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第一章 魔法少女大戦
恋する魔法少女たち
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ライアットはイラついていた。
なぜならば彼女の配下の魔法少女たちが次々と倒れて意識不明になっていくのだ。
「畜生……忘れてたぜ。 ニセモンを倒すとなぜだかホンモンが意識無くすんだった……ルカのヤツ、派手にやってくれやがって……」
そして彼女は立ち上がると残った部下たちに向かって叫んだ。
「てめェら!! 倒れたヤツは担いで、すぐに会合場所へ移動するぞ!!」
魔法少女たちは倒れた仲間を担ぎながら口々に、ハッ、と返答をした。
キルカは黙って祈るようにして魔法画面を開いてあちこちを探索していた。
スピカもそんな彼女の姿をじっと見つめている。
彼女らのただ事じゃない様子にイクローもまた黙ってただ固唾を飲んで見守るのみである。
バレッタもルーも心配なのだろう、無表情なキルカの顔にわずかに焦燥感が浮かんでいた。
その時、イクローの部屋のベランダに何か重たい物が落ちてきたような、ドサッ、という音がした。
慌てて彼が窓を開けるとルーを抱えたバレッタが倒れていた。
「お、おい! バレッタ! しっかりしろ!」
彼が抱き起すとバレッタは薄く目を開けてわずかに笑った。
彼女の脇腹からボタボタと血の塊がこぼれて床に落ちる前に塩に変わってキラキラと陽を受けて輝いた。
「ルーの方は気を失ってるだけで怪我はないようですわ!」
スピカがルーを抱きかかえて部屋の中へ運びながら言うのを聞いてイクローはバレッタを抱きかかえると同じように部屋へと運び入れた。
「くっ……まったく……ルーのヤツをかばったせいで……ルーのヤツの弾丸を食らっちまったす……。 あたしはつくづくこの女のせいでろくな目に遭わないっすよ……」
「いいからしゃべるな!」
イクローは叫びながらタオルで彼女の傷を抑えようとして、愕然とした。
大穴が空いているなんてものじゃなく、彼女の脇腹は二十センチほどえぐれて無くなっていたのだ。
キルカがすぐに治癒魔法をかけ始めた。
バレッタはぐふ、と血の塊を吐き出しながら懐へ手を入れるとライアットに手渡されたカプセルを彼女の前へと差し出した。
「姐さん……急いで……会合場所へ移動してください……このままじゃ……」
彼女は息も絶え絶えにそう言って、また血の塊を吐き出すと、その瞳からだんだんと光が失われていった。
バレッタの全身から、まるで手のひらに掬った砂の粒が零れ落ちていくように、力が抜けていく。
命が――生命力そのものがこぼれて消えてしまうかのように。
「お、おい! バレッタ!? 嘘だろ……? 死ぬな!」
イクローが叫んで彼女の頬を叩きながら思わず涙をこぼした。
その涙がバレッタの頬にぽたぽたと落ちた。
キルカは必死に治癒魔法をかけて、その傷は驚く事にすでにふさがりつつあった。
「傷はもうほとんどふさがったのに……なんでなの……」
キルカは必死に言いながらバレッタを見て彼女もまただんだんその瞳に涙を貯めていった。
イクローはハッと何かに気づいたような顔をするとバレッタの唇へと自分の唇を押し当てた。
彼女の喉の奥に詰まった血の塊を吸い出して、吐き出す、それを繰り返し、そして気道へと息を吹き込んだ。
「バレッタ、しっかりしろ! 戻ってこい!」
彼が何度目かの人工呼吸をして叫ぶとバレッタの目が薄く開かれた。
彼女がイクローの姿を見ると、その姿はバレッタの血で染まっていた。
その血が端から塩へと変わって白くなっていく。
彼のその姿を見て、バレッタは大きく目を見開いた。
どくん、と彼女の心臓が大きく跳ねた。
バレッタに何やら激しい情熱のような気持ちが沸き上がっていた。
これはなんだろう? と彼女は自問自答する。
今までに感じた事もない不思議な気持ちだった。
顔が熱い。
でもいやじゃなかった、心地よさすら感じる。
情動的に湧き上がる何を求めているのかもわからない激しい欲求に彼女は翻弄され、わけがわからず混乱していた。
そして彼女はひとつの答えに思い当たった。
(ああ! そうか。 きっとこれが……女の子が男の子に恋をした瞬間の気持ちなんすね……)
バレッタにとっての初めてのキスは人工呼吸で、さっき食べたソフトクリームやらポテトフライやら色んなものの混じった味と、血の鉄臭い味と……ほんの少し涙の味がした。
彼女は想う。
こんなズダボロにやられて汚い血まみれのあたしを、この人は躊躇なくチューまでして助けようとしてくれたんだ、と。
もちろん人工呼吸だというのはわかっている。
それでも血と胃の内容物を吐き出した汚いあたしの唇にこの人は自分の唇を重ねてくれたんだ、とそう思った。
真っ赤な顔で彼女がイクローを見つめている間に、痛みがすっかり消えている事に気づいた。
キルカが額にいっぱい汗をかきながら一生懸命に治癒魔法をかけている姿が見える。
それを見て、バレッタはさらに泣きたい気持になった。
キルカ姐さん、イクローセンパイ……みんな大好きっす!
彼女はそう叫びだしたい気持ちになりながら、わけがわからなくなってイクローとキルカに抱き着くと、わぁわぁ、と声をあげて泣いた。
「よかった……よかったなぁ……バレッタ……」
イクローも泣きながら彼女の頭を撫でた。
バレッタは思った。
ああ、こうして抱きしめて撫でてもらうだけでなんと幸せなのだろうと。
そして彼女は改めて誓うのだった。
自分は絶対に敬愛する姐さんとこのイクローを守るためにここで救われたこの命最後まで使おうと……。
だがバレッタはここで重大な問題が発生した事に気づいた。
彼女はがばっと起き上がるとイクローの肩につかまるようにして叫んだ。
「センパイ!! 自分が何をしたかわかってるんすか!?」
彼女の言葉に彼はぽかんと口を開けて間抜けな顔になった。
そして何かを思い出したようにキルカがこれもまた見た事もないような絶望感のある表情になって頬に手を当ててから、がっくり、とその場に蹲った。
「え? 何? 何なの?」
イクローはわけがわからずバレッタを見つめた。
「センパイ、あたしにきききき、キスをしたっすよ!!」
彼女は真っ赤な顔でそう言って思い切り目を瞑って恥ずかしそうに横を向いた。
「ききき、キスじゃねえよ! 人工呼吸だ! それにああしなかったらお前死んじまってたかもしれないんだぞ!?」
キルカが茫然としたまま顔を上げてイクローを見た。
「そんな事はわかっているの……でも、でもね……男のひとが魔法少女にキスをするというのは……」
「な、なんだよ?」
イクローはごくり、と唾を飲み込んだ。
「その男のひととその魔法少女の契約がなされてしまうという事なの……」
「け、契約って?」
キルカはまたがくり、と肩を落として蹲った。
そして小さな声でこう言った。
「イキロ、あなたはバレッタと婚姻の契約を結んでしまったの……」
「な、なにぃぃぃ!!」
イクローは驚いて飛び上がってしまいそうになった。
横ではバレッタが非常に困った、という表情のようででも時々妙に嬉しそうな表情をしたりして混乱しているし、キルカはがっくりと落ち込んだまま無言である。
どうすればいいのかと彼もまた愕然として立ち尽くした。
とりあえずその問題は後に考えようとなり、キルカはまだがっくりと落ち込んでいたがスピカに付き添われて会合の場所へと赴いた。
カプセルを解読したら、小型の魔法ゲートが開いたのだ。
おそらくライアットの作った異空間に集合しよう、という事なのだろう。
意識を失ったままのルーと大怪我をしていたバレッタ、そして存在を秘密にしなければならないイクローはそのままその場に残された。
「ねぇ、兄さん」
突如バレッタがイクローに呼びかけた。
「なんだその兄さんってのは……先輩芸人じゃねえんだから……」
「あたしの中で最上級の呼び方が姐さんなので……」
「男だったら兄さんってか?」
「っす!」
それを聞いてイクローは笑ってしまった。
「もうちょっとなんとかならねえの? その呼び名」
彼が言うとバレッタは眉毛を下げて困った顔になって考え込んだ。
