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第二章 魔法少年唯一無二(オンリーワン)
奔流 01
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マイチュア・マギエ学園にほど近い、プラハ市街上空を一機の兵員輸送ヘリが飛んでいた。
その中でコクピットに繋がる扉をガタガタと音を立てて開けて、真っ紅な髪と、紅の魔導鎧を身に着けた魔法少女が現れた。
「トリガー! もう始まってるみたいよ! ……どうする?」
彼女が血相を変えて叫ぶのを、青年はふっ、と微笑みながら見つめた。
「わかってるよ。 そして、僕らがやる事は変わらないよ、ラム」
すると彼女も少し呆れたように微笑んだ。
「そうね。 現地に着いてから考えましょう」
そう言ってラムと呼ばれた少女は彼の隣の席に腰かけた。
少し憂いを帯びた彼の瞳を彼女は覗き込んで、そっと訊ねた。
「姫様たちやバレッタ達が心配?」
トリガーは少しだけ意外そうな顔をしたが、黙って小さく頷いた。
「大丈夫よ……。 彼女達がそうそう簡単にやられるとは思えないわ」
ラムはそう言って彼の手の上に自分の手を重ねた。
「……そうだね」
彼は僅かに頬を緩めた。
そしてトリガーはすぐに無表情に戻ると、周りの男たちを見回した。
「全員! 降下準備!!」
彼がそう鋭く命じると、彼の周りに黙って座っていたいかつい男たちがヘリの椅子に座ったまま、どんどん、と足を踏み鳴らした。
「サー!! イエス! サー!!」
そして全員抱えた武器を構え叫びながら、トリガーを見つめる。
「よし、今日も簡単な仕事だ。 とっとと片付けるぞ。 遠慮なく蹴散らしてやれ!」
トリガーは自らも自分の横から取り出したARを抱えてグリップを握り締めて、そう不敵に言った。
男たちは口々に「オウ!」と叫んで、どんどん、とヘリの床を足で踏み鳴らした。
「学園の森の中に敵が降下したようだ……。 僕は先に降りてそいつらを倒しながら学園に向かう! ……機長! 高度を下げてくれ! 飛び降りる!」
トリガーがヘリのコクピットに向かって怒鳴ると、機長が叫び返した。
「無茶言うな! こんな所で高度を下げたらこの機体じゃ木に引っかかって墜落ちまうぜ!!」
トリガーは銃を腰あたりに構えながら、機長にもう一度怒鳴った。
「なんとかしろ! 降りられる高さならなんでも構わない!」
機長は哀れっぽい声で叫んだ。
「無理だって! このまま学園に向かった方が安全確実だ! こいつはそのまま学園に降りて重傷を負っている人間がいたら収容して運ぶ予定になっている! 無茶はできん!」
トリガーは苦虫をかみつぶしたような顔で舌打ちをすると、ヘリの壁を殴りつけた。
ラムはその様子を眺めながら、ヘリの後方へと歩いていくと、何やらシートを被った大きなものの近くに行ってそのシートを思い切り剥がした。
それは日本製の高性能な1000ccのスーパースポーツバイクだった。
真っ赤な車体に真っ赤なラムの髪と彼女の魔導鎧が映える。
彼女の魔導鎧は真っ赤なチャイナ服である。
「ハァイ! お兄さん、乗っていかない?」
彼女はバイクにまたがると左手の親指を立てて、トリガーにバイクのタンデムシートを指し示した。
「一体何が積んであるのかと思ったら……まったく、君って人は……」
トリガーは苦笑しながら彼女に近づくとバイクのタンデムシートにまたがった。
「あら。 お気に召しませんでした?」
ラムが少し不満そうに言うとトリガーは彼女の細くくびれた腰に手を回しながら微笑んだ。
「いや……まったく君は最高だ、って言いたかったのさ。 炎の剣か……君にぴったりで強そうでいいじゃないか!」
トリガーは自らの尻の下あたりに描かれたロゴマークを見ながら笑って言った。
ホンダCBR1000RRファイアブレード。
世界に名だたる日本の二輪・四輪メーカーであるホンダの現在最高峰のスーパースポーツモデルである。
二〇〇馬力にも達するそのパワーユニットは二〇〇キログラムに満たないその車体をあっという間に最高時速三〇〇キロメートルにまで引っ張る事が可能だ。
パワーウェイトレシオが1.0を切る、掛け値なしのモンスターバイクと言っていいだろう。
「諸君!! 武運を祈る! 誰一人欠けることなく現地で会おう!!」
トリガーが声を掛けると男たちは銃を持って声を上げた。
「それじゃ、皆さん! お先に!」
ラムは男たちに一つウインクを投げるとそのスーパーバイクに鞭を入れるかのようにセルモーターを回してエンジンを吹かした。
ヘリの機体横の広いスライド式のドアをトリガーの部下が二人がかりで開いた。
「隊長! ご武運を!」
ドアを押さえながら男たちの一人が叫んだ!
「幸運を!」
トリガーが叫ぶとラムはバイクのリアホイールを空転させながらドアの方へ向きを変えて、そのままバイクごと思い切り飛び降りた。
まだかなりの高空のはずだが、誰一人停めようともしない。
普通に考えればバイクごと心中するようなものだ。
ましてや当人たち二人はパラシュートも付けてはいない。
だがむしろ楽しそうに飛び降りていった。
常識的に考えれば狂気の沙汰である。
だが男たちも、タンデムシートに座るトリガーも、もちろんバイクを操るラム本人も誰一人不安など持ってはいない。
それはもちろん、ラムが魔法少女である事を誰もが承知しているからだ。
落下しながらもラムは空中でバイクの車体を綺麗にまっすぐにバランスさせると高速詠唱を始めた。
彼女の眼下の遥か下に見える地面から土でできた棒がバイクに向かって伸びてくる。
地属性の魔法少女であるラムは、土や石、砂やコンクリートなどを自由自在に操れる能力を持っているのだ。
彼女は器用に細い土の棒の上にバイクを着地させると、その綱渡りのような状況で猛然とバイクをダッシュさせた。
先ほどの自由落下よりもよほど早い速度で二人を乗せたバイクは轟音をあげて地上へと突き進んでいった。
彼らが向かうのはマイチュア・マギエ学園。
魔法少女たちが集められて保護されている機関である。
学園というのは一応そういう体裁を取っているだけで、本当の目的は魔法少女の保護なのだ。
その学園にAMGGの襲撃を受けたとの連絡を受けて現場へ向かう真っただ中だった。
バレッタはアオイの耳に口を寄せると小さな声で囁いた。
「アオイちゃん。 あたしの血を飲むっす」
「ば、バレッタちゃん?!」
彼女は目を丸くした。
「アオイちゃんの全力でセンパイを守って欲しいんす。 これはあたしの一生のお願いっす!」
バレッタは目を閉じて頭を下げた。
「でも……できないよ。 友達の血を吸うなんて……できないよ……」
アオイはぽろぽろと両目から涙をあふれさせた。
アオイとバレッタは寮で同じ部屋で暮らすルームメイトである。
仲の良い二人は当然、お互いの詳しい事も話あっていた。
だからバレッタはアオイの正体を知っている。
バレッタは首のマフラーを緩めてその白い首筋を出した。
「友達だからっす。 アオイちゃんなら信用できるっす。 安心してセンパイを任せられるんすよ」
彼女は、にぱ、と笑った。
「バレッタちゃぁん!」
アオイは彼女を抱きしめて、ぽろぽろと涙を零した。
そして二人はそっとイクローたちから見えないように木陰へと入った。
「い、痛くしないでくださいっす……」
バレッタが恐々とした顔でいうとアオイは泣き笑いの顔になった。
「だいじょうぶ……吸血鬼の噛み傷は痛みはないから……」
彼女はそう言うと少し躊躇いがちにその乱杭歯をバキバキと音を立てて伸ばすと、そっと目を閉じて恐々と眉を寄せるバレッタの細く白い首筋に走るうっすらとどす青い頸動脈に牙を突き立てた。
「う、ううううう……へ、変な感じっすぅぅぅ!!」
バレッタが頬を赤く染めながら言うその横で、アオイの喉がわずかに上下した。
吸血鬼の口づけには、実は性的な快感が伴う。
バレッタは頬を上気させて熱い吐息を吐きながら、体をもじもじとよじった。
アオイがその口を離すとバレッタはそのまま地べたにぺたん、と座り込んだ。
「あ、アオイちゃん……」
彼女はは変わらずはぁはぁと大きく呼吸をして真っ赤な顔のまま、吐息を漏らした。
「ご、ごめん。 痛かった?」
アオイが心配そうに覗き込むと、バレッタは真っ赤な顔のまま妖艶な笑みを浮かべた。
「い、痛くはなかったっすが……。 その……むしろ……気持ち良すぎたっす……え、エッチな意味で!」
アオイは苦笑しながらポケットから猫の肉球がデザインされたピンク色の絆創膏を取り出すとバレッタの首に貼り付けた。
バレッタは木陰から出ると、そのままイクローの元に駆け寄った。
「センパイ!」
「なんだ? バレッタ?」
彼が不思議そうな顔をすると、彼女は、にぱ、と笑った。
そして彼の耳元に口を寄せた。
彼はそのまま目を丸くした。
「な?! ば、バレッタ……お前……?」
イクローが驚いて声を上げると、バレッタは笑顔のまま言った。
「そんな名前の……センパイの事を大好きな女の子がいたって事を……覚えていてくださいっす」
彼女がイクローにそっと耳打ちしたのは、彼女の『真名』だった。
魔法少女はこの世界では全員偽名を名乗っている。
なぜならば本名、すなわち真名を知られると魔力を封じられる可能性が高いからだ。
彼女たちは魔法少女として覚醒したその瞬間から、それまでの名を捨て違う人間……いや魔法少女として生きなくてはならなくなる。
バレッタはその『真名』をイクローの記憶に残るよう、魔力を使って言霊に載せてその耳に囁いたのだ。
すぐに彼女は何かを決意したような表情になると、アオイに向き直った。
「ではアオイちゃん! お願いするっす!」
「ほ、ほんとにいいの? だいじょうぶ?」
アオイが心配そうに聞くとバレッタは、にぱ、と笑った。
「問題ないっす!」
「わかった……」
二人は頷き合った。
アオイの目は金色に輝いていた。
吸血鬼としてのパワーに満ち溢れているのだろう。
「おい! 何をする気だ?」
イクローが慌てて尋ねるとバレッタは後ろを向いたまま答えた。
「ちょっとあいつらやっつけてくるっす」
イクローは一瞬呆気に取られてからあわてて叫んだ。
「おい! そんな無茶な!」
「だいじょうぶっす」
バレッタはそう答えて準備体操を始めながらアオイを見た。
「さぁ、アオイちゃん! 位置につくっす!」
「う、うん! わかった!」
アオイは地面の上に仰向けに寝転ぶと猫の手足を伸ばした。
バレッタは彼女の手を後ろ手に握ると、彼女の足の上に足を載せた。
まるでスキーのジャンプ競技の選手のスタート姿勢のようになると、二人はお互いの足にぐっ、と力を入れた。
「アオイちゃんカタパルト準備オーケーっす!」
バレッタが嬉しそうに叫んだ。
「何度も聞くけど、ほんとに大丈夫?」
アオイが寝転びながら尋ねると、バレッタは得意そうな顔で答えた。
「問題ないっす! あたしの第二属性は風っすから! いくらでも上空で調節できるっすよ! だから思い切り蹴り飛ばしちゃっていいすよ! アオイちゃん!」
地、水、火、風の四大属性は通常ならば一人の魔法少女に一つだけである。
メインの四大属性と、サブの属性の組み合わせが普通である。
だが、バレッタは地の雷属性と風の竜巻属性という合計四つ分の属性を持っている特殊な魔法少女だった。
そこから付けられた彼女の称号の一つに「四属性持ち」と「二重属性」というのがあるのだ。
本人の特性に二つもの称号が与えられる程に希有な例なのだ。
「や、やってみる!」
アオイの足の上でバレッタが膝を縮めると、アオイもまた膝を縮めて手を引っ張り合った。
「い、行くよ~! せーのっ!」
アオイが声を上げると、バレッタはキリッとした顔になって叫んだ。
「発射!!」
アオイが思い切りバレッタの足を蹴飛ばしながら手を放すとものすごい勢いでバレッタは空中へ飛んでいって小さなオレンジ色の塊になった。
「おい、ほんとに大丈夫なのか?」
イクローがアオイに聞くと、彼女も少し不安そうな顔をした。
「どうしてもって聞かなくて……」
イクローは彼女の飛んで行った空を見上げた。
(バカ野郎……死ぬなよ、バレッタ……)
「うひょ~!! やっぱ吸血鬼のパワーは凄いっすねぇ~!」
猛烈な速度で空を吹っ飛ばされながら、バレッタは呑気に呟いた。
彼女の周りを魔力の竜巻が包み、姿勢制御を行っている。
まさに矢のような速度で飛びながらも、バレッタは確実に森の中のテロリストたちの降り立った地点へと向かっていた。
彼女自身かなりの高速で魔法飛行はできるのだが、そこに吸血鬼のキック力を加えた即席カタパルトの威力は絶大だった。
バレッタの若草のような緑色の髪が、まるで突風で木の枝の葉が揺さぶられるようにばさばさと風に煽られて大きく揺れた。
すると、彼女の目に少し遠い地点から少し離れた木々の茂みの中で銃口の閃光が見えた気がしてバレッタはそちらに目を懲らした。
集中して目を凝らして見てみるとやはり時々暗い森の中に小さな銃声と砲火の放つ光が小さく見えた。
「……あっちっすね?」
彼女は一人ぶつぶつと呟きながら、風の魔法で移動方向を変えた。
バレッタはやけに近い巨大な赤い月に照らされながら空中で身を翻した。
その目に月が映ると、彼女は目を大きく見開いて「ああ」と声を上げた。
「そっか……今日は『ヴァルプルギスの夜』でしたっけ……」
空中を滑るように移動しながら彼女はぶつぶつと独り言を言い続けた。
ヴァルプルギスの夜の影響で高まる魔力とアオイに吸血された事の精神的な影響からか、彼女は妙にハイテンションになっているのだろう。
やけに昂ぶり逸る気持ちが抑えきれずに、思わず口をついて独り言を漏らしてしまうのだ。
それはまるで、満月を見て遠吠えをする狼のような気分だった。
アオイが彼女の血を吸った時にバレッタが怪我をしても回復が早いように、と密かに自身の吸血鬼の血をごく少量彼女の体内へ送り込んだのも影響しているのだが、バレッタ本人はそれを知らない。
僅かでも夜の眷属の血である。
夜はその特殊能力にさらなる力を与える。
彼女は自分でも訳がわからない、狂おしいほどの血の滾りを感じていた。
身体が燃えるように熱い。
ふと大きな月を見ると、そのまま月まで飛んでいけそうな気分にすらなった。
「どおりでやけに身体が軽く感じるわけっす……」
彼女はそう呟くと旋回してきりもみ状態で森の中へと飛び込む。
「今夜のあたしはひと味違うっすよ!!」
彼女は一声叫んで、木々の間をすり抜けるように飛びながら奥へと進んで行った。
魔法少女の本能である戦いを求める血もまた滾り、夜が与える吸血鬼の血の昂ぶりが混ざり合い、彼女の中のいろいろなモノが全部ないまぜになってバレッタの心を急かした。
彼女の血は今、ひたすらに闘争を求めている!
戦え、闘えと彼女自身の内面から何かが語りかけてくる!
バレッタはこの感覚を知っている。
遠い記憶の中に確かにその感覚を味わった経験がある。
あれはいつだっけ? と彼女は自身の心に問うてみた。
すぐにそれに思い至って彼女は一人、ああ、と小さく声を上げた。
そうだ、あの時だ……兄を救う為に初めて魔導杖を発動させたあの時。
――初めて、人を殺したあの時。
もとより夕焼けのような赤オレンジ色の彼女の瞳は、まるで吸血鬼そのものであるかのように赤く燃え盛っている。
それは僅かに妖しい光を放ち、奥底に潜む隠れた狂気すらも映し出してしまいそうだ。
いっそ狂気に身を任せてしまいたいという強い欲求とも彼女は闘わねばならなかった。
それはとても甘美で、愉しいに違いない。
でもダメだ、それに身を任せてしまったら……彼女はもう元の彼女には戻れない。
バレッタはその事にも大きな不安と恐怖を覚えて、そのおかげで踏みとどまれている。
もし、戻れなくなったら自分はどこへ行ってしまうのか、と。
彼女は両手に自らの、魔神銃を握りその弾爪に指を掛けながらすぐにでも弾丸をばら撒きたい欲求に必死に耐えていた。
そして彼女は自分の部屋の実銃を魔法で呼び寄せて左右の太ももにホルスターごと装着した。
いつでも呼び寄せる事ができるように魔印を普段から刻んであるのだ。
その重みが、ややもすると悪夢の中に堕ちてしまいそうな彼女の心に安心感と現実感を与えてくれた。
それはこの銃を彼女にくれた、彼女を可愛がってくれた師であり父のようでもあった男の思いかも知れない。
周りの皆を思えばこそ、バレッタはバレッタのままでいられるのだ。
まだだ、まだ夜は長い! まだだ、まだ早い! 今は熱い血の滾りを冷静な心でコントロールしろ!
バレッタは自らの心にそう言い聞かせながら森の中を突き進んだ。
彼女の後ろから紅い巨大な月がまるで口を開けてケタケタ笑いながら追いかけてくるような気がして、釣られてしまったようにバレッタもその顔に笑みを浮かべた。
バレッタにとっての狂おしいヴァルプルギスの夜は今始まったばかりだ。
第一生徒会室ではルードゥスを見てはしゃぐキルカとは対照的にスピカが沈んだ様子でそんな姉の姿を見ていた。
「お姉さま……」
「なぁに? スピカ」
キルカはふり向いて僅かに首を傾げた。
「お姉さまは……何を隠していらっしゃるの? 私は……今のお姉さまがわかりませんわ」
スピカは吐き捨てるように言うと目を伏せた。
キルカは彼女の側へ行くとそっとその髪を撫でた。
「スピカ……あなたは頑なだから自分の古い記憶を認める事ができないのね」
「お姉さま?」
スピカが目を上げるとふんわりとほほ笑むキルカの顔があった。
「思い出してみるの。 あなたは知ってるはずなの。 イキロの事、わたしたちの世界の事……」
スピカは目を閉じた。
そう、それは確かに引っかかっていた。
イクローに会ったときに、懐かしさのようなものをたしかに感じたのだ。
キルカやバレッタも同じ感覚を持っていたのだろう事はわかった。
「認めるのよ。 あなたのその気持ち」
キルカは言ってスピカをぎゅっと抱きしめた。
スピカはぎゅっと唇を噛みしめた。
その時、ルードゥスが行われている学園の中央の森に大きな爆発があって炎が起こるのが見えた。
「キルカ様! スピカ様!」
すぐにルーから魔法通信が入って二人はハッと顔を上げた。
「状況はわかりませんが……学園に何者かの攻撃があったようです!」
スピカは何かを決意した顔になるときっぱりと言った。
「……私が行きます。 お姉さま、私の魔導杖を使ってもよろしいかしら?」
キルカはにっこりと笑った。
「やりすぎちゃ、めっ! なのよ」
スピカは屋上に立つ、風にその長い金髪がなびくのを手で押さえながら彼女はルーの元へと歩いた。
「ルー。 参りますわ。 あなたも付いてきなさい」
ルーは驚いた顔で彼女を見る。
「スピカ様自ら……でございますか?」
「ええ、もちろん!」
彼女は答えて一瞬微笑むとその姿を魔導鎧に変えた。
上半身は蒼いビキニトップ、下半身に白い布を纏い、肩にアーマー、そしてアーマーブーツ。
頭には羽飾りのついたカチューシャが風に煽られて揺れている。
その姿はまるで戦に赴く戦乙女そのもののようだ。
そして彼女は魔法通信でキルカに言った。
「お姉さま。 先生に連絡を取って生徒の避難をして頂くようお願いいたしますわ!」
「わかったの」
キルカからの返答を聞いて、スピカは満足げに頷くと左手を前に出し、その手に弓型の魔導杖を現出させて握った。
「行きますわよ、ルー」
「イエス、マイ・プリンセス」
ルーが恭しく頭を下げて自らもコバルトブルーの魔導鎧に身を包んだ。
イクローとライアット、アオイはバレッタの後を追って森の中央へと走っていた。
「アオイ! 倒れてる生徒を移動させた方がいいんじゃないのか?」
彼がそう尋ねるとアオイは小さく首を振った。
「いえ、この森の結界内で倒れた魔法少女は転送魔法で校内の医務室に運ばれるので大丈夫です! それよりも生き残ってる子たちの方が心配です!」
「そうか……」
「おい、イクローサマ!」
ライアットが手を出して立ち止まった。
「どうした?」
「すぐそこで誰かが戦ってやがるぜ? 魔力の気配がしやがる!」
「敵か?」
「それはわかんねえ。 まだルードゥスだと思ってやり合ってんのかも知れねえからな」
「行ってみるしかないって事か」
「おう、だな!」
イクローとライアットは頷きあって魔力の気配のある方向へと走り出す。
その後をアオイも追いかけていった。
「あんたら! 一体なに!」
メタルカがイラついた様子で叫んだ。
「……AMGG、だわね。 きっと」
彼女の隣でオスティナがいかにも魔法の杖という形状の魔導杖を構えながら冷静に言った。
「ルカ、あなためんどくさいから全員操り人形にしてしまったら?」
彼女が言うとメタルカはふくれ面になって口を尖らせた。
「できるならやってるよぉ! 今はこの森に結界があるから魔力制御でせいぜい十人くらいまでしか操れないんだよ!」
メタルカは両手に持った十字架のような魔導杖を怪しげに手で手繰った。
彼女たちの前の数人の兵士がガクガクと不自然な動きになるといきなり後ろを向いて仲間の兵士へと発砲を始めた。
撃たれた兵士たちは僅かに動揺したがすぐにその味方だったはずの兵士へと銃を向ける。
「まぁ、よく訓練されていること……」
オスティナは呟いてから、高速詠唱を始めて空中に氷の塊を作るとそこから大量の氷柱を敵兵士へと撒き散らした。
「まぁ、なんにせよ!」
「この私たちに歯向かおうなんて」
「「百万年早い!!」」
二人は叫んで魔力を放った。
兵士たちは元々は仲間だった兵士に撃たれ、氷柱に撃たれ凍り付き徐々に後方へと下がっていく。
だがその後方から体の大きなゴリラのような体格の兵士が三人ほどを姿を現し、平然とこちらへ突き進んできた。
「なにあれぇ!」
メタルカが目を丸くして叫ぶとオスティナが舌打ちをした。
「対魔法防御服だわね……。 厄介な」
二人の顔に焦りが浮かんだ。
普段であればそれでも彼女たちほどの能力があれば戦う事も可能だが、今は魔力制御があるため普段の十分の一も力が出せないのだ。
しかも対魔法防御服を相手にするには近接タイプの方が向いているのだが、二人とも後方から魔法を操るタイプである。
形勢は一気に不利なってしまった。
対魔法防御服、まるでロボットのようなその装備を付けゴリラのような体格の兵士の真ん中の一人がニヤリ、と笑った。
そいつはあろう事か顔までもゴリラのようだった。
「なに、このゴリラ!!」
メタルカが叫んで魔導杖を振るって周囲の兵士を向かわせると、そいつは味方だったはずの彼らを平然と殴り飛ばした。
骨が折れるいやな音が響いた。
「あぁもう!! めんどくさいっ!」
メタルカが叫んで何度も魔導杖を手繰るが、対魔法防護服を着ているこいつには全く効果がなかった。
オスティナも氷結魔法を使うが一瞬表面が凍り付くだけですぐに元に戻ってのっしのっしとこちらへと歩む足を止める事はない。
そこへイクローとライアット、アオイが駆け込んできた。
「ルカ? オスティ? お前らかよ!」
ライアットが驚いて声を上げた。
「ライア?」
メタルカも目を丸くした。
「イクロー、ライア。 対魔法防護服よ。 気を付けて」
オスティナが冷静に言うとライアットは不敵に笑って鼻の頭を擦った。
「なら……あたいの出番じゃねえか! 近接ならなんとか倒せそうだしよ!」
イクローも手に持った槍の魔導杖を構えた。
「なら、俺も手伝えそうだ!」
ライアットは顔を赤くして小さな声でぼそぼそと言った。
「は、初めての共同作業です……ってか」
「ライアット? 何か言ったか?」
「な、なんでもねェ!! イクローサマ! あたいの事はライアって呼びな!!」
彼女はそう言って棒状の魔導杖を現出させると二本を一本に繋げて長い棒状へと変えた。
「あたいの『雷神具力』は無形なんだ! 棒状の武器にならなんでも変えられる!」
ライアットは言いながらその棒を伸ばしてヌンチャクのようにしたり、また二本に分けてトンファーのようにしたりして見せた。
「へぇ~!」
イクローが感心して声を上げると、ライアットは照れ臭そうに笑って、結局トンファーの形のまま後ろ手に魔導杖を構えた。
「オスティ! ルカ! 援護を頼むぜ!」
彼女は叫んでそのまま一気に距離を詰めるとゴリラのどてっ腹にトンファーで突きを入れた。
激しくスパークが起きたがその防護服の表面がわずかにへこんだ程度である。
「チッ! 硬ェ野郎だな!!」
そこへイクローがその槍型の魔導杖の穂先から炎を上げながら突撃するとゴリラは数歩後ろへ下がったが大したダメージはないようだった。
「つッ……ほんとだぜ! なんて硬さだ!」
二人は並んでお互いに頷きあった。
その中でコクピットに繋がる扉をガタガタと音を立てて開けて、真っ紅な髪と、紅の魔導鎧を身に着けた魔法少女が現れた。
「トリガー! もう始まってるみたいよ! ……どうする?」
彼女が血相を変えて叫ぶのを、青年はふっ、と微笑みながら見つめた。
「わかってるよ。 そして、僕らがやる事は変わらないよ、ラム」
すると彼女も少し呆れたように微笑んだ。
「そうね。 現地に着いてから考えましょう」
そう言ってラムと呼ばれた少女は彼の隣の席に腰かけた。
少し憂いを帯びた彼の瞳を彼女は覗き込んで、そっと訊ねた。
「姫様たちやバレッタ達が心配?」
トリガーは少しだけ意外そうな顔をしたが、黙って小さく頷いた。
「大丈夫よ……。 彼女達がそうそう簡単にやられるとは思えないわ」
ラムはそう言って彼の手の上に自分の手を重ねた。
「……そうだね」
彼は僅かに頬を緩めた。
そしてトリガーはすぐに無表情に戻ると、周りの男たちを見回した。
「全員! 降下準備!!」
彼がそう鋭く命じると、彼の周りに黙って座っていたいかつい男たちがヘリの椅子に座ったまま、どんどん、と足を踏み鳴らした。
「サー!! イエス! サー!!」
そして全員抱えた武器を構え叫びながら、トリガーを見つめる。
「よし、今日も簡単な仕事だ。 とっとと片付けるぞ。 遠慮なく蹴散らしてやれ!」
トリガーは自らも自分の横から取り出したARを抱えてグリップを握り締めて、そう不敵に言った。
男たちは口々に「オウ!」と叫んで、どんどん、とヘリの床を足で踏み鳴らした。
「学園の森の中に敵が降下したようだ……。 僕は先に降りてそいつらを倒しながら学園に向かう! ……機長! 高度を下げてくれ! 飛び降りる!」
トリガーがヘリのコクピットに向かって怒鳴ると、機長が叫び返した。
「無茶言うな! こんな所で高度を下げたらこの機体じゃ木に引っかかって墜落ちまうぜ!!」
トリガーは銃を腰あたりに構えながら、機長にもう一度怒鳴った。
「なんとかしろ! 降りられる高さならなんでも構わない!」
機長は哀れっぽい声で叫んだ。
「無理だって! このまま学園に向かった方が安全確実だ! こいつはそのまま学園に降りて重傷を負っている人間がいたら収容して運ぶ予定になっている! 無茶はできん!」
トリガーは苦虫をかみつぶしたような顔で舌打ちをすると、ヘリの壁を殴りつけた。
ラムはその様子を眺めながら、ヘリの後方へと歩いていくと、何やらシートを被った大きなものの近くに行ってそのシートを思い切り剥がした。
それは日本製の高性能な1000ccのスーパースポーツバイクだった。
真っ赤な車体に真っ赤なラムの髪と彼女の魔導鎧が映える。
彼女の魔導鎧は真っ赤なチャイナ服である。
「ハァイ! お兄さん、乗っていかない?」
彼女はバイクにまたがると左手の親指を立てて、トリガーにバイクのタンデムシートを指し示した。
「一体何が積んであるのかと思ったら……まったく、君って人は……」
トリガーは苦笑しながら彼女に近づくとバイクのタンデムシートにまたがった。
「あら。 お気に召しませんでした?」
ラムが少し不満そうに言うとトリガーは彼女の細くくびれた腰に手を回しながら微笑んだ。
「いや……まったく君は最高だ、って言いたかったのさ。 炎の剣か……君にぴったりで強そうでいいじゃないか!」
トリガーは自らの尻の下あたりに描かれたロゴマークを見ながら笑って言った。
ホンダCBR1000RRファイアブレード。
世界に名だたる日本の二輪・四輪メーカーであるホンダの現在最高峰のスーパースポーツモデルである。
二〇〇馬力にも達するそのパワーユニットは二〇〇キログラムに満たないその車体をあっという間に最高時速三〇〇キロメートルにまで引っ張る事が可能だ。
パワーウェイトレシオが1.0を切る、掛け値なしのモンスターバイクと言っていいだろう。
「諸君!! 武運を祈る! 誰一人欠けることなく現地で会おう!!」
トリガーが声を掛けると男たちは銃を持って声を上げた。
「それじゃ、皆さん! お先に!」
ラムは男たちに一つウインクを投げるとそのスーパーバイクに鞭を入れるかのようにセルモーターを回してエンジンを吹かした。
ヘリの機体横の広いスライド式のドアをトリガーの部下が二人がかりで開いた。
「隊長! ご武運を!」
ドアを押さえながら男たちの一人が叫んだ!
「幸運を!」
トリガーが叫ぶとラムはバイクのリアホイールを空転させながらドアの方へ向きを変えて、そのままバイクごと思い切り飛び降りた。
まだかなりの高空のはずだが、誰一人停めようともしない。
普通に考えればバイクごと心中するようなものだ。
ましてや当人たち二人はパラシュートも付けてはいない。
だがむしろ楽しそうに飛び降りていった。
常識的に考えれば狂気の沙汰である。
だが男たちも、タンデムシートに座るトリガーも、もちろんバイクを操るラム本人も誰一人不安など持ってはいない。
それはもちろん、ラムが魔法少女である事を誰もが承知しているからだ。
落下しながらもラムは空中でバイクの車体を綺麗にまっすぐにバランスさせると高速詠唱を始めた。
彼女の眼下の遥か下に見える地面から土でできた棒がバイクに向かって伸びてくる。
地属性の魔法少女であるラムは、土や石、砂やコンクリートなどを自由自在に操れる能力を持っているのだ。
彼女は器用に細い土の棒の上にバイクを着地させると、その綱渡りのような状況で猛然とバイクをダッシュさせた。
先ほどの自由落下よりもよほど早い速度で二人を乗せたバイクは轟音をあげて地上へと突き進んでいった。
彼らが向かうのはマイチュア・マギエ学園。
魔法少女たちが集められて保護されている機関である。
学園というのは一応そういう体裁を取っているだけで、本当の目的は魔法少女の保護なのだ。
その学園にAMGGの襲撃を受けたとの連絡を受けて現場へ向かう真っただ中だった。
バレッタはアオイの耳に口を寄せると小さな声で囁いた。
「アオイちゃん。 あたしの血を飲むっす」
「ば、バレッタちゃん?!」
彼女は目を丸くした。
「アオイちゃんの全力でセンパイを守って欲しいんす。 これはあたしの一生のお願いっす!」
バレッタは目を閉じて頭を下げた。
「でも……できないよ。 友達の血を吸うなんて……できないよ……」
アオイはぽろぽろと両目から涙をあふれさせた。
アオイとバレッタは寮で同じ部屋で暮らすルームメイトである。
仲の良い二人は当然、お互いの詳しい事も話あっていた。
だからバレッタはアオイの正体を知っている。
バレッタは首のマフラーを緩めてその白い首筋を出した。
「友達だからっす。 アオイちゃんなら信用できるっす。 安心してセンパイを任せられるんすよ」
彼女は、にぱ、と笑った。
「バレッタちゃぁん!」
アオイは彼女を抱きしめて、ぽろぽろと涙を零した。
そして二人はそっとイクローたちから見えないように木陰へと入った。
「い、痛くしないでくださいっす……」
バレッタが恐々とした顔でいうとアオイは泣き笑いの顔になった。
「だいじょうぶ……吸血鬼の噛み傷は痛みはないから……」
彼女はそう言うと少し躊躇いがちにその乱杭歯をバキバキと音を立てて伸ばすと、そっと目を閉じて恐々と眉を寄せるバレッタの細く白い首筋に走るうっすらとどす青い頸動脈に牙を突き立てた。
「う、ううううう……へ、変な感じっすぅぅぅ!!」
バレッタが頬を赤く染めながら言うその横で、アオイの喉がわずかに上下した。
吸血鬼の口づけには、実は性的な快感が伴う。
バレッタは頬を上気させて熱い吐息を吐きながら、体をもじもじとよじった。
アオイがその口を離すとバレッタはそのまま地べたにぺたん、と座り込んだ。
「あ、アオイちゃん……」
彼女はは変わらずはぁはぁと大きく呼吸をして真っ赤な顔のまま、吐息を漏らした。
「ご、ごめん。 痛かった?」
アオイが心配そうに覗き込むと、バレッタは真っ赤な顔のまま妖艶な笑みを浮かべた。
「い、痛くはなかったっすが……。 その……むしろ……気持ち良すぎたっす……え、エッチな意味で!」
アオイは苦笑しながらポケットから猫の肉球がデザインされたピンク色の絆創膏を取り出すとバレッタの首に貼り付けた。
バレッタは木陰から出ると、そのままイクローの元に駆け寄った。
「センパイ!」
「なんだ? バレッタ?」
彼が不思議そうな顔をすると、彼女は、にぱ、と笑った。
そして彼の耳元に口を寄せた。
彼はそのまま目を丸くした。
「な?! ば、バレッタ……お前……?」
イクローが驚いて声を上げると、バレッタは笑顔のまま言った。
「そんな名前の……センパイの事を大好きな女の子がいたって事を……覚えていてくださいっす」
彼女がイクローにそっと耳打ちしたのは、彼女の『真名』だった。
魔法少女はこの世界では全員偽名を名乗っている。
なぜならば本名、すなわち真名を知られると魔力を封じられる可能性が高いからだ。
彼女たちは魔法少女として覚醒したその瞬間から、それまでの名を捨て違う人間……いや魔法少女として生きなくてはならなくなる。
バレッタはその『真名』をイクローの記憶に残るよう、魔力を使って言霊に載せてその耳に囁いたのだ。
すぐに彼女は何かを決意したような表情になると、アオイに向き直った。
「ではアオイちゃん! お願いするっす!」
「ほ、ほんとにいいの? だいじょうぶ?」
アオイが心配そうに聞くとバレッタは、にぱ、と笑った。
「問題ないっす!」
「わかった……」
二人は頷き合った。
アオイの目は金色に輝いていた。
吸血鬼としてのパワーに満ち溢れているのだろう。
「おい! 何をする気だ?」
イクローが慌てて尋ねるとバレッタは後ろを向いたまま答えた。
「ちょっとあいつらやっつけてくるっす」
イクローは一瞬呆気に取られてからあわてて叫んだ。
「おい! そんな無茶な!」
「だいじょうぶっす」
バレッタはそう答えて準備体操を始めながらアオイを見た。
「さぁ、アオイちゃん! 位置につくっす!」
「う、うん! わかった!」
アオイは地面の上に仰向けに寝転ぶと猫の手足を伸ばした。
バレッタは彼女の手を後ろ手に握ると、彼女の足の上に足を載せた。
まるでスキーのジャンプ競技の選手のスタート姿勢のようになると、二人はお互いの足にぐっ、と力を入れた。
「アオイちゃんカタパルト準備オーケーっす!」
バレッタが嬉しそうに叫んだ。
「何度も聞くけど、ほんとに大丈夫?」
アオイが寝転びながら尋ねると、バレッタは得意そうな顔で答えた。
「問題ないっす! あたしの第二属性は風っすから! いくらでも上空で調節できるっすよ! だから思い切り蹴り飛ばしちゃっていいすよ! アオイちゃん!」
地、水、火、風の四大属性は通常ならば一人の魔法少女に一つだけである。
メインの四大属性と、サブの属性の組み合わせが普通である。
だが、バレッタは地の雷属性と風の竜巻属性という合計四つ分の属性を持っている特殊な魔法少女だった。
そこから付けられた彼女の称号の一つに「四属性持ち」と「二重属性」というのがあるのだ。
本人の特性に二つもの称号が与えられる程に希有な例なのだ。
「や、やってみる!」
アオイの足の上でバレッタが膝を縮めると、アオイもまた膝を縮めて手を引っ張り合った。
「い、行くよ~! せーのっ!」
アオイが声を上げると、バレッタはキリッとした顔になって叫んだ。
「発射!!」
アオイが思い切りバレッタの足を蹴飛ばしながら手を放すとものすごい勢いでバレッタは空中へ飛んでいって小さなオレンジ色の塊になった。
「おい、ほんとに大丈夫なのか?」
イクローがアオイに聞くと、彼女も少し不安そうな顔をした。
「どうしてもって聞かなくて……」
イクローは彼女の飛んで行った空を見上げた。
(バカ野郎……死ぬなよ、バレッタ……)
「うひょ~!! やっぱ吸血鬼のパワーは凄いっすねぇ~!」
猛烈な速度で空を吹っ飛ばされながら、バレッタは呑気に呟いた。
彼女の周りを魔力の竜巻が包み、姿勢制御を行っている。
まさに矢のような速度で飛びながらも、バレッタは確実に森の中のテロリストたちの降り立った地点へと向かっていた。
彼女自身かなりの高速で魔法飛行はできるのだが、そこに吸血鬼のキック力を加えた即席カタパルトの威力は絶大だった。
バレッタの若草のような緑色の髪が、まるで突風で木の枝の葉が揺さぶられるようにばさばさと風に煽られて大きく揺れた。
すると、彼女の目に少し遠い地点から少し離れた木々の茂みの中で銃口の閃光が見えた気がしてバレッタはそちらに目を懲らした。
集中して目を凝らして見てみるとやはり時々暗い森の中に小さな銃声と砲火の放つ光が小さく見えた。
「……あっちっすね?」
彼女は一人ぶつぶつと呟きながら、風の魔法で移動方向を変えた。
バレッタはやけに近い巨大な赤い月に照らされながら空中で身を翻した。
その目に月が映ると、彼女は目を大きく見開いて「ああ」と声を上げた。
「そっか……今日は『ヴァルプルギスの夜』でしたっけ……」
空中を滑るように移動しながら彼女はぶつぶつと独り言を言い続けた。
ヴァルプルギスの夜の影響で高まる魔力とアオイに吸血された事の精神的な影響からか、彼女は妙にハイテンションになっているのだろう。
やけに昂ぶり逸る気持ちが抑えきれずに、思わず口をついて独り言を漏らしてしまうのだ。
それはまるで、満月を見て遠吠えをする狼のような気分だった。
アオイが彼女の血を吸った時にバレッタが怪我をしても回復が早いように、と密かに自身の吸血鬼の血をごく少量彼女の体内へ送り込んだのも影響しているのだが、バレッタ本人はそれを知らない。
僅かでも夜の眷属の血である。
夜はその特殊能力にさらなる力を与える。
彼女は自分でも訳がわからない、狂おしいほどの血の滾りを感じていた。
身体が燃えるように熱い。
ふと大きな月を見ると、そのまま月まで飛んでいけそうな気分にすらなった。
「どおりでやけに身体が軽く感じるわけっす……」
彼女はそう呟くと旋回してきりもみ状態で森の中へと飛び込む。
「今夜のあたしはひと味違うっすよ!!」
彼女は一声叫んで、木々の間をすり抜けるように飛びながら奥へと進んで行った。
魔法少女の本能である戦いを求める血もまた滾り、夜が与える吸血鬼の血の昂ぶりが混ざり合い、彼女の中のいろいろなモノが全部ないまぜになってバレッタの心を急かした。
彼女の血は今、ひたすらに闘争を求めている!
戦え、闘えと彼女自身の内面から何かが語りかけてくる!
バレッタはこの感覚を知っている。
遠い記憶の中に確かにその感覚を味わった経験がある。
あれはいつだっけ? と彼女は自身の心に問うてみた。
すぐにそれに思い至って彼女は一人、ああ、と小さく声を上げた。
そうだ、あの時だ……兄を救う為に初めて魔導杖を発動させたあの時。
――初めて、人を殺したあの時。
もとより夕焼けのような赤オレンジ色の彼女の瞳は、まるで吸血鬼そのものであるかのように赤く燃え盛っている。
それは僅かに妖しい光を放ち、奥底に潜む隠れた狂気すらも映し出してしまいそうだ。
いっそ狂気に身を任せてしまいたいという強い欲求とも彼女は闘わねばならなかった。
それはとても甘美で、愉しいに違いない。
でもダメだ、それに身を任せてしまったら……彼女はもう元の彼女には戻れない。
バレッタはその事にも大きな不安と恐怖を覚えて、そのおかげで踏みとどまれている。
もし、戻れなくなったら自分はどこへ行ってしまうのか、と。
彼女は両手に自らの、魔神銃を握りその弾爪に指を掛けながらすぐにでも弾丸をばら撒きたい欲求に必死に耐えていた。
そして彼女は自分の部屋の実銃を魔法で呼び寄せて左右の太ももにホルスターごと装着した。
いつでも呼び寄せる事ができるように魔印を普段から刻んであるのだ。
その重みが、ややもすると悪夢の中に堕ちてしまいそうな彼女の心に安心感と現実感を与えてくれた。
それはこの銃を彼女にくれた、彼女を可愛がってくれた師であり父のようでもあった男の思いかも知れない。
周りの皆を思えばこそ、バレッタはバレッタのままでいられるのだ。
まだだ、まだ夜は長い! まだだ、まだ早い! 今は熱い血の滾りを冷静な心でコントロールしろ!
バレッタは自らの心にそう言い聞かせながら森の中を突き進んだ。
彼女の後ろから紅い巨大な月がまるで口を開けてケタケタ笑いながら追いかけてくるような気がして、釣られてしまったようにバレッタもその顔に笑みを浮かべた。
バレッタにとっての狂おしいヴァルプルギスの夜は今始まったばかりだ。
第一生徒会室ではルードゥスを見てはしゃぐキルカとは対照的にスピカが沈んだ様子でそんな姉の姿を見ていた。
「お姉さま……」
「なぁに? スピカ」
キルカはふり向いて僅かに首を傾げた。
「お姉さまは……何を隠していらっしゃるの? 私は……今のお姉さまがわかりませんわ」
スピカは吐き捨てるように言うと目を伏せた。
キルカは彼女の側へ行くとそっとその髪を撫でた。
「スピカ……あなたは頑なだから自分の古い記憶を認める事ができないのね」
「お姉さま?」
スピカが目を上げるとふんわりとほほ笑むキルカの顔があった。
「思い出してみるの。 あなたは知ってるはずなの。 イキロの事、わたしたちの世界の事……」
スピカは目を閉じた。
そう、それは確かに引っかかっていた。
イクローに会ったときに、懐かしさのようなものをたしかに感じたのだ。
キルカやバレッタも同じ感覚を持っていたのだろう事はわかった。
「認めるのよ。 あなたのその気持ち」
キルカは言ってスピカをぎゅっと抱きしめた。
スピカはぎゅっと唇を噛みしめた。
その時、ルードゥスが行われている学園の中央の森に大きな爆発があって炎が起こるのが見えた。
「キルカ様! スピカ様!」
すぐにルーから魔法通信が入って二人はハッと顔を上げた。
「状況はわかりませんが……学園に何者かの攻撃があったようです!」
スピカは何かを決意した顔になるときっぱりと言った。
「……私が行きます。 お姉さま、私の魔導杖を使ってもよろしいかしら?」
キルカはにっこりと笑った。
「やりすぎちゃ、めっ! なのよ」
スピカは屋上に立つ、風にその長い金髪がなびくのを手で押さえながら彼女はルーの元へと歩いた。
「ルー。 参りますわ。 あなたも付いてきなさい」
ルーは驚いた顔で彼女を見る。
「スピカ様自ら……でございますか?」
「ええ、もちろん!」
彼女は答えて一瞬微笑むとその姿を魔導鎧に変えた。
上半身は蒼いビキニトップ、下半身に白い布を纏い、肩にアーマー、そしてアーマーブーツ。
頭には羽飾りのついたカチューシャが風に煽られて揺れている。
その姿はまるで戦に赴く戦乙女そのもののようだ。
そして彼女は魔法通信でキルカに言った。
「お姉さま。 先生に連絡を取って生徒の避難をして頂くようお願いいたしますわ!」
「わかったの」
キルカからの返答を聞いて、スピカは満足げに頷くと左手を前に出し、その手に弓型の魔導杖を現出させて握った。
「行きますわよ、ルー」
「イエス、マイ・プリンセス」
ルーが恭しく頭を下げて自らもコバルトブルーの魔導鎧に身を包んだ。
イクローとライアット、アオイはバレッタの後を追って森の中央へと走っていた。
「アオイ! 倒れてる生徒を移動させた方がいいんじゃないのか?」
彼がそう尋ねるとアオイは小さく首を振った。
「いえ、この森の結界内で倒れた魔法少女は転送魔法で校内の医務室に運ばれるので大丈夫です! それよりも生き残ってる子たちの方が心配です!」
「そうか……」
「おい、イクローサマ!」
ライアットが手を出して立ち止まった。
「どうした?」
「すぐそこで誰かが戦ってやがるぜ? 魔力の気配がしやがる!」
「敵か?」
「それはわかんねえ。 まだルードゥスだと思ってやり合ってんのかも知れねえからな」
「行ってみるしかないって事か」
「おう、だな!」
イクローとライアットは頷きあって魔力の気配のある方向へと走り出す。
その後をアオイも追いかけていった。
「あんたら! 一体なに!」
メタルカがイラついた様子で叫んだ。
「……AMGG、だわね。 きっと」
彼女の隣でオスティナがいかにも魔法の杖という形状の魔導杖を構えながら冷静に言った。
「ルカ、あなためんどくさいから全員操り人形にしてしまったら?」
彼女が言うとメタルカはふくれ面になって口を尖らせた。
「できるならやってるよぉ! 今はこの森に結界があるから魔力制御でせいぜい十人くらいまでしか操れないんだよ!」
メタルカは両手に持った十字架のような魔導杖を怪しげに手で手繰った。
彼女たちの前の数人の兵士がガクガクと不自然な動きになるといきなり後ろを向いて仲間の兵士へと発砲を始めた。
撃たれた兵士たちは僅かに動揺したがすぐにその味方だったはずの兵士へと銃を向ける。
「まぁ、よく訓練されていること……」
オスティナは呟いてから、高速詠唱を始めて空中に氷の塊を作るとそこから大量の氷柱を敵兵士へと撒き散らした。
「まぁ、なんにせよ!」
「この私たちに歯向かおうなんて」
「「百万年早い!!」」
二人は叫んで魔力を放った。
兵士たちは元々は仲間だった兵士に撃たれ、氷柱に撃たれ凍り付き徐々に後方へと下がっていく。
だがその後方から体の大きなゴリラのような体格の兵士が三人ほどを姿を現し、平然とこちらへ突き進んできた。
「なにあれぇ!」
メタルカが目を丸くして叫ぶとオスティナが舌打ちをした。
「対魔法防御服だわね……。 厄介な」
二人の顔に焦りが浮かんだ。
普段であればそれでも彼女たちほどの能力があれば戦う事も可能だが、今は魔力制御があるため普段の十分の一も力が出せないのだ。
しかも対魔法防御服を相手にするには近接タイプの方が向いているのだが、二人とも後方から魔法を操るタイプである。
形勢は一気に不利なってしまった。
対魔法防御服、まるでロボットのようなその装備を付けゴリラのような体格の兵士の真ん中の一人がニヤリ、と笑った。
そいつはあろう事か顔までもゴリラのようだった。
「なに、このゴリラ!!」
メタルカが叫んで魔導杖を振るって周囲の兵士を向かわせると、そいつは味方だったはずの彼らを平然と殴り飛ばした。
骨が折れるいやな音が響いた。
「あぁもう!! めんどくさいっ!」
メタルカが叫んで何度も魔導杖を手繰るが、対魔法防護服を着ているこいつには全く効果がなかった。
オスティナも氷結魔法を使うが一瞬表面が凍り付くだけですぐに元に戻ってのっしのっしとこちらへと歩む足を止める事はない。
そこへイクローとライアット、アオイが駆け込んできた。
「ルカ? オスティ? お前らかよ!」
ライアットが驚いて声を上げた。
「ライア?」
メタルカも目を丸くした。
「イクロー、ライア。 対魔法防護服よ。 気を付けて」
オスティナが冷静に言うとライアットは不敵に笑って鼻の頭を擦った。
「なら……あたいの出番じゃねえか! 近接ならなんとか倒せそうだしよ!」
イクローも手に持った槍の魔導杖を構えた。
「なら、俺も手伝えそうだ!」
ライアットは顔を赤くして小さな声でぼそぼそと言った。
「は、初めての共同作業です……ってか」
「ライアット? 何か言ったか?」
「な、なんでもねェ!! イクローサマ! あたいの事はライアって呼びな!!」
彼女はそう言って棒状の魔導杖を現出させると二本を一本に繋げて長い棒状へと変えた。
「あたいの『雷神具力』は無形なんだ! 棒状の武器にならなんでも変えられる!」
ライアットは言いながらその棒を伸ばしてヌンチャクのようにしたり、また二本に分けてトンファーのようにしたりして見せた。
「へぇ~!」
イクローが感心して声を上げると、ライアットは照れ臭そうに笑って、結局トンファーの形のまま後ろ手に魔導杖を構えた。
「オスティ! ルカ! 援護を頼むぜ!」
彼女は叫んでそのまま一気に距離を詰めるとゴリラのどてっ腹にトンファーで突きを入れた。
激しくスパークが起きたがその防護服の表面がわずかにへこんだ程度である。
「チッ! 硬ェ野郎だな!!」
そこへイクローがその槍型の魔導杖の穂先から炎を上げながら突撃するとゴリラは数歩後ろへ下がったが大したダメージはないようだった。
「つッ……ほんとだぜ! なんて硬さだ!」
二人は並んでお互いに頷きあった。
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