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「ふぅ、着地成功! セドリック殿下、リリア様、遠路はるばるようこそ筋肉の聖地へ! 歓迎の印に、私の広背筋を見せつけられて光栄ですわ!」
私は城壁からひらりと飛び降り、雪煙を上げて着地しました。
目の前では、セドリック殿下が雪の上に崩れ落ちたまま、口をパクパクさせています。まるで陸に打ち上げられた深海魚のようです。
「め、メリー……貴様、本当にメリー・バートンなのか? 私が知っているメリーは、もっとこう、陰湿で、可愛げがなくて……」
「失礼ね! 私はいつだって可愛げの塊よ! ただ、以前はコルセットのせいで筋肉が呼吸困難に陥っていただけですわ!」
「メリー様! 素敵でしたわ、あの懸垂! 私もいつか、あのように城壁を自由に登りとうございます!」
リリア様が私の手に抱きつき、目を輝かせています。王都にいた頃の弱々しい彼女はどこへやら、その握力からは確かな成長が感じられました。
「……騒がしい。エドワード、客人を中に案内しろ。この女も回収して、掃除用具を没収しておけ」
アレクセイ様が、いつものように頭痛を堪えるポーズで指示を出した、その時でした。
ウゥゥゥゥゥン!!
突如として、城内にけたたましい警報の音が鳴り響きました。
「魔物だ! 北門付近にスノーウルフの群れが出現! 総員、戦闘配置につけ!」
城壁の上の見張り台から、切迫した声が聞こえてきます。
「ま、魔物!? こんな城の近くに!?」
セドリック殿下が悲鳴を上げ、リリア様の背後に隠れようとしました。情けない。皇太子としての威厳がマイナス値を記録しています。
「……ちっ、このタイミングでか。エドワード、客人を守れ。私は前線に出る」
アレクセイ様の雰囲気が一変しました。先ほどまでの呆れ顔は消え、戦場を駆ける「氷の死神」の冷徹な瞳が輝きます。
腰の剣を抜き放つその動作。無駄のない筋肉の連動。ああ、なんて美しい……!
私はうっとりと見惚れていましたが、すぐに現実に引き戻されました。
ギャアァァァッ!!
北門の方角から、雪煙を巻き上げて、馬車ほどの大きさもある白い狼の魔物――スノーウルフが三匹、中庭に雪崩れ込んできたのです。
騎士たちが応戦しますが、魔物の勢いは凄まじく、防衛線が崩されかけます。
その中の一匹が、あろうことか、私たちがいる玄関前へと狙いを定めて突進してきました。
「ひぃぃぃ! 来るな! 私は皇太子だぞ! 美味しくないぞ!」
セドリック殿下が腰を抜かして叫びます。アレクセイ様が間に割って入ろうと駆け出しましたが、距離があります。
魔物の巨大な牙が、目の前に迫る。
その時、私の脳裏をよぎったのは、恐怖ではありませんでした。
(……ちょっと待って。あの魔物、足が泥だらけじゃない?)
スノーウルフの足元を見れば、雪解けの泥がべっとりと付着しています。
それが、私が今朝、完璧に磨き上げた石畳を汚しながら突進してくるのです。
プチンッ。
私の中で、何かが切れました。
「……許せない。私の努力の結晶(ピカピカの床)を、土足で踏み荒らすなんて……!」
私は周囲を見渡しました。武器はありません。手にあるのは、先ほどまで窓を拭いていた雑巾だけ。
その時、ちょうど昼食の準備で厨房から出てきた料理長の姿が目に入りました。彼の手には、巨大な鉄製のフライパンが握られています。
「料理長さん! それ、ちょっとお借りしますわ!」
「へ!? お嬢ちゃん、危ないぞ!」
私は料理長の手からフライパンをひったくると、突進してくるスノーウルフの前に立ちはだかりました。
「メリー! 馬鹿な真似はやめろ! 下がれ!」
アレクセイ様の叫び声が聞こえます。
ですが、もう遅い。魔物は私の目の前です。大きく開かれた口から、生臭い息が吐きかけられます。
私は、両手でフライパンの柄を握りしめ、腰を深く落としました。
王都のダンス教師が教えてくれた「優雅なターンの姿勢」ではありません。アレクセイ様の朝の素振りを盗み見て覚えた、「体幹主導のフルスイング」の構えです。
「汚物は……消毒ですわぁぁぁぁぁ!!」
私は渾身の力で、フライパンを横薙ぎに振り抜きました。
カァァァァァンッッ!!!
