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第三章 魔法少女絶対無敵(ジ・インヴィンジブル)
目覚めの時
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イクローはどうしようもなくなって樹海の木々の中でキルカを膝枕しながら呆然と周囲を見回した。
ホテルから攫われたので彼は全裸のままだ。
そして傷だらけ泥だらけのキルカは気を失ったままである。
そもそも彼女は元々が血飛沫柄の衣装を着ているので傍目にはとてつもなく物騒である。
このまま街道に出て他人に見られたら一体何事かとちょっとした騒ぎになってしまうだろう。
彼はそっと彼女の髪を撫でて考え込んだ。
終郎の言っていたことについて。
嘘、ではないだろう。
そもそもイクローにそんな嘘をついた所で何もメリットはない。
キルカには内緒にしろ、とも言っていた。
そうだ。
もしイクローに何かあれば、キルカが何をするかわからない。
それは今回の事でもよくわかった。
攫われただけで彼女は怒りに我を忘れていたのだ。
もしイクローが死ぬような事になったら――。
想像してイクローは全身に怖気が走った。
キルカのあの怒りに我を忘れた姿は……まさに『魔女』と言っていいものだった。
それでも彼女はまだ手加減して戦っていただけ理性があったのだろう。
それであのおぞましさなのだ。
もしイクローが死んで完全に我を忘れた彼女がどうなるのか、想像もつかなかった。
彼はまた身震いしながらも、自分の膝の上のキルカを見つめた。
気を失って眠っているキルカはいつもの通り愛らしく、見ているとささくれた心が癒されていくのを感じる。
――いっそこのまま二人だけでどこかへ行ってしまいたい。
そんな欲求にかられると、イクローは独り苦笑した。
「まさか……な」
イクローがため息をつくと、いきなり背後から声をかけられて、イクローは驚いて息を止めた。
「動くな……」
「だ、誰だ?」
イクローが身動きせずに固まっていると背後の者はしげしげとキルカを観察しているような気配がした。
彼は一瞬考えた、相手の声は若い女のものだった。
すなわち魔法少女である可能性が高いだろう。
下手に動いたり逃げ出したりして魔法で攻撃を食らえばひとたまりもない。
終郎の言葉を完全に信じたわけではなかったが、それでも彼は「死ぬわけにはいかない」と強く思うようになっていた。
今は言う通りにしてチャンスを待つ、彼がそう心に決めたら、背後の声は割と明るい声を出した。
「ああ、よかった……この子は本物のキルカだわ」
その声に振り向くと、左手に魔法円をリボン状に編んだギプスのようなもので固めたオスティナが安堵の表情を浮かべていた。
「お、オスティナ!? 無事だったのか」「
イクローが言うとオスティナは苦笑した。
「あんまり無事でもないけどね……。 あんたも無事だったのね。 えっと……イクローだっけ?」
イクローは周りを見回した。
「他に仲間は?」
「今はここには私しか来ていないわ。 でもみんな無事よ。 大きな魔力がぶつかった痕跡があったから見に来たのよ」
「そうか。 みんな無事なのかよかった……」
イクローが安堵のため息をつくと、彼女は魔法でゲートを開いた。
「まぁ、まさかあなたたちがいるとは思っていなかったけどね。 ……さぁ、とりあえず入って」
「お、おう……」
イクローがキルカを抱き上げて中へ入るとオスティナは自分も中に入ってゲートを閉じた。
ゲートの中は薄暗いトンネルのようになっていて先に明かりが見える。
ふとオスティナが顔をしかめた。
「そういえば、なんであなたハダカなの?」
イクローは思い出して後ろを向いた。
「こっちにもこっちの事情ってもんがあるんだよ!」
オスティナは少し呆れたような顔をして簡単に詠唱をすると魔法でイクローに服を着せた。
Tシャツにハーフのデニムパンツというラフないで立ちである。
「これでいいかしら?」
「あ、ああ。 助かるよ、ありがとうオスティナ」
イクローが嬉しそうに礼を言うと彼女は肩をすくめた。
「オスティ、でいいわ」
「ありがとう、オスティ!」
イクローが笑顔でそう彼女に言った瞬間の事だった。
べちゃり、という音がしたかと思うと……なんとイクローの服に血飛沫の模様が張り付いた。
「な、なに!? どうなってるんだ、こりゃあ?」
彼が驚いて自分の服を見ると、オスティナはしげしげとそれを興味深げに眺めた。
「なるほど……。 あなた、ティアマトの眷属になったのね? だからティアマトの呪いがあなたにも表れたんだわ」
「け、眷属? ……どうしてそんな……」
彼はそう言いかけて、顔を真っ赤にするとオスティナから目をそむけた。
そして思わず彼の背中で眠りこけるキルカを横目で見た。
「そうか……。 キルカはこれで『魔女』になったのね……」
オスティが感慨深そうにキルカを見て言うのを聞いて、イクローは全身にまた怖気が走った。
魔女。
――魔女。
――――魔女。
誰もが彼女をそう呼ぶ。
いや、彼女自身ですら、自分は魔女になったのだ、と言っていた。
事象だけを考えれば彼女の『魔力上がり』がなくなっただけだ。
だがイクローはなんとも言えない胸騒ぎと、恐怖を感じるのだった。
トンネルを抜けて広いロビーに入ると、イクローにはそこに見覚えがあった。
「ここは……あのみんなが本部にしていた空間?」
彼が呟くとオスティナが頷いた。
「そうよ。 あの時ゲートを完全に閉じてこの空間だけは残したのよ。 ライアットと私がやられたのを拾ってくれたのもここの子たちだったわ」
「そういえばライアットは?」
彼が尋ねると、オスティナはわずかに表情を曇らせた。
「死んではいないけれど……今のところ意識が戻らないわね」
イクローはキルカを椅子の上に下ろすと、周りを見回した。
「キルカも怪我をしてたんだ。 フラスコの俺が傷を塞いでくれたけど……休ませないと!」
「どういうこと?」
「わからないよ。 でもあいつはキルカを治療してくれたんだ」
