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「……却下です」
私の冷徹な声が、辺境伯邸の会議室に響き渡った。
目の前の長机には、山のような結婚式のカタログと見積書。
対面には、腕組みをして不満げな顔をしているクラウス様。
そして、その間でオロオロしているのは、王都から呼び寄せられた結婚式プランナーのムッシュ・ピエールだ。
「え、エマール様? こちらの『純白の鳩・一斉放鳥オプション』は、愛と平和の象徴として大変人気でして……」
ピエールが汗を拭きながら説明する。
「鳩を百羽飛ばすだけで金貨十枚? 高すぎます。それに、飛ばした鳩は帰巣本能で業者の元へ戻るだけでしょう? つまり、これは鳩の『レンタル代』ではなく、単なる『五分間の飛行ショー』にお金を払うということです」
私は電卓を叩き、ピエールに突きつけた。
「費用対効果(コスパ)が悪すぎます。鳩の代わりに、参列者に紙吹雪を撒いてもらいましょう。古紙を裁断機にかければタダです」
「か、紙吹雪……!?」
ピエールが絶句する。
「待てエマール」
クラウス様が口を挟んだ。
「古紙はあんまりだ。せめて花びらにしろ。……鳩がダメなら、この『天使の歌声を持つ聖歌隊・五十名編成』はどうだ? 感動的な挙式になるぞ」
「五十名? 大聖堂の音響効果を計算してください。二十名で十分響きます。残りの三十名は口パクでもバレませんが、人件費は発生しますよね? 無駄です」
「ぐっ……」
「さらに、このウェディングケーキ。七段重ね?」
私は図面を指差した。
「高さ2メートル。私の身長より高いです。上層部のケーキをカットするには脚立が必要になります。花嫁が脚立に登るのですか? 労働安全衛生法上、高所作業にはヘルメットの着用が推奨されますが」
「ヘルメットを被った花嫁などいるか!」
クラウス様が机をバンと叩いた。
「エマール! 君は夢がないぞ! 一生に一度の晴れ舞台だ。もっとこう、パーッと派手にやりたいとは思わないのか!」
「思いません」
私は即答した。
「派手な演出で参列者の記憶に残るのは一瞬です。しかし、それにかかった費用の請求書は、一生残るのです」
私は赤ペンをくるりと回した。
「閣下。私たちの目的は『結婚式を挙げること』ではなく、『結婚して幸せな家庭を築くこと』です。式はあくまで通過点(マイルストーン)。そこにリソースを全振りするのは、経営戦略として下策です」
「……相変わらず、理屈っぽいな」
クラウス様はため息をつき、椅子に深く沈み込んだ。
「だがな、エマール。私は君に、最高に贅沢な思いをさせてやりたいんだ。……今まで、実家やレイドのせいで、君は節約ばかりしてきただろう?」
彼の声色が、少しだけ柔らかくなる。
「君は『悪役令嬢』だの『守銭奴』だのと陰口を叩かれてきた。……だからこそ、この結婚式で、世界中の誰よりも君が愛され、大切にされていると証明したいんだよ」
クラウス様のアイスブルーの瞳が、切実な色を帯びて私を見つめる。
「金なんていくらでも出す。君が『お姫様』になれるなら、国家予算だって惜しくない」
「……っ」
その言葉に、私の胸がキュッとなった。
(……この人は、本当に)
計算高い私とは正反対。
感情で動き、愛のためなら損得勘定を捨てる男。
その不器用な愛情が、どうしようもなく愛おしい。
……けれど。
「……閣下。お気持ちは嬉しいですが、計算違いがあります」
「計算違い?」
私は席を立ち、クラウス様のそばへ歩み寄った。
そして、そっと彼の手を握った。
「私が『お姫様』だと感じるのは、高いケーキの前でも、鳩が飛ぶ空の下でもありません」
「……じゃあ、どこだ?」
「貴方が、私の提案した『削減案』を受け入れ、浮いた予算を『二人の未来』のために貯蓄してくれた時です」
「……は?」
クラウス様が目を丸くする。
「通帳の残高が増えることこそが、私にとって最高の『愛の証明』であり、精神安定剤(メンタルケア)なのです」
「……」
長い沈黙の後、クラウス様は吹き出した。
「ぶっ……くくく! はははは!」
彼は腹を抱えて笑った。
「通帳の残高が愛の証明か! 君らしい! 本当に君らしいよ!」
「笑い事ではありません。真実です」
