21 / 28
21
しおりを挟む
王都での騒動(という名の債権回収ツアー)を終え、私たちがヴァイサリウス辺境伯領に戻ってから数日が過ぎた。
平和だ。
レイド殿下やシルフィからの「金くれ」という手紙もない。
父(元侯爵)からの「嫁に行け」という圧力もない。
あるのは、山積みの書類と、それを片付ける心地よいペンの音だけ。
「……ふう。今月の鉱山収入、前年比120%達成ですね。物流コストの削減が効いています」
私は執務室で、決算書を見ながら満足げに頷いた。
「エマール」
ふと、デスクの向かいで仕事をしていたクラウス様がペンを置いた。
「はい、閣下。何でしょうか? 予算の追加申請ですか?」
「いや。……仕事は一段落したか?」
「ええ、まあ。大枠の処理は完了しました」
「なら、ついてきてくれ。君に見せたいものがある」
クラウス様が立ち上がる。
その表情は、いつになく真剣で、少しだけ緊張しているようにも見えた。
(……はて? 見せたいもの?)
私は首をかしげながら、彼に従って部屋を出た。
◇
クラウス様が私を案内したのは、屋敷の地下深くへと続く階段だった。
ひんやりとした冷気が漂い、石造りの壁が松明の炎に照らされている。
「閣下、ここは? ワインセラーですか?」
「いや。もっと重要な場所だ」
螺旋階段を降りきると、そこには巨大な鉄製の扉が鎮座していた。
厚さ三十センチはあろうかという重厚な扉には、複雑な魔術式と、幾重もの物理鍵がかけられている。
「……ほう」
私は眼鏡(心の目)を光らせた。
「最新式の魔導セキュリティロックですね。解除コードは64桁の可変式、さらに指紋認証と虹彩認証の複合型。……突破するには、王国の魔導師団が総がかりで三日はかかります。素晴らしい防犯対策(リスクマネジメント)です」
「ふっ、さすが詳しいな。……ここは、ヴァイサリウス家の『心臓部』だ」
クラウス様が扉の前のパネルに手をかざす。
ブゥン……と低い音が鳴り、重い扉がゆっくりと開き始めた。
中から溢れ出したのは、目が眩むような黄金の輝きだった。
「……っ!!」
私は思わず息を呑んだ。
そこは、広大な石造りの部屋だった。
そして、床から天井まで、整然と積み上げられていたのは――
金塊。
銀貨の入った麻袋。
色とりどりの宝石が詰まった宝箱。
そして、領内の土地権利書や証券の束。
「す、すごい……!」
私の目が、かつてないほど輝いた(円マークになった)。
「ざっと見積もって、流動資産だけで金貨五十万枚……いえ、宝石の市場価格変動を含めれば八十万枚以上……! さらに不動産価値を加算すれば、国家予算の三年分に匹敵します!」
私はふらふらと金塊の山に近づき、愛おしそうに撫でた。
「ああ、なんて美しい輝き……。埃ひとつない管理状態も完璧です。これだけの資産があれば、どんな事業投資も思いのまま……」
「エマール」
背後から、クラウス様の声がした。
「は、はい! 申し訳ありません、取り乱しました。つい、資産価値の試算(シミュレーション)を……」
振り返ると、クラウス様は私を見て、優しく微笑んでいた。
その手には、小さなベルベットの箱が握られている。
「この部屋にあるものは、すべてヴァイサリウス家が代々守ってきた財産だ。……だが」
クラウス様が一歩、私に近づく。
「これらはただの『物』だ。使う人間がいなければ、ただの金属の塊に過ぎない」
「……経済学的には、退蔵貨幣(デッドストック)ですね」
「そうだ。……私は武人だ。領地を守ることはできても、この資産を正しく使い、育て、未来へ繋ぐ術(すべ)を持たない。……君が現れるまでは」