「じゃあ、じゃあっすね!」
「おう、なんだ」
「あたしほら、妹キャラじゃないっすか? だからここはもう『お兄ちゃん』でいくっす!」
彼女は嬉しそうにそう言った。
「お前が妹キャラとは知らなかったが……まぁ、いいや……好きなように呼んでくれ」
彼女は起き上がって、いきなり土下座し始めた。
「お兄ちゃん! すいませんっした……このあたしなんかのせいで……こんなご迷惑を……」
イクローは少し笑った。
「でも……俺、お前が死んだらやだもん。 だから後悔はしてねぇよ」
彼の言葉にバレッタはまた胸がきゅん、としてしまって土下座のまま顔を上げられなくなった。
ゲートを通った先では大きな会議用の丸いテーブルの奥にライアットが腕を組んで座っていた。
キルカとスピカが彼女の前に出ると、ライアットはキルカに手を差し出して握手を求めた。
「来てくれてうれしいぜ。 このライアット、心より感謝する」
彼女はそう言って頭を下げた。
そしてスピカをじろり、と見るといった。
「疑ってるわけじゃねェんだが……一応聞かせてもらうが、東京タワーに隕石を落としたのはてめェじゃねえんだな?」
スピカはキッとライアットを睨みつけて腰に手を当てる。
「誓って私ではありませんわ! 私はあの時お姉さまと一緒にいたのですから!」
ライアットがキルカを見ると、彼女はこくこく、と頷いて見せた。
「いや、それならいいんだ……一応確認させてもらいたかっただけさ」
そして彼女は椅子にどっかと腰かけてテーブルの上で手を組んだ。
「なにせ……敵はどうやらあたいらそっくりな連中だ。 下手すりゃ誰が敵で誰が味方なのかわかんなくなっちまう……。 こっちとしても慎重にならざるを得ねェんだ」
「そうね」
キルカは頷いて言う。
「あたいが今一番怖いと思ってるのはな……」
ライアットはそこで一度言葉を切った。
「もし、向こうにキルカ、てめェがいたら……ってこった」
キルカは当たり前のように言った。
「今の状況を考えたら……おそらく向こうにも、わたしはいると思うの」
「……だろうな。 当然このあたいも、オスティもルカも……みんないるんだろうぜ」
そこへバタバタと怪我をした魔法少女の集団が入ってきた。
ある者は仲間に肩を貸し、ある者は這う這うの体で惨憺たる有様だ。
そしてその集団の奥からピンク色の針金のように細い魔法少女が入ってきた。
「よう、ルカ。 無事だったか?」
「無事だったか? じゃないよ、ライア! なんなのあいつら!」
ライアットに声を掛けられるなり、メタルカはぷんぷんと怒りながら叫んだ。
そして彼女の隣にちんまりと座っているキルカを見つけると目を真ん丸くして駆け寄った。
「うわぁ、ほんとにキルカちゃんがいる! わかってはいたけどこうして実際見るとびっくり!」
「ルカ、うるさいの」
「あはは、本物のキルカちゃんだ~!」
そして彼女は周りを見まわすと不思議そうな顔で顎に右の人差し指を当てた。
「あれぇ~? キルカちゃんの金魚のフンの黄緑ワンコちゃんと青いキツネちゃんは?」
どうやらバレッタとルーのことらしい。
「二人はあいつらにやられて怪我をしてるから置いてきたの」
キルカが素っ気なく応えると、ルカは眉をひそめた。
「あの子たちがやられるなんて……相当じゃない?」
「バレッタはルーにやられたの」
キルカの言葉にメタルカは目を白黒させた。
「仲間割れってこと?」
「そうじゃねぇ。 お前も見ただろ? あいつらはあたしらなんだ」
ライアットが二人の会話に割って入った。
「待って待って。 それじゃもしかしてあんたやあたしも?」
「ああ……多分いるぜ」
「ナニソレ気持ち悪~ぅ!!」
メタルカは舌を出して吐く真似をした。
「間違いないわね。 私も見たわ」
そこへオスティナがすぅ、と入ってきて会話にいきなり混じった。
「オスティ。 そっちには誰が出たの? もしかしてあたしいた?」
メタルカがふざけた調子で尋ねるとオスティナはじろり、と彼女を睨んだ。
「あなたはいなかったけれど、あなたの所の子がいっぱいいたわ」
「えっ、マジで?」
するとライアットが言った。
「じゃあよ、ルカ。 てめェんとこの手下でいきなり意識を失くしたヤツがいなかったか?」
それを聞いてメタルカは目を丸くした。
「そうそう! そうなの! なんか突然気絶する子がいてさ!」
「どうやらニセモンを倒すと本物がぶっ倒れるみてェだぜ。 ……ルカ、てめェがあいつらぶっ殺しまくってくれたおかげでうちの手下どももみんな寝込んじまった」
「えぇ? なんなのソレ? ワケわかんない!」
ルカは驚いて叫んだ。
「そんなのあいつらやっつければやっつけるほどこっちも不利になるだけじゃない!」
「……ああ」
ライアットはそう短く応えて悩まし気にテーブルの上に手を組んで頬杖をついた。
「逆にこっちの子がやられると向こうも意識を失くすのかしらね?」
オスティナがふと、そんな事を言った。
「さぁな? 確認のしようもねェし……そいつは気にしてもしょうがねェんじゃねえのか?」
「なんにしても……わからない事だらけだわ」
「そいつは同感だぜ」
オスティナとライアットはまた何か考え込んだ。
「まぁ、なんにしてもだ。 こんな有様だがこうして久しぶりに四人集まったんだ。 協力してなんとかしようじゃあねえか」
ライアットはニッと笑ってそう言った。
「……五人ですわ」
スピカが不機嫌そうにぼそっと後ろで言った。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
寝ているバレッタの横でマンガを読んでいたイクローが顔を上げた。
「こんな事になってこんな事を頼むのは非常に心苦しいんすが」
「いや、まったく要領を得ないぞ?」
するとバレッタは左右の人差し指を突き合わせるようにしてもじもじとなにやらぼそぼそと小さな声で言った。
「あ? なんだって?」
「あ、あたしの横に来てもらえないっすか?」
「おお? なんだ?」
イクローがベッドで横になってるバレッタの側に座ると彼女は起き上がって彼の手を取った。
そして目の前の空中に指で五芒星を描くと、それは緑色の光になって魔法円へと変わった。
「お兄ちゃん、これに手をかざしてみてくださいっす」
彼が言われた通りその魔法円に手をかざすと、バレッタも手をかざした。
すると二人のかざした手の手首のあたりに緑色の小さな紋章のような物が浮き出て光りだした。
「うわ、これなんだ?」
イクローが驚くとバレッタははぁ、とため息をついた。
「やっぱり……これは契約の紋章っす。 緑色はあたしの色、そしてこの形はあたしの紋章っすね……やっぱり契約はなされてしまったみたいす」
「そうなのか……」
二人は並んで座ったまま同時にため息をついた。
バレッタはしょんぼりした様子で悲し気に目をを伏せた。
「姐さんに申し訳ないっす……本来なら姐さんの旦那さんになるお方と契約しちまうだなんて……」
「すまねぇ。 全部俺のせいだ……」
イクローが頭を下げるとバレッタは目を丸くしてぶんぶんと手を振った。
「とんでもないす! 言うなればお兄ちゃんはあたしの命の恩人っす! 感謝こそすれ謝ってもらう事なんか全然ないっすよ!」
そしてバレッタはイクローのベッドで眠るルーを見た。
「ルーのヤツが起きたら、またこっぴどくイヤミを言われるんすかね?」
彼女はそう言って情けなく眉を下げながら笑った。
「そういやルーはあとどのくらいで目を覚ますんだろうな?」
イクローが尋ねるとバレッタは顎のあたりに指を当てて、うーん、と唸った。
「そっすねぇ。 魔力がすっからかんになってるので、丸一日は寝たっきりじゃないすかねぇ?」
彼女は眠るルーの横顔を眺めて、僅かに口を歪めて笑うと小さな声で呟いた。
「……ルー。 これで借りはきっちり返したっすよ」
そしてバレッタはイクローに向き直って、頬を染めながら少しもじもじしながら言った。
「ではお兄ちゃん。 ここからが本当のお願いっす……」
「なんだよ? 隣に来ただけじゃないのか?」
バレッタは首を振った。
「これは契約がなされてるか確認しただけっすよ」
「で、契約されちゃってると何かあるのか?」
バレッタはまたもじもじとすると小さな声でぼそぼそとこう言った。
