断罪されているはずが、なぜか殿下が追いかけてくる

萩月

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「……もう我慢ならん。……いいかロザリア、よく聞け。……私は、限界なんだ!」

 大臣室に響き渡ったのは、シリウス殿下の悲痛な叫びでした。
 先ほどまで『スーパーノヴァ』の辛さにのたうち回っていたはずの彼は、突如として立ち上がると、野性味溢れる足取りで私へと詰め寄ってきました。
 その瞳には、トウガラシの刺激による涙ではなく、一人の男としての、執念深い決意の火が灯っています。

「あら、殿下。復活が早いですわね。……次はさらに辛い『ギャラクシー・スパイス』の調合を手伝ってくださるのかしら?」

「トウガラシの話は、今はこの際、横に置いておけと言っているんだ!」

 殿下は、私の言葉を遮るようにして、ドォンッ!! と激しい音を立てて壁に手を突きました。
 世に言う『壁ドン』ですわ。
 至近距離で見つめられる、王子の端正な顔。
 泥と汗が混じった、どこか獣じみた香りが鼻を掠めます。

「……ロザリア。貴様がこの赤い実に情熱を注いでいるのは知っている。……だが、私のことも見ろ。私は、野菜の引き立て役になるために、ここまで追いかけてきたわけではない!」

「……殿下? お顔が近いですわよ。……それと、その突いた手の位置が少し……」

「黙って聞け! 私が好きなのは、トウガラシではない! それを育て、高笑いし、無理やり私に食わせる、……貴様なんだ! ロザリア・フォン・アルメリア! 私は貴様を、一人の女として愛しているんだ!」

 シリウス殿下の、魂を削り出すような告白。
 王宮の大臣室が、一瞬で恋愛小説のクライマックスのような熱気に包まれました。
 ……普通なら、ここで令嬢は頬を染め、恥ずかしげに目を伏せるところでしょうけれど。

「……殿下。今すぐ、その腕をどけてくださいませ」

 私の声は、氷のように冷たく、そして切迫していました。

「……なっ。……拒絶か? 私の愛は、やはりトウガラシの刺激には勝てないというのか!?」

「違いますわ! 殿下、貴方の肘のすぐ裏! そこにある棚を見てくださいませ!」

 私の必死の形相に、シリウス殿下は困惑しながらも、ゆっくりと首を巡らせました。
 そこには、リリア様が領地から運んできたばかりの、世界に一株しかない『スーパーノヴァ』の特選苗が、小さな鉢に植えられて置かれていました。

「……ん? 苗がどうしたというんだ」

「殿下! その苗の葉の裏! ……見てください! 絶滅危惧種にして、トウガラシ界最大の天敵――『アカハダ・アブラムシ』の軍勢が、今まさに総攻撃を開始しようとしているではありませんか!」

「アブ……なんだって?」

「動かないでください! 殿下が今、下手に腕を動かせば、その振動でアブラムシたちが一斉に飛び火し、この部屋にある全研究資料が汚染されますわ! ……いいですか、殿下。貴方の愛の告白よりも、今この瞬間は、この一株の生存の方が一億倍重要なんですのよ!」

 私は、殿下の胸元を力強く押し返し、懐から専用の『害虫粉砕ピンセット』を取り出しました。
 
「ちょ、ちょっと待てロザリア! 私の告白の返事は!? 今、私は人生で最大の勇気を振り絞って、壁までドンしたんだぞ!」

「そんな壁ドン、トウガラシの成長には一ミリも寄与しませんわ! 殿下、そこに直立不動でいてください! アブラムシのガードレールになっていただくのです!」

「ガードレールだと!? この私がか!」

「ええ、そうですわ! さあ、息を止めて! 殿下の吐息でアブラムシが舞い上がったら、即刻国外追放ですわよ!」

 私は、殿下の顔のすぐ横に顔を寄せ、極限の集中力でアブラムシの駆除を開始しました。
 
 ……一分、二分。
 殿下は、顔を真っ赤にしながらも、私の言葉通り、ピクリとも動かずに「像」のように固まっていました。
 至近距離で、私の吐息を感じながら。
 しかし、私の視線は彼の瞳ではなく、その背後にある緑の葉っぱに向けられている。
 
「……ロザリア。……まだか。……そろそろ、肺が限界なんだが」

「あと少しですわ! ……よし、この最後の一匹を……捕獲完了ですわ!」

 私がピンセットを引き抜くと同時に、殿下は「ぷはぁっ!」と激しく息を吐き出し、その場に力なく崩れ落ちました。

「……ひ、ひどすぎる。……人生で一番の告白の最中に、アブラムシの防波堤にされるとは。……私は、トウガラシの奴隷なのか、それとも貴様の守護騎士なのか、わからなくなってきたぞ……」

「ふふ、両方ですわよ、殿下。……見てください、殿下の献身的な沈黙のおかげで、この子は無事に守られましたわ。……ありがとうございます、殿下。……貴方の愛(の体勢)、役に立ちましたわ」

 私は、満足げに微笑んで、殿下の頭を軽く撫でました。
 泥と汗で汚れたその髪は、意外と柔らかく、私の指先に心地よい温かさを伝えてきます。

「…………っ。……今の、その笑顔。……それは、私に向けられたものか? それとも、助かった苗に対する喜びなのか?」

「さて、どちらかしら。……それは、殿下が次回の収穫祭で、どれだけ多くのトウガラシを収穫できるかによって決まりますわね」

 私は、小悪魔的な微笑みを浮かべて、大臣室の奥へと戻りました。
 背後では、シリウス殿下が「……クソっ、結局トウガラシか! だが、待っていろ! 世界一の収穫量を叩き出して、今度こそ貴様を跪かせてやるからな!」と、元気よく吠えていました。

「……お兄様、本当に懲りませんね」

 いつの間にか部屋の隅で様子を見ていたカイル殿下が、呆れたようにノートを閉じました。

「……ロザリア様。今の殿下の脈拍数と血圧のデータ、非常に興味深いものが取れましたよ。……トウガラシの刺激と、恋愛の刺激。……どうやら、人間の脳内では、この二つは極めて近い領域で処理されているようです」

「あら、カイル殿下。それはつまり、私のトウガラシは『恋の媚薬』にもなり得る、ということですわね?」

「ええ。……ですが、効果が強すぎて、中毒死する可能性が高いですがね」

 
 王子の命がけの告白すらも、一匹のアブラムシによって農業資材へと変換されてしまう。
 
 アルメリア領、そして激辛産業省の日常は、今日も今日とて、甘美なロマンスを「激辛な現実」で焼き尽くしながら過ぎていくのでした。
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