クラウス様は、私の目の前で、ゆっくりと片膝をついた。
黄金の山を背景に、銀髪の美貌の伯爵が跪く。
その構図は、あまりにも絵になりすぎていて、私の心臓がドクリと跳ねた。
「か、閣下……?」
「エマール・フォン・ローゼンバーグ」
彼は私の手を取り、ベルベットの箱を開けた。
そこに入っていたのは、巨大なダイヤモンド……ではなく、透き通るような青い宝石の指輪だった。
「これは『アイス・サファイア』。我が領の鉱山の最深部で、百年に一度だけ採掘される希少石だ」
「ひゃ、百年に一度……!? 推定価格、金貨五千枚……!」
「値段をつけるな」
クラウス様は苦笑し、その指輪を私の左手の薬指に滑り込ませた。
サイズは、驚くほどぴったりだった。
「エマール。……私と結婚してくれ」
ストレートな言葉。
飾らない、真摯な響き。
「この部屋にある全財産と、広大な領地、そして……私の残りの人生すべて。君に『管理』してほしい」
「……!」
「私の財布の紐を握れるのは、世界で君だけだ。……君のその賢い頭脳と、冷徹な計算と、そして不器用な優しさで、私を一生、支配してくれ」
それは、世界で一番、私らしいプロポーズだった。
「愛している」とか「守ってやる」という甘い言葉よりも、「管理してくれ」「支配してくれ」という言葉の方が、私の魂を揺さぶることを、彼は完全に理解している。
私の視界が、じわりと滲(にじ)んだ。
涙?
まさか。私は数字の鬼だ。感情で視界不良になるなんて、あり得ない。
「……閣下」
私は震える声で答えた。
「その提案……計算、できません」
「計算できない?」
「はい。貴方様という『資産』の価値は、変動係数が大きすぎて、どんな数式を使っても算出不能(エラー)です。……それに」
私は涙を拭い、精一杯の笑顔を作った。
「私一人を雇うコスト(生活費)に対して、得られるリターン(全財産の管理権+貴方の愛)が莫大すぎます。……投資対効果(ROI)が、無限大(インフィニティ)です」
「……ふっ、ははは!」
クラウス様が吹き出した。
「無限大か。それはいい。……では、契約成立(ディール)でいいか?」
「もちろんです。……ただし」
私は涙目のまま、指を一本立てた。
「契約期間は『永久』。途中解約は不可。違約金は『貴方の心臓』です。……よろしいですか?」
「ああ。喜んで差し出そう」
クラウス様は立ち上がり、私を力強く抱きしめた。
冷たい地下金庫の中で、私たちの体温だけが熱く燃え上がっていた。
「……愛している、エマール」
「……私もです、クラウス様。……貴方の資産も、貴方自身も、全部大好きです」
「資産が先か」
「当然です」
私たちは笑い合い、そして長く、深い口づけを交わした。
周囲の黄金の輝きも霞むほど、幸せな瞬間だった。
◇
「さて、エマール。プロポーズも成功したことだし、地上に戻ろうか」
ひとしきり抱き合った後、クラウス様が言った。
私は名残惜しそうに金塊の山を見た。
「あの、閣下。ついでに棚卸しをしていきませんか? ここの宝石の数、台帳と合っているか確認したいのですが」
「……ムードのないやつだな」
クラウス様は呆れたように私の頬をつねった。
「今日はダメだ。今日は『婚約成立記念日』として、二人で祝杯を挙げる。仕事は禁止だ」
「むぅ。……非効率ですが、分かりました。社長(夫)命令に従います」
私たちは手を繋ぎ、地下金庫を後にした。
階段を上がりながら、私は左手の指輪を見つめた。
薄暗い灯りの中でも、アイス・サファイアは凛と輝いている。