イクローはとりあえずは今のところはあまり細かい事は言わないでおこう、と決めてそう言った。
そして彼は思い出したようにこう口にした。
「ああ! そういえば気絶してる魔法少女は三日くらいで目が覚めるとも言ってた!」
「なんですって? それが本当なら……そろそろ、ルカが目覚めるんじゃないかしら?」
そしてイクローはキルカを連れて医務室へと向かった。
「同じ部屋の方がいいかと思って……」
オスティナは気を使ってくれたのか、スピカとルーが眠る部屋にキルカを寝かせてくれた。
「そうだね。 ありがとう」
イクローは部屋を出ていくオスティナに礼を言って、キルカのベッドの横に椅子を置いて腰かけた。
スピカやルーを見て、考える。
終郎の話が本当なのであれば、このスピカやルーは、フラスコの彼女たちの記憶や人格が統合された新たな彼女たちになるはずだ。
もしかしたらまた敵に回る事もあるかもしれない。
イクローは眠るキルカの手を取って、握りしめながら一人懊悩した。
冷たい石造りの牢屋のような所で彼女は目を覚ました。
色々と頭がこんがらがっていて、意識がはっきりしない。
「うう……気持ち悪ぅぅい……」
彼女は身を起こして頭を抱えるようにしながら周りを見回した。
「あぁ、ここは……魔法を封じる結界付きの檻かぁ~。 って事はぁ? あたしはオリジナル側にいるのか……」
彼女はぷるぷる、と頭を振ってピンク色の長い髪をかき上げた。
「お風呂入りたぁ~い……」
彼女は不満そうに口を尖らせて大きな赤い瞳を見開いた。
「なるほどぉ~。 こうなるのかぁ……。 たしかにあたしであってあたしでないような不思議な感じ。 そもそもあたしはどっちなんだろ? ベースは身体の持ち主の方なのかな?」
そして彼女はぶつぶつと言いながら、ニッ、と歯を見せて笑った。
魔法少女”人形遣い”メタルカ・ラグジュリア・キシャムは今ここに復活、いや新生したのである。
「よう。 お前はどっちだ? ……いや、どっちもか? メタルカ」
ルカはいきなりそう声をかけられて、目を丸くしてきょろきょろとその大きな赤い瞳を動かした。
見れば部屋の隅に黒いスーツを着た妙齢の女性が片膝を立てて座りながら、不敵な笑みを浮かべていた。
「黒井センセ!!」
ルカは驚いてさらに目を見開いて叫んだ。
「はは……。 そうだな、お前たちの先生でもあったし、AMSTFの司令でもあった、黒井瑪瑙だよ。 初めましてなのか、久しぶり、なのか私にもよくわからんがな……」
黒井はそう言ってやや自嘲的に笑うと、ポケットからタバコを取り出して口に咥えて、メタルカに吸っていいかと同意を求めるように彼女を見た。
ルカは肩をすくめて、構わない、というようなポーズを取ってから両膝を抱えて体育座りのようにベッドの上に座って檻の外を眺めた。
「まぁ……あたしらはぁ、ベースがフラスコだから信用はされないだろうけどぉ~。 でも牢屋はないんじゃないかなぁ~?」
彼女は口を尖らして言うが、黒井は美味そうに大量の煙を吐き出しながら、笑った。
「仕方ないさ。 まぁ、今のところはどうしようもない。 せいぜいゆっくりさせてもらうとしよう」
「センセは呑気だなぁ! あたしは退屈で死んじゃうよぉ!!」
ルカは思い切り不機嫌そうに眉をしかめながらふくれ面になった。
そして黒井はポケットの中のタバコの箱を見て顔をしかめた。
「あぁ~、だができればタバコが切れる前に出してほしいものだな……」
「あはは、それはそれでセンセらしいね!」
ルカは笑いながらベッドに転がった。
別の部屋では、やはり少し前に目を覚ました魔法少女”光陰の矢”チェリアが椅子に座ってオスティナに尋問を受けていた。
「それで……あなたは、私たちの陣営の魔法少女の人格、記憶、そしてフラスコの魔法少女のそれを両方持っている……という事で合ってるわね?」
チェリアは少し混乱した様子で、黙って頷いた。
「……なるほど。 イクローの言った通りか……。 じゃあやはりフラスコの目的はどちらかの死をもってあなたのように人格の統合を図る事で合ってるのかしら?」
チェリアはまた頷いた。
「すまないわね。 本当はあなたの主であるライアがいれば良かったのだろうけれど。 今あの子は意識を失くしているから……」
「ライアット様が? あの方も統合されたのです?」
チェリアが焦った様子で訊くと、オスティナは首を振った。
「いいえ。 恐らくフラスコのライアはピンピンしてるでしょうね」
「……そう、ですか」
そしてチェリアは、少し周囲を気にするようにして、小さな声でこう訊ねた。
「あ、あの……オスティナ様」
「なにかしら?」
オスティナは新たに魔法で作ったメガネを右手の指先で持ち上げながら、少し怪訝そうな顔になった。
「あの……ティアマトの、バレッタはこちらにいるんですか?」
意外な事を尋かれて、オスティナは少し驚いた顔になった。
「バレッタ……か。 そうね……私たちの陣営のあの子は昨日死んだわ。 フラスコ側の彼女は生きているらしいけれど、どこにいるのかはわからない。 ……彼女がどうかしたの?」
オスティナに聞き返されて、チェリアは俯いた。
「い、いえ……私を殺したのはあの娘なので……ちょっと気になって……」
オスティナはため息をついた。
「……ややこしい話ね」
そこへ彼女の部下がやってきて、オスティナに耳打ちすると、オスティナは眉を寄せて、難しい顔になった。
「ええと、チェリア?」
「はい……」
しおらしく返事をする彼女をオスティナは見据えて、頷いた。
「確認させてもらうわね。 あなたはもう私たちと敵対する意思はない、と?」
「はい! それは誓って!」
チェリアは至極真面目な顔で、僅かに必死さすら感じる表情で返事をした。
オスティナはそれは嘘ではあるまい、と思いながら腕を組んで考え込んだ。
「いいでしょう。 貴女を信じるわ。 ……しばらく魔法に制限を付けるけれど、貴女は自由の身にします」
オスティナのその言葉を聞くと、チェリアの顔は明るくなった。
「あ、ありがとうございます!! 感謝します!」
そしてオスティナはその部屋を後にすると、魔法通信で部下の魔法少女と話しながら廊下を歩きだしたく。
