断罪された悪役令嬢、行き先は推しの住む辺境ですが、何か問題でも?

萩月

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「……信じられん。あんな、あんな野蛮な地、二度と行くものか。この私が、王太子であるこの私が、あんな掃除婦ごときに出し抜かれるなど……!」


王都へと向かう豪華な馬車の中で、セドリック殿下は毛布にくるまりながら、ガタガタと震えていました。


その瞳にはもはや覇気はなく、ただただヴォルカノフ城で見た「筋肉の壁」と、メリーの「帰りません(即答)」という拒絶が、呪いのようにリフレインしているようです。


「殿下、そんなに落ち込まないでくださいな。眉間の皺が深くなると、お顔の筋肉のバランスが崩れてしまいますわよ?」


向かい側の座席から、これまでにないほど凛とした声が響きました。


リリア様です。


彼女は今、あろうことか馬車の天井に設置された手すりを使って、華麗な懸垂(けんすい)を披露していました。


「リ、リリア……。君は、君だけは私の味方だと思っていたのに。なぜそんな、メリーのような動きをしているんだ。狭い馬車の中で上下に運動するのはやめてくれ、酔ってしまう」


「何を仰いますか! メリー様は教えてくださいましたわ。『時間は有限、重力は無限。ならば我々は一秒たりとも静止してはならない』と!」


リリア様はシュッと軽やかに着地すると、今度は座席に手をついてディップス(腕のトレーニング)を始めました。


「殿下。私は気づきましたの。王都の平和な日々に甘んじて、自分の肉体を磨くことを忘れていた……。あの日、メリー様が私に浴びせたプロテインは、私への洗礼だったのですわ!」


「……洗礼? あれ、ただの嫌がらせじゃなかったのか?」


「いいえ! 『もっと強くなりなさい、リリア様』という、あの方なりのエールだったのです! それなのに私は、殿下に泣きついてあの方を追放させてしまった……。私は、なんて罪深いことを!」


リリア様は泣きながら、猛烈な勢いで腕立て伏せを再開しました。その背中からは、薄っすらと熱気が立ち上っています。


「……狂っている。王都一の可憐な令嬢だったはずの君が、なぜそんな、鋼のようなメンタルになってしまったんだ……」


セドリック殿下は窓の外へ目を逸らしました。


しかし、そこでも絶望が彼を待っていました。


馬車の護衛についている近衛騎士たちが、走りながらなぜかお互いの背中に巨大な岩を乗せ合ったり、重い甲冑をわざと二重に着込んだりして、ゼェゼェと息を切らしながら悦(えつ)に入っていたのです。


「……おい、お前たちまで何を遊んでいるんだ! 真面目に護衛しろ!」


セドリック殿下が窓を開けて怒鳴ると、騎士の一人が汗だくの笑顔で答えました。


「殿下! メリー様の仰る通りでした! 我々の筋肉は、王都の甘い生活でなまりきっていたのです! ヴォルカノフ辺境伯のあの威圧感……あれを前にして、我々は己の無力さを知りました!」


「だからといって、走りながら筋トレをするな! 王家の威厳はどうした!」


「威厳で腹筋は割れません! 我々は王都に戻ったら、まず騎士団の全メニューを『メリー流』に書き換えるつもりです!」


「……勝手にしろ! もう勝手にしろぉぉ!!」


セドリック殿下は窓をバン!と閉め、再び毛布の中に潜り込みました。


一方、リリア様はそんな殿下を冷ややかな目で見下ろしました。


「セドリック様。今の貴方は、メリー様が仰っていた『鏡の中の王子様』そのものですわ。外見ばかりを気にして、中身……つまり大胸筋の厚みが伴っていない」


「……リリア、君まで私を馬鹿にするのか」


「いいえ。激励ですわ。王都に着くまでに、まずはスクワット三十回。それができなければ、私は貴方との婚約を白紙に戻すことも辞しませんわよ?」


「……えっ?」


「強い男でなければ、私を守ることはできませんもの。さあ、立ってください! 王太子の意地を見せるのです!」


「ひ、ひぃぃぃ! わかった、やるよ! やればいいんだろう!?」


狭い馬車の中で、王太子と未来の王太子妃候補が、互いに汗を流しながらスクワットに励むという、前代未聞の光景。


王都の門が見えてくる頃には、彼らの顔からは貴族らしい優雅さが消え失せ、代わりに「明日への活力」という名の野性味が溢れ出していました。


「……ふふ、ふふふ。待っていてくださいね、メリー様。次にお会いする時は、私が貴方を王都へ連れ戻すのではなく、貴方の右腕(弟子)として相応しい肉体を作り上げてみせますわ!」


リリア様の高笑いが、夕暮れの街道に響き渡ります。


敗退したはずの視察団。しかし、彼らが持ち帰ったのは、メリーという名の「筋肉の種」でした。


王都の社交界が、かつてないほどのプロテイン不足に陥る日は、そう遠くないでしょう。


「一! 二! 一! 二!」


「……うぐぅ……足が……足が棒のようだ……」


泣き言を言うセドリック殿下の手を引き、リリア様は新たな「筋肉の聖地」を目指して爆走を続けるのでした。
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