「あの……あたしと一緒に寝てもらえないっすかね?」
「はぁ!? な、なんでまたそんな?」
イクローもまた顔を真っ赤にして叫んだ。
「いえ……契約していると生命力を共有するんす……。 あたし怪我は治ったすが、まだ生命力が弱ってるので……できたら一緒に寝てもらえるとありがたいなぁ……なんて思ったっす」
「そ、そういうもんなの?」
「……っす。 くっついていると回復が早いんす……」
「わ、わかった……」
言って、イクローはバレッタの隣に寝転んだ。
「こ、これでいいのか?」
「は、はずかしいので……後ろ向いてくださいっす……」
「う、うん」
イクローがバレッタに背を向けると、彼の背中にバレッタがくっついた。
「お兄ちゃん。 これは独り言なので忘れてほしいっす」
「?」
突然バレッタが何か言い出すのをイクローは背中で聞いて不思議な顔をした。
「……お兄ちゃん、大好きっす」
イクローはそれを聞いて真っ赤な顔になって、少ししてから僅かに笑みを浮かべて一言だけ呟いた。
「バカ野郎……」
「バレッタ」
夜になって急にキルカから魔法通信が来て、バレッタは飛び起きた。
「はいっす! 姐さん!」
「そっちは変わりはないの?」
バレッタは彼女の隣で背を向けたまま寝こけているイクローを見て、少し笑顔になると応えた。
「はいっす。 特に今のところは何もないす」
「よかったの」
キルカは安心した様子ではぁ、と息をついた。
「姐さん」
「なぁに?」
「あたしとルーもそっちに行った方が良くないすか?」
キルカはそれを聞いて、少し悩んだようだった。
「そうね、そうかもしれないの……」
「あの塩にならない奴ら……学校でイクローお兄ちゃんを狙ってきたっす」
「お兄ちゃん?」
「あぁ、さきほどそう呼ぶ事になりましてっす」
「よくわかんないけど、まぁいいの。 イキロを狙ってきたの?」
「っす。 だからこの際、お兄ちゃんもそちらに連れていった方が安全かと思ったす」
キルカはしばらく無言で考え込んだ。
「逆に幸いな事に、あたしとお兄ちゃんは契約が成立してしまったので……魔法界の魔法少女は手が出しにくい状況にもなった事っすし」
「あぁ! そうね、それはたしかにそうなの!」
バレッタの言葉にキルカは気付かなかった、というように言って、大きく頷いた。
一度契約がなされてしまうと、その魔法少女を倒さない限りその男性は他の魔法少女と交わる事はできないのだ。
ならば天子といえどもバレッタを倒さない限りは誰にも手出しはできない。
そしてエース級のバレッタを倒すのはかなり骨が折れるのだ。
現状、敵対する存在がいる状況でわざわざそんなリスクを犯す魔法少女はそうはいないだろう。
それこそ王女クラスでも相手にしない限りはそうそう後れを取るバレッタでもない。
「ならばいっそ、イキロも含めてみんなこちらに来た方が安全かもなの」
「っすっす」
「ではルーが起きたら連絡をしてなの。 こちらからゲートを開くの」
「了解っす」
通信が終わるとバレッタはベッドの上でぼんやりとイクローの背中を見つめた。
窓に目を移すと、やけに月が綺麗に輝いて見えた。
いや月だけではなかった。
今のバレッタに取っては世界が輝いて見えるような気持ちだった。
(お兄ちゃん……お兄ちゃんと姐さんは絶対にこの身にかえてもあたしが守ってみせるっす。 安心してくださいっす)
バレッタは眠るイクローの背中にそう誓って、またそっとその背中にくっついて眠りについた。
これはバレッタ本人は忠誠のつもりではあるのだが、そう明らかにこれは恋だった。
朝起きると、まだイクローはぐっすりと眠っていた。
これは恐らく生命力をかなりバレッタに供給してしまってきっと疲れたのだろう。
そう思ってバレッタは申し訳ない気持ちになって、彼にぺこり、と頭を下げた。
そしてイクローのベッドに目を移すと、ルーも未だに目覚める気配はなかった。
彼女はひとり階段を下りてダイニングへと向かうと、イクローの母が起きていて彼女を認めて明るい顔で声をかけた。
「あら? まとちゃんだけ? イクローたちは?」
そこで彼女は心の中でイクローの母に謝りながら、記憶改ざんの魔法をかけた。
「あぁ、そうかキルカちゃんとスピカちゃんはお友達の所に泊まりにいってるんだっけ? イクローとルーちゃんはまだ寝てるのね。 もう日曜だからと言ってだらしないわねぇ!」
彼女がそう言って呆れた顔をするのをバレッタは愛想笑いでごまかしながら台所へ行くとイクローの母に声をかけた。
「朝ごはんはどうするっす? まだ作ってないんだったら、あたしが作るっすよ!」
「ああ、私は簡単に済ませちゃったから……。 イクローたちの分と自分の分はお願いしていい?」
「はいっす!」
バレッタは冷蔵庫を開けてベーコンと卵を取り出し、棚から食パンを取り出すとトースターに入れて焼きだした。
そしてフライパンにちょっと油をひいてベーコンを焼く。
ほんのり焦げたところで卵を落としてほんの少し水を入れフライパンに蓋をした。
その間に皿を並べてレタスを手で破いて皿に載せて卵が焼けるのを待った。
「えっと、お兄ちゃんは半熟。 ルーは硬いのが好き。 あたしは……半熟でいいっすかね」
彼女はぶつぶつと言いながらてきぱきと朝食の用意をしていった。
普段の彼女の姿を知っていると信じられないのだが、実はバレッタは料理が得意である。
子供の頃からキルカやスピカの朝食を作ってきたのだから当然といえば当然なのだが。
朝食の用意ができるとテーブルに皿を並べて、マグカップと牛乳を取り出して置いて、彼女は足取りも軽く二階へと昇っていった。
そんな一つ一つの事が楽しくて仕方がなかった。
イクローたちを起こそうと部屋のドアを開けた彼女の目に入ったのは……イクローを抱えて外へ出ようとしている……自分の姿だった。
「お前ぇぇぇぇ!!」
バレッタは怒り狂って一瞬のうちに魔導鎧を纏い魔導杖を発現させると『自分』へ飛び掛かっていった。
「なんでお兄ちゃんを狙うんす!!」
もう一人のバレッタはイクローを下ろすとその手の『魔神銃』を構えて、窓の外をその銃身で指し示した。
「どうせなんで広いとこでやりましょうっす。 せっかくの本人対決っすし」
もう一人のバレッタはそう言って、ニヤリ、と笑った。
外へ出て、空中に二人は浮かんだまま対峙した。
「なんでお兄ちゃんを狙うのかって聞いたっすよね?」
もう一人のバレッタが真面目な顔になった。
「そんなの……決まってるじゃないすか。 あたしにとっての一番の行動理由は……お兄ちゃんと姐さんのためっす。 他にないっしょ? あんたならわかるはずっす」
「どういう……事っす?」
「言った通りっすよ。 あたしのする事は全てお兄ちゃんと姐さんのためっす」
「……よくわかったっす。 では……あたしもお兄ちゃんと姐さんのために……あんたを斃すっす!」
二人は正面切って対峙した。
こうなるとどちらがどちらなのかわからない。
だが、よく見ると一か所違いがあった。
もう一人のバレッタの太ももにはホルスターが付いていて、そこに拳銃が刺さっていた。
どうやらそれは実銃であるらしい。
二人はどちらともなく魔神銃を乱射しながら飛び出して行った。
そしてお互いに弾道を読んで全て弾丸を避けつつ自分の弾丸でそれを撃ち落としながら組み合って、お互いにまたその顔面に向けて魔神銃を撃ちあう。
何度も何度も弾丸の応酬を続けて、一度二人は距離を取った。
「さすがあたしっす。 当たり前っすが、これじゃ勝負が付きそうにないっすね」
「あたしも同じ事を考えていたとこっす。 さすが本人っすね」
そう言いながらバレッタは魔神銃の弾丸を解放した。
だが同じタイミングでもう一人のバレッタも同じように弾丸を放った。
またもやお互いの弾丸が潰し合って消えた。
バレッタはヒュウ、と短い口笛を吹いて、嬉しそうな顔でもう一人を睨みつけた、
「あんた……ニセモノとかそんなもんじゃないっすね。 あたしそのもののようっす」
「そうっすよ……。 あたしはあんたそのものっす。 あんたたちがどう思ってるかは知らないっすが……」
