断罪された悪役令嬢、行き先は推しの住む辺境ですが、何か問題でも?

萩月

文字の大きさ
17 / 28

17

しおりを挟む
「……寒い。寒すぎる。リリア、本当にここは人間が住む場所なのかい?」


王都を出発して数週間。セドリック皇太子は、幾重にも重ねた毛皮の外套に身を包み、ガタガタと歯を鳴らしていました。


馬車の外は、視界を遮るほどの猛吹雪。王都の温室育ちである彼にとって、この北の地は地獄の入り口にしか見えません。


しかし、向かい側に座るリリア様の様子は、明らかにおかしなことになっていました。


「……四百九十八、四百九十九……五百! よし、次は腹筋ですわ!」


「リリア、君……。さっきから馬車の床で何を。狭いし揺れるから危ないと言っているだろう?」


「何を仰いますか、セドリック様! この激しい揺れこそ、体幹を鍛える天然の振動マシンですわ! ああ、腹斜筋が喜んでいる……。メリー様に見ていただくまで、一秒たりとも無駄にはできませんの!」


リリア様は額にうっすらと汗をかき、瞳をらんらんと輝かせていました。その腕には、王都を出る時よりも明らかに逞しい(自称)筋肉のラインが浮かび上がっています。


「……狂っている。王都のみんなも、リリアも。メリーがいなくなってから、この国の歯車が筋肉の方向に狂い始めている……!」


セドリック殿下は頭を抱えました。


やがて、馬車が大きく揺れて止まりました。御者の「ヴォルカノフ辺境伯領、国境の砦に到着いたしました!」という震える声が聞こえます。


「ようやく着いたか。おい、衛兵! 皇太子セドリックである! 開門せよ!」


セドリック殿下が窓から身を乗り出し、威厳を持って叫びました。


しかし、門の上に立つ衛兵たちは、王都のそれとは全く異なる反応を見せました。


「……皇太子? ああ、例の『ひょろひょろの主犯格』か」


「なんだ、あの外套の厚さは。あんなに着込んでいたら、筋肉の可動域が死ぬぞ」


衛兵たちの声が、吹雪に混じってセドリック殿下の耳に届きます。


「……ひょ、ひょろひょろ!? 可動域!? 貴様ら、皇太子に向かって何を不敬な……!」


「いいから通してやれ。閣下から『もし王都から馬鹿が来たら、とりあえず城まで案内しろ。話を聞く余裕はないが』と伝言を預かっている」


「……話を聞く余裕がないだと!?」


セドリック殿下のプライドは、国境を越える瞬間にズタズタに引き裂かれました。


門が開き、馬車がヴォルカノフ城へと進みます。そこで彼らが目にしたのは、彼らの想像を絶する「地獄」……ではなく、「筋肉の楽園」でした。


「見てください、セドリック様! あそこの兵士さんたち、雪の中で半裸で丸太を担いで走っていますわ! なんて高負荷なトレーニング……! あそこが、メリー様のいる聖地なのね!」


リリア様が窓に顔を押し付けて絶叫しました。


馬車が城の正面玄関に到着すると、そこには一人の男が立っていました。


黒い軍服を隙なく着こなし、吹雪の中でも微動だにしない大木のような男。ヴォルカノフ辺境伯、アレクセイです。


「……ようこそ、皇太子殿下。こんな最果ての地に何用だ」


地響きのような低音。アレクセイの放つ圧倒的な威圧感に、セドリック殿下は思わず気圧されて数歩下がりました。


「あ、アレクセイ・ヴォルカノフ……。久しぶりだな。今日は、追放されたメリー・バートンの様子を確認しに来た。あのような悪女を預けてしまい、苦労しているだろうと思ってね」


セドリック殿下は、必死に平静を装って言いました。


すると、アレクセイの眉間がピクリと動きました。


「苦労? ……ああ、そうだな。ある意味では、私の人生で最大の試練と言える」


「だろう! やはりあいつは、ここでも泣き喚いて迷惑をかけているんだな! さあ、どこにいる? 地下牢か? それとも家畜小屋か?」


セドリック殿下が勝ち誇ったように笑った、その時でした。


「よっしゃあぁぁぁぁぁ!! 三階の窓拭き、自己ベスト更新ですわー!!」


城の見上げるような高所から、聞き覚えのある……けれど以前よりも三倍は声量の増した叫び声が降ってきました。


全員が顔を上げると、そこには信じられない光景がありました。


命綱もなしに、城壁の突起を足場にして片手でぶら下がり、もう片方の手で猛然と窓を磨き上げているメリー・バートンの姿が。


「メ、メリー……!? 貴様、そこで何をしているんだ!?」


「あら、セドリック殿下! ごきげんよう! 今ちょうど、アレクセイ様の執務室の窓を、彼の瞳と同じくらいクリアに仕上げているところですの! 見てください、この広背筋のキレをー!!」


