断罪された悪役令嬢、行き先は推しの住む辺境ですが、何か問題でも?

萩月

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「……メリー。今、なんと? 聞き間違いでなければ、断られたように聞こえたのだが」


セドリック殿下は、信じられないものを見るような目で私を凝視しました。


その顔は驚愕で引き攣り、自慢の端正な顔立ちが台無しです。王都の令嬢たちがこれを見たら、千人単位でファンを辞めることでしょう。


「聞き間違いではありませんわ、殿下。私の腹斜筋のキレにかけて誓います。帰りません。一ミリも。一ナノメートルもですわ!」


私は雑巾を肩にかけ、仁王立ちで答えました。


「な、なぜだ! ここは最果ての辺境だぞ!? 娯楽もない、流行のドレスもない、食事だって肉と卵ばかりではないか! 王都へ戻れば、君は再び侯爵令嬢として、煌びやかな夜会に……」


「肉と卵、最高じゃないですか!!」


私は食い気味に叫びました。


「いいですか殿下。王都の夜会で出される、あの指先ほどの小さなカナッペ。あれで私の大腿四頭筋が満足するとお思いで? ここには、獲れたての魔物肉……いいえ、滋養強壮に満ちた素晴らしい食材が溢れているのですわ!」


「……ま、魔物の肉を食べているのか!? 貴様、正気か!?」


「正気ですとも。おかげで今の私の体脂肪率は、王都にいた頃の半分以下! 見てください、この二の腕の筋(スジ)! これこそが、私が求めていた真の美しさですわ!」


私は殿下の目の前で、ドレスの袖をまくり上げて力瘤を作りました。


プルプルと震える私の筋肉を見て、殿下はついに「ひっ……」と短い悲鳴を上げて後ずさりました。


「メリー様、素晴らしいですわ! その上腕二頭筋の盛り上がり、まるで北の連峰をそのまま縮小したような神々しさです!」


リリア様が横からパチパチと拍手を送ってくれます。


「殿下。私はもう、鏡の中の自分を愛でるだけの生活には戻れませんの。私は、私の限界(オールアウト)を知りたい。そして、その先にあるアレクセイ様との筋肉の夜明けを見たいのですわ!」


「筋肉の夜明け……。何を言っている、この女は……」


セドリック殿下は、助けを求めるようにアレクセイ様の方を向きました。


しかし、アレクセイ様は腕を組み、冷徹な眼差しで殿下を見下ろしているだけでした。


「殿下。本人が帰りたくないと言っているのだ。これ以上、執拗に勧誘するのは王族としての品位に欠けるのではないか?」


「アレクセイ! 君はこいつの異常さが分かっていないのか!? こいつは危険だ! 放っておけば、この城の壁をすべて破壊して、城中の人間をスクワット中毒にするぞ!」


「……すでに半分くらい、その兆候がある」


アレクセイ様はボソリと呟きましたが、すぐに私の前に一歩踏み出しました。


「だが、メリー・バートンは現在、ヴォルカノフ城の正規雇用者(掃除婦)だ。彼女の労働力は、この城の衛生管理……および、私の精神的な平穏(?)に不可欠なものとなっている」


「不可欠!? あんな掃除狂いが!?」


「掃除だけではない。……彼女には、私に『プロテイン的な何か』を摂取させ、無理やり演習場へ引きずり出すという重要な役割もあるのだ」


アレクセイ様、それ、ただの被害報告になっていませんか?


ですが、彼は真っ直ぐに殿下を見据え、言い放ちました。


「彼女を連れ戻すというのなら、それ相応の覚悟を持っていただこう。私の部下を……私の『掃除婦』を奪うことは、私との全面対決を意味する」


「ぜ、全面対決……!? たかが、掃除婦一人のために、辺境伯が皇太子と争うというのか!?」


「……たかが掃除婦、ではない。彼女は……」


アレクセイ様が、ふと言葉を切り、一瞬だけ私に視線を向けました。


その氷のような瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、焚き火のような熱い色が宿ったのを、私は見逃しませんでした。


「……彼女は、この城に最も必要な『騒音』なのだ。静かすぎる北の地には、これくらいやかましい女がちょうどいい」


(ああっ、閣下! それ、最上級の愛の告白ですわよね!? 私のやかましさを、必要としてくださるなんて……!)


「……もういい! 話にならん! アレクセイもメリーも、この地の寒さで頭が凍りついているんだ!」


セドリック殿下は、顔を真っ赤にして叫びました。


「いいだろう! ならば私は、力ずくでも君を連れ戻してやる! 近衛の騎士たちを呼べ! この城を……この城を一時的に接収する!」


「……できるものなら、やってみるがいい」


アレクセイ様の背後に、いつの間にか、丸太を担いで真っ黒に日焼けした(冬なのに)騎士たちが、ずらりと並んでいました。


その威圧感。筋肉の重厚感。


王都のひょろひょろした近衛騎士たちとは、住んでいる次元が違います。


セドリック殿下は、その筋肉の壁を見て、再び「ひいっ……」と情けない声を漏らし、リリア様の陰に隠れるのでした。


「殿下、諦めてください。今のメリー様は、もはや一つの生命体として完成されているのですわ」


リリア様の冷静なトドメの一撃。


お邪魔虫の退散、およびメリーの「辺境永住宣言」が、中庭に高らかに響き渡った瞬間でした。
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