「分かった、降参だ」
クラウス様は笑い涙を拭い、私を引き寄せて膝の上に乗せた。
ピエールが「あわわ、見ちゃいけない」と目を逸らすのも構わず、私の腰に手を回す。
「君の好きなようにしろ。予算は君が管理するんだ。君が一番『幸せ(黒字)』になれる方法を選んでくれ」
「……ありがとうございます。では、ケーキは三段に変更。鳩は中止。聖歌隊は精鋭二十名に厳選します」
私は手元のメモにサラサラと書き込んだ。
「ただし」
クラウス様が私の耳元で囁く。
「削減した分、夜の『初夜の儀』の演出には、口出しさせないぞ?」
「……はい?」
「寝室のベッド、最高級のシルクのシーツと、ムード満点の魔導照明、それに大量のバラの花びらを用意させてもらう。……そこだけは、私の『夢』を叶えさせてくれ」
「……」
私はカッと顔を赤らめた。
(……寝室の装飾費。……まあ、外部に見せるものではないし、減価償却ではなく『消耗品費』として計上すれば……)
「……分かりました。必要経費として認可します」
「交渉成立だな」
クラウス様が私の頬にキスをする。
こうして、第一回予算会議は、私の「大幅コストカット案」と、クラウス様の「初夜ゴージャス化計画」のバーター取引によって決着した。
◇
「ふぅ……。疲れた」
会議が終わり、ピエールが退出した後、私は椅子に座り込んだ。
「お疲れ様、エマール。紅茶でも飲むか?」
クラウス様が自らティーポットを手に取る。
「ありがとうございます。……あ、そういえば招待状の件ですが」
私は思い出したように言った。
「発送リストの最終確認をしたいのですが」
「ああ、それならハンスに任せてある。……主要な貴族、王族、親戚筋には送り終わったそうだ」
「レイド殿下とシルフィ様には?」
「……送るわけないだろう。あいつらは今、トイレ掃除と皿洗いで忙しい」
クラウス様が鼻で笑う。
「ですが、一応『招待状』を送るべきかと」
「なぜだ? 来られても迷惑だぞ」
「来させるためではありません」
私はニヤリと笑った。
「『欠席』の返信をさせるためです。招待状と一緒に、『ご祝儀の振込先口座』を書いた紙を同封しておきました」
「……は?」
「参列できなくても、お祝いの気持ちはお金で送れますからね。借金返済の足しにはなりませんが、彼らの精神にダメージを与える(マウントを取る)には十分な効果があります」
「……鬼だな、君は」
「いえ、親切心です。元婚約者の晴れ姿を見られない彼らのために、せめてお金で参加させてあげるという配慮です」
クラウス様は呆れつつも、楽しそうに笑った。
「分かった。許可する。……あいつらがどんな顔でその招待状を見るか、想像するだけで酒が美味そうだ」
「でしょう? あと、父(元侯爵)にも送りました。『当日は入り口で警備員がブロックしますが、ご祝儀だけは郵送で受け付けます』と添え書きして」
「徹底しているな」
私たちは顔を見合わせて笑った。
復讐心などではない。
これは単なる「事務処理」だ。
過去の因縁を、きっちりと「回収」して終わらせる。
それが私の流儀。
「さて、次はドレスの最終フィッティングですね」
私は立ち上がった。
「マダム・ルージュが待ち構えています。……今度こそ、無駄な装飾(フリル)を追加させないよう監視しなければ」
「頑張れ。私は応援しているよ(高みの見物だが)」
結婚式まであと二週間。
式場、料理、招待客、そしてドレス。
すべての項目において、私の「電卓」とクラウス様の「見栄」が激突する日々が続く。
だが、不思議と苦痛ではなかった。
喧嘩しながら、妥協点を探り、二人で一つの「答え」を作っていく過程。
それこそが、夫婦になるということなのかもしれない。
(……まあ、最終的な決裁権は私が握っていますけどね)
私は心の中で勝利宣言をし、マダム・ルージュの待つ衣装部屋へと向かった。
だが、そこで私は知ることになる。
マダム・ルージュが、クラウス様の「密命」を受けて、とんでもない「サプライズ・ドレス」を用意していたことを。
そして、そのドレスの値段が、私の想定予算を遥かに超える天文学的な数字であることを――。
「え……? こ、この真珠……全部本物……?」
衣装部屋から聞こえる私の悲鳴が、屋敷中にこだまするのは、数分後のことである。
