません。
嘘をそのままにしておくのは、帳簿の数字が合わないのを見過ごすくらい、私の性分に合わないのです。
「……少々お待ちください、殿下。その『わざと紅茶をかけた』という主張には、致命的な論理破綻がございますわ」
「何だと? 現にリリィのドレスは濡れていたではないか!」
私は閉じていた扇を、パチンと小気味よい音を立てて閉じました。
そして、一歩、殿下の方へと詰め寄ります。
「まず、その茶会が行われたのは先月の十日、時刻は午後三時。場所は学院の中庭ですわね。その日の風速は北北西に約五メートル。私が座っていた位置からリリィ様の席までは、円卓を挟んで約二メートルの距離がありました」
「……それがどうしたというのだ」
「重力加速度と風抵抗を計算に入れれば、ティーカップから溢れた液体がその距離を水平移動して彼女のドレスに命中するには、私がカップを時速五十キロ以上の初速で投擲するか、あるいは魔法による加速が必要です。しかし私は魔法が使えませんし、その場には多くの目撃者がいました。私がカップを投げましたか?」
「い、いや、投げてはいないが……お前が躓いて……」
「私が躓いたと仰るなら、液体は私の足元、あるいはテーブルの中央にこぼれるのが物理学上の帰結です。彼女のドレスに直接かかるのは不自然極まりない。むしろ、彼女が自らカップを手繰り寄せ、自身の膝に零したと考える方が、弾道計算上の整合性が取れますわ。違いますか、リリィ様?」
リリィ様がヒッと短く悲鳴を上げ、殿下の腕の中に顔を埋めました。
それを見た殿下が、顔を真っ赤にして怒鳴ります。
「屁理屈を言うな! 計算など知るか! リリィが泣いているのが証拠だ! 貴様はいつもそうだ、そうやって小難しく言葉をこねくり回して、人を馬鹿にする!」
「言葉をこねくり回しているのではなく、事実を確認しているのです。殿下、貴方は国家を統治するお立場。感情という不確かな指標で事実を歪めては、司法が崩壊いたしますわよ?」
「うるさい! さらに貴様は、リリィの教科書を破り捨てたな! これこそ動かぬ証拠、破られた紙片が貴様の鞄から見つかっているのだ!」
私は大きくため息をつきました。
あまりにも稚拙。
あまりにも論理性に欠ける。
せっかくの「喜んで婚約破棄」という円満な結末を、彼自ら汚していることに気づかないのでしょうか。
「殿下、その『証拠の紙片』についてですが。リリィ様が使用している教科書は、今年度から改訂された新装版ですね。しかし、私の鞄から出てきたという紙片は、旧版の再生紙特有の黄ばみがありました。インクの乗りからしても、少なくとも三年前のものです」
「な、何だと……?」
「つまり、誰かがわざわざ古い教科書を破り、私の鞄に忍ばせたということになります。ちなみに、リリィ様。貴方が本日お持ちの鞄の隅に、同じ旧版の教科書の背表紙がはみ出しているのが見えますけれど。それは一体、どのような論理的説明がつきますの?」
リリィ様が慌てて鞄を後ろに隠しました。
その挙動不審な態度は、もはや「私は犯人です」と言っているようなものです。
「ぐっ……そ、それは……リリィが勉強熱心で、古い資料も参照していただけに決まっているだろう!」
「……殿下、今の発言は論理学的に見て『アド・ホックな仮説』と呼ばれるものです。自身の主張を守るために、その場しのぎの無理な理由を付け加えるのは、議論において最も見苦しい敗北宣言ですわよ」
「黙れ、黙れ黙れ! 貴様、婚約破棄される側なのに、なぜそんなに偉そうなんだ!」
「私はただ、貴方の言い分があまりに支離滅裂なので、教育係としての義務感から修正案を提示しているだけです。婚約破棄自体には、先ほどから申し上げている通り、一点の異議もございません。むしろ感謝しているほどです」
私は周囲を見渡しました。
最初は私を蔑んでいた貴族たちも、今や殿下のあまりの不甲斐なさと、私の理路整然とした反論に、妙な感心の視線を向け始めています。
「さて、殿下。これ以上不毛な議論を続けても、お互いの時間の浪費でしかありません。婚約破棄の理由は『性格の不一致』および『王子の能力不足に伴う将来への不安』。これでよろしいですね?」
「誰が能力不足だ! 私は王子だぞ!」
「王としての資質と身分は別物です。……ああ、そうだわ。リリィ様、一つだけアドバイスを」
震えるリリィ様に、私は最高の笑みを向けました。
「嘘をつくなら、せめて物理法則と整合性が取れる範囲になさることですわ。重力は貴方の涙の味方をしてはくれませんもの」
会場が静まり返る中、私は優雅に一礼しました。
背後でセドリック殿下が「まだ終わっていないぞ!」と何か叫んでいましたが、私の耳にはすでに、自由へのファンファーレが鳴り響いていました。
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