「ルカが目を覚ましたんですって?」
彼女は通信先の魔法少女にそう訊ねた。
「はい!」
「わかった……とりあえず、すぐ行くわ」
彼女は短くそう答えると、コツコツと足音を立てて急いで歩いていった。
部下の元へたどり着くとオスティナは魔法画面に映し出されているメタルカをじっと見つめた。
しばらく右手を顎の辺りに当てて、考え込むようにしながら瞳はずっと彼女を追っている。
「うーん……。 まぁ、それはそうなんだろうけれど……」
彼女はギプスで固めていない右手だけを広げて、やれやれという風に首を振った。
「少なくとも、どこからどう見ても……私の知っているルカそのものだわね……」
オスティナはため息をついて、頭痛でもするかのようにこめかみを押さえた。
「まぁ、会ってみるしかないわね……」
彼女はそう言って、ルカを監禁している牢へと向かった。
「あ! オスティだ! やっほ~!!」
メタルカはオスティナの姿を目ざとく見つけるとぶんぶんと両手を振った。
「ルカ……。 ええと、久しぶり? なのかしら?」
オスティナが少し困惑気味に言うと、メタルカはけらけらとおかしそうに大笑いをした。
そして急に鋭い目つきになると口元を不敵に歪めながら言った。
「もう知ってるんでしょ? あたしはどっちでもあるってさぁ」
オスティナは呆れたような顔をしてから、ゆっくり頷いた。
「そうね。 知ってるわ。 ……とりあえず、私たちにとって今重要なのは……」
オスティナがそこで一度言葉を切るとメタルカは面白そうにその大きな目をぎょろり、と動かして彼女を見つめた。
「あなたが敵に回るのかどうか、って事だわね」
彼女はそう言って、鋭い目つきでメタルカを射抜くかのように見つめた。
メタルカはどこ吹く風とでもいうように、ベッドに寝転がって足をバタバタと動かした。
「ふふふ~。 そうだねぇ~。 どうしようかなぁ~?」
オスティナが厳しい顔になって睨み付けると、メタルカは、てへぺろ、と舌を出していたずらっぽく笑った。
「冗談だよぉ~! もう~、オスティは相変わらずお堅いなぁ!」
尚も彼女を睨み付けるオスティナを見て、彼女はやれやれ、と手を広げると打って変わって不敵な顔でにんまりと笑いながら言った。
「まぁ~、正直な事を言えばぁ……あなたたちと敵対する理由はもうないよねぇ。 ……違うか、魔法界に帰ったら前と同じようにオスティたちと戦うようになるだけかぁ?」
「……今は敵対する気はないって事でいいのかしら?」
オスティがまだ冷たく厳しい瞳で睨み付けて訊いた。
「そうね。 どちらにしろフラスコの魔法少女が全員統合されるまでは、そのつもりはないかもぉ」
メタルカはいたずらっぽく笑いながら言って、舌を出した。
オスティナはため息をつくと部屋の奥でタバコをくゆらせている黒井を見つめて彼女に声をかけた。
「あなたは? ええと……」
「黒井だ。 黒井瑪瑙……。 いや、ここは本名の方がいいのか。 ブラック・オニキスだ。 魔女ブラック・オニキス」
それを聞いてオスティナの顔色が変わった。
「魔女? ですって? ……つまりあなたはその年齢で魔力が上がっていない?」
黒井はタバコを一気に二センチほど吸い込んで灰へと変えると、ゆっくり煙を吐き出した。
「そうだ。 いや、そもそも我々の世界には『魔力上がり』という観念はない」
「な、なんですって!?」
オスティナが目を丸くして叫ぶと、メタルカがにんまりと笑って言った。
「そうよ。 つまり……フラスコのあたしがベースの、このあたしにも、もう『魔力上がり』はないのぉ~!!」
メタルカは勝ち誇ったような声で笑った。
それをオスティナは愕然とした顔で黙ったまま見つめていた。
魔法少女たちの本拠地の特殊空間はごった返していた。
正確には医務室あたりがごった返しているのだ。
何せ戦いが起こると倒されなくても相手を倒した時点でこちらの魔法少女たちも昏倒してしまうのだから。
逆に自軍の魔法少女が敗北したら相手はそのまま昏倒したままなので、こちらの医務室が混雑する事はないので、いっそ楽なぐらいのものである。
その喧騒の中、ライアットは目を開けた。
首に魔導ギプスがはめられているのに気づいて彼女は顔をしかめた。
身体はまったく動かす事ができなかった。
「……なんとか生きてはいるってか」
ライアットはため息交じりにそう呟いた。
自分の身体の状態がわからないので、魔法で鏡を作って自らを写してみて、彼女はさらに大きなため息をついた。
「ひでえ有様だぜ……。 まったくよゥ……」
鏡には魔導ギプスと魔導包帯でぐるぐる巻きになったミイラのような自分の姿があった。
ライアットはそれを見てふとある事に気づいた。
「この白い魔導包帯は……?」
彼女の身体に巻かれている白い魔法光を放つ魔導包帯を見て、彼女は少し笑った。
そして彼女は声をあげた。
「おい! 誰か! ちょっとオスティを呼んでくれッ!」
近くにいた魔法少女が目を丸くする。
「ら、ライアット様!? 気が付かれたんですか?!」
「おう! だから頼む。 オスティのヤツを呼んでくれや……あいつも無事なんだろ?」
「は、はい! 少しお待ちを!」
あたふたと出ていく彼女の気配を頭の上に感じながらライアットは口を一文字に結んで瞳を閉じた。
少しして慌てた様子でオスティナがやってくると、ライアットは口元に笑みを浮かべた。
「よう。 お互い往生際は悪ィみてえだなッ!」
彼女の言葉にオスティナは呆れたような顔になった。
「呑気ねぇ……。 あなた、死ぬか生きるかっていう大怪我をしていたのよ?」
オスティナがそう言いながらライアットのベッドの脇に座るとライアットは苦笑した。
「すまねェ……。 なんか随分世話になっちまったみてェだな……」
白い魔法光の魔導包帯は明らかにオスティナの治癒魔法で作られたものだった。
それを踏まえてライアットは素直に彼女に詫びたのだ。
粗暴に見えてそういった仁義のような物を重んじる性格である事は彼女の長所であろう。
だから彼女は部下たちに慕われてもいるのだ。
「あなたの怪我の具合だと一番魔力のある者が治癒魔法をかけないとどうしようもなかったから……」
オスティナは何てこともない、という風に言いながら身動きできないライアットの顔を覗き込んだ。
するとライアットは少し真面目な顔になって目だけ動かしてオスティナを見つめた。
「なぁ……。 正直に言ってくれ。 あたいは動けるようになるのか?」
オスティナは僅かに眉を顰めた。
「そうね……。 このまま治癒魔法を受け続ければ、半年もすれば……」
ライアットは唇を噛みしめた。
「……半年、か。 このまま魔法界に帰って治療を続けろって事かよ」
「ええ……」
オスティナが頷くと、ライアットは一度瞳を閉じて何やら僅かな間思案するようにしてから、目を開けて彼女を見つめた。
「オスティ、現在の状況を全部教えてくれや」
オスティナは言われるままに現在の状況をライアットに説明した。
チェリアやルカたちが目覚めた事。
彼女たちか魔法少女たちかどちらかが倒れた場合に人格、経験その他が生き残った一人に統合される事。
キルカが黒い魔法少女を倒して、現在この医務室で寝ている事。
細かい事まで含めて全て説明した。
「そうか……キルカは勝ったのか。 さすがっつーか、なんつーか……。 やっぱアイツにゃあ敵わねえなぁ……」
ライアットは少し笑いながら言った。
「そうね。 いっそ最初からあの子をぶつければ良かったのかも知れないわ。 もっともあの子ですらボロボロだったけれど」
オスティナも苦笑しながら言った。
「なぁ? その人格が生き残った方に統合されるってェ話は間違いねェのか?」
ライアットにそう急に問われてオスティナは怪訝そうに眉を顰めた。
「ええ。 チェリアやルカに会った限り間違いはなさそうよ?」
ライアットは複雑な色を瞳に浮かべながらオスティナを見つめた。
「……なぁ、オスティ」
「なによ?」
オスティナは眉を寄せながら聞き返した。
「あたいとてめェは何度も戦ったよなぁ……」
「そうね。 それが?」
彼女が怪訝そうに聞くと、ライアットは、フッと笑った。
「おかしなもんだぜ。 いわばあたいらは好敵手だったのに……今はなんかてめェが一番信用できるなんてよ」
「何が言いたいのよ?」
オスティナが不思議そうな顔になると、ライアットは彼女を真面目な顔で見つめた。
「オスティ、あたいの頼みを聞いちゃあくれねェか?」
オスティナはライアットが何を言いたいのかわからずにさらに怪訝そうな顔になって眉の間に皺を寄せた。
「……まぁ、内容によっては聞いてあげない事もないわ」
ライアットは真面目な顔で彼女を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「オスティ……。 あたいを殺してくれ」
「はぁ?!」
オスティナは思わず椅子から立ち上がってガタガタと音を立てた。
ライアットは懇願するような目になった。
「頼むよ……。 こんな事てめェにしか頼めねェんだ……」
「な、何を言いだすのよ!」
オスティナが少し狼狽えながら椅子に座りなおす。
「なぁ……オスティ。 考えてもみろよ? あたいはこんな身体のままフラスコの奴らと戦う事もできずに、このまま魔法界へ帰らなくちゃいけねェんだぜ? ……あたいはそんなのはイヤだ」
「それは……わからなくもないけど」
ライアットはゆっくりと目を閉じた。
「あたいがここで死んだら、あたいの人格やらはあっちのあたいに統合されるんだろ?」
「それは、そうだけど……」
オスティナが言葉を濁すとライアットは少し笑顔を見せた。
「だったらあっちのあたいが半分はこのあたいになっちまうってこったろ? ならあたいは精神力で全部乗っ取ってやらぁ!!」
「……ライア、あなた言ってる事が滅茶苦茶よ」
オスティナはため息をついた。
「あたいはマジだぜ? ……頼む、オスティ。 あたいは絶対にここに戻ってくる! 約束するぜ」
「私はイヤよ……そんなの。 あなたの部下に恨まれたくもないし」
「それは大丈夫だ。 やってくれるならあたいがあいつらには言い聞かせる!」
「ほんと滅茶苦茶!!」
オスティナが呆れた声を出すと、ライアットは真面目な顔でまた縋るように彼女を見つめた。
「頼む……。 自殺を考えなくもねェが……。 できる事なら無様な死にざまを晒したくねェ……。 魔法で塩になってきれいさっぱり逝きてぇんだ……」
「なんで私に……?」
するとライアットはにんまりと笑った。
「さっき言ったじゃねェか! ……今一番信用できるのがオスティ、てめェだけだからだ!」
それを聞いてオスティナはその銀色の瞳に涙を溢れさせた。
「勝手よ! ……ほんとに貴女は勝手だわ!」
そしてオスティナはライアットに抱きついて号泣し始めた。
彼女本人にしてもそれは理解できない感情だった。
元々は敵だったはずのライアットをこの手で殺せるなら、それは喜ばしい事ではないのか? と彼女は理屈ではそう思う。
だが涙が後から後から溢れてきて止まらないのだ。
「へへ……てめェみたいな冷血女はてっきり泣かねェのかと思ってたぜ。 てめェがそんなツラしてたら、うちの手下どももてめェを恨むこたァねェだろうぜ?」
「うるさいわよ!」
オスティナは泣きながらライアットの動かない身体をぽかぽかと殴った。
ライアットは魔法通信で部下たちに、自らが死を望んでいる事を伝えた。
この特殊空間の基地にダムキナに仕える魔法少女たちの泣き声が満ち溢れた。
そしてオスティナも泣き止む事ができずに、涙を流しながら自らの魔導杖を構えた。
「とりあえずは、アバヨ。 オスティ、達者でな!」
「絶対に戻って来るのよ!」
「おう! なるべく苦しくねェように頼むぜ」
「ホントに勝手なんだから!」
オスティナはそう叫んでも涙を止める事ができずに鼻を啜った。
そして彼女は口を動かして高速詠唱を始めた。
次の瞬間、ライアットの身体は凍り付き、そのまま砕け散った。
後には塩と化した彼女の身体が医務室へと飛び散っていった。
そしてオスティナはそのまま床に泣き崩れた。
「あン? なんだこれ?」
暗いアジトでフラスコのライアットは声を上げた。
「まさか……!? オリジナルのあたいは……自殺したってのかよッ!! ふざけんじゃ……」
そして彼女はそのまま昏倒してフラスコのアジトの床へ横たわった。
気を失ったライアットの魔導鎧は白からだんだんと元の黒へと変わっていった。
ホテルから攫われたので彼は全裸のままだ。
そして傷だらけ泥だらけのキルカは気を失ったままである。
そもそも彼女は元々が血飛沫柄の衣装を着ているので傍目にはとてつもなく物騒である。
このまま街道に出て他人に見られたら一体何事かとちょっとした騒ぎになってしまうだろう。
彼はそっと彼女の髪を撫でて考え込んだ。
終郎の言っていたことについて。
嘘、ではないだろう。
そもそもイクローにそんな嘘をついた所で何もメリットはない。
キルカには内緒にしろ、とも言っていた。
そうだ。
もしイクローに何かあれば、キルカが何をするかわからない。
それは今回の事でもよくわかった。
攫われただけで彼女は怒りに我を忘れていたのだ。
もしイクローが死ぬような事になったら――。
想像してイクローは全身に怖気が走った。
キルカのあの怒りに我を忘れた姿は……まさに『魔女』と言っていいものだった。
それでも彼女はまだ手加減して戦っていただけ理性があったのだろう。
それであのおぞましさなのだ。
もしイクローが死んで完全に我を忘れた彼女がどうなるのか、想像もつかなかった。
彼はまた身震いしながらも、自分の膝の上のキルカを見つめた。
気を失って眠っているキルカはいつもの通り愛らしく、見ているとささくれた心が癒されていくのを感じる。
――いっそこのまま二人だけでどこかへ行ってしまいたい。
そんな欲求にかられると、イクローは独り苦笑した。
「まさか……な」
イクローがため息をつくと、いきなり背後から声をかけられて、イクローは驚いて息を止めた。
「動くな……」
「だ、誰だ?」
イクローが身動きせずに固まっていると背後の者はしげしげとキルカを観察しているような気配がした。
彼は一瞬考えた、相手の声は若い女のものだった。
すなわち魔法少女である可能性が高いだろう。
下手に動いたり逃げ出したりして魔法で攻撃を食らえばひとたまりもない。
終郎の言葉を完全に信じたわけではなかったが、それでも彼は「死ぬわけにはいかない」と強く思うようになっていた。
今は言う通りにしてチャンスを待つ、彼がそう心に決めたら、背後の声は割と明るい声を出した。
「ああ、よかった……この子は本物のキルカだわ」
その声に振り向くと、左手に魔法円をリボン状に編んだギプスのようなもので固めたオスティナが安堵の表情を浮かべていた。
「お、オスティナ!? 無事だったのか」「
イクローが言うとオスティナは苦笑した。
「あんまり無事でもないけどね……。 あんたも無事だったのね。 えっと……イクローだっけ?」
イクローは周りを見回した。
「他に仲間は?」
「今はここには私しか来ていないわ。 でもみんな無事よ。 大きな魔力がぶつかった痕跡があったから見に来たのよ」
「そうか。 みんな無事なのかよかった……」
イクローが安堵のため息をつくと、彼女は魔法でゲートを開いた。
「まぁ、まさかあなたたちがいるとは思っていなかったけどね。 ……さぁ、とりあえず入って」
「お、おう……」
イクローがキルカを抱き上げて中へ入るとオスティナは自分も中に入ってゲートを閉じた。
ゲートの中は薄暗いトンネルのようになっていて先に明かりが見える。
ふとオスティナが顔をしかめた。
「そういえば、なんであなたハダカなの?」
イクローは思い出して後ろを向いた。
「こっちにもこっちの事情ってもんがあるんだよ!」
オスティナは少し呆れたような顔をして簡単に詠唱をすると魔法でイクローに服を着せた。
Tシャツにハーフのデニムパンツというラフないで立ちである。
「これでいいかしら?」
「あ、ああ。 助かるよ、ありがとうオスティナ」
イクローが嬉しそうに礼を言うと彼女は肩をすくめた。
「オスティ、でいいわ」
「ありがとう、オスティ!」
イクローが笑顔でそう彼女に言った瞬間の事だった。
べちゃり、という音がしたかと思うと……なんとイクローの服に血飛沫の模様が張り付いた。
「な、なに!? どうなってるんだ、こりゃあ?」
彼が驚いて自分の服を見ると、オスティナはしげしげとそれを興味深げに眺めた。
「なるほど……。 あなた、ティアマトの眷属になったのね? だからティアマトの呪いがあなたにも表れたんだわ」
「け、眷属? ……どうしてそんな……」
彼はそう言いかけて、顔を真っ赤にするとオスティナから目をそむけた。
そして思わず彼の背中で眠りこけるキルカを横目で見た。
「そうか……。 キルカはこれで『魔女』になったのね……」
オスティが感慨深そうにキルカを見て言うのを聞いて、イクローは全身にまた怖気が走った。
魔女。
――魔女。
――――魔女。
誰もが彼女をそう呼ぶ。
いや、彼女自身ですら、自分は魔女になったのだ、と言っていた。
事象だけを考えれば彼女の『魔力上がり』がなくなっただけだ。
だがイクローはなんとも言えない胸騒ぎと、恐怖を感じるのだった。
トンネルを抜けて広いロビーに入ると、イクローにはそこに見覚えがあった。
「ここは……あのみんなが本部にしていた空間?」
彼が呟くとオスティナが頷いた。
「そうよ。 あの時ゲートを完全に閉じてこの空間だけは残したのよ。 ライアットと私がやられたのを拾ってくれたのもここの子たちだったわ」
「そういえばライアットは?」
彼が尋ねると、オスティナはわずかに表情を曇らせた。
「死んではいないけれど……今のところ意識が戻らないわね」
イクローはキルカを椅子の上に下ろすと、周りを見回した。
「キルカも怪我をしてたんだ。 フラスコの俺が傷を塞いでくれたけど……休ませないと!」
「どういうこと?」
「わからないよ。 でもあいつはキルカを治療してくれたんだ」
イクローはとりあえずは今のところはあまり細かい事は言わないでおこう、と決めてそう言った。
そして彼は思い出したようにこう口にした。
「ああ! そういえば気絶してる魔法少女は三日くらいで目が覚めるとも言ってた!」
「なんですって? それが本当なら……そろそろ、ルカが目覚めるんじゃないかしら?」
そしてイクローはキルカを連れて医務室へと向かった。
「同じ部屋の方がいいかと思って……」
オスティナは気を使ってくれたのか、スピカとルーが眠る部屋にキルカを寝かせてくれた。
「そうだね。 ありがとう」
イクローは部屋を出ていくオスティナに礼を言って、キルカのベッドの横に椅子を置いて腰かけた。
スピカやルーを見て、考える。
終郎の話が本当なのであれば、このスピカやルーは、フラスコの彼女たちの記憶や人格が統合された新たな彼女たちになるはずだ。
もしかしたらまた敵に回る事もあるかもしれない。
イクローは眠るキルカの手を取って、握りしめながら一人懊悩した。
冷たい石造りの牢屋のような所で彼女は目を覚ました。
色々と頭がこんがらがっていて、意識がはっきりしない。
「うう……気持ち悪ぅぅい……」
彼女は身を起こして頭を抱えるようにしながら周りを見回した。
「あぁ、ここは……魔法を封じる結界付きの檻かぁ~。 って事はぁ? あたしはオリジナル側にいるのか……」
彼女はぷるぷる、と頭を振ってピンク色の長い髪をかき上げた。
「お風呂入りたぁ~い……」
彼女は不満そうに口を尖らせて大きな赤い瞳を見開いた。
「なるほどぉ~。 こうなるのかぁ……。 たしかにあたしであってあたしでないような不思議な感じ。 そもそもあたしはどっちなんだろ? ベースは身体の持ち主の方なのかな?」
そして彼女はぶつぶつと言いながら、ニッ、と歯を見せて笑った。
魔法少女”人形遣い”メタルカ・ラグジュリア・キシャムは今ここに復活、いや新生したのである。
「よう。 お前はどっちだ? ……いや、どっちもか? メタルカ」
ルカはいきなりそう声をかけられて、目を丸くしてきょろきょろとその大きな赤い瞳を動かした。
見れば部屋の隅に黒いスーツを着た妙齢の女性が片膝を立てて座りながら、不敵な笑みを浮かべていた。
「黒井センセ!!」
ルカは驚いてさらに目を見開いて叫んだ。
「はは……。 そうだな、お前たちの先生でもあったし、AMSTFの司令でもあった、黒井瑪瑙だよ。 初めましてなのか、久しぶり、なのか私にもよくわからんがな……」
黒井はそう言ってやや自嘲的に笑うと、ポケットからタバコを取り出して口に咥えて、メタルカに吸っていいかと同意を求めるように彼女を見た。
ルカは肩をすくめて、構わない、というようなポーズを取ってから両膝を抱えて体育座りのようにベッドの上に座って檻の外を眺めた。
「まぁ……あたしらはぁ、ベースがフラスコだから信用はされないだろうけどぉ~。 でも牢屋はないんじゃないかなぁ~?」
彼女は口を尖らして言うが、黒井は美味そうに大量の煙を吐き出しながら、笑った。
「仕方ないさ。 まぁ、今のところはどうしようもない。 せいぜいゆっくりさせてもらうとしよう」
「センセは呑気だなぁ! あたしは退屈で死んじゃうよぉ!!」
ルカは思い切り不機嫌そうに眉をしかめながらふくれ面になった。
そして黒井はポケットの中のタバコの箱を見て顔をしかめた。
「あぁ~、だができればタバコが切れる前に出してほしいものだな……」
「あはは、それはそれでセンセらしいね!」
ルカは笑いながらベッドに転がった。
別の部屋では、やはり少し前に目を覚ました魔法少女”光陰の矢”チェリアが椅子に座ってオスティナに尋問を受けていた。
「それで……あなたは、私たちの陣営の魔法少女の人格、記憶、そしてフラスコの魔法少女のそれを両方持っている……という事で合ってるわね?」
チェリアは少し混乱した様子で、黙って頷いた。
「……なるほど。 イクローの言った通りか……。 じゃあやはりフラスコの目的はどちらかの死をもってあなたのように人格の統合を図る事で合ってるのかしら?」
チェリアはまた頷いた。
「すまないわね。 本当はあなたの主であるライアがいれば良かったのだろうけれど。 今あの子は意識を失くしているから……」
「ライアット様が? あの方も統合されたのです?」
チェリアが焦った様子で訊くと、オスティナは首を振った。
「いいえ。 恐らくフラスコのライアはピンピンしてるでしょうね」
「……そう、ですか」
そしてチェリアは、少し周囲を気にするようにして、小さな声でこう訊ねた。
「あ、あの……オスティナ様」
「なにかしら?」
オスティナは新たに魔法で作ったメガネを右手の指先で持ち上げながら、少し怪訝そうな顔になった。
「あの……ティアマトの、バレッタはこちらにいるんですか?」
意外な事を尋かれて、オスティナは少し驚いた顔になった。
「バレッタ……か。 そうね……私たちの陣営のあの子は昨日死んだわ。 フラスコ側の彼女は生きているらしいけれど、どこにいるのかはわからない。 ……彼女がどうかしたの?」
オスティナに聞き返されて、チェリアは俯いた。
「い、いえ……私を殺したのはあの娘なので……ちょっと気になって……」
オスティナはため息をついた。
「……ややこしい話ね」
そこへ彼女の部下がやってきて、オスティナに耳打ちすると、オスティナは眉を寄せて、難しい顔になった。
「ええと、チェリア?」
「はい……」
しおらしく返事をする彼女をオスティナは見据えて、頷いた。
「確認させてもらうわね。 あなたはもう私たちと敵対する意思はない、と?」
「はい! それは誓って!」
チェリアは至極真面目な顔で、僅かに必死さすら感じる表情で返事をした。
オスティナはそれは嘘ではあるまい、と思いながら腕を組んで考え込んだ。
「いいでしょう。 貴女を信じるわ。 ……しばらく魔法に制限を付けるけれど、貴女は自由の身にします」
オスティナのその言葉を聞くと、チェリアの顔は明るくなった。
「あ、ありがとうございます!! 感謝します!」
そしてオスティナはその部屋を後にすると、魔法通信で部下の魔法少女と話しながら廊下を歩きだしたく。
「ルカが目を覚ましたんですって?」
彼女は通信先の魔法少女にそう訊ねた。
「はい!」
「わかった……とりあえず、すぐ行くわ」
彼女は短くそう答えると、コツコツと足音を立てて急いで歩いていった。
部下の元へたどり着くとオスティナは魔法画面に映し出されているメタルカをじっと見つめた。
しばらく右手を顎の辺りに当てて、考え込むようにしながら瞳はずっと彼女を追っている。
「うーん……。 まぁ、それはそうなんだろうけれど……」
彼女はギプスで固めていない右手だけを広げて、やれやれという風に首を振った。
「少なくとも、どこからどう見ても……私の知っているルカそのものだわね……」
オスティナはため息をついて、頭痛でもするかのようにこめかみを押さえた。
「まぁ、会ってみるしかないわね……」
彼女はそう言って、ルカを監禁している牢へと向かった。
「あ! オスティだ! やっほ~!!」
メタルカはオスティナの姿を目ざとく見つけるとぶんぶんと両手を振った。
「ルカ……。 ええと、久しぶり? なのかしら?」
オスティナが少し困惑気味に言うと、メタルカはけらけらとおかしそうに大笑いをした。
そして急に鋭い目つきになると口元を不敵に歪めながら言った。
「もう知ってるんでしょ? あたしはどっちでもあるってさぁ」
オスティナは呆れたような顔をしてから、ゆっくり頷いた。
「そうね。 知ってるわ。 ……とりあえず、私たちにとって今重要なのは……」
オスティナがそこで一度言葉を切るとメタルカは面白そうにその大きな目をぎょろり、と動かして彼女を見つめた。
「あなたが敵に回るのかどうか、って事だわね」
彼女はそう言って、鋭い目つきでメタルカを射抜くかのように見つめた。
メタルカはどこ吹く風とでもいうように、ベッドに寝転がって足をバタバタと動かした。
「ふふふ~。 そうだねぇ~。 どうしようかなぁ~?」
オスティナが厳しい顔になって睨み付けると、メタルカは、てへぺろ、と舌を出していたずらっぽく笑った。
「冗談だよぉ~! もう~、オスティは相変わらずお堅いなぁ!」
尚も彼女を睨み付けるオスティナを見て、彼女はやれやれ、と手を広げると打って変わって不敵な顔でにんまりと笑いながら言った。
「まぁ~、正直な事を言えばぁ……あなたたちと敵対する理由はもうないよねぇ。 ……違うか、魔法界に帰ったら前と同じようにオスティたちと戦うようになるだけかぁ?」
「……今は敵対する気はないって事でいいのかしら?」
オスティがまだ冷たく厳しい瞳で睨み付けて訊いた。
「そうね。 どちらにしろフラスコの魔法少女が全員統合されるまでは、そのつもりはないかもぉ」
メタルカはいたずらっぽく笑いながら言って、舌を出した。
オスティナはため息をつくと部屋の奥でタバコをくゆらせている黒井を見つめて彼女に声をかけた。
「あなたは? ええと……」
「黒井だ。 黒井瑪瑙……。 いや、ここは本名の方がいいのか。 ブラック・オニキスだ。 魔女ブラック・オニキス」
それを聞いてオスティナの顔色が変わった。
「魔女? ですって? ……つまりあなたはその年齢で魔力が上がっていない?」
黒井はタバコを一気に二センチほど吸い込んで灰へと変えると、ゆっくり煙を吐き出した。
「そうだ。 いや、そもそも我々の世界には『魔力上がり』という観念はない」
「な、なんですって!?」
オスティナが目を丸くして叫ぶと、メタルカがにんまりと笑って言った。
「そうよ。 つまり……フラスコのあたしがベースの、このあたしにも、もう『魔力上がり』はないのぉ~!!」
メタルカは勝ち誇ったような声で笑った。
それをオスティナは愕然とした顔で黙ったまま見つめていた。
魔法少女たちの本拠地の特殊空間はごった返していた。
正確には医務室あたりがごった返しているのだ。
何せ戦いが起こると倒されなくても相手を倒した時点でこちらの魔法少女たちも昏倒してしまうのだから。
逆に自軍の魔法少女が敗北したら相手はそのまま昏倒したままなので、こちらの医務室が混雑する事はないので、いっそ楽なぐらいのものである。
その喧騒の中、ライアットは目を開けた。
首に魔導ギプスがはめられているのに気づいて彼女は顔をしかめた。
身体はまったく動かす事ができなかった。
「……なんとか生きてはいるってか」
ライアットはため息交じりにそう呟いた。
自分の身体の状態がわからないので、魔法で鏡を作って自らを写してみて、彼女はさらに大きなため息をついた。
「ひでえ有様だぜ……。 まったくよゥ……」
鏡には魔導ギプスと魔導包帯でぐるぐる巻きになったミイラのような自分の姿があった。
ライアットはそれを見てふとある事に気づいた。
「この白い魔導包帯は……?」
彼女の身体に巻かれている白い魔法光を放つ魔導包帯を見て、彼女は少し笑った。
そして彼女は声をあげた。
「おい! 誰か! ちょっとオスティを呼んでくれッ!」
近くにいた魔法少女が目を丸くする。
「ら、ライアット様!? 気が付かれたんですか?!」
「おう! だから頼む。 オスティのヤツを呼んでくれや……あいつも無事なんだろ?」
「は、はい! 少しお待ちを!」
あたふたと出ていく彼女の気配を頭の上に感じながらライアットは口を一文字に結んで瞳を閉じた。
少しして慌てた様子でオスティナがやってくると、ライアットは口元に笑みを浮かべた。
「よう。 お互い往生際は悪ィみてえだなッ!」
彼女の言葉にオスティナは呆れたような顔になった。
「呑気ねぇ……。 あなた、死ぬか生きるかっていう大怪我をしていたのよ?」
オスティナがそう言いながらライアットのベッドの脇に座るとライアットは苦笑した。
「すまねェ……。 なんか随分世話になっちまったみてェだな……」
白い魔法光の魔導包帯は明らかにオスティナの治癒魔法で作られたものだった。
それを踏まえてライアットは素直に彼女に詫びたのだ。
粗暴に見えてそういった仁義のような物を重んじる性格である事は彼女の長所であろう。
だから彼女は部下たちに慕われてもいるのだ。
「あなたの怪我の具合だと一番魔力のある者が治癒魔法をかけないとどうしようもなかったから……」
オスティナは何てこともない、という風に言いながら身動きできないライアットの顔を覗き込んだ。
するとライアットは少し真面目な顔になって目だけ動かしてオスティナを見つめた。
「なぁ……。 正直に言ってくれ。 あたいは動けるようになるのか?」
オスティナは僅かに眉を顰めた。
「そうね……。 このまま治癒魔法を受け続ければ、半年もすれば……」
ライアットは唇を噛みしめた。
「……半年、か。 このまま魔法界に帰って治療を続けろって事かよ」
「ええ……」
オスティナが頷くと、ライアットは一度瞳を閉じて何やら僅かな間思案するようにしてから、目を開けて彼女を見つめた。
「オスティ、現在の状況を全部教えてくれや」
オスティナは言われるままに現在の状況をライアットに説明した。
チェリアやルカたちが目覚めた事。
彼女たちか魔法少女たちかどちらかが倒れた場合に人格、経験その他が生き残った一人に統合される事。
キルカが黒い魔法少女を倒して、現在この医務室で寝ている事。
細かい事まで含めて全て説明した。
「そうか……キルカは勝ったのか。 さすがっつーか、なんつーか……。 やっぱアイツにゃあ敵わねえなぁ……」
ライアットは少し笑いながら言った。
「そうね。 いっそ最初からあの子をぶつければ良かったのかも知れないわ。 もっともあの子ですらボロボロだったけれど」
オスティナも苦笑しながら言った。
「なぁ? その人格が生き残った方に統合されるってェ話は間違いねェのか?」
ライアットにそう急に問われてオスティナは怪訝そうに眉を顰めた。
「ええ。 チェリアやルカに会った限り間違いはなさそうよ?」
ライアットは複雑な色を瞳に浮かべながらオスティナを見つめた。
「……なぁ、オスティ」
「なによ?」
オスティナは眉を寄せながら聞き返した。
「あたいとてめェは何度も戦ったよなぁ……」
「そうね。 それが?」
彼女が怪訝そうに聞くと、ライアットは、フッと笑った。
「おかしなもんだぜ。 いわばあたいらは好敵手だったのに……今はなんかてめェが一番信用できるなんてよ」
「何が言いたいのよ?」
オスティナが不思議そうな顔になると、ライアットは彼女を真面目な顔で見つめた。
「オスティ、あたいの頼みを聞いちゃあくれねェか?」
オスティナはライアットが何を言いたいのかわからずにさらに怪訝そうな顔になって眉の間に皺を寄せた。
「……まぁ、内容によっては聞いてあげない事もないわ」
ライアットは真面目な顔で彼女を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「オスティ……。 あたいを殺してくれ」
「はぁ?!」
オスティナは思わず椅子から立ち上がってガタガタと音を立てた。
ライアットは懇願するような目になった。
「頼むよ……。 こんな事てめェにしか頼めねェんだ……」
「な、何を言いだすのよ!」
オスティナが少し狼狽えながら椅子に座りなおす。
「なぁ……オスティ。 考えてもみろよ? あたいはこんな身体のままフラスコの奴らと戦う事もできずに、このまま魔法界へ帰らなくちゃいけねェんだぜ? ……あたいはそんなのはイヤだ」
「それは……わからなくもないけど」
ライアットはゆっくりと目を閉じた。
「あたいがここで死んだら、あたいの人格やらはあっちのあたいに統合されるんだろ?」
「それは、そうだけど……」
オスティナが言葉を濁すとライアットは少し笑顔を見せた。
「だったらあっちのあたいが半分はこのあたいになっちまうってこったろ? ならあたいは精神力で全部乗っ取ってやらぁ!!」
「……ライア、あなた言ってる事が滅茶苦茶よ」
オスティナはため息をついた。
「あたいはマジだぜ? ……頼む、オスティ。 あたいは絶対にここに戻ってくる! 約束するぜ」
「私はイヤよ……そんなの。 あなたの部下に恨まれたくもないし」
「それは大丈夫だ。 やってくれるならあたいがあいつらには言い聞かせる!」
「ほんと滅茶苦茶!!」
オスティナが呆れた声を出すと、ライアットは真面目な顔でまた縋るように彼女を見つめた。
「頼む……。 自殺を考えなくもねェが……。 できる事なら無様な死にざまを晒したくねェ……。 魔法で塩になってきれいさっぱり逝きてぇんだ……」
「なんで私に……?」
するとライアットはにんまりと笑った。
「さっき言ったじゃねェか! ……今一番信用できるのがオスティ、てめェだけだからだ!」
それを聞いてオスティナはその銀色の瞳に涙を溢れさせた。
「勝手よ! ……ほんとに貴女は勝手だわ!」
そしてオスティナはライアットに抱きついて号泣し始めた。
彼女本人にしてもそれは理解できない感情だった。
元々は敵だったはずのライアットをこの手で殺せるなら、それは喜ばしい事ではないのか? と彼女は理屈ではそう思う。
だが涙が後から後から溢れてきて止まらないのだ。
「へへ……てめェみたいな冷血女はてっきり泣かねェのかと思ってたぜ。 てめェがそんなツラしてたら、うちの手下どももてめェを恨むこたァねェだろうぜ?」
「うるさいわよ!」
オスティナは泣きながらライアットの動かない身体をぽかぽかと殴った。
ライアットは魔法通信で部下たちに、自らが死を望んでいる事を伝えた。
この特殊空間の基地にダムキナに仕える魔法少女たちの泣き声が満ち溢れた。
そしてオスティナも泣き止む事ができずに、涙を流しながら自らの魔導杖を構えた。
「とりあえずは、アバヨ。 オスティ、達者でな!」
「絶対に戻って来るのよ!」
「おう! なるべく苦しくねェように頼むぜ」
「ホントに勝手なんだから!」
オスティナはそう叫んでも涙を止める事ができずに鼻を啜った。
そして彼女は口を動かして高速詠唱を始めた。
次の瞬間、ライアットの身体は凍り付き、そのまま砕け散った。
後には塩と化した彼女の身体が医務室へと飛び散っていった。
そしてオスティナはそのまま床に泣き崩れた。
「あン? なんだこれ?」
暗いアジトでフラスコのライアットは声を上げた。
「まさか……!? オリジナルのあたいは……自殺したってのかよッ!! ふざけんじゃ……」
そして彼女はそのまま昏倒してフラスコのアジトの床へ横たわった。
気を失ったライアットの魔導鎧は白からだんだんと元の黒へと変わっていった。
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