私の冷徹な声が、辺境伯邸の会議室に響き渡った。
目の前の長机には、山のような結婚式のカタログと見積書。
対面には、腕組みをして不満げな顔をしているクラウス様。
そして、その間でオロオロしているのは、王都から呼び寄せられた結婚式プランナーのムッシュ・ピエールだ。
「え、エマール様? こちらの『純白の鳩・一斉放鳥オプション』は、愛と平和の象徴として大変人気でして……」
ピエールが汗を拭きながら説明する。
「鳩を百羽飛ばすだけで金貨十枚? 高すぎます。それに、飛ばした鳩は帰巣本能で業者の元へ戻るだけでしょう? つまり、これは鳩の『レンタル代』ではなく、単なる『五分間の飛行ショー』にお金を払うということです」
私は電卓を叩き、ピエールに突きつけた。
「費用対効果(コスパ)が悪すぎます。鳩の代わりに、参列者に紙吹雪を撒いてもらいましょう。古紙を裁断機にかければタダです」
「か、紙吹雪……!?」
ピエールが絶句する。
「待てエマール」
クラウス様が口を挟んだ。
「古紙はあんまりだ。せめて花びらにしろ。……鳩がダメなら、この『天使の歌声を持つ聖歌隊・五十名編成』はどうだ? 感動的な挙式になるぞ」
「五十名? 大聖堂の音響効果を計算してください。二十名で十分響きます。残りの三十名は口パクでもバレませんが、人件費は発生しますよね? 無駄です」
「ぐっ……」
「さらに、このウェディングケーキ。七段重ね?」
私は図面を指差した。
「高さ2メートル。私の身長より高いです。上層部のケーキをカットするには脚立が必要になります。花嫁が脚立に登るのですか? 労働安全衛生法上、高所作業にはヘルメットの着用が推奨されますが」
「ヘルメットを被った花嫁などいるか!」
クラウス様が机をバンと叩いた。
「エマール! 君は夢がないぞ! 一生に一度の晴れ舞台だ。もっとこう、パーッと派手にやりたいとは思わないのか!」
「思いません」
私は即答した。
「派手な演出で参列者の記憶に残るのは一瞬です。しかし、それにかかった費用の請求書は、一生残るのです」
私は赤ペンをくるりと回した。
「閣下。私たちの目的は『結婚式を挙げること』ではなく、『結婚して幸せな家庭を築くこと』です。式はあくまで通過点(マイルストーン)。そこにリソースを全振りするのは、経営戦略として下策です」
「……相変わらず、理屈っぽいな」
クラウス様はため息をつき、椅子に深く沈み込んだ。
「だがな、エマール。私は君に、最高に贅沢な思いをさせてやりたいんだ。……今まで、実家やレイドのせいで、君は節約ばかりしてきただろう?」
彼の声色が、少しだけ柔らかくなる。
「君は『悪役令嬢』だの『守銭奴』だのと陰口を叩かれてきた。……だからこそ、この結婚式で、世界中の誰よりも君が愛され、大切にされていると証明したいんだよ」
クラウス様のアイスブルーの瞳が、切実な色を帯びて私を見つめる。
「金なんていくらでも出す。君が『お姫様』になれるなら、国家予算だって惜しくない」
「……っ」
その言葉に、私の胸がキュッとなった。
(……この人は、本当に)
計算高い私とは正反対。
感情で動き、愛のためなら損得勘定を捨てる男。
その不器用な愛情が、どうしようもなく愛おしい。
……けれど。
「……閣下。お気持ちは嬉しいですが、計算違いがあります」
「計算違い?」
私は席を立ち、クラウス様のそばへ歩み寄った。
そして、そっと彼の手を握った。
「私が『お姫様』だと感じるのは、高いケーキの前でも、鳩が飛ぶ空の下でもありません」
「……じゃあ、どこだ?」
「貴方が、私の提案した『削減案』を受け入れ、浮いた予算を『二人の未来』のために貯蓄してくれた時です」
「……は?」
クラウス様が目を丸くする。
「通帳の残高が増えることこそが、私にとって最高の『愛の証明』であり、精神安定剤(メンタルケア)なのです」
「……」
長い沈黙の後、クラウス様は吹き出した。
「ぶっ……くくく! はははは!」
彼は腹を抱えて笑った。
「通帳の残高が愛の証明か! 君らしい! 本当に君らしいよ!」
「笑い事ではありません。真実です」
「分かった、降参だ」
クラウス様は笑い涙を拭い、私を引き寄せて膝の上に乗せた。