メリーは壁に張り付いたまま、セドリック殿下に向かって見事なバックポーズを決めました。


「……あ、あ、ああ……」


セドリック殿下はその場で膝から崩れ落ちました。


一方で、リリア様は空に向かって両手を広げ、涙を流していました。


「メリー様ぁぁぁ!! お会いしたかったですわ!! 見てください、私のこの二の腕! 王都を出てから三センチ太くなりましたの!!」


「いいわよリリア様! でも三センチじゃまだ甘い! 後で丸太を担ぎながらお話ししましょう!!」


吹雪の舞うヴォルカノフ城の前で、王都の常識は音を立てて崩壊していきました。


アレクセイは、ただ静かに、天を仰いで深くため息をつくだけでした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

何も決めなかった王国は、静かに席を失う』

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 表には立たず、裏で国を支えてきた公爵令嬢ネフェリア。 だが―― 彼女が追い出されたのは、嫉妬でも陰謀でもなかった。 ただ一つ、「決める役割」を、国が彼女一人に押しつけていたからだ。 婚約破棄の後、ネフェリアを失った王国は変わろうとする。 制度を整え、会議を重ね、慎重に、正しく―― けれどその“正しさ”は、何一つ決断を生まなかった。 一方、帝国は違った。 完璧ではなくとも、期限内に返事をする。 責任を分け、判断を止めない。 その差は、やがて「呼ばれない会議」「残らない席」「知らされない決定」となって現れる。 王国は滅びない。 だが、何も決めない国は、静かに舞台の外へ追いやられていく。 ――そして迎える、最後の選択。 これは、 剣も魔法も振るわない“静かなざまぁ”。 何も決めなかった過去に、国そのものが向き合う物語。

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

【完】出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~

夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。 しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。 しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。 夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。 いきなり事件が発生してしまう。 結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。 しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。 (こうなったら、私がなんとかするしかないわ!) 腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。 それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。

断罪後の気楽な隠居生活をぶち壊したのは誰です!〜ここが乙女ゲームの世界だったなんて聞いていない〜

白雲八鈴
恋愛
全ては勘違いから始まった。  私はこの国の王子の一人であるラートウィンクルム殿下の婚約者だった。だけどこれは政略的な婚約。私を大人たちが良いように使おうとして『白銀の聖女』なんて通り名まで与えられた。  けれど、所詮偽物。本物が現れた時に私は気付かされた。あれ?もしかしてこの世界は乙女ゲームの世界なのでは?  関わり合う事を避け、婚約者の王子様から「貴様との婚約は破棄だ!」というお言葉をいただきました。  竜の谷に追放された私が血だらけの鎧を拾い。未だに乙女ゲームの世界から抜け出せていないのではと内心モヤモヤと思いながら過ごして行くことから始まる物語。 『私の居場所を奪った聖女様、貴女は何がしたいの?国を滅ぼしたい?』 ❋王都スタンピード編完結。次回投稿までかなりの時間が開くため、一旦閉じます。完結表記ですが、王都編が完結したと捉えてもらえればありがたいです。 *乙女ゲーム要素は少ないです。どちらかと言うとファンタジー要素の方が強いです。 *表現が不適切なところがあるかもしれませんが、その事に対して推奨しているわけではありません。物語としての表現です。不快であればそのまま閉じてください。 *いつもどおり程々に誤字脱字はあると思います。確認はしておりますが、どうしても漏れてしまっています。 *他のサイトでは別のタイトル名で投稿しております。小説家になろう様では異世界恋愛部門で日間8位となる評価をいただきました。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】 社交界を賑わせた婚約披露の茶会。 令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。 「真実の愛を見つけたんだ」 それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。 愛よりも冷たく、そして美しく。 笑顔で地獄へお送りいたします――

処理中です...