そして二人はまるで鏡に写っているかのようにまったく同じ動きで体を回転させるとお互いの顔のすぐ前で弾丸を発射して、またそれを避けて、そして魔弾で戻ってきて命中しようとする弾丸を撃ち落とした。
そのままバレッタは魔神銃の銃身に緑色の光のブレードを発生させると殴りつけるようにそれをもう一人に振り下ろす。
だがもう一人はそれをクロスさせた銃身で受け止めると身をひるがえしてまた弾丸を放って、自らもブレードを出して回転しながら切りつける。
バレッタは身をひるがえしてブレードを避け、弾丸を撃ち落としながら急降下して回転しながら弾丸を周囲に放った。
もう一人も同じように周囲に弾丸をばら撒く。
ばら撒かれた弾丸の塊たちはやがて回転して竜巻になってブレードの応酬をする二人の元へと集まっていった。
「「弾丸の暴風雨!!」」
二人は同時に叫んで空中で激突した。
キルカはひとりライアットの用意してくれた部屋の椅子に膝を抱えて座っていた。
普段から無表情な彼女ではあるが、その表情はどことなく暗かった。
スピカが探しに来たのか、彼女の姿を認めると駆け寄ってきた。
「お姉さま? いかがなされましたの?」
「なんでもないの……なんでもないのよ」
彼女はそう答えて、膝に頭をくっつけて寂し気に目を背けた。
「バレッタの契約の事を気にしてらっしゃるのね……でも契約は解除呪文をお母さまにかけていただけばなんとかなるのではなくて?」
「それは……そうなのだけど……」
スピカは彼女の隣に座ってその小さな体を抱きしめた。
「お姉さまはイクローさんの事が本当に好きでいらっしゃるの?」
彼女がそう問いかけると、キルカは小さくこくん、と頷いた。
スピカは優し気な顔で笑いかけた。
「成長を止める魔法の影響でお姉さまは感情も制御されてしまっていますのに、最近のお姉さまはとても感情的に見えますわ。 イクローさんのおかげなのかしら? でも……私はそれが嬉しいのですわ」
スピカはキルカを抱きしめて、一粒その頬に涙を流した。
「わたし……どうすればいいのかわからないの……。 ねぇスピカ。 わたしはどうしたらいいのかしら?」
スピカは少し考えこむようにしてからキルカの顔を見据えた。
「お姉さま。 いっそ成長の封印を解いてみてはいかがかしら? 本来のお姉さまのお姿をイクローさんにお見せしたら……」
「……で、でも」
スピカはふっと、笑った。
「大丈夫ですわ。 きっと今のお姉さまなら……魔力を制御できると……私は信じておりますわ」
キルカは唇を噛むと、決意を秘めた表情になった。
「わかったの。 わたし封印を解いてみるの」
キルカの決意の言葉にスピカは彼女に笑顔で頷いてみせた。
「どちらにしろ……敵の側にもお姉さまがいるのだとしたら……いえ、いるものとして。 倒すためにはお姉さまの本当の力を解放すべきだと私は思いますの」
「そうね。 わたしもそう思うの」
二人は頷き合って、手を握り合った。
空中で自らの必殺技をぶつけ合った二人のバレッタは、お互いにその威力で弾き飛ばされて、地面へと落ちて行った。
二人の距離は十メートルほど離れてどちらもうつ伏せのまま動かなかった。
「う、うう……」
「く、くそう……」
二人はほぼ同時に意識を取り戻すと両手の魔神銃を握りしめて、這うようにお互いを目指して少しずつ進んでいった。
どちらがどうというわけでもなく、二人とも立つことはできないようだった。
だがその時、気合を入れるように片方のバレッタが必死の形相で叫んだ。
「ま、負けるもんかぁぁ!!」
彼女はそのままふらつきながらなんとか立ち上がって、魔神銃を構えた。
見れば太ももにホルスターがない、オリジナルのバレッタだった。
魔導鎧はボロボロで、今にも裸になってしまいそうな恰好になっている。
「……あたしの負けっす。 さぁ……撃つっすよ」
もう一人のバレッタが地に伏したまま、そう言って目を閉じた。
こちらも全身ボロボロになっている。
だがオリジナルのバレッタは撃たなかった、いや撃てなかった。
彼女は銃を構えて立ったまま気絶していたのだ。
それはまるで弁慶の立ち往生のように気迫だけでそこに至った姿であった。
「は、はは……自分ながら……見上げた根性っす。 ……この勝負は預けておくっすよ、素晴らしい……もう一人のあたし」
もう一人のバレッタはそれに気づくとそう呟いて、口元を歪めて笑顔を作ったまま姿をだんだんと透明にして消していった。
そしてオリジナルのバレッタはそのまま前のめりに倒れ、その手から魔神銃が光の粒子になって消えてなくなった。
もうすでに意識はなかったが、その口がわずかに動いた。
「お……兄……ちゃん」
彼女の倒れた人気のない廃墟の空き地にも、夏の残り火のようなギラギラとした太陽の光が降り注いでいた。
「あれ? おいバレッタ? どこ行ったんだあいつ……昨日死にかけたっていうのに……」
イクローが目を覚ますと彼女の姿がなかった。
彼自身もどういうわけか、ベッドの下どころか窓の近くで寝ていたらしい。
窓が開いていて、風でカーテンが揺れていた。
階段を下りてキッチンへ行くと、そこには三人分の食事が用意されていた。
「なんだ、バレッタのヤツ……飯作ってくれたのか。 自分の分も用意してあるのに……あいつほんとに一体どこへ行っちまったんだ? 買い物かな?」
イクローは不思議そうにしながらバレッタの用意してくれた食事を食べ始めた。
しばらくするとルーが目を覚ました。
彼女は状況がわからず、イクローの部屋の中を見回す。
「お? 目が覚めたか?」
イクローに聞かれてルーは目を見開いた。
「私……なんでここにいるの? たしか昨日……」
「バレッタがお前を担いできたんだ」
彼に言われてルーは顔をしかめた。
「……そう。 借りは返してもらえたようね」
ルーはそう言って不機嫌そうな顔になると体を起こして手を上に伸ばして欠伸をした。
「それであの子は?」
するとイクローは少し困ったような顔になった。
「いや、どっか行ったまま帰ってこないんだ。 朝からいないみたいなんだけどさ。 ルー、お前魔導探知とかで探せないの?」
彼の言葉にルーはため息をついた。
「仕方のない子ねぇ……」
「あんまりそう言ってやるなよ。 あいつ昨日お前をかばって大怪我して死にかけたんだぜ……」
それを聞いて彼女は目を丸くした。
「そんな事あるわけないじゃない。 あの子にそんな傷を負わせる魔法少女なんてそうそういないわよ?」
イクローはなんとも微妙な複雑な顔をしてからポツリと言った。
「あいつに怪我をさせたのはお前だよ、ルー」
「なんですって?!」
「むこうの勢力のお前が出てきたんだ」
それを聞いてルーは愕然とした顔になって、額に手を当てた。
「じゃあのスピカ様も……」
「どうやら敵はお前らのコピーみたいなヤツラらしいってとこまではわかったみたいだ」
ルーは黙って目の前に黄色い小さな魔法円を発現させて周りを見回した。
これは彼女の魔導スコープである。
「えぇと……。 昨日あの子に付けた魔導マーカーがまだ生きているはずだから……」
彼女はそうぶつぶつと独り言を言いながら遠い目をして周囲を探った。
「いいザマね……」
ルーの皮肉っぽい声にバレッタは舌打ちをした。
「うるせえっすよ。 あんただって昨日まかれたでしょ」
ボロボロの魔導鎧を修復しながら彼女はホルスターから銃を抜いてマガジンを抜くと薬室の中に弾が入ってないのを確認した。
マガジンを入れてもう一度スライドさせて薬室へと弾丸を送り込むとそれを構えて隣にいるルーにその銃身を向けると睨みつけた。
ベレッタM92F。
彼女の手にある拳銃はよく映画などで見かけるそれだった。
通常のモデルよりも銃身が伸ばされていてスライドから三センチほどはみ出している。
トリガーの前とグリップ周辺には滑り止め加工が施され、手の小さい彼女の為にかグリップ周りもだいぶ削られて追い込まれて加工されている。
グリップは恐らく一品物のマホガニー製で、本来ならベレッタのマークのある部分には何もなく、そこに「Bulletta SPL.」と丸く彫られていた。
完全な彼女専用のカスタムガンであろう。
左の銀色のフィニッシュの銃と右の黒いフィニッシュの銃とを両手に持って彼女は感触を確かめるように構えて、曲撃ちのようにそれをくるくると回した。
