22 / 28
22
しおりを挟む
「……メリー。今、なんと? 聞き間違いでなければ、断られたように聞こえたのだが」
セドリック殿下は、信じられないものを見るような目で私を凝視しました。
その顔は驚愕で引き攣り、自慢の端正な顔立ちが台無しです。王都の令嬢たちがこれを見たら、千人単位でファンを辞めることでしょう。
「聞き間違いではありませんわ、殿下。私の腹斜筋のキレにかけて誓います。帰りません。一ミリも。一ナノメートルもですわ!」
私は雑巾を肩にかけ、仁王立ちで答えました。
「な、なぜだ! ここは最果ての辺境だぞ!? 娯楽もない、流行のドレスもない、食事だって肉と卵ばかりではないか! 王都へ戻れば、君は再び侯爵令嬢として、煌びやかな夜会に……」
「肉と卵、最高じゃないですか!!」
私は食い気味に叫びました。
「いいですか殿下。王都の夜会で出される、あの指先ほどの小さなカナッペ。あれで私の大腿四頭筋が満足するとお思いで? ここには、獲れたての魔物肉……いいえ、滋養強壮に満ちた素晴らしい食材が溢れているのですわ!」
「……ま、魔物の肉を食べているのか!? 貴様、正気か!?」
「正気ですとも。おかげで今の私の体脂肪率は、王都にいた頃の半分以下! 見てください、この二の腕の筋(スジ)! これこそが、私が求めていた真の美しさですわ!」
私は殿下の目の前で、ドレスの袖をまくり上げて力瘤を作りました。
プルプルと震える私の筋肉を見て、殿下はついに「ひっ……」と短い悲鳴を上げて後ずさりました。
「メリー様、素晴らしいですわ! その上腕二頭筋の盛り上がり、まるで北の連峰をそのまま縮小したような神々しさです!」
リリア様が横からパチパチと拍手を送ってくれます。
「殿下。私はもう、鏡の中の自分を愛でるだけの生活には戻れませんの。私は、私の限界(オールアウト)を知りたい。そして、その先にあるアレクセイ様との筋肉の夜明けを見たいのですわ!」
「筋肉の夜明け……。何を言っている、この女は……」
セドリック殿下は、助けを求めるようにアレクセイ様の方を向きました。
しかし、アレクセイ様は腕を組み、冷徹な眼差しで殿下を見下ろしているだけでした。
「殿下。本人が帰りたくないと言っているのだ。これ以上、執拗に勧誘するのは王族としての品位に欠けるのではないか?」
「アレクセイ! 君はこいつの異常さが分かっていないのか!? こいつは危険だ! 放っておけば、この城の壁をすべて破壊して、城中の人間をスクワット中毒にするぞ!」
「……すでに半分くらい、その兆候がある」
アレクセイ様はボソリと呟きましたが、すぐに私の前に一歩踏み出しました。
「だが、メリー・バートンは現在、ヴォルカノフ城の正規雇用者(掃除婦)だ。彼女の労働力は、この城の衛生管理……および、私の精神的な平穏(?)に不可欠なものとなっている」
「不可欠!? あんな掃除狂いが!?」
「掃除だけではない。……彼女には、私に『プロテイン的な何か』を摂取させ、無理やり演習場へ引きずり出すという重要な役割もあるのだ」
アレクセイ様、それ、ただの被害報告になっていませんか?
ですが、彼は真っ直ぐに殿下を見据え、言い放ちました。
「彼女を連れ戻すというのなら、それ相応の覚悟を持っていただこう。私の部下を……私の『掃除婦』を奪うことは、私との全面対決を意味する」
「ぜ、全面対決……!? たかが、掃除婦一人のために、辺境伯が皇太子と争うというのか!?」
「……たかが掃除婦、ではない。彼女は……」
アレクセイ様が、ふと言葉を切り、一瞬だけ私に視線を向けました。
その氷のような瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、焚き火のような熱い色が宿ったのを、私は見逃しませんでした。
「……彼女は、この城に最も必要な『騒音』なのだ。静かすぎる北の地には、これくらいやかましい女がちょうどいい」
(ああっ、閣下! それ、最上級の愛の告白ですわよね!? 私のやかましさを、必要としてくださるなんて……!)
