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「ヴァイサリウス辺境伯、クラウス様。ならびに、ご婚約者のエマール・フォン・ローゼンバーグ嬢、ご入場です!」
重厚な扉が開くと同時に、ファンファーレが鳴り響く。
私はクラウス様の腕に手を添え、パーティー会場である大広間へと足を踏み入れた。
一歩進むごとに、会場の空気がピリリと張り詰めるのを感じる。
数百人の視線が、一斉に私たちに突き刺さる。
(……分析開始。視線の内訳は、好奇心が6割、恐怖が3割、嫉妬が1割といったところね)
私は扇子で口元を隠し、冷静に群衆を観察した。
「悪役令嬢」としての私の悪名は、ここ辺境にも届いている。
「あれが、あのエマール嬢か……?」
「噂では、気に入らない令嬢を論破して再起不能にするとか……」
「でも……なんて美しいんだ」
ざわめきが波紋のように広がる。
私の纏(まと)うミッドナイト・ブルーのドレスが、シャンデリアの光を反射して星空のように煌めく。
隣を歩くクラウス様は、氷の彫像のように美しく、そして威厳に満ちている。
私たちは、間違いなく今宵の「最高額資産(トップ・オブ・アセット)」だ。
「緊張しているか? エマール」
クラウス様が小声で尋ねてくる。
私は小さく首を横に振った。
「いいえ。これだけの人数が集まれば、室温が上昇し空調効率が悪くなることだけが懸念事項です」
「……ふっ、君らしいな」
クラウス様は私の腰を少し強く抱き寄せた。
「堂々としていればいい。君は私の選んだ女だ。誰にも文句は言わせない」
その力強い言葉と、腰に触れる大きな手の熱に、私の心臓がトクリと跳ねた。
(……ん? 今の動悸はなに? 緊張していないはずなのに)
私は訝(いぶか)しみながらも、壇上へと進んだ。
クラウス様が短く挨拶を述べ、乾杯の音頭を取る。
グラスが触れ合う軽やかな音が響き、パーティーが始まった。
◇
「まあ、エマール様! そのドレス、素敵ですわねえ!」
早速、領内の貴族夫人たちが包囲網を敷いてきた。
扇子で顔を隠しながら、値踏みするような視線を向けてくる。
「マダム・ルージュの新作でしょう? さぞお高かったのではなくて?」
嫌味を含んだ質問だ。
「辺境伯様のお金で贅沢三昧」と言いたいのだろう。
私はニッコリと、営業用スマイルを浮かべた。
「お目が高いですね。確かに初期投資額(イニシャルコスト)は張りましたが、このドレスの生地には特殊な魔術加工が施されており、耐久年数は五十年。親子三代で着回せば、一年あたりのコストは既製品のドレスよりも安くなります」
「え……? た、耐久年数……?」
「さらに、このダイヤモンドパウダーは光を乱反射させ、肌のくすみを飛ばす照明効果があります。これにより、高価な美白化粧品の使用量を減らせますので、トータルでの美容コスト削減にも寄与しております」
私は立て板に水で説明した。
夫人たちはポカンと口を開け、やがてヒソヒソと話し始めた。
「……あら、意外と堅実な方なのかしら?」
「ただの浪費家ではないようね……」
「美容コスト削減……その視点はなかったわ。詳しく聞きたいかも」
どうやら、主婦層のハートを「節約術」で掴むことに成功したらしい。
そこへ、クラウス様が戻ってきた。
「エマール。挨拶回りは退屈だろう。……踊ろうか」
彼は紳士的に手を差し出した。
会場の中央、ダンスフロアが空けられる。
私は一瞬、躊躇した。
「閣下。私、ダンスは得意ではありません。足を踏んで、貴方の革靴(資産)を傷つけるリスクがあります」
「構わない。新しい靴を買う口実ができるだけだ」
クラウス様は強引に私の手を取り、フロアへと誘った。
楽団が優雅なワルツを奏で始める。
彼の手が私の腰に添えられ、私の手は彼の肩へ。
距離が、近い。
普段の執務中よりも、馬車の中よりも、ずっと近い。
彼の吐息がかかる距離だ。
「力を抜いて。私に身を任せればいい」
クラウス様がリードする。
その動きは滑らかで、まるで流水のようだった。
私は彼に導かれるまま、ステップを踏む。
ターンをするたびに、ドレスの裾がふわりと広がり、星屑を撒き散らす。
「きれいだ、エマール」
耳元で、甘い声が囁かれる。
「……っ」
その瞬間、私の胸の奥で、警鐘が鳴り響いた。
ドクン、ドクン、ドクン。
心拍数が急上昇する。
呼吸が浅くなる。
顔に熱が集まる。
(こ、これは……不整脈? それとも狭心症の前兆? あるいは、会場の人口密度による酸素欠乏症?)