「次は……次こそはケリをつけるっすよ」
彼女はその燃えるような赤オレンジ色の瞳に炎を滾らせた。
なぜならば彼女の配下の魔法少女たちが次々と倒れて意識不明になっていくのだ。
「畜生……忘れてたぜ。 ニセモンを倒すとなぜだかホンモンが意識無くすんだった……ルカのヤツ、派手にやってくれやがって……」
そして彼女は立ち上がると残った部下たちに向かって叫んだ。
「てめェら!! 倒れたヤツは担いで、すぐに会合場所へ移動するぞ!!」
魔法少女たちは倒れた仲間を担ぎながら口々に、ハッ、と返答をした。
キルカは黙って祈るようにして魔法画面を開いてあちこちを探索していた。
スピカもそんな彼女の姿をじっと見つめている。
彼女らのただ事じゃない様子にイクローもまた黙ってただ固唾を飲んで見守るのみである。
バレッタもルーも心配なのだろう、無表情なキルカの顔にわずかに焦燥感が浮かんでいた。
その時、イクローの部屋のベランダに何か重たい物が落ちてきたような、ドサッ、という音がした。
慌てて彼が窓を開けるとルーを抱えたバレッタが倒れていた。
「お、おい! バレッタ! しっかりしろ!」
彼が抱き起すとバレッタは薄く目を開けてわずかに笑った。
彼女の脇腹からボタボタと血の塊がこぼれて床に落ちる前に塩に変わってキラキラと陽を受けて輝いた。
「ルーの方は気を失ってるだけで怪我はないようですわ!」
スピカがルーを抱きかかえて部屋の中へ運びながら言うのを聞いてイクローはバレッタを抱きかかえると同じように部屋へと運び入れた。
「くっ……まったく……ルーのヤツをかばったせいで……ルーのヤツの弾丸を食らっちまったす……。 あたしはつくづくこの女のせいでろくな目に遭わないっすよ……」
「いいからしゃべるな!」
イクローは叫びながらタオルで彼女の傷を抑えようとして、愕然とした。
大穴が空いているなんてものじゃなく、彼女の脇腹は二十センチほどえぐれて無くなっていたのだ。
キルカがすぐに治癒魔法をかけ始めた。
バレッタはぐふ、と血の塊を吐き出しながら懐へ手を入れるとライアットに手渡されたカプセルを彼女の前へと差し出した。
「姐さん……急いで……会合場所へ移動してください……このままじゃ……」
彼女は息も絶え絶えにそう言って、また血の塊を吐き出すと、その瞳からだんだんと光が失われていった。
バレッタの全身から、まるで手のひらに掬った砂の粒が零れ落ちていくように、力が抜けていく。
命が――生命力そのものがこぼれて消えてしまうかのように。
「お、おい! バレッタ!? 嘘だろ……? 死ぬな!」
イクローが叫んで彼女の頬を叩きながら思わず涙をこぼした。
その涙がバレッタの頬にぽたぽたと落ちた。
キルカは必死に治癒魔法をかけて、その傷は驚く事にすでにふさがりつつあった。
「傷はもうほとんどふさがったのに……なんでなの……」
キルカは必死に言いながらバレッタを見て彼女もまただんだんその瞳に涙を貯めていった。
イクローはハッと何かに気づいたような顔をするとバレッタの唇へと自分の唇を押し当てた。
彼女の喉の奥に詰まった血の塊を吸い出して、吐き出す、それを繰り返し、そして気道へと息を吹き込んだ。
「バレッタ、しっかりしろ! 戻ってこい!」
彼が何度目かの人工呼吸をして叫ぶとバレッタの目が薄く開かれた。
彼女がイクローの姿を見ると、その姿はバレッタの血で染まっていた。
その血が端から塩へと変わって白くなっていく。
彼のその姿を見て、バレッタは大きく目を見開いた。
どくん、と彼女の心臓が大きく跳ねた。
バレッタに何やら激しい情熱のような気持ちが沸き上がっていた。
これはなんだろう? と彼女は自問自答する。
今までに感じた事もない不思議な気持ちだった。
顔が熱い。
でもいやじゃなかった、心地よさすら感じる。
情動的に湧き上がる何を求めているのかもわからない激しい欲求に彼女は翻弄され、わけがわからず混乱していた。
そして彼女はひとつの答えに思い当たった。
(ああ! そうか。 きっとこれが……女の子が男の子に恋をした瞬間の気持ちなんすね……)
バレッタにとっての初めてのキスは人工呼吸で、さっき食べたソフトクリームやらポテトフライやら色んなものの混じった味と、血の鉄臭い味と……ほんの少し涙の味がした。
彼女は想う。
こんなズダボロにやられて汚い血まみれのあたしを、この人は躊躇なくチューまでして助けようとしてくれたんだ、と。
もちろん人工呼吸だというのはわかっている。
それでも血と胃の内容物を吐き出した汚いあたしの唇にこの人は自分の唇を重ねてくれたんだ、とそう思った。
真っ赤な顔で彼女がイクローを見つめている間に、痛みがすっかり消えている事に気づいた。
キルカが額にいっぱい汗をかきながら一生懸命に治癒魔法をかけている姿が見える。
それを見て、バレッタはさらに泣きたい気持になった。
キルカ姐さん、イクローセンパイ……みんな大好きっす!
彼女はそう叫びだしたい気持ちになりながら、わけがわからなくなってイクローとキルカに抱き着くと、わぁわぁ、と声をあげて泣いた。
「よかった……よかったなぁ……バレッタ……」
イクローも泣きながら彼女の頭を撫でた。
バレッタは思った。
ああ、こうして抱きしめて撫でてもらうだけでなんと幸せなのだろうと。
そして彼女は改めて誓うのだった。
自分は絶対に敬愛する姐さんとこのイクローを守るためにここで救われたこの命最後まで使おうと……。
だがバレッタはここで重大な問題が発生した事に気づいた。
彼女はがばっと起き上がるとイクローの肩につかまるようにして叫んだ。
「センパイ!! 自分が何をしたかわかってるんすか!?」
彼女の言葉に彼はぽかんと口を開けて間抜けな顔になった。
そして何かを思い出したようにキルカがこれもまた見た事もないような絶望感のある表情になって頬に手を当ててから、がっくり、とその場に蹲った。
「え? 何? 何なの?」
イクローはわけがわからずバレッタを見つめた。
「センパイ、あたしにきききき、キスをしたっすよ!!」
彼女は真っ赤な顔でそう言って思い切り目を瞑って恥ずかしそうに横を向いた。
「ききき、キスじゃねえよ! 人工呼吸だ! それにああしなかったらお前死んじまってたかもしれないんだぞ!?」
キルカが茫然としたまま顔を上げてイクローを見た。
「そんな事はわかっているの……でも、でもね……男のひとが魔法少女にキスをするというのは……」
「な、なんだよ?」
イクローはごくり、と唾を飲み込んだ。
「その男のひととその魔法少女の契約がなされてしまうという事なの……」
「け、契約って?」
キルカはまたがくり、と肩を落として蹲った。
そして小さな声でこう言った。
「イキロ、あなたはバレッタと婚姻の契約を結んでしまったの……」
「な、なにぃぃぃ!!」
イクローは驚いて飛び上がってしまいそうになった。
横ではバレッタが非常に困った、という表情のようででも時々妙に嬉しそうな表情をしたりして混乱しているし、キルカはがっくりと落ち込んだまま無言である。
どうすればいいのかと彼もまた愕然として立ち尽くした。
とりあえずその問題は後に考えようとなり、キルカはまだがっくりと落ち込んでいたがスピカに付き添われて会合の場所へと赴いた。
カプセルを解読したら、小型の魔法ゲートが開いたのだ。
おそらくライアットの作った異空間に集合しよう、という事なのだろう。
意識を失ったままのルーと大怪我をしていたバレッタ、そして存在を秘密にしなければならないイクローはそのままその場に残された。
「ねぇ、兄さん」
突如バレッタがイクローに呼びかけた。
「なんだその兄さんってのは……先輩芸人じゃねえんだから……」
「あたしの中で最上級の呼び方が姐さんなので……」
「男だったら兄さんってか?」
「っす!」
それを聞いてイクローは笑ってしまった。
「もうちょっとなんとかならねえの? その呼び名」
彼が言うとバレッタは眉毛を下げて困った顔になって考え込んだ。
「じゃあ、じゃあっすね!」
「おう、なんだ」
「あたしほら、妹キャラじゃないっすか? だからここはもう『お兄ちゃん』でいくっす!」
彼女は嬉しそうにそう言った。
