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第二章 魔法少年唯一無二(オンリーワン)
迫りくる嵐
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「どうなってんの? これ……」
駆け付けたイクローが思わずそう声を漏らすとライアットとバレッタはふり向いた。
「いいいいい、イクローサマッ?! なんでここに来やが……こちらにいらっしゃられれれ……」
「いや、だから普通にしゃべれって……」
ライアットは真っ赤になって俯いた。
彼女をバレッタはどんぐり眼をくりくりさせながら見つめて、そっとその耳元に小さな声で囁いた。
「ライア姐さん、もしかしてイクローセンパイの事好きなんすか?」
ライアットは耳まで真っ赤になってものすごい勢いで首を振って、バタバタと手を動かした。
「バッ、ちっ違ェよ! あ、あたいはそんな……が、柄じゃねぇし……」
最後は消え入りそうな声になりながら彼女はしょんぼりと俯いた。
バレッタは、にぱ、と笑うとまた彼女の耳元に顔を寄せて囁く。
「じゃあ、そっちもあたしと姐さんはライバルっすね」
ライアットはぽかんとした顔でバレッタを見て、ニッ、と笑った。
「今度こそ負けねェぞ!」
「へへっ、返り討ちっす!」
二人はまた肩を抱き合って笑った。
イクローはそんな二人を見てひたすら首を傾げるのみだった。
「これはどうなったのでしょう? バレッタ選手とライアット選手は決着が着いたのでしょうか?」
校内魔法放送でエミシオンが声を上げると、ライアットが双方向で彼女に魔法通信を送った。
「放送係! 聞いてるか? ……あたいとバレッタの勝負はとりあえずは引き分けだ! あたいは今回のルードゥス、もう第一のヤツラには手出ししねえ! あたいと引き分けたバレッタを称えてな! 周知してくれや」
「え? あ、ライアット先輩? あ、はい、わ……わかりましたぁ!」
エミシオンは驚いた声で答えると叫んだ。
「どういう経緯かわかりませんが、只今ライアット選手からこの戦いは『引き分け』との連絡がありました!」
校内から歓声があがる。
あのライアットと引き分けたバレッタへの称賛の声だった。
実際は彼女の勝ちなのだが、最終日までリボンを預けるという口約束のために今は引き分けという扱いにしたライアットの思惑である。
「そしてバレッタ選手を称えてライアット選手本人は今回のルードゥスに於いて今後第一生徒会所属の選手とは交戦しない、との表明がありました!」
エミシオンが続けてそう言うと、校内の声が歓声とどよめきの入り混じったものになった。
アオイはイクローが去ると、ふぅ、と息をついて周囲に人がいないのを確かめると、またその瞳を金色に輝かせた。
彼女は自身の内面で暴れ続ける吸血鬼の本能をそれまで薄れていた自意識と理性を引っ張り上げる事で抑え付け、静かに笑顔を浮かべた。
その表情には先ほどまでの野性味も酷薄な妖艶さも微塵も消え失せて、彼女自身の感情がありありと浮き出ていた。
「ごめんなさい……アマイアさん。 改めて正々堂々と勝負しましょう!」
アオイは微笑したまま小さな声でそう呟くと剥き出しだったその鋼をも切り裂く爪をしまい込んだ。
理性が戻った事で、相手を殺しかねないその武器を使うまい、と考えられるだけの冷静さを彼女は取り戻したのだ。
アマイアは眉間に皺を寄せて怪訝そうに彼女を見ながら、足元のテディベアをけしかける。
「その爪、使っていいわよ。 私、この子なら大丈夫だから」
彼女はそう言って、一瞬目を閉じるとまたカッと開いた。
アマイアの足元でぬいぐるみのクマは、ぽふ、と自分の胸を叩いて見せ、また巨大化した。
「え? ええぇ!?」
アオイは驚いて後ずさった。
「世にも珍しい……テディベア型の魔導杖(ロッド)! その名も『マルク』! その真価を見せてあげるわ!」
アマイアが高らかに叫ぶと、クマはくるり、とその場で回転してから胸に手を当てて礼儀正しくお辞儀をした。
「アオイさん、私に向かって……そうね、石でも投げてみて?」
「は? 石、ですか?」
アマイアが突然そんな事を言い出すのを聞いてアオイは唖然としてオウム返しに聞いた。
「ええ! なるべく全力で!」
彼女は自信たっぷりにそう言うと両手を左右に大きく広げて目を閉じた。
アオイは困った顔をしていたが、アマイアがなかなか石を投げないアオイに目を開いてその榛色の目で促すと、困った顔のまま頷いた。
「じゃ、じゃあ……行きます」
アオイは素直に足下から小石を拾うと、えい、と彼女に向かって投げた。
するとどういう訳か、アマイアに当たる寸前に石が消えてなくなった。
「え? え?」
アオイの驚く姿にアマイアは満足げに頷いた。
クマのマルクがアオイの前に一歩進み出ると、ドヤ顔でその丸い手の上に載せた石を掲げて見せた。
「この子は私に対して起こるダメージの元を全て軽減するのよ!」
アマイアは得意げに叫んで、しゃがみこむとクマの頭をぽふぽふ、と軽く叩いた。
「だからさっきのあなたの攻撃でもこの程度のダメージで済んでいるのよ。 だから遠慮せず全力でかかっていらっしゃい!」
アオイはこくん、と小さく頷くとキッとその巨大なクマのぬいぐるみを睨んだ。
「なるほど……わかりました」
「だから遠慮は無用! いざ!」
アマイアは叫んで、両手を胸のあたりで組むと高速詠唱を開始した。
「行きますっ!」
アオイも叫んで、爪を出すと右前に構えて全身に力を漲らせた。
次の瞬間彼女の姿は立ち消えた。
あまりにも高速で移動したのでまるで彼女が消えてしまったかのように見えるのだ。
暗い森の中に金属同士がぶつかり合うような、ギィン!! という音と、激しい火花が散るのが見えた。
攻撃したアオイは、その強力な爪を弾かれて衝撃で後ろへと下がった。
彼女の猫化した足の爪が地面に食い込んで、反動を殺しながらも幾筋にも爪痕を引きながら数メートルほど押し戻された。
アオイはそこで膝を突いて、顔を上げる。
彼女の強烈な腕力を使った攻撃の威力が全て彼女自身に衝撃として返ってきたのだ。
その表情には驚嘆の色が張り付いている。
「か、硬い! いえ……硬いというよりは柔らかく受け止めて返されたような?!」
思わずそう声を漏らすと、アマイアが右手の甲を口元に当てて、高笑いをした。
「どう? マルクの防御力はたいしたものでしょう? ……降参するならここで許してあげてもいいのよ?」
余裕たっぷりにそう叫ぶアマイアだったが、彼女もまたアオイの力に驚嘆していた。
今までに味わった事のない程の物理ダメージをマルクが彼女に伝えてくる。
吸血鬼が人間よりも圧倒的に優れている事がある。
不死に近い肉体、目に見えない早さで動ける事、魔法少女にも迫ろうかという魔力。
それらはもちろん十二分に恐ろしいが、何よりも恐ろしいのはその腕力だ。
極々シンプルに、吸血鬼というものは普通の人間と変わらぬ見た目、サイズでありながら巨大な魔獣のごとき凄まじい腕力を持っている。
見た目がごく普通の少女とそう変わるわけでもなく、完全なる吸血鬼ですらない半人半魔のアオイですらその力を全力で振るえばその力は雄ゴリラをも軽く凌ぐだろう。
魔導が科学として研究されているこの世界には魔法で作り出されたモノ以外の魔物や妖怪などの存在はいない。
本物の魔の眷属の力など誰も知らないのだ。
故にアマイアはアオイを侮った。
本来自らのロッドがテディベアというおおよそ攻撃的には見えない代物である為、相手を侮らせて勝ちを納めるのがアマイアのスタイルである。
だが、此度は違った。
自らが相手を侮り、その力を見誤っていたのである。
もっともアオイが吸血鬼である事など、アマイアには知る由もなかったが。
アオイは自らの力を高めるため、足の猫化を促進させた。
膝から下だけを猫化させていたものを、太もものあたりまで猫化させたのだ。
彼女の足は膝の方向が逆に曲がり、まさに獣そのものの形状へと変わった。
ここまで猫化させると彼女の膝はすでに膝ではなく、踵である。
猫の踵は足の逆に曲がったその部分なのだ。
つまり、猫は常につま先立ちで歩いているようなものだ。
そこまでするのならいっそ全身を巨大な猫に変えればいいと思うかもしれない。
だが、全身を猫化する能力を彼女は持っていない。
せいぜいが四肢と耳、しっぽを猫にできるだけだ。
それは彼女に限らず彼女の一族、猫の血族の吸血鬼の誰もがそうである。
アマイアは高速詠唱を続けている。
その魔法によりマルクは更に身体をむくむくと成長させ、アオイの変化に呼応するようにまさに巨大なクマと同程度の大きさの巨大さに変わった。
アオイとマルクは何度も目にも見えない速さで交錯し、その度に真っ暗な森の中に火花が走った。
二人(?)は組み合ってくるくると回るように互いの打撃を打ち合い、避けあう。
その様は猫耳少女とぬいぐるみのクマというある意味緊張感のないファンタジーな者たちが、まるでダンスを踊っているような呑気な状況にも見えた。
「いやぁ! 必殺! 『魔猫拳』!!」
アオイは叫んで高速でボクシングのフックのように爪の生えた猫の手をマルクのぽよん、とした身体に叩き込む。
その緊張感の欠片もない名前とは裏腹に強烈な重たい一撃を受けてマルクの柔らかい身体がぐにゃりと歪んだ。
だがそのクマにダメージはなくその衝撃がアオイの腕へとぼよん、と跳ね返ってきた。
アオイは未だ血の錠剤の効果が残っているのでダメージを受けてもすぐに回復していたが、疲労感は確実に蓄積している。
彼女は焦りを感じていた。
このままでは埒があかない。
「このもふもふめぇ~!!」
悪口なのか褒めているのかわからない叫びを上げてアオイは目の前のマルクをねこぱんちでぽこすかもふもふと何度も殴りつけた。
もふもふのクマをぷにぷにの肉球で殴るその姿は本人たちの真剣さとは裏腹に見る者の目を和ませる光景だ。
クマの主であるアマイアすら、呪文を詠唱しながら頬を紅潮させて幸せそうな顔でその戦いを見つめている。