「……もういい! 話にならん! アレクセイもメリーも、この地の寒さで頭が凍りついているんだ!」
セドリック殿下は、顔を真っ赤にして叫びました。
「いいだろう! ならば私は、力ずくでも君を連れ戻してやる! 近衛の騎士たちを呼べ! この城を……この城を一時的に接収する!」
「……できるものなら、やってみるがいい」
アレクセイ様の背後に、いつの間にか、丸太を担いで真っ黒に日焼けした(冬なのに)騎士たちが、ずらりと並んでいました。
その威圧感。筋肉の重厚感。
王都のひょろひょろした近衛騎士たちとは、住んでいる次元が違います。
セドリック殿下は、その筋肉の壁を見て、再び「ひいっ……」と情けない声を漏らし、リリア様の陰に隠れるのでした。
「殿下、諦めてください。今のメリー様は、もはや一つの生命体として完成されているのですわ」
リリア様の冷静なトドメの一撃。
お邪魔虫の退散、およびメリーの「辺境永住宣言」が、中庭に高らかに響き渡った瞬間でした。
セドリック殿下は、信じられないものを見るような目で私を凝視しました。
その顔は驚愕で引き攣り、自慢の端正な顔立ちが台無しです。王都の令嬢たちがこれを見たら、千人単位でファンを辞めることでしょう。
「聞き間違いではありませんわ、殿下。私の腹斜筋のキレにかけて誓います。帰りません。一ミリも。一ナノメートルもですわ!」
私は雑巾を肩にかけ、仁王立ちで答えました。
「な、なぜだ! ここは最果ての辺境だぞ!? 娯楽もない、流行のドレスもない、食事だって肉と卵ばかりではないか! 王都へ戻れば、君は再び侯爵令嬢として、煌びやかな夜会に……」
「肉と卵、最高じゃないですか!!」
私は食い気味に叫びました。
「いいですか殿下。王都の夜会で出される、あの指先ほどの小さなカナッペ。あれで私の大腿四頭筋が満足するとお思いで? ここには、獲れたての魔物肉……いいえ、滋養強壮に満ちた素晴らしい食材が溢れているのですわ!」
「……ま、魔物の肉を食べているのか!? 貴様、正気か!?」
「正気ですとも。おかげで今の私の体脂肪率は、王都にいた頃の半分以下! 見てください、この二の腕の筋(スジ)! これこそが、私が求めていた真の美しさですわ!」
私は殿下の目の前で、ドレスの袖をまくり上げて力瘤を作りました。
プルプルと震える私の筋肉を見て、殿下はついに「ひっ……」と短い悲鳴を上げて後ずさりました。
「メリー様、素晴らしいですわ! その上腕二頭筋の盛り上がり、まるで北の連峰をそのまま縮小したような神々しさです!」
リリア様が横からパチパチと拍手を送ってくれます。
「殿下。私はもう、鏡の中の自分を愛でるだけの生活には戻れませんの。私は、私の限界(オールアウト)を知りたい。そして、その先にあるアレクセイ様との筋肉の夜明けを見たいのですわ!」
「筋肉の夜明け……。何を言っている、この女は……」
セドリック殿下は、助けを求めるようにアレクセイ様の方を向きました。
しかし、アレクセイ様は腕を組み、冷徹な眼差しで殿下を見下ろしているだけでした。
「殿下。本人が帰りたくないと言っているのだ。これ以上、執拗に勧誘するのは王族としての品位に欠けるのではないか?」
「アレクセイ! 君はこいつの異常さが分かっていないのか!? こいつは危険だ! 放っておけば、この城の壁をすべて破壊して、城中の人間をスクワット中毒にするぞ!」
「……すでに半分くらい、その兆候がある」
アレクセイ様はボソリと呟きましたが、すぐに私の前に一歩踏み出しました。
「だが、メリー・バートンは現在、ヴォルカノフ城の正規雇用者(掃除婦)だ。彼女の労働力は、この城の衛生管理……および、私の精神的な平穏(?)に不可欠なものとなっている」
「不可欠!? あんな掃除狂いが!?」
「掃除だけではない。……彼女には、私に『プロテイン的な何か』を摂取させ、無理やり演習場へ引きずり出すという重要な役割もあるのだ」
アレクセイ様、それ、ただの被害報告になっていませんか?
ですが、彼は真っ直ぐに殿下を見据え、言い放ちました。
「彼女を連れ戻すというのなら、それ相応の覚悟を持っていただこう。私の部下を……私の『掃除婦』を奪うことは、私との全面対決を意味する」
「ぜ、全面対決……!? たかが、掃除婦一人のために、辺境伯が皇太子と争うというのか!?」
「……たかが掃除婦、ではない。彼女は……」
アレクセイ様が、ふと言葉を切り、一瞬だけ私に視線を向けました。
その氷のような瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、焚き火のような熱い色が宿ったのを、私は見逃しませんでした。
「……彼女は、この城に最も必要な『騒音』なのだ。静かすぎる北の地には、これくらいやかましい女がちょうどいい」
(ああっ、閣下! それ、最上級の愛の告白ですわよね!? 私のやかましさを、必要としてくださるなんて……!)