「お前が妹キャラとは知らなかったが……まぁ、いいや……好きなように呼んでくれ」
彼女は起き上がって、いきなり土下座し始めた。
「お兄ちゃん! すいませんっした……このあたしなんかのせいで……こんなご迷惑を……」
イクローは少し笑った。
「でも……俺、お前が死んだらやだもん。 だから後悔はしてねぇよ」
彼の言葉にバレッタはまた胸がきゅん、としてしまって土下座のまま顔を上げられなくなった。
ゲートを通った先では大きな会議用の丸いテーブルの奥にライアットが腕を組んで座っていた。
キルカとスピカが彼女の前に出ると、ライアットはキルカに手を差し出して握手を求めた。
「来てくれてうれしいぜ。 このライアット、心より感謝する」
彼女はそう言って頭を下げた。
そしてスピカをじろり、と見るといった。
「疑ってるわけじゃねェんだが……一応聞かせてもらうが、東京タワーに隕石を落としたのはてめェじゃねえんだな?」
スピカはキッとライアットを睨みつけて腰に手を当てる。
「誓って私ではありませんわ! 私はあの時お姉さまと一緒にいたのですから!」
ライアットがキルカを見ると、彼女はこくこく、と頷いて見せた。
「いや、それならいいんだ……一応確認させてもらいたかっただけさ」
そして彼女は椅子にどっかと腰かけてテーブルの上で手を組んだ。
「なにせ……敵はどうやらあたいらそっくりな連中だ。 下手すりゃ誰が敵で誰が味方なのかわかんなくなっちまう……。 こっちとしても慎重にならざるを得ねェんだ」
「そうね」
キルカは頷いて言う。
「あたいが今一番怖いと思ってるのはな……」
ライアットはそこで一度言葉を切った。
「もし、向こうにキルカ、てめェがいたら……ってこった」
キルカは当たり前のように言った。
「今の状況を考えたら……おそらく向こうにも、わたしはいると思うの」
「……だろうな。 当然このあたいも、オスティもルカも……みんないるんだろうぜ」
そこへバタバタと怪我をした魔法少女の集団が入ってきた。
ある者は仲間に肩を貸し、ある者は這う這うの体で惨憺たる有様だ。
そしてその集団の奥からピンク色の針金のように細い魔法少女が入ってきた。
「よう、ルカ。 無事だったか?」
「無事だったか? じゃないよ、ライア! なんなのあいつら!」
ライアットに声を掛けられるなり、メタルカはぷんぷんと怒りながら叫んだ。
そして彼女の隣にちんまりと座っているキルカを見つけると目を真ん丸くして駆け寄った。
「うわぁ、ほんとにキルカちゃんがいる! わかってはいたけどこうして実際見るとびっくり!」
「ルカ、うるさいの」
「あはは、本物のキルカちゃんだ~!」
そして彼女は周りを見まわすと不思議そうな顔で顎に右の人差し指を当てた。
「あれぇ~? キルカちゃんの金魚のフンの黄緑ワンコちゃんと青いキツネちゃんは?」
どうやらバレッタとルーのことらしい。
「二人はあいつらにやられて怪我をしてるから置いてきたの」
キルカが素っ気なく応えると、ルカは眉をひそめた。
「あの子たちがやられるなんて……相当じゃない?」
「バレッタはルーにやられたの」
キルカの言葉にメタルカは目を白黒させた。
「仲間割れってこと?」
「そうじゃねぇ。 お前も見ただろ? あいつらはあたしらなんだ」
ライアットが二人の会話に割って入った。
「待って待って。 それじゃもしかしてあんたやあたしも?」
「ああ……多分いるぜ」
「ナニソレ気持ち悪~ぅ!!」
メタルカは舌を出して吐く真似をした。
「間違いないわね。 私も見たわ」
そこへオスティナがすぅ、と入ってきて会話にいきなり混じった。
「オスティ。 そっちには誰が出たの? もしかしてあたしいた?」
メタルカがふざけた調子で尋ねるとオスティナはじろり、と彼女を睨んだ。
「あなたはいなかったけれど、あなたの所の子がいっぱいいたわ」
「えっ、マジで?」
するとライアットが言った。
「じゃあよ、ルカ。 てめェんとこの手下でいきなり意識を失くしたヤツがいなかったか?」
それを聞いてメタルカは目を丸くした。
「そうそう! そうなの! なんか突然気絶する子がいてさ!」
「どうやらニセモンを倒すと本物がぶっ倒れるみてェだぜ。 ……ルカ、てめェがあいつらぶっ殺しまくってくれたおかげでうちの手下どももみんな寝込んじまった」
「えぇ? なんなのソレ? ワケわかんない!」
ルカは驚いて叫んだ。
「そんなのあいつらやっつければやっつけるほどこっちも不利になるだけじゃない!」
「……ああ」
ライアットはそう短く応えて悩まし気にテーブルの上に手を組んで頬杖をついた。
「逆にこっちの子がやられると向こうも意識を失くすのかしらね?」
オスティナがふと、そんな事を言った。
「さぁな? 確認のしようもねェし……そいつは気にしてもしょうがねェんじゃねえのか?」
「なんにしても……わからない事だらけだわ」
「そいつは同感だぜ」
オスティナとライアットはまた何か考え込んだ。
「まぁ、なんにしてもだ。 こんな有様だがこうして久しぶりに四人集まったんだ。 協力してなんとかしようじゃあねえか」
ライアットはニッと笑ってそう言った。
「……五人ですわ」
スピカが不機嫌そうにぼそっと後ろで言った。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
寝ているバレッタの横でマンガを読んでいたイクローが顔を上げた。
「こんな事になってこんな事を頼むのは非常に心苦しいんすが」
「いや、まったく要領を得ないぞ?」
するとバレッタは左右の人差し指を突き合わせるようにしてもじもじとなにやらぼそぼそと小さな声で言った。
「あ? なんだって?」
「あ、あたしの横に来てもらえないっすか?」
「おお? なんだ?」
イクローがベッドで横になってるバレッタの側に座ると彼女は起き上がって彼の手を取った。
そして目の前の空中に指で五芒星を描くと、それは緑色の光になって魔法円へと変わった。
「お兄ちゃん、これに手をかざしてみてくださいっす」
彼が言われた通りその魔法円に手をかざすと、バレッタも手をかざした。
すると二人のかざした手の手首のあたりに緑色の小さな紋章のような物が浮き出て光りだした。
「うわ、これなんだ?」
イクローが驚くとバレッタははぁ、とため息をついた。
「やっぱり……これは契約の紋章っす。 緑色はあたしの色、そしてこの形はあたしの紋章っすね……やっぱり契約はなされてしまったみたいす」
「そうなのか……」
二人は並んで座ったまま同時にため息をついた。
バレッタはしょんぼりした様子で悲し気に目をを伏せた。
「姐さんに申し訳ないっす……本来なら姐さんの旦那さんになるお方と契約しちまうだなんて……」
「すまねぇ。 全部俺のせいだ……」
イクローが頭を下げるとバレッタは目を丸くしてぶんぶんと手を振った。
「とんでもないす! 言うなればお兄ちゃんはあたしの命の恩人っす! 感謝こそすれ謝ってもらう事なんか全然ないっすよ!」
そしてバレッタはイクローのベッドで眠るルーを見た。
「ルーのヤツが起きたら、またこっぴどくイヤミを言われるんすかね?」
彼女はそう言って情けなく眉を下げながら笑った。
「そういやルーはあとどのくらいで目を覚ますんだろうな?」
イクローが尋ねるとバレッタは顎のあたりに指を当てて、うーん、と唸った。
「そっすねぇ。 魔力がすっからかんになってるので、丸一日は寝たっきりじゃないすかねぇ?」
彼女は眠るルーの横顔を眺めて、僅かに口を歪めて笑うと小さな声で呟いた。
「……ルー。 これで借りはきっちり返したっすよ」
そしてバレッタはイクローに向き直って、頬を染めながら少しもじもじしながら言った。
「ではお兄ちゃん。 ここからが本当のお願いっす……」
「なんだよ? 隣に来ただけじゃないのか?」
バレッタは首を振った。
「これは契約がなされてるか確認しただけっすよ」
「で、契約されちゃってると何かあるのか?」
バレッタはまたもじもじとすると小さな声でぼそぼそとこう言った。
「あの……あたしと一緒に寝てもらえないっすかね?」
「はぁ!? な、なんでまたそんな?」
イクローもまた顔を真っ赤にして叫んだ。
「いえ……契約していると生命力を共有するんす……。 あたし怪我は治ったすが、まだ生命力が弱ってるので……できたら一緒に寝てもらえるとありがたいなぁ……なんて思ったっす」
「そ、そういうもんなの?」
「……っす。 くっついていると回復が早いんす……」
「わ、わかった……」
言って、イクローはバレッタの隣に寝転んだ。
「こ、これでいいのか?」
「は、はずかしいので……後ろ向いてくださいっす……」
「う、うん」
イクローがバレッタに背を向けると、彼の背中にバレッタがくっついた。
「お兄ちゃん。 これは独り言なので忘れてほしいっす」
「?」
突然バレッタが何か言い出すのをイクローは背中で聞いて不思議な顔をした。
「……お兄ちゃん、大好きっす」
イクローはそれを聞いて真っ赤な顔になって、少ししてから僅かに笑みを浮かべて一言だけ呟いた。
「バカ野郎……」
「バレッタ」
夜になって急にキルカから魔法通信が来て、バレッタは飛び起きた。
「はいっす! 姐さん!」
「そっちは変わりはないの?」
バレッタは彼女の隣で背を向けたまま寝こけているイクローを見て、少し笑顔になると応えた。
「はいっす。 特に今のところは何もないす」
「よかったの」
キルカは安心した様子ではぁ、と息をついた。
「姐さん」
「なぁに?」
「あたしとルーもそっちに行った方が良くないすか?」
キルカはそれを聞いて、少し悩んだようだった。
「そうね、そうかもしれないの……」
「あの塩にならない奴ら……学校でイクローお兄ちゃんを狙ってきたっす」
「お兄ちゃん?」
「あぁ、さきほどそう呼ぶ事になりましてっす」
「よくわかんないけど、まぁいいの。 イキロを狙ってきたの?」
「っす。 だからこの際、お兄ちゃんもそちらに連れていった方が安全かと思ったす」
キルカはしばらく無言で考え込んだ。
「逆に幸いな事に、あたしとお兄ちゃんは契約が成立してしまったので……魔法界の魔法少女は手が出しにくい状況にもなった事っすし」
「あぁ! そうね、それはたしかにそうなの!」
バレッタの言葉にキルカは気付かなかった、というように言って、大きく頷いた。
一度契約がなされてしまうと、その魔法少女を倒さない限りその男性は他の魔法少女と交わる事はできないのだ。
ならば天子といえどもバレッタを倒さない限りは誰にも手出しはできない。
そしてエース級のバレッタを倒すのはかなり骨が折れるのだ。
現状、敵対する存在がいる状況でわざわざそんなリスクを犯す魔法少女はそうはいないだろう。
それこそ王女クラスでも相手にしない限りはそうそう後れを取るバレッタでもない。
「ならばいっそ、イキロも含めてみんなこちらに来た方が安全かもなの」
「っすっす」
「ではルーが起きたら連絡をしてなの。 こちらからゲートを開くの」
「了解っす」
通信が終わるとバレッタはベッドの上でぼんやりとイクローの背中を見つめた。
窓に目を移すと、やけに月が綺麗に輝いて見えた。
いや月だけではなかった。
今のバレッタに取っては世界が輝いて見えるような気持ちだった。
(お兄ちゃん……お兄ちゃんと姐さんは絶対にこの身にかえてもあたしが守ってみせるっす。 安心してくださいっす)
バレッタは眠るイクローの背中にそう誓って、またそっとその背中にくっついて眠りについた。
これはバレッタ本人は忠誠のつもりではあるのだが、そう明らかにこれは恋だった。
朝起きると、まだイクローはぐっすりと眠っていた。
これは恐らく生命力をかなりバレッタに供給してしまってきっと疲れたのだろう。
そう思ってバレッタは申し訳ない気持ちになって、彼にぺこり、と頭を下げた。
そしてイクローのベッドに目を移すと、ルーも未だに目覚める気配はなかった。
彼女はひとり階段を下りてダイニングへと向かうと、イクローの母が起きていて彼女を認めて明るい顔で声をかけた。
「あら? まとちゃんだけ? イクローたちは?」
そこで彼女は心の中でイクローの母に謝りながら、記憶改ざんの魔法をかけた。
「あぁ、そうかキルカちゃんとスピカちゃんはお友達の所に泊まりにいってるんだっけ? イクローとルーちゃんはまだ寝てるのね。 もう日曜だからと言ってだらしないわねぇ!」
彼女がそう言って呆れた顔をするのをバレッタは愛想笑いでごまかしながら台所へ行くとイクローの母に声をかけた。
「朝ごはんはどうするっす? まだ作ってないんだったら、あたしが作るっすよ!」
「ああ、私は簡単に済ませちゃったから……。 イクローたちの分と自分の分はお願いしていい?」
「はいっす!」
バレッタは冷蔵庫を開けてベーコンと卵を取り出し、棚から食パンを取り出すとトースターに入れて焼きだした。
そしてフライパンにちょっと油をひいてベーコンを焼く。
ほんのり焦げたところで卵を落としてほんの少し水を入れフライパンに蓋をした。
その間に皿を並べてレタスを手で破いて皿に載せて卵が焼けるのを待った。
「えっと、お兄ちゃんは半熟。 ルーは硬いのが好き。 あたしは……半熟でいいっすかね」
彼女はぶつぶつと言いながらてきぱきと朝食の用意をしていった。
普段の彼女の姿を知っていると信じられないのだが、実はバレッタは料理が得意である。
子供の頃からキルカやスピカの朝食を作ってきたのだから当然といえば当然なのだが。
朝食の用意ができるとテーブルに皿を並べて、マグカップと牛乳を取り出して置いて、彼女は足取りも軽く二階へと昇っていった。
そんな一つ一つの事が楽しくて仕方がなかった。
イクローたちを起こそうと部屋のドアを開けた彼女の目に入ったのは……イクローを抱えて外へ出ようとしている……自分の姿だった。
「お前ぇぇぇぇ!!」
バレッタは怒り狂って一瞬のうちに魔導鎧を纏い魔導杖を発現させると『自分』へ飛び掛かっていった。
「なんでお兄ちゃんを狙うんす!!」
もう一人のバレッタはイクローを下ろすとその手の『魔神銃』を構えて、窓の外をその銃身で指し示した。
「どうせなんで広いとこでやりましょうっす。 せっかくの本人対決っすし」
もう一人のバレッタはそう言って、ニヤリ、と笑った。
外へ出て、空中に二人は浮かんだまま対峙した。
「なんでお兄ちゃんを狙うのかって聞いたっすよね?」
もう一人のバレッタが真面目な顔になった。
「そんなの……決まってるじゃないすか。 あたしにとっての一番の行動理由は……お兄ちゃんと姐さんのためっす。 他にないっしょ? あんたならわかるはずっす」
「どういう……事っす?」
「言った通りっすよ。 あたしのする事は全てお兄ちゃんと姐さんのためっす」
「……よくわかったっす。 では……あたしもお兄ちゃんと姐さんのために……あんたを斃すっす!」
二人は正面切って対峙した。
こうなるとどちらがどちらなのかわからない。
だが、よく見ると一か所違いがあった。
もう一人のバレッタの太ももにはホルスターが付いていて、そこに拳銃が刺さっていた。
どうやらそれは実銃であるらしい。
二人はどちらともなく魔神銃を乱射しながら飛び出して行った。
そしてお互いに弾道を読んで全て弾丸を避けつつ自分の弾丸でそれを撃ち落としながら組み合って、お互いにまたその顔面に向けて魔神銃を撃ちあう。
何度も何度も弾丸の応酬を続けて、一度二人は距離を取った。
「さすがあたしっす。 当たり前っすが、これじゃ勝負が付きそうにないっすね」
「あたしも同じ事を考えていたとこっす。 さすが本人っすね」
そう言いながらバレッタは魔神銃の弾丸を解放した。
だが同じタイミングでもう一人のバレッタも同じように弾丸を放った。
またもやお互いの弾丸が潰し合って消えた。
バレッタはヒュウ、と短い口笛を吹いて、嬉しそうな顔でもう一人を睨みつけた、
「あんた……ニセモノとかそんなもんじゃないっすね。 あたしそのもののようっす」
「そうっすよ……。 あたしはあんたそのものっす。 あんたたちがどう思ってるかは知らないっすが……」
そして二人はまるで鏡に写っているかのようにまったく同じ動きで体を回転させるとお互いの顔のすぐ前で弾丸を発射して、またそれを避けて、そして魔弾で戻ってきて命中しようとする弾丸を撃ち落とした。
そのままバレッタは魔神銃の銃身に緑色の光のブレードを発生させると殴りつけるようにそれをもう一人に振り下ろす。