今すぐにでもイクローやバレッタの元へと駆けつけたいという彼女の気持ちが焦りを生んでいた。
彼らが既に逆にアオイの元へ向かっている事を彼女は知らない。
叩いても引っ掻いても、何も効果がないマルクの脳天気そうな顔をアオイはむっとした顔で見つめた。
「むーっ!! アマイアさん!! この子ずるいです!!」
アオイは耳をぴん、と立てて情けない声でクマの背後で呪文を詠唱するアマイアに向かって叫んだ。
アマイアは顔をしかめて、ぷい、と横を向いて両手を腰に当てた。
「私の魔導杖は元々こうなんだから仕方ないでしょ! ずるいも何もないわ!」
彼女がそう叫ぶと、アオイはさらにぷぅ、と膨れた。
「わたし急いでるんです! ちゃっちゃっと済ませたいんです!!」
アオイが両手の猫手を握りしめて思い切り叫ぶと、アマイアは急に真顔になって意地悪そうにほくそ笑んだ。
「いいわよ? じゃあちゃっちゃと終わらせてあげる!」
彼女はそう言うなり、また高速詠唱を始めた。
音にならない高周波がアオイの猫耳の中を叩き暴れ回る。
すると巨大なクマのぬいぐるみが、さらに段階を追って大きくなっていった。
「……ぐぬぬ。 この手は使いたくなかったけど、こちらとしてもアオイさん、あなたとこれ以上戦い続けるのは本意じゃないわ!」
アマイアは決意を秘めた表情でアオイをじっと見ると、腰に下がったポシェットに手を突っ込んだ。
「アマイアさん? いったい何を?」
アオイは身構えながら彼女の動向を鋭い目で見守った。
その額に一筋の冷や汗がつつ、と流れる。
彼女はまだ奥の手を隠しているというのか、とアオイの全身に緊張が走る。
ふとアマイアはおもむろにポシェットから何かを取り出した。
それは一冊の本だった。
「え? 本?」
アオイは一瞬全身から力が抜けてしまったが、油断はできない、と身を引き締めた。
「……あなた、日本人だったわよね?」
アマイアに急にそう問われて、アオイはまた力が抜けるのを感じながら目をぱちぱち、と瞬かせた。
「え? あ、ああ、はい……そうですけど?」
アオイが応えると、アマイアは悔しそうな顔になってその場で地団駄を踏んだ。
「きぃ~!! 羨ましい!!」
「へ?」
叫ぶアマイアにアオイはぽかん、と口を開けた。
「私は、日本のアニメやマンガが大好きなのよ! これを見なさい!!」
彼女はそう険しい目つきでアオイに手に持った本を突きつけて見せた。
「こ、これは? マンガ? なんか薄いけど……」
アオイが不思議そうにそれを見ると……それは薄い本、いわゆる同人誌だった。
何かのアニメの二次創作らしい、超絶美形の青年が二人半裸で絡み合っている表紙だった。
「こ、これはまさか!! えっちなマンガ!?」
アオイは顔を真っ赤にしてそのまま絶句した。
「私の大好きなアニメ『歌う☆皇太子様』の二次創作BLよ!!」
アマイアは得意げに高らかに叫んだ。
「に、にじ? び、びーえる? ……ご、ごめんなさいわたしそういうのあまり詳しくなくて……」
アオイが彼女の勢いにたじたじと気圧されながら申し訳なさそうに言うと、アマイアは憤慨した顔になってふん、と鼻息を漏らした。
「なんでよ! アンタ日本人なんでしょ!? 日本人のアンタが詳しくないはずがないわ!」
「そ、それは偏見ですよぅ!」
アオイが目を丸くして驚きながら猫手を振るとアマイアは不機嫌そうにアオイをしげしげと眺めた。
「嘘ね! そんな萌え文化の塊のような姿をして、アニメに興味がないですって? 笑わせないでほしいわ! 猫耳ジャンルは確立された萌えの一つよ!」
アマイアは腕を組んでアオイを威圧的に見下ろした。
「萌え文化って……わたしだって好きで猫化してる訳じゃないですよぉ!!」
アオイは半ば怯えながら、猫耳をぴくぴくと動かして猫の手を胸のあたりで握りしめた。
「きぃ~!! かわいい!! なんてかわいいの!? それを萌えと言わずしてなんと言えばいいの?」
アマイアは目を釣り上げながら、びし、とアオイを指さした。
いつの間にか彼女の隣にマルクが立って、腕を組みながら黙ってうんうん、と頷いた。
「きぃ~~~~~!! 悔しいわ!! 悔しいわったら悔しいわ!! なんだかとっても悔しいわ! なにそのもふもふした耳! 手! 足! もふもふか!? もふもふなのかぁぁ!?」
彼女はまたその場で地団駄を踏みながら、きぃ~、と唸り続けた。
アオイは予想の斜め上を行く展開に、目眩すら覚えながらひたすら困った顔であたふたと落ち着きなく猫の手を振りながらうろうろと動物園の虎やライオンのようにぐるぐる歩き回った。
だがそこで彼女は異変に気づいて、はっと目を上げた。
クマのマルクが先ほどよりも明らかに一回り、いや二回りは巨大化していたのだ。
その隣でアマイアがふうふう、と息を荒げながら、なぜかこの世の終わりみたいな顔をしてしゃがみ込んだ。
「……鬱だわ……。 あぁ……気が重い……気が重い……」
彼女はしゃがみ込んだまま、手に持った薄い本を開いて、顔を隠すようにその本に没頭し始めた。
「うへ……うへへへへ……いいわねぇ。 アンタは苦労せずに同人誌とか買い放題なんでしょうねぇ……。 私がこれを手に入れるのにどれほど苦労したか……。 きぃ~~~~、しかもそのもふもふ!! 鬱だわ……」
アオイはそのいい知れない気迫に後退った。
「重い! なんて重い魔気なの!? ……ご、ごめんなさい!! なんかわかんないけど、ごめんなさぁぁい!!」
彼女は恐怖に震えながらぺこぺこと謝りながらずりずりと少しずつ後ろへ下がっていった。
今のほんの僅かな時間の間にマルクの身体はさらに大きく成長し、もはや森の木々すらをも超えそうな程にまでなっていた。
アマイアはどんよりと暗い表情で本から顔を上げるとアオイをじっとりとした目で見た。
「ううん……許さないわぁ……これは日本人以外のOTAKUに対する冒涜よ……絶対に許せないわぁぁ……」
彼女は本を開いたまま、すっくと立ち上がるとちらちらとそのページを覗き込みながら、はふぅ~、と熱い吐息を漏らした。
「ねぇ……アオイさん、私……腐ってるの!!」
「え? く、腐ってる!?」
アオイはひたすらたじたじと圧倒されながら目を白黒とさせた。
彼女が『腐女子』という言葉と意味を知るのは今よりもずっと後のことだ。
腐女子、それはBL、すなわち男同士でくんずほぐれつなアレなモノを好む女子の事である。
BLとホモセクシュアルは違うものである、と彼女らはよく口にする。
もっとも同じ腐女子であっても、好みや嗜好で多少の意見の齟齬があるので、これだ、という定義があるわけではない。
つまり「腐ってる」とは「自分は腐女子である」という意味であり、男同士でアレするアレなアレが大好きよ、という意思表示なのだ。
……まるでそういうモノに興味のない者は、そんな意思表示をされても困るだけなのだが。
アマイア・エイドロン・クルスという魔法少女はいわゆる水属性の『幻惑系』の魔法の持ち主である。
幻惑、と言っても様々でその名の通り幻を見せて惑わせる魔法を使うものもあれば、その自らの幻想を具現化させる能力のものもいる。
アマイアは後者にあたる。
元々幼い頃の彼女は、よくいる夢見がちな、いつも想像と現実をふわふわと行き来しているようなそんな女の子だった。
そんな少女アマイアは、七歳の時に魔力に目覚めた。
それと時を同じくして、彼女は故郷であるスペインのアンダルシア地方にあるロンダという田舎町にある教会で育った。
彼女は不幸な事に親に捨てられた孤児だったのだ。
その不幸な生い立ち故か、彼女は想像の世界に生きているような少女になった。
そんな彼女はある日、教会の小さなテレビでたまたま放送されていた日本制作のアニメを見て、すっかりハマってしまった。
日々を想像と現実とを行き来しているような彼女にとっては、日本のファンタジックなアニメはその幼い心に衝撃を与えたのだ。
彼女は教会の事務の手伝いをする為にPCの使い方を覚え、教会のシスターや市婦たちに隠れてこっそりとネットで情報を集め、ネット上で同好の士とも知り合い、いつしか立派なオタクへと成長していた。
お気に入りのアニメキャラ、主に美少年や美青年のキャラを自らの妄想で絡ませあられもないアレやコレやを想像し、日々妄想をたくましくして彼女はその想像能力を磨き上げていった。
マイチュアマギエ学園への入学、それは魔法少女として覚醒した者の一応の義務教育とされている。
入学資格の得られる十四歳になった頃には、彼女はすっかり『腐って』いた。
学園に入ると元々夢見がちで妄想癖のあるアマイアは、その魔法の素養と相まって自分だけのお友達、を作り上げた。
それがマルクである。
イクローがそうであったように、教師から与えられた魔導石のピアスから生まれた彼女の魔導杖はなんとクマのぬいぐるみの姿をして、まるで生き物のように自ら歩き思考しているようだった。
学園に入ってからも彼女の『腐女子』っぷりは衰える事を知らず、いつしか学園内にも同好の士を見つけ、集うようになった。
世界中どこでもよくある話でそういったオタク、GEEKというものを快く思わない者がいるものだ。
そんな一人の少女にアマイアはいじめ、と言うほどではないが、嫌がらせを受けた。
彼女が一人こっそりと書き綴ったオタクノートを彼女の机から盗み出し、ページを切り取って学園の掲示板に貼りだしたのだ。
本来はおとなしい性格のアマイアは、その屈辱的な仕打ちにじっと黙って耐えた。
だが、彼女の連れていた不思議なクマのぬいぐるみが時間を追うごとにだんだんと大きく育っていった。
マルクがそのアマイアにひどい事をした女生徒に何かしたわけではない。
ただ、どんどんと身体を大きくしていきながら、彼女の後をずっとひたひたと追いかけ回したのだ。
数日間物言わぬ巨大なクマのぬいぐるみに追い回され、彼女はその多大なる恐怖とストレスで精神を蝕まれた。
その女生徒はそれからしばらく病院へと入院する羽目に陥った。
そんな事件があってから、アマイアはだんだんと自分の意志や希望をはっきりと口にする性格へと変わっていった。
それは、彼女がストレスを溜める事でマルクが巨大化していくという事実を知ったからだ。
彼女が年を経て、その魔力が上がっていった事で、彼女にもう一つの力が生まれた。
ストレスで巨大化するテディベア型のロッド、マルクの能力が芽生えた。
それは彼女が妄想をたくましくすればする程に、彼女の物言わぬ友人、いや友熊はその身を変化させるのだ。
そして彼女が得た称号が『暴走妄想』。
その称号の通り、暴走する妄想を攻撃力に変える能力の持ち主なのだ。
今まさに、アマイアはその能力を解き放とうとしていた。
故に、自らの思い込みでストレスを溜め重い魔気を溜め、マルクを巨大化させた。
そして……彼女はマルクの二段階目の『変身』の能力をも使おうと心に決めた。
それは決してアオイに対しての嫉妬や怒りではない。
彼女を強敵、と認めた為だ。
強敵と認めたからこそ故なき怒りなどの負の感情を滾らせて、自身の能力を今ここで最大限に発揮させようとしている。
最強の『腐女子』がその能力を解放しようとしていた。
アオイは気づかぬうちに禁断の領域に足を踏み入れてしまったのだ。
アマイアは、酷薄な笑みをその顔に張り付かせて、愉悦に満ちた表情をアオイに向けた。
「私うれしいのよ、アオイさん!」
アオイは額から冷や汗を滴らせながら目を剥いた。
「うれしい?!」
アオイが思わず聞き返すと、アマイアはBL同人誌を大事そうに胸に抱きしめながら、目を閉じると、ほう、と熱い吐息を漏らした。
「今まで……本気で戦える人がいなかったの! アンタみたいな子に会えて……私、しあわせ!」
アオイは蒼白になって、情けなく眉を下げて、ぼそぼそと小さな声で呟いた。
「……わたしにとっては……大迷惑……です……」
そして彼女は大きなため息をついた。
アマイアはそんなアオイの様子など何処吹く風というように、鼻歌交じりでポシェットに手を突っ込むと、B4サイズのスケッチブックを取り出した。
彼女の握り拳よりもいくらか大きい程度の小さなポシェットにどうやってそんなモノが入っていたというのか。
おそらくはポシェットに魔法をかけ、内部に特殊な結界を作って空間を拡張しているのだろう。
アマイアは続いて製図用ペンも取り出すと、うれしそうに絵を描き始めた。
「うふふふ……私の推しキャラの天王丸きゅんのあられもない姿を見せてあげるわね! アオイさん!」
彼女が嬉々としてペンを紙面に走らせながら言うと、アオイは大きく首を振った。
「いえ、み、見たくないですぅ!」
「遠慮しなくていいのよ? それまではマルクが遊んでくれるわ! ……こんなのはお好み?」
アマイアが言いながら、右手に持ったペンを親指を中心にくるり、と回すとそこから魔法の光がふわり、と現れて巨大化したクマのぬいぐるみに吸い込まれていった。
マルクは全身をぼこぼこと波打たせてだんだんとまたその姿を変えていった。
がっしりとした四肢で四つん這いになって大地に立つ。
その足に生えた太い爪が地面に食い込んだ。
その頭には荘厳さをも思わせる鬣をなびかせ、鋭い牙を持ちまるで赤い炎を思わせる真っ赤な口を大きく開いて獣の咆吼をあげた。
山羊のような胴体には真っ黒な翼が生え、その尾は先端に毒蛇の頭が付いており、ちろちろと長細い舌を出し入れしている。
頭は獅子、身体は山羊、尻尾は毒蛇……それはまるでギリシア神話に出てくる怪物そのものだ。
アマイアは自身のイメージでその分身たる魔導杖、マルクをどのような姿にも変貌させられるのだ。
彼女の別の称号『幻獣使い』はその能力からつけられたモノだった。
魔法を礎とするもの以外に魑魅魍魎の類が存在しないこの世界で彼女は幻獣を生み出す驚異の唯一の能力を持つ魔法少女だった。
殊更に想像力豊かな彼女にはうってつけの能力だったといえる。
本人の才能とその潜在魔法とが合致してさらなる高い魔法力を発揮している代表のような存在だった。
そういった魔法少女を『完全合致者』と呼ぶ。
「き、キマイラ!!」
アオイがそのおぞましい幻獣へと姿を変えたマルクを見て叫ぶとアマイアは絵を描いている手元から目を離さずに薄く笑いながらこくり、と頷いた。
「やっぱりメジャーな方がいいかと思って! 地獄の番犬ケルベロスとかの方がお好みだったかしら?」
アオイはより一層その顔面から血色を消していきながら、とうとう涙目になって悲鳴をあげた。
「いやあぁぁぁぁ!! どれもいやあぁぁぁ!!」
バレッタは暗い森の中を駆けた。
彼女を行かせる為に残ったイクローとライアットの事も気がかりではあったが、それよりも彼女の親友であるアオイの身が心配である。
バレッタは驚くべき高速で移動していた、彼女の出せる全速力だ。
それでも彼女本人にとってはもどかしい程にその進みが遅く感じられた。
ただただ気ばかりが焦り、地上を移動していたら足がもつれて転んでいたのではないかと思うくらいに無我夢中でただただその身を前に進ませた。
やがて森の中で木々が大量に折れ倒れて開けている一角へとたどり着くと、バレッタはそのまん丸い大きな目をひときわ大きく見開いた。
そこには信じられないようなモノが存在していた。
ファンタジー物の小説やマンガ、アニメ、ゲーム……そしてそれらの元となったギリシア神話の中によく出てくる、幻獣キマイラ。
その巨大な山羊のような胴体に真っ黒い大きな翼を生やし、獅子の頭を持ち、毒蛇の尾を持つ凶々しい化け物。
一瞬バレッタの頭が真っ白になった。
だが、その怪物の足下で必死に逃げ惑う彼女の親友の姿がその目に入ると、バレッタの身体は考えるよりも先に動いた。
彼女は移動速度を落とさずその勢いのまま、全速力で野球のヘッドスライディングのように両手を伸ばして頭からその怪物へと突っ込んでいった。
「うわあああああああ!!」
バレッタは絶叫しながら伸ばした手に彼女の魔導杖、魔神銃を携え、その魔力の弾丸を乱れ撃ちに撃ちながら後先考えずに飛び込んだ。
一瞬の事ではあったが、バレッタにはそれがスローモーションのように感じられている。
魔神銃を乱射しながら怪物の懐へと飛び込むと、重力に逆らうようにふわり、と彼女は頭を下にして空中へ浮き上がり、左右に手を広げて回転しながらキマイラの両前足へとその弾丸を叩き込んだ。
そして一歩下がって魔力を溜めるとその大きく赤い口を開いた獅子の頭の喉元へ、重たい一撃を二発……片手ずつ撃ち込んだ。
怯んだキマイラの足下で愕然とその様子を見ていたアオイを彼女は抱きかかえ、そのまま二人は風に乗ってキマイラの背後へと降り立った。
「ば、バレッタちゃん!!」
そこでようやっと我に返ったアオイが叫ぶとバレッタも、はっ、とした顔になって親友の身体に思い切り抱きついた。
「アオイちゃん!! 遅くなってゴメンっす!!」
アオイは目に涙を溜めながら首を振った。
「ううん……来てくれてありがとう……バレッタちゃん」
抱き合う二人の眼前で巨大なキマイラが大したダメージもなく起き上がると一声地の底から響くような咆吼を上げた。
「あ、あいつはなんなんすか!?」
バレッタが叫ぶとアオイは、化け物の向こう側て愉しそうに絵を描いている少女を指さした。
「彼女の魔導杖なの! 何にでも姿を変えられるみたい。 それに……どんな攻撃も大して効かないの!」
涙目で訴えるアオイを見つめて、バレッタはむむ、と呻いた。
「……あの子を直接倒すしかないって事っすか?」
バレッタが尋ねると、アオイはふるふる、と首を振った。
「彼女への攻撃はこの魔導杖が全部身代わりに受けてしまうらしいの!」
アオイが応えるとバレッタは唇を噛んでから、不敵な笑みを浮かべた。
「こいつが魔導杖だってんなら……あの子の魔力でできてるわけっすよね。 じゃあ魔力がなくなるまで粘ってなんとかブッ倒すしかないって事っすね!!」
バレッタの言葉にアオイが頷いた。
「この大きさだから決して長丁場の戦いに向いてるとは思えないんだけど……」
アオイはそう言いながら、少し思案するようにして顔を上げた。
「……バレッタちゃん。 三十秒でいい。 時間を稼いで!」
バレッタは一瞬目を見開いてから、こくん、と頷いた。
「わかったっす。 アオイちゃんを信じるっす! ……三十秒でいいんすね?」
「うん、ありがとう……お願い!」
二人は頷きあって、お互いの手を握りあうとその場から飛んでバラバラの方向へと離れた。
アマイアは少し不機嫌そうな顔になったが、すぐにため息をついて言った。
「一騎打ちに乱入するのはルール違反よ! まぁ……二人まとめて相手してあげてもわたしは構わないけど」
彼女はそう言って、魔法通信で運営に連絡を始めた。
「一騎打ち申請は解除します! まとめて他の子も相手する事にしましたの!」
「え? アマイアさん?」
通信先のエミシオン・ヴィシラーニが焦った声を上げるのを彼女は通信を切って、バレッタにどうぞ、と手を差し出した。
「感謝するっす! ……ほらほらぁ!! キマ公!! あんたの相手はあたしっすよぉ!!」
バレッタは叫びながら風魔法で天高く舞い上がると、ドリルのようにきりもみ回転しながら頭からキマイラへと突っ込んで行った。
彼女は数え切れないほどの銃弾を発射しながら、ひたすらにくるくると高速で回転しつつ一直線にキマイラの頭へと突っ込んでいく。
キマイラへの距離を詰めながらバレッタの両腕の魔神銃はジャキン、と音を立ててその銃身に魔力でできた緑色に光る刃を形成させた。
上空から雨のように降り注ぐ魔力の銃弾でこめかみにいくつもの穴を空けられてキマイラは悶えながら大きく獅子の口を開いて咆吼した。
「それを待ってたっす!」
バレッタは快哉を上げながら、その大きく開いた口の中へ回転しながらそのまま身を飛び込ませた。
その時アオイは目を閉じて、地面に膝を突きながら祈るような姿勢で何かへ呼びかけていた。
「ベル! ベル!」
彼女が使い魔に声をかける。
「ごしゅじん? なんです?」
その小さな灰色の子猫は不思議そうにアオイに語りかけた。
「うん! ベル、わたしに力を貸して!」
果たしてその可愛らしい小さな子猫にどのような力があるのか?
あの巨大なキマイラに対抗できるだけの力があるのか……その見た目からはまるで想像も付かなかった。
小さな子猫はくりくりと深いスカイブルーの瞳を動かすと、得意そうに胸を張った。
その動作に首に付いた鈴がチリン、と小さな音を立てた。
「任せてください! このベル、師匠にはまだまだ及びませんが、使い魔として立派にご主人の役に立ってみせますよ!」
「ベル、憑依を!」
アオイが叫ぶと、子猫は光る尾を引く幻のような姿になって彼女の身体を取り囲んだ。
「いきます!」
ベルは一声叫んで彼女の胸のあたりに吸い込まれるように消えていった。
すると血の効果で赤い獣のような色をしていたアオイの瞳がまた金色に輝きだした。
獣じみた、ウウウ、といううなり声をあげて彼女の身体がまた変容していく。
彼女の身につけていたもはやぼろ布のようになったジャージが音を立ててビリビリと裂けて、彼女の姿はまるで大きな猫そのものへと変わった。
これが彼女の完全体である。
彼女たち猫の血族の吸血鬼は完全に猫へと変化する事は基本的にはできない。
だが、使い魔の魔力と妖力を借りる事でそれを可能とするのだ。
彼女の一族ではこの姿を『猫魔人』と呼ぶ。
猫魔人に変容できるのは彼女と、その父親のたった二人だけである。
その大きさと二本足で立っている事を除いて、唯一普通の猫と大いに違うのは――その尾が二股に分かれている事だ。
古来からその猫魔人を見た人間たちにより、こうした存在は『猫又』と呼ばれた。
猫又、という妖怪も彼女たちの世界には存在しているのだが、それらは人前に姿を現す事はほとんどない。
アオイ、いや今やその人間大で二本足で立つ巨大な猫妖怪は金色の瞳でバレッタを飲み込んで悶えのたうち回るキマイラを見据えた。
彼女はのたうつ巨大な獣へと四本足で駆け寄ると飛びつき、その喉笛へと食らい付いた。
キマイラは更に苦しみ悶え、不気味な咆吼を漏らした。
それでもその喉へと食いつくアオイは振り回されながらもまるで離れる気配はない。
さらに追い打ちをかけるように彼女はその鋭い爪を太いキマイラの首へと食い込ませた。
爪はまるで日本刀のように伸びて、その太い首へと突き刺さり確実にそれを切り裂いていった。
「えぇい!!」
アオイが叫んでその巨大なそっ首をギロチンにかけたように切り落とすと同時に、その巨大な腹を裂いて真っ赤な塊が回転しながら飛び出した。
それは幻獣の血に染まったバレッタである。
彼女は回転をやめて地面にゆらり、と降りたつと自身の瞳と同じ全身赤に染まった姿で驚いた顔で絵を描く手を止めたアマイアを睨んだ。
その横に巨大な猫がすとん、と降りたってバレッタに並ぶ。
「え? ま、まさか……アオイちゃんっすか?」
真っ赤に染まったバレッタはぱちくりと目を瞬かせて猫魔人と化した親友を眺めた。
「う、うん……び、びっくりした?」
アオイが猫の顔で情けなく笑うとバレッタは目を輝かせた。
「かわいいっす!! もふもふっす!!」
彼女は思わずアオイに抱きつこうとして、血まみれの自分の姿に気づいて遠慮して動きを止めた。
アオイが苦笑していると、アマイアが座っていた草むらから立ち上がって、げふ、と咳き込んで血の塊を吐き出した。
「……驚いたわ。 二人がかりとはいえ……私のマルクを倒すだなんて……」
彼女はそう呟くと、ふらり、とよろめいて地面に膝を落とした。
「あんたの負けっす。 あきらめるっす」
バレッタが言うと、アマイアは不敵に口の端を歪めた。
「……まだよ。 その証拠にリボンはまだ私の胸にあるでしょう?」
彼女の言葉に、バレッタはむぐ、と言葉を詰まらせた。
たしかにそうだ。
彼女の胸にまだリボンがある、という事は彼女はまだ戦闘不能に陥っていないという事だ。
戦闘続行不能、もしくは自らがペンダントを対戦相手に差し出さない限り、勝敗は決していないという事である。
それが魔法対抗戦のルールである。
つまり、アマイアはまだ戦闘続行可能と判断されているのだ。
「……アンタも名乗りなさいよ。 アオイさんと私は名乗りあって決闘をしていたのよ。 一対一の決闘に踏み込んできたのは許してあげる。 だからアンタも名乗りなさい」
アマイアはそう言って憎々しげにバレッタを見据えた。
「あたしはバレッタ、バレッタ・パッラ・ベレッタっす。 ……あんたは?」
バレッタは素直に名乗って彼女を見つめ返した。
「そう、あなたが『無限の弾丸』……。 私はアマイア・エイドロン・クルスよ」
アマイアもバレッタのまた違う称号で呼んだ後に改めて名乗った。
するとバレッタも感心したように呟いた。
「あんたが『暴走妄想』、『幻獣使い』……のアマイアさんすか……。 なるほど、合点がいったっす」
二人は鋭い目で睨み合った。
今年の一回生にはすごい魔法少女が二人いる。
そう入学直後から噂になっていた二人。
こうして顔を合わせるのは初めてだったが、お互いにその噂を聞き、いつか相まみえる事もあるだろうと密かにライバル心を燃やしていた二人。
その二人がとうとうルードゥスにて対峙したのだ。
彼女らが入学してから今回で三度目のルードゥスである。
今までこうして直接対決する事がなかったのは、二人とも格上の魔法少女たちのターゲットにされて早々に退場させられていたからだ。
二人の実力ならば上位の成績に食い込んでもおかしくはない。
それでも注目されたせいで格上の相手に続けざまに戦いを挑まれてはそうそう勝ち残れるものではなかった。
現在、公式にカウントされてはいないもののライアットを破ったバレッタは成績で言えば暫定二位である。
これはライアット本人が言うように決してまぐれではない。
本来ならば上位陣に十分に食い込めるだけの実力を彼女らは元々持っているのだ。
そしてアオイ、彼女は魔法少女ではないものの彼女らに勝るとも劣らないだけの戦闘力を有している。
猫魔人の能力を解放したのは今回が初めてなのだ。
このように全力を出したならば十分に上位に食い込める力を持っているだろう。
つまり、言うならば一回生の三人のエースが今まさに一堂に会しているのだ。
「……どうするっすか? アマイアさん。 あたしと一対一で闘りますか?」
バレッタが低い声で尋ねると、アマイアはほくそ笑んだ。
「いいえ……そちらは二人がかりでけっこうよ?」
アオイが猫の顔のまま目を細めた。
「……では……遠慮なく倒させていただきますよ、アマイアさん」
アマイアは嬉しそうに笑顔を見せた。
「……上等よ!」
「アマイアさん……ごめんなさい」
突然猫魔人アオイがぺこりと彼女に謝った。
「なんですって?」
アマイアが返事をするか否かのうちに一瞬のうちにアマイアの背後へとアオイは近づき、大きく口を開けてそこに禍々しく生えた乱杭歯で彼女の首筋に噛みついた。
「なっ……」
アマイアはそのまま白目を剥いてがくり、と膝を突いて地面に倒れた。
「おや? ちょっと目を離している隙になな、なんと! アオイ選手がアマイア選手を瞬殺しました!!」
焦ったようにエミシオンが叫ぶと、ルードゥスに参加していない魔法少女たちがどよめく。
アオイは目の前に現れたアマイアのリボンを猫の手で掴むとそれは光の粒子になってアオイのリボンへと吸い込まれていった。
「ほんと、ごめんなさい、アマイアさん。 大丈夫……血は吸ってないから。 少し眠っていてね」
彼女はそう呟いて、倒れているアマイアにぺこり、とお辞儀をするとバレッタがぽかんとして彼女を見つめた。
そして突然アオイとバレッタの背後、かなり遠そうではあるが大きな爆発が起こった。
「えっ!? なに?!」
爆風に飛ばされそうになりながらアオイは猫の足で地面を握りしめた。
バレッタも必死に風の力で耐えている。
「なにが起こってるの?」
「ごしゅじん、これは魔法の爆発じゃないよ!」
彼女の頭の中でベルが叫んだ。
「おい! バレッタ! アオイ! あの爆発はなんだ?」
爆風が止むと、イクローとライアットがやっとバレッタたちに追いついてきて森の遥か向こうで燃え上がる炎を見て叫んだ。
バレッタは鋭い目つきになってその方向を睨んでいる。
ライアットは怪訝そうな顔でその爆炎があがる方角を眺める。
「あれは……爆撃っす。 魔法じゃないっす」
「ああン? どういう事だ? このマイチュア・マギエ学園に爆撃だぁ?」
ライアットが素っ頓狂な声をあげるとバレッタは頷いた。
「たぶん……AMGGの奴らだと思うっす。 こんな事するのは他に考えられないっす」
「なんだそりゃ?」
イクローが目を瞬かせるとバレッタは真面目な顔になった。
「……テロリストっす」
AMGG……反魔法少女組織とは魔法少女を敵と認識する人間たちの作った組織である。
魔法少女を人類の敵と見なし、発見しては無差別に殺す。
そういった人間たちのテロリスト集団である。
以前よりこの学園に攻撃をするつもりがあるのではないか、と噂されていた。
バレッタは傭兵時代、彼らと戦っていたのだ。
彼女が当時属していたのはティアマト王国で雇っていた傭兵団である。
彼らは元々、家族に魔法少女がいたりなどの理由で魔法少女側に付いた人間の兵士たちである。
この世界はそういった人間同士の争いもまた激しく存在している。
彼らの多くは反AMGGというややこしい名前の組織に属していた。
「おい、という事はあいつらは……」
イクローの顔つきも変わった。
「人間っす」
バレッタは低い声で答えた。
「バレッタちゃん……」
アオイが普段の姿にいつの間にか戻って心配そうに声をかける。
「アオイちゃん! アオイちゃん!」
バレッタが慌てて叫ぶ。
アオイはもはやほぼ全裸だった。
「キャッ!」
彼女は慌てて必死に身体を隠しながら真っ赤な顔でイクローを見た。
「ご、ごめん……俺あんまり見てないから……」
必死に顔を背けながら言う彼の声にアオイはつい吹き出してしまった。
そしてその間にバレッタが魔法で彼女に服を着せる。
しばらくすると森の上空にヘリコプターが現れて、さらなる爆撃を行い始めた。
普段であれば対外的な防御結界が張られているのだが、ルードゥスの間は逆に内側からの攻撃を漏らさないように結界の方向が逆になっているのだ。
おそらく彼らはいかなる手段を用いたのかその情報を得て、このルードゥスの期間を狙って攻撃を仕掛けてきたのだろう。
空中で静止している人員輸送用のヘリから、多数の兵士がロープで森の中へと降りていく。
マイチュア・マギエ学園は今この瞬間から戦場と化した。
森の上に赤い丸い月が浮かんで、まるで笑い顔のように見える。
彼らAAMGにはひとつ誤算があった。
今夜は『ヴァルプルギスの夜』なのだ。
魔女や魔法少女の魔力が一番高まる日。
いつの間にかすっかり暗くなった周辺で、そのぽっかりと浮かぶ巨大な満月がそれを表していた。
本来ならば魔女たちがサヴァトを開き、夜の闇を跋扈する、そんな夜なのだ。
「まぁ、なんにせよ……こりゃルードゥスどころじゃないよな」
イクローが燃え上がって赤く染まる空を眺めて呟いた。
駆け付けたイクローが思わずそう声を漏らすとライアットとバレッタはふり向いた。
「いいいいい、イクローサマッ?! なんでここに来やが……こちらにいらっしゃられれれ……」
「いや、だから普通にしゃべれって……」
ライアットは真っ赤になって俯いた。
彼女をバレッタはどんぐり眼をくりくりさせながら見つめて、そっとその耳元に小さな声で囁いた。
「ライア姐さん、もしかしてイクローセンパイの事好きなんすか?」
ライアットは耳まで真っ赤になってものすごい勢いで首を振って、バタバタと手を動かした。
「バッ、ちっ違ェよ! あ、あたいはそんな……が、柄じゃねぇし……」
最後は消え入りそうな声になりながら彼女はしょんぼりと俯いた。
バレッタは、にぱ、と笑うとまた彼女の耳元に顔を寄せて囁く。
「じゃあ、そっちもあたしと姐さんはライバルっすね」
ライアットはぽかんとした顔でバレッタを見て、ニッ、と笑った。
「今度こそ負けねェぞ!」
「へへっ、返り討ちっす!」
二人はまた肩を抱き合って笑った。
イクローはそんな二人を見てひたすら首を傾げるのみだった。
「これはどうなったのでしょう? バレッタ選手とライアット選手は決着が着いたのでしょうか?」
校内魔法放送でエミシオンが声を上げると、ライアットが双方向で彼女に魔法通信を送った。
「放送係! 聞いてるか? ……あたいとバレッタの勝負はとりあえずは引き分けだ! あたいは今回のルードゥス、もう第一のヤツラには手出ししねえ! あたいと引き分けたバレッタを称えてな! 周知してくれや」
「え? あ、ライアット先輩? あ、はい、わ……わかりましたぁ!」
エミシオンは驚いた声で答えると叫んだ。
「どういう経緯かわかりませんが、只今ライアット選手からこの戦いは『引き分け』との連絡がありました!」
校内から歓声があがる。
あのライアットと引き分けたバレッタへの称賛の声だった。
実際は彼女の勝ちなのだが、最終日までリボンを預けるという口約束のために今は引き分けという扱いにしたライアットの思惑である。
「そしてバレッタ選手を称えてライアット選手本人は今回のルードゥスに於いて今後第一生徒会所属の選手とは交戦しない、との表明がありました!」
エミシオンが続けてそう言うと、校内の声が歓声とどよめきの入り混じったものになった。
アオイはイクローが去ると、ふぅ、と息をついて周囲に人がいないのを確かめると、またその瞳を金色に輝かせた。
彼女は自身の内面で暴れ続ける吸血鬼の本能をそれまで薄れていた自意識と理性を引っ張り上げる事で抑え付け、静かに笑顔を浮かべた。
その表情には先ほどまでの野性味も酷薄な妖艶さも微塵も消え失せて、彼女自身の感情がありありと浮き出ていた。
「ごめんなさい……アマイアさん。 改めて正々堂々と勝負しましょう!」
アオイは微笑したまま小さな声でそう呟くと剥き出しだったその鋼をも切り裂く爪をしまい込んだ。
理性が戻った事で、相手を殺しかねないその武器を使うまい、と考えられるだけの冷静さを彼女は取り戻したのだ。
アマイアは眉間に皺を寄せて怪訝そうに彼女を見ながら、足元のテディベアをけしかける。
「その爪、使っていいわよ。 私、この子なら大丈夫だから」
彼女はそう言って、一瞬目を閉じるとまたカッと開いた。
アマイアの足元でぬいぐるみのクマは、ぽふ、と自分の胸を叩いて見せ、また巨大化した。
「え? ええぇ!?」
アオイは驚いて後ずさった。
「世にも珍しい……テディベア型の魔導杖(ロッド)! その名も『マルク』! その真価を見せてあげるわ!」
アマイアが高らかに叫ぶと、クマはくるり、とその場で回転してから胸に手を当てて礼儀正しくお辞儀をした。
「アオイさん、私に向かって……そうね、石でも投げてみて?」
「は? 石、ですか?」
アマイアが突然そんな事を言い出すのを聞いてアオイは唖然としてオウム返しに聞いた。
「ええ! なるべく全力で!」
彼女は自信たっぷりにそう言うと両手を左右に大きく広げて目を閉じた。
アオイは困った顔をしていたが、アマイアがなかなか石を投げないアオイに目を開いてその榛色の目で促すと、困った顔のまま頷いた。
「じゃ、じゃあ……行きます」
アオイは素直に足下から小石を拾うと、えい、と彼女に向かって投げた。
するとどういう訳か、アマイアに当たる寸前に石が消えてなくなった。
「え? え?」
アオイの驚く姿にアマイアは満足げに頷いた。
クマのマルクがアオイの前に一歩進み出ると、ドヤ顔でその丸い手の上に載せた石を掲げて見せた。
「この子は私に対して起こるダメージの元を全て軽減するのよ!」
アマイアは得意げに叫んで、しゃがみこむとクマの頭をぽふぽふ、と軽く叩いた。
「だからさっきのあなたの攻撃でもこの程度のダメージで済んでいるのよ。 だから遠慮せず全力でかかっていらっしゃい!」
アオイはこくん、と小さく頷くとキッとその巨大なクマのぬいぐるみを睨んだ。
「なるほど……わかりました」
「だから遠慮は無用! いざ!」
アマイアは叫んで、両手を胸のあたりで組むと高速詠唱を開始した。
「行きますっ!」
アオイも叫んで、爪を出すと右前に構えて全身に力を漲らせた。
次の瞬間彼女の姿は立ち消えた。
あまりにも高速で移動したのでまるで彼女が消えてしまったかのように見えるのだ。
暗い森の中に金属同士がぶつかり合うような、ギィン!! という音と、激しい火花が散るのが見えた。
攻撃したアオイは、その強力な爪を弾かれて衝撃で後ろへと下がった。
彼女の猫化した足の爪が地面に食い込んで、反動を殺しながらも幾筋にも爪痕を引きながら数メートルほど押し戻された。
アオイはそこで膝を突いて、顔を上げる。
彼女の強烈な腕力を使った攻撃の威力が全て彼女自身に衝撃として返ってきたのだ。
その表情には驚嘆の色が張り付いている。
「か、硬い! いえ……硬いというよりは柔らかく受け止めて返されたような?!」
思わずそう声を漏らすと、アマイアが右手の甲を口元に当てて、高笑いをした。
「どう? マルクの防御力はたいしたものでしょう? ……降参するならここで許してあげてもいいのよ?」
余裕たっぷりにそう叫ぶアマイアだったが、彼女もまたアオイの力に驚嘆していた。
今までに味わった事のない程の物理ダメージをマルクが彼女に伝えてくる。
吸血鬼が人間よりも圧倒的に優れている事がある。
不死に近い肉体、目に見えない早さで動ける事、魔法少女にも迫ろうかという魔力。
それらはもちろん十二分に恐ろしいが、何よりも恐ろしいのはその腕力だ。
極々シンプルに、吸血鬼というものは普通の人間と変わらぬ見た目、サイズでありながら巨大な魔獣のごとき凄まじい腕力を持っている。
見た目がごく普通の少女とそう変わるわけでもなく、完全なる吸血鬼ですらない半人半魔のアオイですらその力を全力で振るえばその力は雄ゴリラをも軽く凌ぐだろう。
魔導が科学として研究されているこの世界には魔法で作り出されたモノ以外の魔物や妖怪などの存在はいない。
本物の魔の眷属の力など誰も知らないのだ。
故にアマイアはアオイを侮った。
本来自らのロッドがテディベアというおおよそ攻撃的には見えない代物である為、相手を侮らせて勝ちを納めるのがアマイアのスタイルである。
だが、此度は違った。
自らが相手を侮り、その力を見誤っていたのである。
もっともアオイが吸血鬼である事など、アマイアには知る由もなかったが。
アオイは自らの力を高めるため、足の猫化を促進させた。
膝から下だけを猫化させていたものを、太もものあたりまで猫化させたのだ。
彼女の足は膝の方向が逆に曲がり、まさに獣そのものの形状へと変わった。
ここまで猫化させると彼女の膝はすでに膝ではなく、踵である。
猫の踵は足の逆に曲がったその部分なのだ。
つまり、猫は常につま先立ちで歩いているようなものだ。
そこまでするのならいっそ全身を巨大な猫に変えればいいと思うかもしれない。
だが、全身を猫化する能力を彼女は持っていない。
せいぜいが四肢と耳、しっぽを猫にできるだけだ。
それは彼女に限らず彼女の一族、猫の血族の吸血鬼の誰もがそうである。
アマイアは高速詠唱を続けている。
その魔法によりマルクは更に身体をむくむくと成長させ、アオイの変化に呼応するようにまさに巨大なクマと同程度の大きさの巨大さに変わった。
アオイとマルクは何度も目にも見えない速さで交錯し、その度に真っ暗な森の中に火花が走った。
二人(?)は組み合ってくるくると回るように互いの打撃を打ち合い、避けあう。
その様は猫耳少女とぬいぐるみのクマというある意味緊張感のないファンタジーな者たちが、まるでダンスを踊っているような呑気な状況にも見えた。
「いやぁ! 必殺! 『魔猫拳』!!」
アオイは叫んで高速でボクシングのフックのように爪の生えた猫の手をマルクのぽよん、とした身体に叩き込む。
その緊張感の欠片もない名前とは裏腹に強烈な重たい一撃を受けてマルクの柔らかい身体がぐにゃりと歪んだ。
だがそのクマにダメージはなくその衝撃がアオイの腕へとぼよん、と跳ね返ってきた。
アオイは未だ血の錠剤の効果が残っているのでダメージを受けてもすぐに回復していたが、疲労感は確実に蓄積している。
彼女は焦りを感じていた。
このままでは埒があかない。
「このもふもふめぇ~!!」
悪口なのか褒めているのかわからない叫びを上げてアオイは目の前のマルクをねこぱんちでぽこすかもふもふと何度も殴りつけた。
もふもふのクマをぷにぷにの肉球で殴るその姿は本人たちの真剣さとは裏腹に見る者の目を和ませる光景だ。
クマの主であるアマイアすら、呪文を詠唱しながら頬を紅潮させて幸せそうな顔でその戦いを見つめている。
今すぐにでもイクローやバレッタの元へと駆けつけたいという彼女の気持ちが焦りを生んでいた。
彼らが既に逆にアオイの元へ向かっている事を彼女は知らない。
叩いても引っ掻いても、何も効果がないマルクの脳天気そうな顔をアオイはむっとした顔で見つめた。
「むーっ!! アマイアさん!! この子ずるいです!!」
アオイは耳をぴん、と立てて情けない声でクマの背後で呪文を詠唱するアマイアに向かって叫んだ。
アマイアは顔をしかめて、ぷい、と横を向いて両手を腰に当てた。
「私の魔導杖は元々こうなんだから仕方ないでしょ! ずるいも何もないわ!」
彼女がそう叫ぶと、アオイはさらにぷぅ、と膨れた。
「わたし急いでるんです! ちゃっちゃっと済ませたいんです!!」
アオイが両手の猫手を握りしめて思い切り叫ぶと、アマイアは急に真顔になって意地悪そうにほくそ笑んだ。
「いいわよ? じゃあちゃっちゃと終わらせてあげる!」
彼女はそう言うなり、また高速詠唱を始めた。
音にならない高周波がアオイの猫耳の中を叩き暴れ回る。
すると巨大なクマのぬいぐるみが、さらに段階を追って大きくなっていった。
「……ぐぬぬ。 この手は使いたくなかったけど、こちらとしてもアオイさん、あなたとこれ以上戦い続けるのは本意じゃないわ!」
アマイアは決意を秘めた表情でアオイをじっと見ると、腰に下がったポシェットに手を突っ込んだ。
「アマイアさん? いったい何を?」
アオイは身構えながら彼女の動向を鋭い目で見守った。
その額に一筋の冷や汗がつつ、と流れる。
彼女はまだ奥の手を隠しているというのか、とアオイの全身に緊張が走る。
ふとアマイアはおもむろにポシェットから何かを取り出した。
それは一冊の本だった。
「え? 本?」
アオイは一瞬全身から力が抜けてしまったが、油断はできない、と身を引き締めた。
「……あなた、日本人だったわよね?」
アマイアに急にそう問われて、アオイはまた力が抜けるのを感じながら目をぱちぱち、と瞬かせた。
「え? あ、ああ、はい……そうですけど?」
アオイが応えると、アマイアは悔しそうな顔になってその場で地団駄を踏んだ。
「きぃ~!! 羨ましい!!」
「へ?」
叫ぶアマイアにアオイはぽかん、と口を開けた。
「私は、日本のアニメやマンガが大好きなのよ! これを見なさい!!」
彼女はそう険しい目つきでアオイに手に持った本を突きつけて見せた。
「こ、これは? マンガ? なんか薄いけど……」
アオイが不思議そうにそれを見ると……それは薄い本、いわゆる同人誌だった。
何かのアニメの二次創作らしい、超絶美形の青年が二人半裸で絡み合っている表紙だった。
「こ、これはまさか!! えっちなマンガ!?」
アオイは顔を真っ赤にしてそのまま絶句した。
「私の大好きなアニメ『歌う☆皇太子様』の二次創作BLよ!!」
アマイアは得意げに高らかに叫んだ。
「に、にじ? び、びーえる? ……ご、ごめんなさいわたしそういうのあまり詳しくなくて……」
アオイが彼女の勢いにたじたじと気圧されながら申し訳なさそうに言うと、アマイアは憤慨した顔になってふん、と鼻息を漏らした。
「なんでよ! アンタ日本人なんでしょ!? 日本人のアンタが詳しくないはずがないわ!」
「そ、それは偏見ですよぅ!」
アオイが目を丸くして驚きながら猫手を振るとアマイアは不機嫌そうにアオイをしげしげと眺めた。
「嘘ね! そんな萌え文化の塊のような姿をして、アニメに興味がないですって? 笑わせないでほしいわ! 猫耳ジャンルは確立された萌えの一つよ!」
アマイアは腕を組んでアオイを威圧的に見下ろした。
「萌え文化って……わたしだって好きで猫化してる訳じゃないですよぉ!!」
アオイは半ば怯えながら、猫耳をぴくぴくと動かして猫の手を胸のあたりで握りしめた。
「きぃ~!! かわいい!! なんてかわいいの!? それを萌えと言わずしてなんと言えばいいの?」
アマイアは目を釣り上げながら、びし、とアオイを指さした。
いつの間にか彼女の隣にマルクが立って、腕を組みながら黙ってうんうん、と頷いた。
「きぃ~~~~~!! 悔しいわ!! 悔しいわったら悔しいわ!! なんだかとっても悔しいわ! なにそのもふもふした耳! 手! 足! もふもふか!? もふもふなのかぁぁ!?」
彼女はまたその場で地団駄を踏みながら、きぃ~、と唸り続けた。
アオイは予想の斜め上を行く展開に、目眩すら覚えながらひたすら困った顔であたふたと落ち着きなく猫の手を振りながらうろうろと動物園の虎やライオンのようにぐるぐる歩き回った。
だがそこで彼女は異変に気づいて、はっと目を上げた。
クマのマルクが先ほどよりも明らかに一回り、いや二回りは巨大化していたのだ。
その隣でアマイアがふうふう、と息を荒げながら、なぜかこの世の終わりみたいな顔をしてしゃがみ込んだ。
「……鬱だわ……。 あぁ……気が重い……気が重い……」
彼女はしゃがみ込んだまま、手に持った薄い本を開いて、顔を隠すようにその本に没頭し始めた。
「うへ……うへへへへ……いいわねぇ。 アンタは苦労せずに同人誌とか買い放題なんでしょうねぇ……。 私がこれを手に入れるのにどれほど苦労したか……。 きぃ~~~~、しかもそのもふもふ!! 鬱だわ……」
アオイはそのいい知れない気迫に後退った。
「重い! なんて重い魔気なの!? ……ご、ごめんなさい!! なんかわかんないけど、ごめんなさぁぁい!!」
彼女は恐怖に震えながらぺこぺこと謝りながらずりずりと少しずつ後ろへ下がっていった。
今のほんの僅かな時間の間にマルクの身体はさらに大きく成長し、もはや森の木々すらをも超えそうな程にまでなっていた。
アマイアはどんよりと暗い表情で本から顔を上げるとアオイをじっとりとした目で見た。
「ううん……許さないわぁ……これは日本人以外のOTAKUに対する冒涜よ……絶対に許せないわぁぁ……」
彼女は本を開いたまま、すっくと立ち上がるとちらちらとそのページを覗き込みながら、はふぅ~、と熱い吐息を漏らした。
「ねぇ……アオイさん、私……腐ってるの!!」
「え? く、腐ってる!?」
アオイはひたすらたじたじと圧倒されながら目を白黒とさせた。
彼女が『腐女子』という言葉と意味を知るのは今よりもずっと後のことだ。
腐女子、それはBL、すなわち男同士でくんずほぐれつなアレなモノを好む女子の事である。
BLとホモセクシュアルは違うものである、と彼女らはよく口にする。
もっとも同じ腐女子であっても、好みや嗜好で多少の意見の齟齬があるので、これだ、という定義があるわけではない。
つまり「腐ってる」とは「自分は腐女子である」という意味であり、男同士でアレするアレなアレが大好きよ、という意思表示なのだ。
……まるでそういうモノに興味のない者は、そんな意思表示をされても困るだけなのだが。
アマイア・エイドロン・クルスという魔法少女はいわゆる水属性の『幻惑系』の魔法の持ち主である。
幻惑、と言っても様々でその名の通り幻を見せて惑わせる魔法を使うものもあれば、その自らの幻想を具現化させる能力のものもいる。
アマイアは後者にあたる。
元々幼い頃の彼女は、よくいる夢見がちな、いつも想像と現実をふわふわと行き来しているようなそんな女の子だった。
そんな少女アマイアは、七歳の時に魔力に目覚めた。
それと時を同じくして、彼女は故郷であるスペインのアンダルシア地方にあるロンダという田舎町にある教会で育った。
彼女は不幸な事に親に捨てられた孤児だったのだ。
その不幸な生い立ち故か、彼女は想像の世界に生きているような少女になった。
そんな彼女はある日、教会の小さなテレビでたまたま放送されていた日本制作のアニメを見て、すっかりハマってしまった。
日々を想像と現実とを行き来しているような彼女にとっては、日本のファンタジックなアニメはその幼い心に衝撃を与えたのだ。
彼女は教会の事務の手伝いをする為にPCの使い方を覚え、教会のシスターや市婦たちに隠れてこっそりとネットで情報を集め、ネット上で同好の士とも知り合い、いつしか立派なオタクへと成長していた。
お気に入りのアニメキャラ、主に美少年や美青年のキャラを自らの妄想で絡ませあられもないアレやコレやを想像し、日々妄想をたくましくして彼女はその想像能力を磨き上げていった。
マイチュアマギエ学園への入学、それは魔法少女として覚醒した者の一応の義務教育とされている。
入学資格の得られる十四歳になった頃には、彼女はすっかり『腐って』いた。
学園に入ると元々夢見がちで妄想癖のあるアマイアは、その魔法の素養と相まって自分だけのお友達、を作り上げた。
それがマルクである。
イクローがそうであったように、教師から与えられた魔導石のピアスから生まれた彼女の魔導杖はなんとクマのぬいぐるみの姿をして、まるで生き物のように自ら歩き思考しているようだった。
学園に入ってからも彼女の『腐女子』っぷりは衰える事を知らず、いつしか学園内にも同好の士を見つけ、集うようになった。
世界中どこでもよくある話でそういったオタク、GEEKというものを快く思わない者がいるものだ。
そんな一人の少女にアマイアはいじめ、と言うほどではないが、嫌がらせを受けた。
彼女が一人こっそりと書き綴ったオタクノートを彼女の机から盗み出し、ページを切り取って学園の掲示板に貼りだしたのだ。
本来はおとなしい性格のアマイアは、その屈辱的な仕打ちにじっと黙って耐えた。
だが、彼女の連れていた不思議なクマのぬいぐるみが時間を追うごとにだんだんと大きく育っていった。
マルクがそのアマイアにひどい事をした女生徒に何かしたわけではない。
ただ、どんどんと身体を大きくしていきながら、彼女の後をずっとひたひたと追いかけ回したのだ。
数日間物言わぬ巨大なクマのぬいぐるみに追い回され、彼女はその多大なる恐怖とストレスで精神を蝕まれた。
その女生徒はそれからしばらく病院へと入院する羽目に陥った。
そんな事件があってから、アマイアはだんだんと自分の意志や希望をはっきりと口にする性格へと変わっていった。
それは、彼女がストレスを溜める事でマルクが巨大化していくという事実を知ったからだ。
彼女が年を経て、その魔力が上がっていった事で、彼女にもう一つの力が生まれた。
ストレスで巨大化するテディベア型のロッド、マルクの能力が芽生えた。
それは彼女が妄想をたくましくすればする程に、彼女の物言わぬ友人、いや友熊はその身を変化させるのだ。
そして彼女が得た称号が『暴走妄想』。
その称号の通り、暴走する妄想を攻撃力に変える能力の持ち主なのだ。
今まさに、アマイアはその能力を解き放とうとしていた。
故に、自らの思い込みでストレスを溜め重い魔気を溜め、マルクを巨大化させた。
そして……彼女はマルクの二段階目の『変身』の能力をも使おうと心に決めた。
それは決してアオイに対しての嫉妬や怒りではない。
彼女を強敵、と認めた為だ。
強敵と認めたからこそ故なき怒りなどの負の感情を滾らせて、自身の能力を今ここで最大限に発揮させようとしている。
最強の『腐女子』がその能力を解放しようとしていた。
アオイは気づかぬうちに禁断の領域に足を踏み入れてしまったのだ。
アマイアは、酷薄な笑みをその顔に張り付かせて、愉悦に満ちた表情をアオイに向けた。
「私うれしいのよ、アオイさん!」
アオイは額から冷や汗を滴らせながら目を剥いた。
「うれしい?!」
アオイが思わず聞き返すと、アマイアはBL同人誌を大事そうに胸に抱きしめながら、目を閉じると、ほう、と熱い吐息を漏らした。
「今まで……本気で戦える人がいなかったの! アンタみたいな子に会えて……私、しあわせ!」
アオイは蒼白になって、情けなく眉を下げて、ぼそぼそと小さな声で呟いた。
「……わたしにとっては……大迷惑……です……」
そして彼女は大きなため息をついた。
アマイアはそんなアオイの様子など何処吹く風というように、鼻歌交じりでポシェットに手を突っ込むと、B4サイズのスケッチブックを取り出した。
彼女の握り拳よりもいくらか大きい程度の小さなポシェットにどうやってそんなモノが入っていたというのか。
おそらくはポシェットに魔法をかけ、内部に特殊な結界を作って空間を拡張しているのだろう。
アマイアは続いて製図用ペンも取り出すと、うれしそうに絵を描き始めた。
「うふふふ……私の推しキャラの天王丸きゅんのあられもない姿を見せてあげるわね! アオイさん!」
彼女が嬉々としてペンを紙面に走らせながら言うと、アオイは大きく首を振った。
「いえ、み、見たくないですぅ!」
「遠慮しなくていいのよ? それまではマルクが遊んでくれるわ! ……こんなのはお好み?」
アマイアが言いながら、右手に持ったペンを親指を中心にくるり、と回すとそこから魔法の光がふわり、と現れて巨大化したクマのぬいぐるみに吸い込まれていった。
マルクは全身をぼこぼこと波打たせてだんだんとまたその姿を変えていった。
がっしりとした四肢で四つん這いになって大地に立つ。
その足に生えた太い爪が地面に食い込んだ。
その頭には荘厳さをも思わせる鬣をなびかせ、鋭い牙を持ちまるで赤い炎を思わせる真っ赤な口を大きく開いて獣の咆吼をあげた。
山羊のような胴体には真っ黒な翼が生え、その尾は先端に毒蛇の頭が付いており、ちろちろと長細い舌を出し入れしている。
頭は獅子、身体は山羊、尻尾は毒蛇……それはまるでギリシア神話に出てくる怪物そのものだ。
アマイアは自身のイメージでその分身たる魔導杖、マルクをどのような姿にも変貌させられるのだ。
彼女の別の称号『幻獣使い』はその能力からつけられたモノだった。
魔法を礎とするもの以外に魑魅魍魎の類が存在しないこの世界で彼女は幻獣を生み出す驚異の唯一の能力を持つ魔法少女だった。
殊更に想像力豊かな彼女にはうってつけの能力だったといえる。
本人の才能とその潜在魔法とが合致してさらなる高い魔法力を発揮している代表のような存在だった。
そういった魔法少女を『完全合致者』と呼ぶ。
「き、キマイラ!!」
アオイがそのおぞましい幻獣へと姿を変えたマルクを見て叫ぶとアマイアは絵を描いている手元から目を離さずに薄く笑いながらこくり、と頷いた。
「やっぱりメジャーな方がいいかと思って! 地獄の番犬ケルベロスとかの方がお好みだったかしら?」
アオイはより一層その顔面から血色を消していきながら、とうとう涙目になって悲鳴をあげた。
「いやあぁぁぁぁ!! どれもいやあぁぁぁ!!」
バレッタは暗い森の中を駆けた。
彼女を行かせる為に残ったイクローとライアットの事も気がかりではあったが、それよりも彼女の親友であるアオイの身が心配である。
バレッタは驚くべき高速で移動していた、彼女の出せる全速力だ。
それでも彼女本人にとってはもどかしい程にその進みが遅く感じられた。
ただただ気ばかりが焦り、地上を移動していたら足がもつれて転んでいたのではないかと思うくらいに無我夢中でただただその身を前に進ませた。
やがて森の中で木々が大量に折れ倒れて開けている一角へとたどり着くと、バレッタはそのまん丸い大きな目をひときわ大きく見開いた。
そこには信じられないようなモノが存在していた。
ファンタジー物の小説やマンガ、アニメ、ゲーム……そしてそれらの元となったギリシア神話の中によく出てくる、幻獣キマイラ。
その巨大な山羊のような胴体に真っ黒い大きな翼を生やし、獅子の頭を持ち、毒蛇の尾を持つ凶々しい化け物。
一瞬バレッタの頭が真っ白になった。
だが、その怪物の足下で必死に逃げ惑う彼女の親友の姿がその目に入ると、バレッタの身体は考えるよりも先に動いた。
彼女は移動速度を落とさずその勢いのまま、全速力で野球のヘッドスライディングのように両手を伸ばして頭からその怪物へと突っ込んでいった。
「うわあああああああ!!」
バレッタは絶叫しながら伸ばした手に彼女の魔導杖、魔神銃を携え、その魔力の弾丸を乱れ撃ちに撃ちながら後先考えずに飛び込んだ。
一瞬の事ではあったが、バレッタにはそれがスローモーションのように感じられている。
魔神銃を乱射しながら怪物の懐へと飛び込むと、重力に逆らうようにふわり、と彼女は頭を下にして空中へ浮き上がり、左右に手を広げて回転しながらキマイラの両前足へとその弾丸を叩き込んだ。
そして一歩下がって魔力を溜めるとその大きく赤い口を開いた獅子の頭の喉元へ、重たい一撃を二発……片手ずつ撃ち込んだ。
怯んだキマイラの足下で愕然とその様子を見ていたアオイを彼女は抱きかかえ、そのまま二人は風に乗ってキマイラの背後へと降り立った。
「ば、バレッタちゃん!!」
そこでようやっと我に返ったアオイが叫ぶとバレッタも、はっ、とした顔になって親友の身体に思い切り抱きついた。
「アオイちゃん!! 遅くなってゴメンっす!!」
アオイは目に涙を溜めながら首を振った。
「ううん……来てくれてありがとう……バレッタちゃん」
抱き合う二人の眼前で巨大なキマイラが大したダメージもなく起き上がると一声地の底から響くような咆吼を上げた。
「あ、あいつはなんなんすか!?」
バレッタが叫ぶとアオイは、化け物の向こう側て愉しそうに絵を描いている少女を指さした。
「彼女の魔導杖なの! 何にでも姿を変えられるみたい。 それに……どんな攻撃も大して効かないの!」
涙目で訴えるアオイを見つめて、バレッタはむむ、と呻いた。
「……あの子を直接倒すしかないって事っすか?」
バレッタが尋ねると、アオイはふるふる、と首を振った。
「彼女への攻撃はこの魔導杖が全部身代わりに受けてしまうらしいの!」
アオイが応えるとバレッタは唇を噛んでから、不敵な笑みを浮かべた。
「こいつが魔導杖だってんなら……あの子の魔力でできてるわけっすよね。 じゃあ魔力がなくなるまで粘ってなんとかブッ倒すしかないって事っすね!!」
バレッタの言葉にアオイが頷いた。
「この大きさだから決して長丁場の戦いに向いてるとは思えないんだけど……」
アオイはそう言いながら、少し思案するようにして顔を上げた。
「……バレッタちゃん。 三十秒でいい。 時間を稼いで!」
バレッタは一瞬目を見開いてから、こくん、と頷いた。
「わかったっす。 アオイちゃんを信じるっす! ……三十秒でいいんすね?」
「うん、ありがとう……お願い!」
二人は頷きあって、お互いの手を握りあうとその場から飛んでバラバラの方向へと離れた。
アマイアは少し不機嫌そうな顔になったが、すぐにため息をついて言った。
「一騎打ちに乱入するのはルール違反よ! まぁ……二人まとめて相手してあげてもわたしは構わないけど」
彼女はそう言って、魔法通信で運営に連絡を始めた。
「一騎打ち申請は解除します! まとめて他の子も相手する事にしましたの!」
「え? アマイアさん?」
通信先のエミシオン・ヴィシラーニが焦った声を上げるのを彼女は通信を切って、バレッタにどうぞ、と手を差し出した。
「感謝するっす! ……ほらほらぁ!! キマ公!! あんたの相手はあたしっすよぉ!!」
バレッタは叫びながら風魔法で天高く舞い上がると、ドリルのようにきりもみ回転しながら頭からキマイラへと突っ込んで行った。
彼女は数え切れないほどの銃弾を発射しながら、ひたすらにくるくると高速で回転しつつ一直線にキマイラの頭へと突っ込んでいく。
キマイラへの距離を詰めながらバレッタの両腕の魔神銃はジャキン、と音を立ててその銃身に魔力でできた緑色に光る刃を形成させた。
上空から雨のように降り注ぐ魔力の銃弾でこめかみにいくつもの穴を空けられてキマイラは悶えながら大きく獅子の口を開いて咆吼した。
「それを待ってたっす!」
バレッタは快哉を上げながら、その大きく開いた口の中へ回転しながらそのまま身を飛び込ませた。
その時アオイは目を閉じて、地面に膝を突きながら祈るような姿勢で何かへ呼びかけていた。
「ベル! ベル!」
彼女が使い魔に声をかける。
「ごしゅじん? なんです?」
その小さな灰色の子猫は不思議そうにアオイに語りかけた。
「うん! ベル、わたしに力を貸して!」
果たしてその可愛らしい小さな子猫にどのような力があるのか?
あの巨大なキマイラに対抗できるだけの力があるのか……その見た目からはまるで想像も付かなかった。
小さな子猫はくりくりと深いスカイブルーの瞳を動かすと、得意そうに胸を張った。
その動作に首に付いた鈴がチリン、と小さな音を立てた。
「任せてください! このベル、師匠にはまだまだ及びませんが、使い魔として立派にご主人の役に立ってみせますよ!」
「ベル、憑依を!」
アオイが叫ぶと、子猫は光る尾を引く幻のような姿になって彼女の身体を取り囲んだ。
「いきます!」
ベルは一声叫んで彼女の胸のあたりに吸い込まれるように消えていった。
すると血の効果で赤い獣のような色をしていたアオイの瞳がまた金色に輝きだした。
獣じみた、ウウウ、といううなり声をあげて彼女の身体がまた変容していく。
彼女の身につけていたもはやぼろ布のようになったジャージが音を立ててビリビリと裂けて、彼女の姿はまるで大きな猫そのものへと変わった。
これが彼女の完全体である。
彼女たち猫の血族の吸血鬼は完全に猫へと変化する事は基本的にはできない。
だが、使い魔の魔力と妖力を借りる事でそれを可能とするのだ。
彼女の一族ではこの姿を『猫魔人』と呼ぶ。
猫魔人に変容できるのは彼女と、その父親のたった二人だけである。
その大きさと二本足で立っている事を除いて、唯一普通の猫と大いに違うのは――その尾が二股に分かれている事だ。
古来からその猫魔人を見た人間たちにより、こうした存在は『猫又』と呼ばれた。
猫又、という妖怪も彼女たちの世界には存在しているのだが、それらは人前に姿を現す事はほとんどない。
アオイ、いや今やその人間大で二本足で立つ巨大な猫妖怪は金色の瞳でバレッタを飲み込んで悶えのたうち回るキマイラを見据えた。
彼女はのたうつ巨大な獣へと四本足で駆け寄ると飛びつき、その喉笛へと食らい付いた。
キマイラは更に苦しみ悶え、不気味な咆吼を漏らした。
それでもその喉へと食いつくアオイは振り回されながらもまるで離れる気配はない。
さらに追い打ちをかけるように彼女はその鋭い爪を太いキマイラの首へと食い込ませた。
爪はまるで日本刀のように伸びて、その太い首へと突き刺さり確実にそれを切り裂いていった。
「えぇい!!」
アオイが叫んでその巨大なそっ首をギロチンにかけたように切り落とすと同時に、その巨大な腹を裂いて真っ赤な塊が回転しながら飛び出した。
それは幻獣の血に染まったバレッタである。
彼女は回転をやめて地面にゆらり、と降りたつと自身の瞳と同じ全身赤に染まった姿で驚いた顔で絵を描く手を止めたアマイアを睨んだ。
その横に巨大な猫がすとん、と降りたってバレッタに並ぶ。
「え? ま、まさか……アオイちゃんっすか?」
真っ赤に染まったバレッタはぱちくりと目を瞬かせて猫魔人と化した親友を眺めた。
「う、うん……び、びっくりした?」
アオイが猫の顔で情けなく笑うとバレッタは目を輝かせた。
「かわいいっす!! もふもふっす!!」
彼女は思わずアオイに抱きつこうとして、血まみれの自分の姿に気づいて遠慮して動きを止めた。
アオイが苦笑していると、アマイアが座っていた草むらから立ち上がって、げふ、と咳き込んで血の塊を吐き出した。
「……驚いたわ。 二人がかりとはいえ……私のマルクを倒すだなんて……」
彼女はそう呟くと、ふらり、とよろめいて地面に膝を落とした。
「あんたの負けっす。 あきらめるっす」
バレッタが言うと、アマイアは不敵に口の端を歪めた。
「……まだよ。 その証拠にリボンはまだ私の胸にあるでしょう?」
彼女の言葉に、バレッタはむぐ、と言葉を詰まらせた。
たしかにそうだ。
彼女の胸にまだリボンがある、という事は彼女はまだ戦闘不能に陥っていないという事だ。
戦闘続行不能、もしくは自らがペンダントを対戦相手に差し出さない限り、勝敗は決していないという事である。
それが魔法対抗戦のルールである。
つまり、アマイアはまだ戦闘続行可能と判断されているのだ。
「……アンタも名乗りなさいよ。 アオイさんと私は名乗りあって決闘をしていたのよ。 一対一の決闘に踏み込んできたのは許してあげる。 だからアンタも名乗りなさい」
アマイアはそう言って憎々しげにバレッタを見据えた。
「あたしはバレッタ、バレッタ・パッラ・ベレッタっす。 ……あんたは?」
バレッタは素直に名乗って彼女を見つめ返した。
「そう、あなたが『無限の弾丸』……。 私はアマイア・エイドロン・クルスよ」
アマイアもバレッタのまた違う称号で呼んだ後に改めて名乗った。
するとバレッタも感心したように呟いた。
「あんたが『暴走妄想』、『幻獣使い』……のアマイアさんすか……。 なるほど、合点がいったっす」
二人は鋭い目で睨み合った。
今年の一回生にはすごい魔法少女が二人いる。
そう入学直後から噂になっていた二人。
こうして顔を合わせるのは初めてだったが、お互いにその噂を聞き、いつか相まみえる事もあるだろうと密かにライバル心を燃やしていた二人。
その二人がとうとうルードゥスにて対峙したのだ。
彼女らが入学してから今回で三度目のルードゥスである。
今までこうして直接対決する事がなかったのは、二人とも格上の魔法少女たちのターゲットにされて早々に退場させられていたからだ。
二人の実力ならば上位の成績に食い込んでもおかしくはない。
それでも注目されたせいで格上の相手に続けざまに戦いを挑まれてはそうそう勝ち残れるものではなかった。
現在、公式にカウントされてはいないもののライアットを破ったバレッタは成績で言えば暫定二位である。
これはライアット本人が言うように決してまぐれではない。
本来ならば上位陣に十分に食い込めるだけの実力を彼女らは元々持っているのだ。
そしてアオイ、彼女は魔法少女ではないものの彼女らに勝るとも劣らないだけの戦闘力を有している。
猫魔人の能力を解放したのは今回が初めてなのだ。
このように全力を出したならば十分に上位に食い込める力を持っているだろう。
つまり、言うならば一回生の三人のエースが今まさに一堂に会しているのだ。
「……どうするっすか? アマイアさん。 あたしと一対一で闘りますか?」
バレッタが低い声で尋ねると、アマイアはほくそ笑んだ。
「いいえ……そちらは二人がかりでけっこうよ?」
アオイが猫の顔のまま目を細めた。
「……では……遠慮なく倒させていただきますよ、アマイアさん」
アマイアは嬉しそうに笑顔を見せた。
「……上等よ!」
「アマイアさん……ごめんなさい」
突然猫魔人アオイがぺこりと彼女に謝った。
「なんですって?」
アマイアが返事をするか否かのうちに一瞬のうちにアマイアの背後へとアオイは近づき、大きく口を開けてそこに禍々しく生えた乱杭歯で彼女の首筋に噛みついた。
「なっ……」
アマイアはそのまま白目を剥いてがくり、と膝を突いて地面に倒れた。
「おや? ちょっと目を離している隙になな、なんと! アオイ選手がアマイア選手を瞬殺しました!!」
焦ったようにエミシオンが叫ぶと、ルードゥスに参加していない魔法少女たちがどよめく。
アオイは目の前に現れたアマイアのリボンを猫の手で掴むとそれは光の粒子になってアオイのリボンへと吸い込まれていった。
「ほんと、ごめんなさい、アマイアさん。 大丈夫……血は吸ってないから。 少し眠っていてね」
彼女はそう呟いて、倒れているアマイアにぺこり、とお辞儀をするとバレッタがぽかんとして彼女を見つめた。
そして突然アオイとバレッタの背後、かなり遠そうではあるが大きな爆発が起こった。
「えっ!? なに?!」
爆風に飛ばされそうになりながらアオイは猫の足で地面を握りしめた。
バレッタも必死に風の力で耐えている。
「なにが起こってるの?」
「ごしゅじん、これは魔法の爆発じゃないよ!」
彼女の頭の中でベルが叫んだ。
「おい! バレッタ! アオイ! あの爆発はなんだ?」
爆風が止むと、イクローとライアットがやっとバレッタたちに追いついてきて森の遥か向こうで燃え上がる炎を見て叫んだ。
バレッタは鋭い目つきになってその方向を睨んでいる。
ライアットは怪訝そうな顔でその爆炎があがる方角を眺める。
「あれは……爆撃っす。 魔法じゃないっす」
「ああン? どういう事だ? このマイチュア・マギエ学園に爆撃だぁ?」
ライアットが素っ頓狂な声をあげるとバレッタは頷いた。
「たぶん……AMGGの奴らだと思うっす。 こんな事するのは他に考えられないっす」
「なんだそりゃ?」
イクローが目を瞬かせるとバレッタは真面目な顔になった。
「……テロリストっす」
AMGG……反魔法少女組織とは魔法少女を敵と認識する人間たちの作った組織である。
魔法少女を人類の敵と見なし、発見しては無差別に殺す。
そういった人間たちのテロリスト集団である。
以前よりこの学園に攻撃をするつもりがあるのではないか、と噂されていた。
バレッタは傭兵時代、彼らと戦っていたのだ。
彼女が当時属していたのはティアマト王国で雇っていた傭兵団である。
彼らは元々、家族に魔法少女がいたりなどの理由で魔法少女側に付いた人間の兵士たちである。
この世界はそういった人間同士の争いもまた激しく存在している。
彼らの多くは反AMGGというややこしい名前の組織に属していた。
「おい、という事はあいつらは……」
イクローの顔つきも変わった。
「人間っす」
バレッタは低い声で答えた。
「バレッタちゃん……」
アオイが普段の姿にいつの間にか戻って心配そうに声をかける。
「アオイちゃん! アオイちゃん!」
バレッタが慌てて叫ぶ。
アオイはもはやほぼ全裸だった。
「キャッ!」
彼女は慌てて必死に身体を隠しながら真っ赤な顔でイクローを見た。
「ご、ごめん……俺あんまり見てないから……」
必死に顔を背けながら言う彼の声にアオイはつい吹き出してしまった。
そしてその間にバレッタが魔法で彼女に服を着せる。
しばらくすると森の上空にヘリコプターが現れて、さらなる爆撃を行い始めた。
普段であれば対外的な防御結界が張られているのだが、ルードゥスの間は逆に内側からの攻撃を漏らさないように結界の方向が逆になっているのだ。
おそらく彼らはいかなる手段を用いたのかその情報を得て、このルードゥスの期間を狙って攻撃を仕掛けてきたのだろう。
空中で静止している人員輸送用のヘリから、多数の兵士がロープで森の中へと降りていく。
マイチュア・マギエ学園は今この瞬間から戦場と化した。
森の上に赤い丸い月が浮かんで、まるで笑い顔のように見える。
彼らAAMGにはひとつ誤算があった。
今夜は『ヴァルプルギスの夜』なのだ。
魔女や魔法少女の魔力が一番高まる日。
いつの間にかすっかり暗くなった周辺で、そのぽっかりと浮かぶ巨大な満月がそれを表していた。
本来ならば魔女たちがサヴァトを開き、夜の闇を跋扈する、そんな夜なのだ。
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