(……きれい)
原価計算も、市場価値も関係ない。
ただ、彼が私のためだけに選んでくれた、世界に一つだけの指輪。
私の胸の奥にある「幸福度メーター」は、測定限界を突破して振り切れていた。
◇
翌日。
執務室にて。
「さて、エマール。結婚式の準備を始めようか」
クラウス様が、分厚いカタログをドサリと机に置いた。
「結婚式、ですか」
「ああ。来月挙行する。招待状はすでに手配中だ。……式場だが、領内の大聖堂を貸し切るつもりだ。装花は王都から最高級のバラを五万本取り寄せ、料理はフルコース二十皿、引き出物は純銀の食器セット……」
クラウス様が楽しそうにプランを語り始めた。
しかし。
私の眉間の皺は、話が進むにつれて深くなっていった。
私の脳内電卓が、警告音(アラート)を鳴らし始めたのだ。
『警告:予算超過のおそれあり。無駄遣い検知。直ちに介入せよ』
「……閣下」
「ん? なんだ? ドレスは三着じゃ足りないか? 五着にするか?」
「ストップです」
私は両手でバツ印を作った。
「バラ五万本? 正気ですか? 大聖堂の収容人数からして、花粉で窒息します。造花とリボンで十分華やかになりますし、コストは十分の一です」
「え?」
「料理、二十皿? フードロス(廃棄)の山を築くつもりですか? 人間の胃袋の容量を計算してください。メイン二皿とデザートで十分です」
「いや、でも一生に一度の……」
「一生に一度だからこそ、将来のための貯蓄に回すべきです! そのバラ代で、領内の孤児院の屋根が修理できます!」
私はカタログを取り上げ、赤ペンでバシバシと修正を入れ始めた。
「式場装飾、40%カット。衣装代、お色直しは一回まで。引き出物は実用的な『特産品のカタログギフト』に変更。……これで総額、六割削減できます」
「……」
クラウス様がポカンとしている。
「エ、エマール? 少しは夢を見てもいいんじゃないか? 花嫁だろう?」
「私の夢は、老後まで安定した黒字家計を維持することです」
私はキッパリと言い放った。
「結婚式はゴールではありません。スタートラインです。最初から全力疾走(散財)してどうするんですか。ペース配分が重要です」
「……ははは」
クラウス様が、乾いた笑いを漏らした。
「参ったな。……プロポーズの翌日から、これか」
「後悔しましたか?」
「まさか」
クラウス様は、愛おしそうに私を見つめた。
「それでこそ、私が選んだ『最強の経理担当(つま)』だ。……よし、予算戦争の勃発だな。受けて立とう」
「望むところです。1ルピたりとも無駄にはさせませんよ?」
こうして、私たちの結婚式準備は、甘いロマンスではなく、血で血を洗う(インクで紙を染める)「コスト削減バトル」として幕を開けたのだった。
平和だ。
レイド殿下やシルフィからの「金くれ」という手紙もない。
父(元侯爵)からの「嫁に行け」という圧力もない。
あるのは、山積みの書類と、それを片付ける心地よいペンの音だけ。
「……ふう。今月の鉱山収入、前年比120%達成ですね。物流コストの削減が効いています」
私は執務室で、決算書を見ながら満足げに頷いた。
「エマール」
ふと、デスクの向かいで仕事をしていたクラウス様がペンを置いた。
「はい、閣下。何でしょうか? 予算の追加申請ですか?」
「いや。……仕事は一段落したか?」
「ええ、まあ。大枠の処理は完了しました」
「なら、ついてきてくれ。君に見せたいものがある」
クラウス様が立ち上がる。
その表情は、いつになく真剣で、少しだけ緊張しているようにも見えた。
(……はて? 見せたいもの?)