中庭に、教会の大鐘のような凄まじい金属音が鳴り響きました。
フライパンの底が、スノーウルフの鼻っ面にクリティカルヒットしたのです。
「ギャンッ!?」
巨大な魔物の体が、まるでボールのように宙を舞いました。そのまま数メートル吹き飛び、雪山に突っ込んでピクリとも動かなくなりました。
静寂が訪れます。
残りの二匹の魔物も、仲間の無惨な姿に恐れをなしたのか、尻尾を巻いて逃げ出していきました。
私はフライパンに付着した魔物の毛をフゥーッと吹き飛ばし、料理長に返却しました。
「……ありがとう、料理長さん。良い重心バランスのフライパンでしたわ。今度、これで閣下の筋肉増強オムレツを作ってくださいな」
「は、はあ……。へい……」
私はスカートの埃を払い、呆然としているアレクセイ様と、白目を剥いて気絶しているセドリック殿下、そして拍手喝采を送ってくれているリリア様の方へ向き直りました。
「お騒がせしました。さあ、アレクセイ様。魔物も片付きましたし、改めて私の『お掃除の実力』を認めていただけますわよね?」
「……貴様の『掃除』の定義は、どうやら私の知っているものとは根本的に異なるようだな」
アレクセイ様は深くため息をつきながら剣を収めました。その瞳には、呆れと同時に、ほんの少しの「諦め」のような色が混じっていたのでした。
私は城壁からひらりと飛び降り、雪煙を上げて着地しました。
目の前では、セドリック殿下が雪の上に崩れ落ちたまま、口をパクパクさせています。まるで陸に打ち上げられた深海魚のようです。
「め、メリー……貴様、本当にメリー・バートンなのか? 私が知っているメリーは、もっとこう、陰湿で、可愛げがなくて……」
「失礼ね! 私はいつだって可愛げの塊よ! ただ、以前はコルセットのせいで筋肉が呼吸困難に陥っていただけですわ!」
「メリー様! 素敵でしたわ、あの懸垂! 私もいつか、あのように城壁を自由に登りとうございます!」
リリア様が私の手に抱きつき、目を輝かせています。王都にいた頃の弱々しい彼女はどこへやら、その握力からは確かな成長が感じられました。
「……騒がしい。エドワード、客人を中に案内しろ。この女も回収して、掃除用具を没収しておけ」
アレクセイ様が、いつものように頭痛を堪えるポーズで指示を出した、その時でした。
ウゥゥゥゥゥン!!
突如として、城内にけたたましい警報の音が鳴り響きました。
「魔物だ! 北門付近にスノーウルフの群れが出現! 総員、戦闘配置につけ!」
城壁の上の見張り台から、切迫した声が聞こえてきます。
「ま、魔物!? こんな城の近くに!?」
セドリック殿下が悲鳴を上げ、リリア様の背後に隠れようとしました。情けない。皇太子としての威厳がマイナス値を記録しています。
「……ちっ、このタイミングでか。エドワード、客人を守れ。私は前線に出る」
アレクセイ様の雰囲気が一変しました。先ほどまでの呆れ顔は消え、戦場を駆ける「氷の死神」の冷徹な瞳が輝きます。
腰の剣を抜き放つその動作。無駄のない筋肉の連動。ああ、なんて美しい……!
私はうっとりと見惚れていましたが、すぐに現実に引き戻されました。
ギャアァァァッ!!
北門の方角から、雪煙を巻き上げて、馬車ほどの大きさもある白い狼の魔物――スノーウルフが三匹、中庭に雪崩れ込んできたのです。
騎士たちが応戦しますが、魔物の勢いは凄まじく、防衛線が崩されかけます。
その中の一匹が、あろうことか、私たちがいる玄関前へと狙いを定めて突進してきました。
「ひぃぃぃ! 来るな! 私は皇太子だぞ! 美味しくないぞ!」
セドリック殿下が腰を抜かして叫びます。アレクセイ様が間に割って入ろうと駆け出しましたが、距離があります。
魔物の巨大な牙が、目の前に迫る。
その時、私の脳裏をよぎったのは、恐怖ではありませんでした。
(……ちょっと待って。あの魔物、足が泥だらけじゃない?)
スノーウルフの足元を見れば、雪解けの泥がべっとりと付着しています。
それが、私が今朝、完璧に磨き上げた石畳を汚しながら突進してくるのです。
プチンッ。
私の中で、何かが切れました。
「……許せない。私の努力の結晶(ピカピカの床)を、土足で踏み荒らすなんて……!」
私は周囲を見渡しました。武器はありません。手にあるのは、先ほどまで窓を拭いていた雑巾だけ。
その時、ちょうど昼食の準備で厨房から出てきた料理長の姿が目に入りました。彼の手には、巨大な鉄製のフライパンが握られています。
「料理長さん! それ、ちょっとお借りしますわ!」
「へ!? お嬢ちゃん、危ないぞ!」
私は料理長の手からフライパンをひったくると、突進してくるスノーウルフの前に立ちはだかりました。
「メリー! 馬鹿な真似はやめろ! 下がれ!」
アレクセイ様の叫び声が聞こえます。
ですが、もう遅い。魔物は私の目の前です。大きく開かれた口から、生臭い息が吐きかけられます。
私は、両手でフライパンの柄を握りしめ、腰を深く落としました。
王都のダンス教師が教えてくれた「優雅なターンの姿勢」ではありません。アレクセイ様の朝の素振りを盗み見て覚えた、「体幹主導のフルスイング」の構えです。
「汚物は……消毒ですわぁぁぁぁぁ!!」
私は渾身の力で、フライパンを横薙ぎに振り抜きました。
カァァァァァンッッ!!!
中庭に、教会の大鐘のような凄まじい金属音が鳴り響きました。
フライパンの底が、スノーウルフの鼻っ面にクリティカルヒットしたのです。
「ギャンッ!?」
巨大な魔物の体が、まるでボールのように宙を舞いました。そのまま数メートル吹き飛び、雪山に突っ込んでピクリとも動かなくなりました。
静寂が訪れます。
残りの二匹の魔物も、仲間の無惨な姿に恐れをなしたのか、尻尾を巻いて逃げ出していきました。
私はフライパンに付着した魔物の毛をフゥーッと吹き飛ばし、料理長に返却しました。
「……ありがとう、料理長さん。良い重心バランスのフライパンでしたわ。今度、これで閣下の筋肉増強オムレツを作ってくださいな」
「は、はあ……。へい……」
私はスカートの埃を払い、呆然としているアレクセイ様と、白目を剥いて気絶しているセドリック殿下、そして拍手喝采を送ってくれているリリア様の方へ向き直りました。
「お騒がせしました。さあ、アレクセイ様。魔物も片付きましたし、改めて私の『お掃除の実力』を認めていただけますわよね?」
「……貴様の『掃除』の定義は、どうやら私の知っているものとは根本的に異なるようだな」
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