ピエールが「あわわ、見ちゃいけない」と目を逸らすのも構わず、私の腰に手を回す。
「君の好きなようにしろ。予算は君が管理するんだ。君が一番『幸せ(黒字)』になれる方法を選んでくれ」
「……ありがとうございます。では、ケーキは三段に変更。鳩は中止。聖歌隊は精鋭二十名に厳選します」
私は手元のメモにサラサラと書き込んだ。
「ただし」
クラウス様が私の耳元で囁く。
「削減した分、夜の『初夜の儀』の演出には、口出しさせないぞ?」
「……はい?」
「寝室のベッド、最高級のシルクのシーツと、ムード満点の魔導照明、それに大量のバラの花びらを用意させてもらう。……そこだけは、私の『夢』を叶えさせてくれ」
「……」
私はカッと顔を赤らめた。
(……寝室の装飾費。……まあ、外部に見せるものではないし、減価償却ではなく『消耗品費』として計上すれば……)
「……分かりました。必要経費として認可します」
「交渉成立だな」
クラウス様が私の頬にキスをする。
こうして、第一回予算会議は、私の「大幅コストカット案」と、クラウス様の「初夜ゴージャス化計画」のバーター取引によって決着した。
◇
「ふぅ……。疲れた」
会議が終わり、ピエールが退出した後、私は椅子に座り込んだ。
「お疲れ様、エマール。紅茶でも飲むか?」
クラウス様が自らティーポットを手に取る。
「ありがとうございます。……あ、そういえば招待状の件ですが」
私は思い出したように言った。
「発送リストの最終確認をしたいのですが」
「ああ、それならハンスに任せてある。……主要な貴族、王族、親戚筋には送り終わったそうだ」
「レイド殿下とシルフィ様には?」
「……送るわけないだろう。あいつらは今、トイレ掃除と皿洗いで忙しい」
クラウス様が鼻で笑う。
「ですが、一応『招待状』を送るべきかと」
「なぜだ? 来られても迷惑だぞ」
「来させるためではありません」
私はニヤリと笑った。
「『欠席』の返信をさせるためです。招待状と一緒に、『ご祝儀の振込先口座』を書いた紙を同封しておきました」
「……は?」
「参列できなくても、お祝いの気持ちはお金で送れますからね。借金返済の足しにはなりませんが、彼らの精神にダメージを与える(マウントを取る)には十分な効果があります」
「……鬼だな、君は」
「いえ、親切心です。元婚約者の晴れ姿を見られない彼らのために、せめてお金で参加させてあげるという配慮です」
クラウス様は呆れつつも、楽しそうに笑った。
「分かった。許可する。……あいつらがどんな顔でその招待状を見るか、想像するだけで酒が美味そうだ」
「でしょう? あと、父(元侯爵)にも送りました。『当日は入り口で警備員がブロックしますが、ご祝儀だけは郵送で受け付けます』と添え書きして」
「徹底しているな」
私たちは顔を見合わせて笑った。
復讐心などではない。
これは単なる「事務処理」だ。
過去の因縁を、きっちりと「回収」して終わらせる。
それが私の流儀。
「さて、次はドレスの最終フィッティングですね」
私は立ち上がった。
「マダム・ルージュが待ち構えています。……今度こそ、無駄な装飾(フリル)を追加させないよう監視しなければ」
「頑張れ。私は応援しているよ(高みの見物だが)」
結婚式まであと二週間。
式場、料理、招待客、そしてドレス。
すべての項目において、私の「電卓」とクラウス様の「見栄」が激突する日々が続く。
だが、不思議と苦痛ではなかった。
喧嘩しながら、妥協点を探り、二人で一つの「答え」を作っていく過程。
それこそが、夫婦になるということなのかもしれない。
(……まあ、最終的な決裁権は私が握っていますけどね)
私は心の中で勝利宣言をし、マダム・ルージュの待つ衣装部屋へと向かった。
だが、そこで私は知ることになる。
マダム・ルージュが、クラウス様の「密命」を受けて、とんでもない「サプライズ・ドレス」を用意していたことを。
そして、そのドレスの値段が、私の想定予算を遥かに超える天文学的な数字であることを――。
「え……? こ、この真珠……全部本物……?」
衣装部屋から聞こえる私の悲鳴が、屋敷中にこだまするのは、数分後のことである。
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