断罪された悪役令嬢、行き先は推しの住む辺境ですが、何か問題でも?

萩月

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「はぁーっ! 見てくださいアンナ! この空気の冷たさ! 肺が凍りそうなこの感覚こそ、北の地に住む特権ですわ!」

私は城の玄関ホールで、大の字になって深呼吸を繰り返していました。

王都の温室で育った令嬢なら、今頃「お寒いですわ……」と震えながら暖炉に駆け寄っているところでしょう。

ですが、私は違います。この寒さこそが、アレクセイ様のあの鋼のような肉体を作り上げた「天然のトレーニングルーム」なのだと思うと、むしろ冷気を全身で浴びたいくらいです。

「お嬢様、落ち着いてください。床に這いつくばって石畳の温度を確かめるのはやめてください。あと、さっきから後ろにいる騎士の方々が、見たこともないような怯えた顔をしています」

アンナが私の襟首を掴んで、ズルズルと引き剥がしました。

ふと振り返ると、私をここまで案内してきた門番の騎士さんが、槍を握る手を震わせて立っていました。

「……あの、バートン様。失礼ながら一つお伺いしてもよろしいでしょうか」

「なんですの? 美味しいプロテインの配合でも知りたいのかしら?」

「いえ、そうではなく。貴女は……本当に『国外追放』されてきたのですよね? 王都を追い出され、身分を剥奪され、ここへ送られてきたのですよね?」

騎士さんの声には、深い困惑と、そして少しばかりの哀れみが混じっていました。

「ええ、その通りですわ! セドリック殿下から『顔も見たくない』と太鼓判を押されての追放です! これほど清々しい肩書きが他にありますか?」

「……普通は、絶望して泣き叫ぶか、復讐を誓うものだと思っていましたが」

「復讐? そんな無駄なことに時間を使うくらいなら、アレクセイ様のスクワットの回数を数えていたいわ! 騎士さん、そんなことより教えてちょうだい。閣下は今、どちらで筋肉をいじめていらっしゃるの!?」

「筋肉をいじめて……? ああ、執務室で書類仕事中だと思われますが」

「なんですって!? このゴールデンタイムに書類仕事!? いけませんわ、座りっぱなしは腰椎に負担がかかるし、大臀筋がなまってしまいます!」

私は騎士さんの言葉を最後まで聞かずに、赤い絨毯が敷かれた大階段を駆け上がろうとしました。

「お、おい! 待て! 勝手に入られては困る!」

「邪魔をしないで! 私は閣下の健康と肉体美を守るために、わざわざ追放されてきたんですのよ!」

「理由がおかしいだろうが!」

騎士さんが慌てて追いかけてきます。背後ではアンナが「もう勝手にしてください……」と壁に寄りかかって遠い目をしていました。

私は階段を二段飛ばしで駆け上がり、豪華な装飾が施された大きな扉の前で立ち止まりました。

(ここね……。この扉の向こうに、私の宇宙、私の太陽、私のアレクセイ様がいらっしゃるのね!)

扉の隙間から漏れ出てくるのは、厳しい寒さを耐え抜いた男だけが放つ、重厚で威厳のある気配。

私は一度だけ呼吸を整え、そして――。

「閣下! 王都から愛と活力を届けに参りました! メリー・バートン、入室させていただきますわ!」

ドォォォォォン!!

私は渾身の力で扉を押し開けました。

そこには、巨大な机に向かってペンを走らせる、一人の男性の姿がありました。

窓から差し込む冬の光を背負い、黒い髪を無造作に流したその人は、ゆっくりと顔を上げました。

鋭い氷のような瞳。そして、厚手の執務服越しでもわかる、圧倒的な肩幅。

「……何事だ。騒々しい」

低く、地響きのように心地よい声が室内に響きました。

私はその瞬間、あまりの尊さに膝から崩れ落ちそうになりました。

「ああ……実物は肖像画の百倍……いいえ、一万倍素敵ですわ……! その声の低音成分、私の鼓膜に永住していただきたい!」

「……誰だ、この女は」

アレクセイ様が、眉間に深い皺を寄せて私を凝視しました。

その視線の冷たさ! 最高です! 今、私の心拍数は限界を突破しました!

「閣下、申し訳ありません! この方、王都から追放されてきた侯爵令嬢なのですが、制止を振り切って……!」

後から飛び込んできた騎士さんが必死に弁明しています。

アレクセイ様は私をじっと見つめた後、ため息をつきながらペンを置きました。

「……追放者か。最近の王都は、精神を病んだ者まで辺境に捨てるようになったのか?」

「病んでなどいませんわ! これが私の平常運転です!」

私は満面の笑みで答えました。

こうして、私とアレクセイ様。

「史上最強にポジティブな悪役令嬢」と「史上最高に無口な辺境伯」の、記念すべき初対面が果たされたのでした。
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