「……もういい! 話にならん! アレクセイもメリーも、この地の寒さで頭が凍りついているんだ!」
セドリック殿下は、顔を真っ赤にして叫びました。
「いいだろう! ならば私は、力ずくでも君を連れ戻してやる! 近衛の騎士たちを呼べ! この城を……この城を一時的に接収する!」
「……できるものなら、やってみるがいい」
アレクセイ様の背後に、いつの間にか、丸太を担いで真っ黒に日焼けした(冬なのに)騎士たちが、ずらりと並んでいました。
その威圧感。筋肉の重厚感。
王都のひょろひょろした近衛騎士たちとは、住んでいる次元が違います。
セドリック殿下は、その筋肉の壁を見て、再び「ひいっ……」と情けない声を漏らし、リリア様の陰に隠れるのでした。
「殿下、諦めてください。今のメリー様は、もはや一つの生命体として完成されているのですわ」
リリア様の冷静なトドメの一撃。
お邪魔虫の退散、およびメリーの「辺境永住宣言」が、中庭に高らかに響き渡った瞬間でした。
0
あなたにおすすめの小説
居候と婚約者が手を組んでいた!
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!
って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!
父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。
アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。
最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
何も決めなかった王国は、静かに席を失う』
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、
表には立たず、裏で国を支えてきた公爵令嬢ネフェリア。
だが――
彼女が追い出されたのは、嫉妬でも陰謀でもなかった。
ただ一つ、「決める役割」を、国が彼女一人に押しつけていたからだ。
婚約破棄の後、ネフェリアを失った王国は変わろうとする。
制度を整え、会議を重ね、慎重に、正しく――
けれどその“正しさ”は、何一つ決断を生まなかった。
一方、帝国は違った。
完璧ではなくとも、期限内に返事をする。
責任を分け、判断を止めない。
その差は、やがて「呼ばれない会議」「残らない席」「知らされない決定」となって現れる。
王国は滅びない。
だが、何も決めない国は、静かに舞台の外へ追いやられていく。
――そして迎える、最後の選択。
これは、
剣も魔法も振るわない“静かなざまぁ”。
何も決めなかった過去に、国そのものが向き合う物語。
白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません
鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。
「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」
そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。
——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。
「最近、おまえが気になるんだ」
「もっと夫婦としての時間を持たないか?」
今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。
愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。
わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。
政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ
“白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!
【完】出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~
夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。
しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。
しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。
夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。
いきなり事件が発生してしまう。
結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。
しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。
(こうなったら、私がなんとかするしかないわ!)
腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。
それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。
断罪後の気楽な隠居生活をぶち壊したのは誰です!〜ここが乙女ゲームの世界だったなんて聞いていない〜
白雲八鈴
恋愛
全ては勘違いから始まった。
私はこの国の王子の一人であるラートウィンクルム殿下の婚約者だった。だけどこれは政略的な婚約。私を大人たちが良いように使おうとして『白銀の聖女』なんて通り名まで与えられた。
けれど、所詮偽物。本物が現れた時に私は気付かされた。あれ?もしかしてこの世界は乙女ゲームの世界なのでは?
関わり合う事を避け、婚約者の王子様から「貴様との婚約は破棄だ!」というお言葉をいただきました。
竜の谷に追放された私が血だらけの鎧を拾い。未だに乙女ゲームの世界から抜け出せていないのではと内心モヤモヤと思いながら過ごして行くことから始まる物語。
『私の居場所を奪った聖女様、貴女は何がしたいの?国を滅ぼしたい?』
❋王都スタンピード編完結。次回投稿までかなりの時間が開くため、一旦閉じます。完結表記ですが、王都編が完結したと捉えてもらえればありがたいです。
*乙女ゲーム要素は少ないです。どちらかと言うとファンタジー要素の方が強いです。
*表現が不適切なところがあるかもしれませんが、その事に対して推奨しているわけではありません。物語としての表現です。不快であればそのまま閉じてください。
*いつもどおり程々に誤字脱字はあると思います。確認はしておりますが、どうしても漏れてしまっています。
*他のサイトでは別のタイトル名で投稿しております。小説家になろう様では異世界恋愛部門で日間8位となる評価をいただきました。
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜
入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】
社交界を賑わせた婚約披露の茶会。
令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。
「真実の愛を見つけたんだ」
それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。
愛よりも冷たく、そして美しく。
笑顔で地獄へお送りいたします――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる