魔法少女はそこにいる。

五月七日ヤマネコ

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第二章 魔法少年唯一無二(オンリーワン)

白き少年のテロル 01

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 その少年はただ一人ひたすらに歩いて果てしない砂漠を歩いていた。
 見ればまだ十歳そこそこの年端も行かないやっと子供から少年になろうかという年頃である。
 なぜこんな少年がたった一人でこのような砂漠を歩いているのか、それそのものが不可解ではあった。
 少年はかなり消耗していて、その身体は疲れ足はもうまるでただの棒きれになってしまったかのように、今この瞬間にも歩みを止めて膝を突いてしまいそうだった。

 そう彼は疲れきっていた。
 幼い頃から母のお気に入りだったその美しいカールした金髪も今は灰色にくすみ、全身に纏う衣服もぼろ布のように傷んでみすぼらしい有様だ。
 その母ももう今はいない。
 母の事を思い出すなど……走馬灯ってやつかな? などと彼は朦朧とした意識で考える。
 何がその足を前へと進ませているのか……彼自身にももはやわかってはいない。
 それでも何かに突き動かされるように、一歩、また一歩とその足を確実に前へと彼は踏み出す。

 砂混じりの風が彼のその痩せた身体をまるで木の葉のように翻弄する。
 朦朧とする意識と目に入る砂はだんだんとその視界を歪ませて、彼の瞳から涙を溢れさせた。
 目の前にはいつ果てるかもわからない広大な金色の一面の砂しかありはしない。

 ふと、その歩む足が止まると彼は一瞬空を仰ぐようにして見上げると、その足下の砂の山へと倒れこんでいった。

「……ベッキー」

 砂の中に伏せ、その身体を半ば砂に埋もれさせながら彼はそう小さな声で誰かの名を呼んだ。
 それは彼の二つ年下の愛する妹の愛称だった。
 薄れゆく意識の中で、彼は虚ろな目で彼女の幻を見た。

 ふわふわとした若草色の髪、大きなまん丸い目。
 瞳の色はまるで夕焼けのようなオレンジがかった赤。
 普通の人間にはありえないような髪色と瞳の色。
 そう彼の妹は、他ならぬ魔法少女だった。

 ……いや、魔法少女になった、というべきか。

 彼らの母親もまた、元魔法少女であり……幼かった妹も五歳になった年、その魔力に覚醒した。
 彼とおそろいだったふわふわとした金髪は、魔力のせいで若草のような緑色に変わり、彼と同じだった藍色の瞳は赤く染まった。
 少年はそれを信じられない気持ちでありながらも受け入れた。

「べ……」

 彼はもう一度彼女の名を呼ぼうとして、そのまま完全に意識を失いながら砂に埋もれ流砂に飲み込まれて地面を流れていった。

 魔法少女になった妹を本当の名前で呼ぶのは、もう自分だけなのに。
 少年は薄れゆく意識のなかでそんな事を考えた。
 魔法少女になったその時から、真名まなは他人に知られる訳にはいかなくなるのだ。
 父母が死に、今や彼女の親類は少年ただ一人だった。
 その真名を知るものは、少年と父母が死んでから彼らの面倒を見てくれている家の少数の者だけだ。
 真名を知られるのは魔導に携わる者にとっては致命的なのだ。
 もし敵対する魔導士マグスや他の魔法少女にそれを知られてしまうと、全ての魔法を封じられてしまう。
 だから魔法少女になると、彼女たちは元の名を捨てる。
 魔法的に組み合わせて迷彩された名前を名乗るようになるのだ。
 魔導回路で作られた偽名は、本人が他者に名乗らない限り、真名を隠し通す。
 その名前が魔法的に記憶に作用してすり込まれ、本当の名を強制的に忘れさせ、書き換えるのだ。
 ただ一部の例外として主従関係であったり家族である者にはその名を伝える者も多い。
 そして愛を伝える手段として、その真名を想い人に告げる魔法少女も数多い。

 彼の妹もそうだった。
 元の名前を捨てたその日に、彼に向かって彼女は言った。

 ――お兄ちゃんだけは、ずっとあたしの名前を覚えていてほしいっす!

 彼女の名は、レベッカ・パルメ・ズィターノ。
 放浪民を表すイタリア語から来る姓を持つ。

 魔法少女となってからの名は、バレッタ・パッラ・ベレッタ。

 魔導によってその在り様ありようを歪められた家族は多い。
 彼らの一家はそのうちの一つの例に過ぎない。

 少年……バレッタの兄、トリガー・ペルラ・ズィターノは、その愛する妹のいるティアマト王国から遠く離れてなぜこのような砂漠を一人歩いていたのか。
 それは近隣諸国を旅して、一人でも多くの不遇な魔法少女を救いたい、せめて魔導国家であるティアマトへ連れていってやりたい、その思いからだった。

 先述の通り、彼の母親は元魔法少女だった。
 それが元でどこへ行ってもその居場所を追われ、いわれのない迫害を受けながら放浪生活を続け、最後は無理がたたって病に臥せって死んだ。
 そしてあろう事が、妹までも魔法少女として覚醒してしまった。

 魔法が使える、それは普通の人間から見れば脅威である。
 故に魔法少女たちを異端視して迫害する人間は少なくはない。
 その多くがティアマトのような魔導国家へと身を寄せる理由は主にそれだ。
 魔法少女の人権をそれなりに認めている先進国に生まれた者はまだ幸福だ。
 それでも地方に行けば、まるで中世の魔女狩りのような残酷な仕打ちが行われているとも言われている。
 魔法少女になる、という事は良い事だ、とはトリガーにはどうしても思えなかった。
 彼のような境遇であれば魔導を憎みこそすれ、素晴らしい事だ、などとは到底思えまい。

 わずか十歳の少年の身にはあまりにも不条理に過ぎる世界へと、彼なりの抵抗を試みているのだろう。

 だが、その世界に抗う少年の心は無残にも砂に埋もれて消えかけていた。
 愛すべき妹の姿も彼の脳裏からだんだんと薄くなって消えていく。

「ベ……キ……」

 最後にまた呻くように彼はその名を呼ぼうとした。
 だが彼の意識はすでにブラックアウトして消え失せていくところだった。





 やがて少年は、はっと目を覚ました。
 そこは暗い洞窟のような所だった。
 彼はその中にまるでベッドのように作られた岩のような所に寝かされていた。
 傍らに目を落とすと、幼い少女が気を失っていた彼を看病してくれていたのか、そのすぐ横に座り込んだままうつらうつらと船を漕いでいた。

 派手なオレンジ色の髪。
 ……おそらく彼女もまた魔法少女なのだろう。
 年の頃は七歳か八歳くらいだろうか……彼の妹と同じかそれよりもやや幼い印象を受けた。

「……おい、おまえ」

 少年は傍らの少女の肩に手を当ててその小さな身体を揺すった。

「う~……」

 彼女は唸りながら寝ぼけ眼を両手で擦ってから、ぼうっとしたその瞳で少年を見つめた。
 みるみるうちにその瞳にはきらきらと光が溢れ、嬉しそうな表情になっていった。

「おにいちゃん、目が覚めたの?!」

「う、うん……おまえが……もしかして僕を助けてくれたの?」

 少年、トリガーは彼女の「おにいちゃん」という呼び名に妹の事を思い起こされて少し動揺しながらも、状況を尋ねた。

「うん! おにいちゃん砂に流されてここに落ちてきたんだよ!」

 彼女はそう言いながら、古くさい革製の水筒を差し出した。
 トリガーはごくり、と喉を鳴らしてひったくるように水筒を彼女の手から奪うとごくごくと水を飲んだ。
 何日も水を飲むこともできないまま砂漠を歩き続けていたのだ。
 まだ十歳のその身にあってはそれはとてもつらかっただろう。
 彼が水を飲みながら周囲を見回すとそこは洞窟のような岩に囲まれた場所で、岩のひび割れた部分からさらさら、と金色の乾いた砂がまるで水のように流れ込んでいた。
 時折、大きな砂の塊がどさどさ、と流れ込んでくる。
 砂漠に洞窟がある、というのも不思議ではあったが、そのおかげで彼は砂に埋もれたまま干からびてしまわなくて済んだともいえる。

「もっとほしい?」

 少女のつぶらな瞳に覗き込まれると少年ははっ、と何かに気づいたように彼女を見つめ返した。

「ここ……水があるのか?」

 このような場所で水を確保する事の難しさを少年は思い知って、それで倒れたばかりではなかったか。
 もしかしたら少女にとってもとても貴重であろう水を彼はがぶ飲みしてしまったのだ。
 些か申し訳ない気持ちになりながら彼は少し微妙な表情で少女の反応を待った。
 少女は無邪気な笑顔を浮かべて、その首を左右に振った。

「え!? な、なんかごめん……水……全部飲んじゃって……」

 少年が肩を落とすと、少女はにっこりと笑ったまま、また首を振った。

「水はないけど、わたしが出せるの!」
「え?」

 少女の言葉の真意を測りかねて少年は目を意外そうに瞬かせた。
 彼女ははもう一度笑顔を浮かべると目を閉じて、手を上に伸ばすと「えい」とかけ声をかけた。
 するとどういうわけか少年が寝転んでいた場所から少し離れた岩盤のヒビからチョロチョロと水が溢れ始めた。
 そしてあっという間にその細い水の線がだんだんと太くなり、とうとう壊れた水道管のように激しく水を拭きだし始めた。

 ――少女は水属性の魔力の持ち主なのだろう、水属性の魔法少女はどこからでも水分を呼び寄せる事ができるのだ。
 少女は立ち上がるときゃっきゃとはしゃぎながら水の噴き出る所へと走り、全身にそれを浴びながら口を開けて水を飲み始めた。

「ほら! おにいちゃんもきなよ!」

 少女にそう声を掛けられて少年はのろのろと立ち上がると頭から水を被った。

「あはは! 気持ちいい!」

 彼も明るく笑いながら砂だらけになってくすんだ色に変わっていた金髪を洗いながらたっぷりと喉を潤した。
 まさに文字通り生き返るような気持ちになって、思わず顔が綻ぶ。
 トリガーは明るい表情になって少女に声をかけた。

「おまえ、やっぱり魔法少女なのか?」

 少年が尋ねると少女は水浸しになったオレンジ色の長く伸びすぎた髪を絞りながら頷いた。

「そうだよ! 覚醒したばかりでまだ上手に魔法は使えないけど!」

 そして彼女は彼を見て、その髪と同じオレンジ色の目を大きく見開いた。
 トリガーにとっては、それもまたバレッタを思い出させる。

「うわぁ! お兄ちゃんの髪きれいなんだね!」

 少年は頭を振って水で洗い流され、本来の色を取り戻した美しい金髪を照れ臭そうに掻き上げた。

「おまえ、名前は?」

 彼が聞くと少女は笑いながら答えた。

「エリザベス・ロマ! ……お兄ちゃんは?」

 少年も笑みを浮かべた。

「トリガー。 トリガー・ペルラ・ズィターノ」

 トリガーは手を伸ばした。
 エリザベスはその手を握る。

「よろしくな、ベス。 助けてくれてありがとう」

 すると彼女は少しぷっと頬を膨らました。

「ベスって呼ばないで! はすっぱな感じがするから! どうせならリズ、って呼んでよ!」

 彼女は"おしゃま"な様子でそう言うとにっこりと笑顔を見せた。
 トリガーも笑顔を返した。

「そうか、リズか」
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