私は必死に原因を分析しようとした。
だが、目の前にあるクラウス様のアイスブルーの瞳を見つめていると、思考回路が霧散してしまう。
計算ができない。
数字が浮かばない。
ただ、「彼が素敵だ」という、非論理的で感情的なデータだけが脳内を占拠していく。
「顔が赤いぞ。どうした?」
クラウス様が心配そうに覗き込む。
「熱でもあるのか?」
彼が踊りながら、そっと自分のおでこを私のおでこにコツンと合わせた。
「ひゃうっ!?」
私は変な声を出してしまった。
周囲の貴族たちが「おおっ」とどよめく。
「ね、熱はありません! これは……その、運動による代謝機能の向上に伴う体温上昇であり……!」
しどろもどろに言い訳をする私を見て、クラウス様はふっと笑った。
その笑顔が、反則級に色っぽい。
「そうか。私はてっきり、君が私に『ときめいて』いるのかと思ったのだが」
「と、ときめき……?」
「ああ。計算や理屈じゃなく、心が勝手に反応してしまう現象だ」
クラウス様は私の腰を引き寄せ、さらに密着した。
「私は今、猛烈にときめいているよ。エマール、君に」
「~~ッ!!」
私の体温計(脳内)が限界突破した。
ボンッ、と音が聞こえた気がする。
(認めない! 私は認めませんわ! これは吊り橋効果の一種か、あるいは交感神経の異常興奮です!)
私は必死に理性を保とうとした。
しかし、彼の腕の温かさ、優しい眼差し、そして私を特別扱いしてくれるその態度に、心が降伏宣言(ホワイトフラッグ)を上げそうになる。
「……閣下。一つだけ、計算外のことがあります」
「なんだ?」
「……貴方という存在が、私の人生の『バランスシート』に、これほど大きな影響(インパクト)を与えるとは、予想しておりませんでした」
それは、私なりの精一杯の告白だった。
貴方が好きだ、と言う代わりに。
クラウス様は目を丸くし、そして破顔した。
「嬉しい誤算だな」
「……赤字覚悟で、投資を継続します」
「ああ。最高のリターンを約束しよう」
私たちは見つめ合い、曲の終わりまで踊り続けた。
会場からは割れんばかりの拍手が送られたが、私の耳には、自分の心臓の音しか聞こえなかった。
◇
ダンスが終わり、私たちはバルコニーへ出て夜風に当たっていた。
火照った頬を冷ますためだ。
「……ふう。危険な運動量でした」
「ははは。たった一曲で大袈裟だな」
クラウス様がグラスを渡してくれる。
冷たい果実水が喉を潤す。
星空が綺麗だった。
隣には、愛する(と認めるのはまだ悔しいが)人がいる。
完璧な夜だ。
「エマール」
「はい」
「この騒ぎが落ち着いたら、二人でゆっくり……」
クラウス様が何かを言いかけた、その時だった。
ドガァァァァン!!
屋敷の正門の方から、爆発音のような轟音が響いた。
「!?」
「なんだ!?」
会場が騒然となる。
「敵襲か!?」
クラウス様が瞬時に「武人」の顔になり、私の前に立って庇う。
衛兵たちが慌ただしく走っていくのが見える。
「報告せよ! 何事だ!」
クラウス様がバルコニーから怒鳴ると、庭を走ってきた衛兵隊長が、青ざめた顔で叫び返した。
「へ、変質者です!!」
「変質者だと?」
「ボロボロの服を着た男女が二人、門を強行突破しようとして……馬車ごと突っ込んできました!」
「男女……?」
私とクラウス様は顔を見合わせた。
嫌な予感がする。
的中率100%の、最悪の予感が。
「そ、そこをどけえぇぇッ! 僕は王子だぞおぉぉッ!」
「きゃあああ! 私のドレスが泥だらけよぉぉ! 弁償しなさいよぉぉ!」
聞き覚えのある、知能指数の低そうな叫び声が、風に乗って聞こえてきた。
「……来ましたね」
私は眼鏡(心の目)をクイッと押し上げた。
ロマンチックな夜は終了だ。
ここからは、残業時間(債権回収タイム)である。
「閣下。どうやら『嵐』が到着したようです」
「……チッ。いい雰囲気だったのに」
クラウス様が不機嫌そうに舌打ちをする。
「行こう、エマール。私の大事な婚約者との時間を邪魔した罪、高くつくと教えてやる」
「ええ。請求書の準備はできています」
私はドレスの裾を翻(ひるがえ)し、戦場(エントランス)へと向かった。
胸の高鳴りは、もう「ときめき」ではない。
「戦闘モード(バトルフェイズ)」への切り替え完了の合図だった。
重厚な扉が開くと同時に、ファンファーレが鳴り響く。
私はクラウス様の腕に手を添え、パーティー会場である大広間へと足を踏み入れた。
一歩進むごとに、会場の空気がピリリと張り詰めるのを感じる。
数百人の視線が、一斉に私たちに突き刺さる。
(……分析開始。視線の内訳は、好奇心が6割、恐怖が3割、嫉妬が1割といったところね)
私は扇子で口元を隠し、冷静に群衆を観察した。
「悪役令嬢」としての私の悪名は、ここ辺境にも届いている。
「あれが、あのエマール嬢か……?」
「噂では、気に入らない令嬢を論破して再起不能にするとか……」
「でも……なんて美しいんだ」
ざわめきが波紋のように広がる。
私の纏(まと)うミッドナイト・ブルーのドレスが、シャンデリアの光を反射して星空のように煌めく。
隣を歩くクラウス様は、氷の彫像のように美しく、そして威厳に満ちている。
私たちは、間違いなく今宵の「最高額資産(トップ・オブ・アセット)」だ。
「緊張しているか? エマール」
クラウス様が小声で尋ねてくる。
私は小さく首を横に振った。
「いいえ。これだけの人数が集まれば、室温が上昇し空調効率が悪くなることだけが懸念事項です」
「……ふっ、君らしいな」
クラウス様は私の腰を少し強く抱き寄せた。
「堂々としていればいい。君は私の選んだ女だ。誰にも文句は言わせない」
その力強い言葉と、腰に触れる大きな手の熱に、私の心臓がトクリと跳ねた。
(……ん? 今の動悸はなに? 緊張していないはずなのに)
私は訝(いぶか)しみながらも、壇上へと進んだ。
クラウス様が短く挨拶を述べ、乾杯の音頭を取る。
グラスが触れ合う軽やかな音が響き、パーティーが始まった。
◇
「まあ、エマール様! そのドレス、素敵ですわねえ!」
早速、領内の貴族夫人たちが包囲網を敷いてきた。
扇子で顔を隠しながら、値踏みするような視線を向けてくる。
「マダム・ルージュの新作でしょう? さぞお高かったのではなくて?」
嫌味を含んだ質問だ。
「辺境伯様のお金で贅沢三昧」と言いたいのだろう。
私はニッコリと、営業用スマイルを浮かべた。
「お目が高いですね。確かに初期投資額(イニシャルコスト)は張りましたが、このドレスの生地には特殊な魔術加工が施されており、耐久年数は五十年。親子三代で着回せば、一年あたりのコストは既製品のドレスよりも安くなります」
「え……? た、耐久年数……?」
「さらに、このダイヤモンドパウダーは光を乱反射させ、肌のくすみを飛ばす照明効果があります。これにより、高価な美白化粧品の使用量を減らせますので、トータルでの美容コスト削減にも寄与しております」
私は立て板に水で説明した。
夫人たちはポカンと口を開け、やがてヒソヒソと話し始めた。
「……あら、意外と堅実な方なのかしら?」
「ただの浪費家ではないようね……」
「美容コスト削減……その視点はなかったわ。詳しく聞きたいかも」
どうやら、主婦層のハートを「節約術」で掴むことに成功したらしい。
そこへ、クラウス様が戻ってきた。
「エマール。挨拶回りは退屈だろう。……踊ろうか」
彼は紳士的に手を差し出した。
会場の中央、ダンスフロアが空けられる。
私は一瞬、躊躇した。
「閣下。私、ダンスは得意ではありません。足を踏んで、貴方の革靴(資産)を傷つけるリスクがあります」
「構わない。新しい靴を買う口実ができるだけだ」
クラウス様は強引に私の手を取り、フロアへと誘った。
楽団が優雅なワルツを奏で始める。
彼の手が私の腰に添えられ、私の手は彼の肩へ。
距離が、近い。
普段の執務中よりも、馬車の中よりも、ずっと近い。
彼の吐息がかかる距離だ。
「力を抜いて。私に身を任せればいい」
クラウス様がリードする。
その動きは滑らかで、まるで流水のようだった。
私は彼に導かれるまま、ステップを踏む。
ターンをするたびに、ドレスの裾がふわりと広がり、星屑を撒き散らす。
「きれいだ、エマール」
耳元で、甘い声が囁かれる。
「……っ」
その瞬間、私の胸の奥で、警鐘が鳴り響いた。
ドクン、ドクン、ドクン。
心拍数が急上昇する。
呼吸が浅くなる。
顔に熱が集まる。
(こ、これは……不整脈? それとも狭心症の前兆? あるいは、会場の人口密度による酸素欠乏症?)
