上 下
14 / 36
もう一人の主人公である景虎くんの登場です!

景虎君は、柚須浦家に居候と言う形に落ち着いたようです。

しおりを挟む
 その夜、一番綺麗な部屋だからと景虎かげとらはある一つの部屋に案内される。

「これは、何じゃ?」

 景虎が示したものを、百合ゆりは取り手渡す。

「テディベアよ。熊のぬいぐるみ」
「はぁ! 熊じゃと? 熊はもっと大きくて、獰猛でって、手足が動く! 生きておるのか?」
「違うわよ」

 部屋の一ヶ所の引き出しの中から、白い何かを出してくる。

「これが、手足と胴体の接続部。そうすると、自由に動かすことができるのよ。座らせたり、四つ足になったりするのよ。お姉ちゃんは、こういうお人形を作るのが大好きなの」
「ふーむ……これは面白い」
「あ、そこの、ピンクの棚は開けないでね? 下着が入っているの」
「下着?」

 聞きなれない言葉に首をかしげると、

「えっと、ひとえって言うのかしら? そ、それに男の人なら、ふ、ふんどし……と言うのかしら……とても恥ずかしいのだけど」

頬を赤くする百合に、景虎も、

「わ、解った! 我も男子おのこじゃ! 約束は守る!」
「ありがとう。その熊のぬいぐるみは、姉の手作りなの。姉だから、きっと景虎君に気に入ってもらえて嬉しいと思うわ。そこが寝台だから、ぬいぐるみも一緒に寝かせてあげて。ね?」
「一緒に寝るのか?」
「その子がきっと寂しがっているから……お休みなさい」

 先程シンプルな衣を百合の母の蓮花れんげに着せられた景虎は布団に入り、熊のぬいぐるみ……本当はテディベア……を抱き締めて目を閉じた。



 翌日家に姿を見せたのは、20歳程の見上げるような長身の青年と、珍しい黄金の髪と青い瞳の景虎と同じ年頃らしい女の子である。

「お久しぶりです。教授」
「おぉ! りょう。どこにおったのだね? 確か……卒業してすぐに……」
「いえ、教授。もう卒業して4年を越えてますし……」
「おや? そうだったか? あぁそういえば、背が伸びている。にょきにょきと、破竹はちくのようだな」

 破顔する圭吾けいごに、苦笑して、

琉璃りゅうり? ご挨拶しようね? この方が、私の恩師で柚須浦ゆすうら圭吾教授。中国の歴史研究の第一人者の方だよ。そして、こちらが奥方の蓮花さん。幾つもの幼稚園や保育園を経営したり、子供さんのいるお母さんに働きやすい時間帯を選べる職場をいくつも経営されている、琉璃のお父さんと同じだね。お父さんと蓮花さんは時々会って、仕事のやり取りをされるよ。で、こちらは百合ちゃん。お二人の下のお嬢さんで10才だよ? アイドルの卵。知ってるでしょう?」

 少女はコクンっと頷くと、

「は、はじめましゅて、りゅ、りゅうりは、光来こうらい琉璃ともうしゅましゅ。お年は8才でしゅ。よろしくお願い致しましゅ」

 緊張しているのか上ずった声で挨拶をした少女は、その年齢のわりに舌ったらずの言葉に瞳を潤ませる。
 とてもその言葉遣いが気になって、直そうとしているのに直らないのを気に病んでいるらしい。
 その様子に蓮花と百合は頬を赤くして、

「まぁ! この方があのフェアリーランドの『妖精姫フェアリープリンセス』? お会いしたかったのよ~! いつも社長は写真を見せてくれるだけで……こんなに可愛いなんて!」
「本当! 写真集の『妖精フェアリー』シリーズも素敵だけど、セーラー服や制服、普段着で、お母様とお兄様、光来のおじさまと撮られている『日常フリーディ』シリーズも素敵! そして、今日のワンピースはフワフワでエンジェルちゃんみたいだわ! お会いできるなんて、嬉しい!」

