断罪された悪役令嬢、行き先は推しの住む辺境ですが、何か問題でも?

萩月

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「……お嬢様。今の、聞こえていましたよね? 『お断りする』って。一点の曇りもない、純度百パーセントの拒絶でしたよ」


食堂の隅で、アンナが憐れむような目で私を見ています。


周囲の騎士さんたちも、まるで「見てはいけないものを見てしまった」という顔で、静かにスープを啜っていました。


しかし、私はと言えば。


「アンナ、あなたには分からないのかしら。今の、閣下との『魂のキャッチボール』の素晴らしさが!」


私は両手を組み、胸の前で握りしめました。


「キャッチボール? 暴速球を顔面に食らって、鼻血を出しているようにしか見えませんでしたが」


「いいえ! 見てなさいな、あのレスポンスの速さを! 普通、あんな突拍子もない告白をされたら、戸惑ったり引いたりして数秒は固まるものですわ。なのに閣下は、わずか零点一秒で答えを出された。これはつまり、私を『無視できない脅威……いいえ、存在』として、脳がフル回転で処理してくださった証拠ですわ!」


「……ポジティブの方向性が、もはや崖っぷちを越えて空を飛んでいますね」


私は拳を握り、去っていったアレクセイ様の背中――その、軍服越しでも分かる厚い背中の筋肉――を眼球に焼き付けました。


「振られるなんて、筋肉のトレーニングで言えば『限界(オールアウト)』を迎えたのと同じことよ。そこからが本当の成長の始まりなの! 筋肉は一度壊れてから、より強く再生される……。私の恋心も今、超回復の真っ最中よ!」


「心臓にプロテインでも詰まってるんですか、お嬢様は」


私はそのまま、アレクセイ様がスープを吹き出したテーブルへと突進しました。


「さあ、まずはこの惨状を片付けるわ! 仕事ができる女であることを、行動で示すのよ!」


私は懐から取り出した雑巾(さっきのとは別の、清潔なものですよ!)を手に、凄まじい手つきでテーブルを磨き始めました。


「閣下の吐息……いいえ、スープがかかったこのテーブル……。拭き取るのがもったいないけれど、清潔感こそが愛の基本! はっ、はっ、はっ!!」


私の手の動きは、もはや肉眼では捉えきれない残像となっていました。


通りかかった給仕の女性が、「ひっ!」と短い悲鳴を上げて避けていきます。


「……お嬢様、もう十分です。テーブルの木目が消えるまで磨く気ですか」


アンナが制止する頃には、アレクセイ様が座っていた席の周りだけが、鏡面仕上げのように輝いていました。


「よし、次は庭よ! さっき中庭を通った時、枯れ葉が数枚落ちているのが気になっていたの!」


「……あの、お嬢様。閣下は『明日の朝には村へ送る』と仰っていましたよね? 居座る気満々ですが、不法侵入で捕まりますよ?」


「捕まっても構いませんわ! 牢屋の格子を鉄アレイ代わりにして懸垂するだけですもの!」


私は食堂を飛び出し、執務室へと続く廊下でアレクセイ様を待ち伏せ……いえ、偶然を装って再会することにしました。


案の定、五分後。


書類を抱えたエドワードさんと共に、アレクセイ様が歩いてくるのが見えました。


「閣下! 食後の一周スクワットはお済みですか!?」


「……また貴様か。なぜまだ城内にいる」


アレクセイ様は露骨に嫌そうな顔をしました。その眉間の皺を、指でアイロンがけしてあげたいくらいです。


「閣下、先ほどは素敵な拒絶をありがとうございました! おかげで私の恋の筋肉が、過去最高にパンプアップしております!」


「……エドワード。やはり、この女の精神鑑定を……」


「閣下、お願いです! 私を村へ送るなどと言わず、ここで雇ってください! 掃除婦が足りているというなら、庭の石ころを一つずつ磨き上げる『石磨き係』でも構いません!」


「そんな役職はない」


「では、『アレクセイ様が歩く前の地面を平らにならす係』はどうでしょう!? 閣下の足首への負担を最小限に抑えますわ!」


「……貴様。そんなにこの城にいたいのか」


アレクセイ様が、ふと足を止めました。


その氷のような瞳が、真剣に私を捉えます。


「はい! 閣下の筋肉……いいえ、閣下ご自身と、この素晴らしい筋肉の聖地をお守りしたいのです!」


「…………」


アレクセイ様はしばし沈黙しました。


そして、隣にいるエドワードさんに、ボソッと呟きました。


「……この女を外に放り出したら、どうなると思う」


「間違いなく、城門の前で閣下の名前を叫びながら、凍死するまでスクワットを続けるでしょうね。そして翌朝には、完璧なフォームの氷像になっているかと」


「……だろうな。死なれては寝覚めが悪い」


アレクセイ様は深く、深ーくため息を吐くと、私を指差しました。


「いいか、メリー・バートン。一週間だ。一週間の間、庭の掃除と雑用を完璧にこなしてみせろ。ただし、私の半径三メートル以内に近づくことは禁止する」


「三メートル!? ……くっ、遠い。ですが、閣下のオーラを感じるには十分な距離ですわ! 承知いたしました!」


「……返事だけはいいな」


こうして、私は正式に(?)ヴォルカノフ城の「雑用係兼・庭掃除担当」としての地位を確立したのでした。


「お嬢様……本当に居座ることに成功しましたね。私はもう、自分の主人のことが分かりません」


「ふふん、アンナ。愛は岩をも通す……いいえ、愛は辺境伯のガードをも突き破るのよ!」


私の「追放ライフ」という名の「推し活サバイバル」。


まずは、この広大な庭を「世界一筋肉に優しい空間」にすることから始めるとしましょう!
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