私は首をかしげながら、彼に従って部屋を出た。
◇
クラウス様が私を案内したのは、屋敷の地下深くへと続く階段だった。
ひんやりとした冷気が漂い、石造りの壁が松明の炎に照らされている。
「閣下、ここは? ワインセラーですか?」
「いや。もっと重要な場所だ」
螺旋階段を降りきると、そこには巨大な鉄製の扉が鎮座していた。
厚さ三十センチはあろうかという重厚な扉には、複雑な魔術式と、幾重もの物理鍵がかけられている。
「……ほう」
私は眼鏡(心の目)を光らせた。
「最新式の魔導セキュリティロックですね。解除コードは64桁の可変式、さらに指紋認証と虹彩認証の複合型。……突破するには、王国の魔導師団が総がかりで三日はかかります。素晴らしい防犯対策(リスクマネジメント)です」
「ふっ、さすが詳しいな。……ここは、ヴァイサリウス家の『心臓部』だ」
クラウス様が扉の前のパネルに手をかざす。
ブゥン……と低い音が鳴り、重い扉がゆっくりと開き始めた。
中から溢れ出したのは、目が眩むような黄金の輝きだった。
「……っ!!」
私は思わず息を呑んだ。
そこは、広大な石造りの部屋だった。
そして、床から天井まで、整然と積み上げられていたのは――
金塊。
銀貨の入った麻袋。
色とりどりの宝石が詰まった宝箱。
そして、領内の土地権利書や証券の束。
「す、すごい……!」
私の目が、かつてないほど輝いた(円マークになった)。
「ざっと見積もって、流動資産だけで金貨五十万枚……いえ、宝石の市場価格変動を含めれば八十万枚以上……! さらに不動産価値を加算すれば、国家予算の三年分に匹敵します!」
私はふらふらと金塊の山に近づき、愛おしそうに撫でた。
「ああ、なんて美しい輝き……。埃ひとつない管理状態も完璧です。これだけの資産があれば、どんな事業投資も思いのまま……」
「エマール」
背後から、クラウス様の声がした。
「は、はい! 申し訳ありません、取り乱しました。つい、資産価値の試算(シミュレーション)を……」
振り返ると、クラウス様は私を見て、優しく微笑んでいた。
その手には、小さなベルベットの箱が握られている。
「この部屋にあるものは、すべてヴァイサリウス家が代々守ってきた財産だ。……だが」
クラウス様が一歩、私に近づく。
「これらはただの『物』だ。使う人間がいなければ、ただの金属の塊に過ぎない」
「……経済学的には、退蔵貨幣(デッドストック)ですね」
「そうだ。……私は武人だ。領地を守ることはできても、この資産を正しく使い、育て、未来へ繋ぐ術(すべ)を持たない。……君が現れるまでは」
クラウス様は、私の目の前で、ゆっくりと片膝をついた。
黄金の山を背景に、銀髪の美貌の伯爵が跪く。
その構図は、あまりにも絵になりすぎていて、私の心臓がドクリと跳ねた。
「か、閣下……?」
「エマール・フォン・ローゼンバーグ」
彼は私の手を取り、ベルベットの箱を開けた。
そこに入っていたのは、巨大なダイヤモンド……ではなく、透き通るような青い宝石の指輪だった。
「これは『アイス・サファイア』。我が領の鉱山の最深部で、百年に一度だけ採掘される希少石だ」
「ひゃ、百年に一度……!? 推定価格、金貨五千枚……!」
「値段をつけるな」
クラウス様は苦笑し、その指輪を私の左手の薬指に滑り込ませた。
サイズは、驚くほどぴったりだった。
「エマール。……私と結婚してくれ」
ストレートな言葉。
飾らない、真摯な響き。
「この部屋にある全財産と、広大な領地、そして……私の残りの人生すべて。君に『管理』してほしい」
「……!」
「私の財布の紐を握れるのは、世界で君だけだ。……君のその賢い頭脳と、冷徹な計算と、そして不器用な優しさで、私を一生、支配してくれ」
それは、世界で一番、私らしいプロポーズだった。
「愛している」とか「守ってやる」という甘い言葉よりも、「管理してくれ」「支配してくれ」という言葉の方が、私の魂を揺さぶることを、彼は完全に理解している。
私の視界が、じわりと滲(にじ)んだ。
涙?