昨日のテディベアが気に入り、実綱さねつなと名前をつけた景虎は、だっこしたまま二人を見る。

「ふぅむ……これ程背の高い者がいるとは、圭吾どのの国は羨ましいな。それに、その女人……」

 怯えた琉璃ににっこり笑い、

「髪の色は豊穣の色だ。それに瞳は瑠璃るりではなく、青玉サファイアのようだ。亮どのと琉璃どのと申したな。我は越後えちご長尾景虎ながおかげとらと申す。挨拶が遅れ申し訳ない。ご容赦の程を」
「な、長尾景虎どのですか?」

亮は呆気に取られる。

「し、しっかりされていらっしゃるようですが、歳は?」
「数えで6つになる」

 亮は、テディベアと服がなかったのか、どう見ても小柄な百合の姉の采明あやめのパンツルックで立っている少年に、我に返り、

「どうして景虎君がこんな格好で、この家の中はどうしてこうなっているんですか? 采明ちゃんがいなくなってから心配しているのも分かりますが、この惨状を見れば余計に采明ちゃんが泣くでしょう? 本当に教授も教授です! 幾ら研究発掘にのめり込んでいても、家族を放り出してどうするんですか!」
「……すまない……」
「それに蓮花さん? 良いですか? いくら采明ちゃんがしっかりとした12才の女の子とはいえ、家の事を全部采明ちゃんに押し付けて……とまでは言いませんが、大半をさせてどうするんです? 中学生ですよ!」
「ご、ごめんなさい……亮くん」

夫婦は頭を下げる。

「それに、離婚とか采明ちゃんや百合ちゃんに相談もせずに、勝手に物事を進めるのは止めてあげて下さいと言ったでしょう! 特に寂しがりな采明ちゃんに、何でですか! いつも、泣いていたのを知らないんですか? 百合ちゃんが悪い訳ではないですが、百合ちゃんが東京で仕事があって数日戻ってこない時、何回か私や光来家の月英げつえい元直げんちょく兄に掃除とか、百合ちゃんの服について、料理に洗濯と教えてほしいって、泣きながら電話してきていたんですよ! 疲れているだろうから、私が頑張りますって采明ちゃんにそんな風に思わせるなんて、どうするんですか!」
「!」

 3人は驚く。

 いつも采明はにこにこ笑っていた。
 いってらっしゃいと手を振ってくれた。
 でも、自分達家族には何にも言わずに、寂しいのを我慢していたのだろうか……。

「12才と言うと、嫁に行ける年ではないのか? それに、家族がいなくとも……」

 景虎は、不意に問いかける。
 亮は、静かに答える。

「教授は仕事に没頭すると酷い時には4年以上帰られなかった。便りでも送ってくれば安心だろうけれど、それすらない。しかも、この百合ちゃんと采明ちゃんが君と同じ年ではもういなかったし、収入も全て仕事につぎ込んで、家に一銭も入れず、二人の子供を抱えた蓮花さんは、仕事をして家計を支えた。百合ちゃんは、蓮花さんや、琉璃のお父さんのつてを頼って、仕事をするようになった。残された采明ちゃんは、連絡のないお父さん、仕事で忙しいお母さんに百合ちゃんを待ちながら、この家の中の事をして、寂しいから、そうやって、テディベアやお人形さんを作って待っていたんだよ?ここは12才はまだ子供。20才以上が大人。成人したとも言う。私は20才だから大人だね。あ、景虎君には挨拶をして貰っていたのに、ごめんね?私は諸岡もろおか亮と言います。よろしくね?」
「20才の方が気さくだな」
「私はこれといって才能のない人間だからね。威張ったり、命令するよりもいいと思うから」

 景虎は、亮を見上げると、

「だが、亮どのの言い分も分かるが、こちらの言い分をしっかり聞かねば、ただの文句になる。それよりも、きちんと双方の話を聞いて判断すべきだと思うが?」
「……君は、年のわりに落ち着いているね?」

感心する亮。

「いや、我は可愛いげのない邪魔な子供なのだそうだ。長兄の晴景はるかげ兄上の奥方が、主家の上杉家の一族の方で、子供が生まれぬのは我のせいだと言う。泥水を浴びせかけられたり、襲われたりは何時もの事だ。だが、兄上や実綱兄上は我を心配して、寺に出家させた振りをして、実綱兄上の屋敷におった。兄上達は幼馴染みで、本当に仲が良く羨ましい。それに、我が死んだりいなくなっても……きっと悲しむのは……」

 俯く景虎に、近づいたのは琉璃。

 ポン!

と両頬を挟むようにして、視線を合わせると、

「琉璃は、景虎君が怪我をしたり、いなくなったら悲しいよ? お友達だもん! 琉璃とお友達、嫌?」
「友達?」
「そーなの! お友達! それに、にいしゃまも、景虎君のお友達! 仲良しね!」

 目を丸くした景虎は、笑い出す。
 そして、

「友か……ありがとう。琉璃。我の友人になってくれてありがとう」
「えぇ! ずるい! 私だって琉璃ちゃんと……」
「百合ちゃんは、景虎君のお友達ちやうの?」

 百合も美少女として知られているが、琉璃の愛らしさ、無邪気さ、作り物ではなく素の自分のままの姿に、同性だがクラッとする。

 どこにこんなに可愛い娘を隠していたのだろう。
 知っていたら、姉の采明と三人で一杯遊べたのに……。
と光来の伯父を恨むよりも、姉の寂しさを知らなかった自分を悔やむ。

「えっと、友達よ! そして、琉璃ちゃんともお友達になりたいわ!」
「本当? 琉璃嬉しいの!」
「良かったね? 琉璃」
「うん!」

 琉璃の顔が見たいのか、抱き上げる亮を見て、

「亮兄上と琉璃は、どのような仲なのか?」
「婚約者なのよ」

 蓮花がクスクス笑う。

「しかも琉璃ちゃんは、本物のお姫様なのよ。お母様が有名なモデルであり、世界的なソプラノ歌手。お父様が世界でも有数の大財閥のご当主で、お兄様がデザイナー。お母様のお兄様が、ある国の当主様で、伯父様はご不幸なことに、もう一人の妹姫に、奥方、お子様を暗殺者によって惨殺されて……。最近、再婚されて、奥方様には1才の男の子と女の子がいらっしゃったのだけれど、本当の子供のように可愛がっているらしいわ。奥方は、琉璃ちゃんのお母様と、奥方様のお姉さまとで世界の三大美女とも呼ばれているの」
「蓮花母君よりも美しいのか? 母君は、我が今まで会った中で一番美しい女性だと思うのだが?」

 景虎の一言で、蓮花は頬を赤く染め、

「景虎君? これ位の私にそんなお世辞は駄目よ。琉璃ちゃんのお母様は……」

百合が持ってきた大きなものを開けると、示す。

「これが琉璃ちゃんでしょう? で、こちらがお兄様の月英お兄様。こちらの清楚で嬉しそうに琉璃ちゃんとコツンと額を当てて笑っている方が、瑠璃様よ。有名な歌い手で、今度亮兄様と琉璃ちゃんと3人でコンサートがあるのよね?」

 百合が亮を見ると、ため息をつき、

「その招待チケットを持ってきたけれど、渡すと無くしそうだから、これからこの家の掃除をします! 琉璃? 月英……兄上と元直お兄ちゃんに来て下さいって、お電話できる?」
「あい! おにいしゃまにしましゅ!」
「偉いね! じゃぁ、兄上にお願いしてくれる? 5、6才の男の子のお洋服を数着用意してきて下さい。パジャマとかもお願いしますって」
「あい!」

 琉璃が位置確認と、何かあった時の緊急用に持たされた携帯電話で、初めて電話を掛けた相手である兄の月英は、悔しがる父に自慢しつつ、実家の国の学校の学園長で忙しい母に、琉璃から電話をかけて貰ったことを伝え、次は……と、言っておいたのだった。
 そして、その予想通り、

『お、おかあしゃまでしゅか? 琉璃でしゅ。おにいちゃまの先生のゆすうら先生のおうちにいましゅ。百合ちゃんと景虎君とお友達になりましゅた。嬉しいでしゅ』

の言葉を録音して、大事にしていたのはこちら側のはなし。
しおりを挟む

処理中です...