だがもう一人はそれをクロスさせた銃身で受け止めると身をひるがえしてまた弾丸を放って、自らもブレードを出して回転しながら切りつける。
バレッタは身をひるがえしてブレードを避け、弾丸を撃ち落としながら急降下して回転しながら弾丸を周囲に放った。
もう一人も同じように周囲に弾丸をばら撒く。
ばら撒かれた弾丸の塊たちはやがて回転して竜巻になってブレードの応酬をする二人の元へと集まっていった。
「「弾丸の暴風雨!!」」
二人は同時に叫んで空中で激突した。
キルカはひとりライアットの用意してくれた部屋の椅子に膝を抱えて座っていた。
普段から無表情な彼女ではあるが、その表情はどことなく暗かった。
スピカが探しに来たのか、彼女の姿を認めると駆け寄ってきた。
「お姉さま? いかがなされましたの?」
「なんでもないの……なんでもないのよ」
彼女はそう答えて、膝に頭をくっつけて寂し気に目を背けた。
「バレッタの契約の事を気にしてらっしゃるのね……でも契約は解除呪文をお母さまにかけていただけばなんとかなるのではなくて?」
「それは……そうなのだけど……」
スピカは彼女の隣に座ってその小さな体を抱きしめた。
「お姉さまはイクローさんの事が本当に好きでいらっしゃるの?」
彼女がそう問いかけると、キルカは小さくこくん、と頷いた。
スピカは優し気な顔で笑いかけた。
「成長を止める魔法の影響でお姉さまは感情も制御されてしまっていますのに、最近のお姉さまはとても感情的に見えますわ。 イクローさんのおかげなのかしら? でも……私はそれが嬉しいのですわ」
スピカはキルカを抱きしめて、一粒その頬に涙を流した。
「わたし……どうすればいいのかわからないの……。 ねぇスピカ。 わたしはどうしたらいいのかしら?」
スピカは少し考えこむようにしてからキルカの顔を見据えた。
「お姉さま。 いっそ成長の封印を解いてみてはいかがかしら? 本来のお姉さまのお姿をイクローさんにお見せしたら……」
「……で、でも」
スピカはふっと、笑った。
「大丈夫ですわ。 きっと今のお姉さまなら……魔力を制御できると……私は信じておりますわ」
キルカは唇を噛むと、決意を秘めた表情になった。
「わかったの。 わたし封印を解いてみるの」
キルカの決意の言葉にスピカは彼女に笑顔で頷いてみせた。
「どちらにしろ……敵の側にもお姉さまがいるのだとしたら……いえ、いるものとして。 倒すためにはお姉さまの本当の力を解放すべきだと私は思いますの」
「そうね。 わたしもそう思うの」
二人は頷き合って、手を握り合った。
空中で自らの必殺技をぶつけ合った二人のバレッタは、お互いにその威力で弾き飛ばされて、地面へと落ちて行った。
二人の距離は十メートルほど離れてどちらもうつ伏せのまま動かなかった。
「う、うう……」
「く、くそう……」
二人はほぼ同時に意識を取り戻すと両手の魔神銃を握りしめて、這うようにお互いを目指して少しずつ進んでいった。
どちらがどうというわけでもなく、二人とも立つことはできないようだった。
だがその時、気合を入れるように片方のバレッタが必死の形相で叫んだ。
「ま、負けるもんかぁぁ!!」
彼女はそのままふらつきながらなんとか立ち上がって、魔神銃を構えた。
見れば太ももにホルスターがない、オリジナルのバレッタだった。
魔導鎧はボロボロで、今にも裸になってしまいそうな恰好になっている。
「……あたしの負けっす。 さぁ……撃つっすよ」
もう一人のバレッタが地に伏したまま、そう言って目を閉じた。
こちらも全身ボロボロになっている。
だがオリジナルのバレッタは撃たなかった、いや撃てなかった。
彼女は銃を構えて立ったまま気絶していたのだ。
それはまるで弁慶の立ち往生のように気迫だけでそこに至った姿であった。
「は、はは……自分ながら……見上げた根性っす。 ……この勝負は預けておくっすよ、素晴らしい……もう一人のあたし」
もう一人のバレッタはそれに気づくとそう呟いて、口元を歪めて笑顔を作ったまま姿をだんだんと透明にして消していった。
そしてオリジナルのバレッタはそのまま前のめりに倒れ、その手から魔神銃が光の粒子になって消えてなくなった。
もうすでに意識はなかったが、その口がわずかに動いた。
「お……兄……ちゃん」
彼女の倒れた人気のない廃墟の空き地にも、夏の残り火のようなギラギラとした太陽の光が降り注いでいた。
「あれ? おいバレッタ? どこ行ったんだあいつ……昨日死にかけたっていうのに……」
イクローが目を覚ますと彼女の姿がなかった。
彼自身もどういうわけか、ベッドの下どころか窓の近くで寝ていたらしい。
窓が開いていて、風でカーテンが揺れていた。
階段を下りてキッチンへ行くと、そこには三人分の食事が用意されていた。
「なんだ、バレッタのヤツ……飯作ってくれたのか。 自分の分も用意してあるのに……あいつほんとに一体どこへ行っちまったんだ? 買い物かな?」
イクローは不思議そうにしながらバレッタの用意してくれた食事を食べ始めた。
しばらくするとルーが目を覚ました。
彼女は状況がわからず、イクローの部屋の中を見回す。
「お? 目が覚めたか?」
イクローに聞かれてルーは目を見開いた。
「私……なんでここにいるの? たしか昨日……」
「バレッタがお前を担いできたんだ」
彼に言われてルーは顔をしかめた。
「……そう。 借りは返してもらえたようね」
ルーはそう言って不機嫌そうな顔になると体を起こして手を上に伸ばして欠伸をした。
「それであの子は?」
するとイクローは少し困ったような顔になった。
「いや、どっか行ったまま帰ってこないんだ。 朝からいないみたいなんだけどさ。 ルー、お前魔導探知とかで探せないの?」
彼の言葉にルーはため息をついた。
「仕方のない子ねぇ……」
「あんまりそう言ってやるなよ。 あいつ昨日お前をかばって大怪我して死にかけたんだぜ……」
それを聞いて彼女は目を丸くした。
「そんな事あるわけないじゃない。 あの子にそんな傷を負わせる魔法少女なんてそうそういないわよ?」
イクローはなんとも微妙な複雑な顔をしてからポツリと言った。
「あいつに怪我をさせたのはお前だよ、ルー」
「なんですって?!」
「むこうの勢力のお前が出てきたんだ」
それを聞いてルーは愕然とした顔になって、額に手を当てた。
「じゃあのスピカ様も……」
「どうやら敵はお前らのコピーみたいなヤツラらしいってとこまではわかったみたいだ」
ルーは黙って目の前に黄色い小さな魔法円を発現させて周りを見回した。
これは彼女の魔導スコープである。
「えぇと……。 昨日あの子に付けた魔導マーカーがまだ生きているはずだから……」
彼女はそうぶつぶつと独り言を言いながら遠い目をして周囲を探った。
「いいザマね……」
ルーの皮肉っぽい声にバレッタは舌打ちをした。
「うるせえっすよ。 あんただって昨日まかれたでしょ」
ボロボロの魔導鎧を修復しながら彼女はホルスターから銃を抜いてマガジンを抜くと薬室の中に弾が入ってないのを確認した。
マガジンを入れてもう一度スライドさせて薬室へと弾丸を送り込むとそれを構えて隣にいるルーにその銃身を向けると睨みつけた。
ベレッタM92F。
彼女の手にある拳銃はよく映画などで見かけるそれだった。
通常のモデルよりも銃身が伸ばされていてスライドから三センチほどはみ出している。
トリガーの前とグリップ周辺には滑り止め加工が施され、手の小さい彼女の為にかグリップ周りもだいぶ削られて追い込まれて加工されている。
グリップは恐らく一品物のマホガニー製で、本来ならベレッタのマークのある部分には何もなく、そこに「Bulletta SPL.」と丸く彫られていた。
完全な彼女専用のカスタムガンであろう。
左の銀色のフィニッシュの銃と右の黒いフィニッシュの銃とを両手に持って彼女は感触を確かめるように構えて、曲撃ちのようにそれをくるくると回した。
「次は……次こそはケリをつけるっすよ」
彼女はその燃えるような赤オレンジ色の瞳に炎を滾らせた。
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