まさか。私は数字の鬼だ。感情で視界不良になるなんて、あり得ない。
「……閣下」
私は震える声で答えた。
「その提案……計算、できません」
「計算できない?」
「はい。貴方様という『資産』の価値は、変動係数が大きすぎて、どんな数式を使っても算出不能(エラー)です。……それに」
私は涙を拭い、精一杯の笑顔を作った。
「私一人を雇うコスト(生活費)に対して、得られるリターン(全財産の管理権+貴方の愛)が莫大すぎます。……投資対効果(ROI)が、無限大(インフィニティ)です」
「……ふっ、ははは!」
クラウス様が吹き出した。
「無限大か。それはいい。……では、契約成立(ディール)でいいか?」
「もちろんです。……ただし」
私は涙目のまま、指を一本立てた。
「契約期間は『永久』。途中解約は不可。違約金は『貴方の心臓』です。……よろしいですか?」
「ああ。喜んで差し出そう」
クラウス様は立ち上がり、私を力強く抱きしめた。
冷たい地下金庫の中で、私たちの体温だけが熱く燃え上がっていた。
「……愛している、エマール」
「……私もです、クラウス様。……貴方の資産も、貴方自身も、全部大好きです」
「資産が先か」
「当然です」
私たちは笑い合い、そして長く、深い口づけを交わした。
周囲の黄金の輝きも霞むほど、幸せな瞬間だった。
◇
「さて、エマール。プロポーズも成功したことだし、地上に戻ろうか」
ひとしきり抱き合った後、クラウス様が言った。
私は名残惜しそうに金塊の山を見た。
「あの、閣下。ついでに棚卸しをしていきませんか? ここの宝石の数、台帳と合っているか確認したいのですが」
「……ムードのないやつだな」
クラウス様は呆れたように私の頬をつねった。
「今日はダメだ。今日は『婚約成立記念日』として、二人で祝杯を挙げる。仕事は禁止だ」
「むぅ。……非効率ですが、分かりました。社長(夫)命令に従います」
私たちは手を繋ぎ、地下金庫を後にした。
階段を上がりながら、私は左手の指輪を見つめた。
薄暗い灯りの中でも、アイス・サファイアは凛と輝いている。
(……きれい)
原価計算も、市場価値も関係ない。
ただ、彼が私のためだけに選んでくれた、世界に一つだけの指輪。
私の胸の奥にある「幸福度メーター」は、測定限界を突破して振り切れていた。
◇
翌日。
執務室にて。
「さて、エマール。結婚式の準備を始めようか」
クラウス様が、分厚いカタログをドサリと机に置いた。
「結婚式、ですか」
「ああ。来月挙行する。招待状はすでに手配中だ。……式場だが、領内の大聖堂を貸し切るつもりだ。装花は王都から最高級のバラを五万本取り寄せ、料理はフルコース二十皿、引き出物は純銀の食器セット……」
クラウス様が楽しそうにプランを語り始めた。
しかし。
私の眉間の皺は、話が進むにつれて深くなっていった。
私の脳内電卓が、警告音(アラート)を鳴らし始めたのだ。
『警告:予算超過のおそれあり。無駄遣い検知。直ちに介入せよ』
「……閣下」
「ん? なんだ? ドレスは三着じゃ足りないか? 五着にするか?」
「ストップです」
私は両手でバツ印を作った。
「バラ五万本? 正気ですか? 大聖堂の収容人数からして、花粉で窒息します。造花とリボンで十分華やかになりますし、コストは十分の一です」
「え?」
「料理、二十皿? フードロス(廃棄)の山を築くつもりですか? 人間の胃袋の容量を計算してください。メイン二皿とデザートで十分です」
「いや、でも一生に一度の……」
「一生に一度だからこそ、将来のための貯蓄に回すべきです! そのバラ代で、領内の孤児院の屋根が修理できます!」
私はカタログを取り上げ、赤ペンでバシバシと修正を入れ始めた。
「式場装飾、40%カット。衣装代、お色直しは一回まで。引き出物は実用的な『特産品のカタログギフト』に変更。……これで総額、六割削減できます」
「……」
クラウス様がポカンとしている。
「エ、エマール? 少しは夢を見てもいいんじゃないか? 花嫁だろう?」
「私の夢は、老後まで安定した黒字家計を維持することです」
私はキッパリと言い放った。
「結婚式はゴールではありません。スタートラインです。最初から全力疾走(散財)してどうするんですか。ペース配分が重要です」
「……ははは」
クラウス様が、乾いた笑いを漏らした。
「参ったな。……プロポーズの翌日から、これか」
「後悔しましたか?」
「まさか」
クラウス様は、愛おしそうに私を見つめた。
「それでこそ、私が選んだ『最強の経理担当(つま)』だ。……よし、予算戦争の勃発だな。受けて立とう」
「望むところです。1ルピたりとも無駄にはさせませんよ?」
こうして、私たちの結婚式準備は、甘いロマンスではなく、血で血を洗う(インクで紙を染める)「コスト削減バトル」として幕を開けたのだった。
10
あなたにおすすめの小説
白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません
鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。
「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」
そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。
——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。
「最近、おまえが気になるんだ」
「もっと夫婦としての時間を持たないか?」
今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。
愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。
わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。
政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ
“白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!