私は必死に原因を分析しようとした。
だが、目の前にあるクラウス様のアイスブルーの瞳を見つめていると、思考回路が霧散してしまう。
計算ができない。
数字が浮かばない。
ただ、「彼が素敵だ」という、非論理的で感情的なデータだけが脳内を占拠していく。
「顔が赤いぞ。どうした?」
クラウス様が心配そうに覗き込む。
「熱でもあるのか?」
彼が踊りながら、そっと自分のおでこを私のおでこにコツンと合わせた。
「ひゃうっ!?」
私は変な声を出してしまった。
周囲の貴族たちが「おおっ」とどよめく。
「ね、熱はありません! これは……その、運動による代謝機能の向上に伴う体温上昇であり……!」
しどろもどろに言い訳をする私を見て、クラウス様はふっと笑った。
その笑顔が、反則級に色っぽい。
「そうか。私はてっきり、君が私に『ときめいて』いるのかと思ったのだが」
「と、ときめき……?」
「ああ。計算や理屈じゃなく、心が勝手に反応してしまう現象だ」
クラウス様は私の腰を引き寄せ、さらに密着した。
「私は今、猛烈にときめいているよ。エマール、君に」
「~~ッ!!」
私の体温計(脳内)が限界突破した。
ボンッ、と音が聞こえた気がする。
(認めない! 私は認めませんわ! これは吊り橋効果の一種か、あるいは交感神経の異常興奮です!)
私は必死に理性を保とうとした。
しかし、彼の腕の温かさ、優しい眼差し、そして私を特別扱いしてくれるその態度に、心が降伏宣言(ホワイトフラッグ)を上げそうになる。
「……閣下。一つだけ、計算外のことがあります」
「なんだ?」
「……貴方という存在が、私の人生の『バランスシート』に、これほど大きな影響(インパクト)を与えるとは、予想しておりませんでした」
それは、私なりの精一杯の告白だった。
貴方が好きだ、と言う代わりに。
クラウス様は目を丸くし、そして破顔した。
「嬉しい誤算だな」
「……赤字覚悟で、投資を継続します」
「ああ。最高のリターンを約束しよう」
私たちは見つめ合い、曲の終わりまで踊り続けた。
会場からは割れんばかりの拍手が送られたが、私の耳には、自分の心臓の音しか聞こえなかった。
◇
ダンスが終わり、私たちはバルコニーへ出て夜風に当たっていた。
火照った頬を冷ますためだ。
「……ふう。危険な運動量でした」
「ははは。たった一曲で大袈裟だな」
クラウス様がグラスを渡してくれる。
冷たい果実水が喉を潤す。
星空が綺麗だった。
隣には、愛する(と認めるのはまだ悔しいが)人がいる。
完璧な夜だ。
「エマール」
「はい」
「この騒ぎが落ち着いたら、二人でゆっくり……」
クラウス様が何かを言いかけた、その時だった。
ドガァァァァン!!
屋敷の正門の方から、爆発音のような轟音が響いた。
「!?」
「なんだ!?」
会場が騒然となる。
「敵襲か!?」
クラウス様が瞬時に「武人」の顔になり、私の前に立って庇う。
衛兵たちが慌ただしく走っていくのが見える。
「報告せよ! 何事だ!」
クラウス様がバルコニーから怒鳴ると、庭を走ってきた衛兵隊長が、青ざめた顔で叫び返した。
「へ、変質者です!!」
「変質者だと?」
「ボロボロの服を着た男女が二人、門を強行突破しようとして……馬車ごと突っ込んできました!」
「男女……?」
私とクラウス様は顔を見合わせた。
嫌な予感がする。
的中率100%の、最悪の予感が。
「そ、そこをどけえぇぇッ! 僕は王子だぞおぉぉッ!」
「きゃあああ! 私のドレスが泥だらけよぉぉ! 弁償しなさいよぉぉ!」
聞き覚えのある、知能指数の低そうな叫び声が、風に乗って聞こえてきた。
「……来ましたね」
私は眼鏡(心の目)をクイッと押し上げた。
ロマンチックな夜は終了だ。
ここからは、残業時間(債権回収タイム)である。
「閣下。どうやら『嵐』が到着したようです」
「……チッ。いい雰囲気だったのに」
クラウス様が不機嫌そうに舌打ちをする。
「行こう、エマール。私の大事な婚約者との時間を邪魔した罪、高くつくと教えてやる」
「ええ。請求書の準備はできています」
私はドレスの裾を翻(ひるがえ)し、戦場(エントランス)へと向かった。
胸の高鳴りは、もう「ときめき」ではない。
「戦闘モード(バトルフェイズ)」への切り替え完了の合図だった。
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