何も決めなかった王国は、静かに席を失う』
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、
表には立たず、裏で国を支えてきた公爵令嬢ネフェリア。
だが――
彼女が追い出されたのは、嫉妬でも陰謀でもなかった。
ただ一つ、「決める役割」を、国が彼女一人に押しつけていたからだ。
婚約破棄の後、ネフェリアを失った王国は変わろうとする。
制度を整え、会議を重ね、慎重に、正しく――
けれどその“正しさ”は、何一つ決断を生まなかった。
一方、帝国は違った。
完璧ではなくとも、期限内に返事をする。
責任を分け、判断を止めない。
その差は、やがて「呼ばれない会議」「残らない席」「知らされない決定」となって現れる。
王国は滅びない。
だが、何も決めない国は、静かに舞台の外へ追いやられていく。
――そして迎える、最後の選択。
これは、
剣も魔法も振るわない“静かなざまぁ”。
何も決めなかった過去に、国そのものが向き合う物語。
【完結】婚約破棄と言われても個人の意思では出来ません
狸田 真 (たぬきだ まこと)
恋愛
【あらすじ】
第一王子ヴィルヘルムに婚約破棄を宣言された公爵令嬢クリスチナ。しかし、2人の婚約は国のため、人民のためにする政略結婚を目的としたもの。
個人の意思で婚約破棄は出来ませんよ?
【楽しみ方】
笑い有り、ラブロマンス有りの勘違いコメディ作品です。ボケキャラが多数登場しますので、是非、突っ込みを入れながらお楽しみ下さい。感想欄でもお待ちしております! 突っ込み以外の真面目な感想や一言感想などもお気軽にお寄せ下さい。
【注意事項】
安心安全健全をモットーに、子供でも読める作品を目指しておりますが、物語の後半で、大人のロマンスが描写される予定です。直接的な表現は省き、詩的な表現に変換しておりますが、苦手な方はご注意頂ければと思います。
また、愛の伝道師・狸田真は、感想欄のお返事が初対面でも親友みたいな馴れ馴れしいコメントになる事がございます。ご容赦頂けると幸いです。
断罪の準備は完璧です!国外追放が楽しみすぎてボロが出る
黒猫かの
恋愛
「ミモリ・フォン・ラングレイ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」
パルマ王国の卒業パーティー。第一王子アリオスから突きつけられた非情な断罪に、公爵令嬢ミモリは……内心でガッツポーズを決めていた。
(ついにきたわ! これで堅苦しい王妃教育も、無能な婚約者の世話も、全部おさらばですわ!)
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
どうやら婚約者の隣は私のものではなくなってしまったようなので、その場所、全てお譲りします。
皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。
完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。
『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』
ふわふわ
恋愛
婚約者である王太子アルベルトから、一方的に婚約破棄を告げられた公爵令嬢エレノア。
だが彼女は、涙も復讐も選ばなかった。
「婚約は、役目でしたもの。終わったのなら、それで結構ですわ」
王宮を去ったエレノアは、領地に戻り、
干渉しない・依存しない・無理をしない
ただそれだけを軸に、静かに領地運営を始める。
一方、王となったアルベルトもまた、
彼女に頼らないことを選び、
「一人の判断に依存しない国」を作るための統治に身を投じていた。
復縁もしない。
恋にすがらない。
それでも、二人の選択は確かに国を安定へと導いていく。
これは、
交わらないことを選んだ二人が、
それぞれの場所で“続けられる世界”を完成させる物語。
派手なざまぁも、甘い溺愛もない。
けれど、静かに積み重なる判断と選択が、
やがて「誰にも壊せない秩序」へと変わっていく――。
婚約破棄から始まる、
大人のための静かなざまぁ恋愛ファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる