婚約者を陥れ処刑した王子が、自らの言葉によって永遠をループすることになる物語

刹那玻璃

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第10章

【番外編】ある処刑執行人の娘

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 昔からこの光景が当たり前だった。
 ハーブの匂いに、ハーブや家で食べられる野菜を植えた畑、木々には果物が実り、鶏は卵を産む。
 犬がいて、いつも庭を走り回る。
 子犬やヒヨコも可愛い。
 周囲は高い壁に囲まれていたものの、幼い私には不満もなかった。

 私には兄がいたが、いつも、

「こんな世界じゃ生きていけない! おい、お前は知ってるか?」
「なあに? お兄ちゃん」
「外は面白いんだぞ! 遊びや街、色々あるんだ。広いんだ! 何にもないこんな生活、うんざりだ!」

と言っていた。
 しかし、9歳も歳が違えば、何を言っているか意味は分からず、それに母親っ子だったのでいつも母を追いかけていた。

 この頃、父には弟がいて、二人で仕事をしていたが、別の地域の処刑執行人が亡くなり、娘しかいないという話が来て婿養子として出て行ったばかり。
 兄も来年には成人する。
 父の負担も減るのではと思っていた。

 しかし、父と兄の喧嘩が絶えず、力のあるがっしりとした父に殴り飛ばされた兄が外に出て行くことが増えていった。

「本当に……わしらは逃げることは出来んと言うのに……あいつは……」

 眉間にしわと、口論は口が達者な兄に敵わない父は、こめかみをグリグリと押した。

「お父さん。これ!」

 私は、ハーブティーを運ぶ。
 母と作ったハーブクッキーも一緒である。
 これが少ない楽しみ。

「あぁ、ありがとう。お前は優しいな」
「私、お父さん大好きだもの」
「もう……貴方。この子を甘やかさないで下さいね?」

 母は苦笑する。



 毎日一人で遊んだり、両親に文字を教わり本を読んだり、ハーブの効能を教わって、収穫のお手伝いをしていた。
 兄は余り家に寄り付かなくなり、母は心配していたが、

「もう放っておけ。いつかはどうしようもないと分かるだろう」

と、父は一年草であるカモミールの根を掘り起こした。

 カモミールはお茶にして飲むと穏やかな気持ちになる鎮静作用と、そして口の中の炎症、喉の痛みを和らげる効果があり、うがいもおすすめ。

 その横に鉢植えで少しずつ離して並んでいるのは、ミント。
 スペアミント、ペパーミント、アップルミント、ペニーロイヤルミント、コーンミント、そして最近手に入れたワハッカと言う、ミントの亜種。
 ミントは爽やかな香りと清涼感を感じると言うことで、解熱、発汗を促す作用もある。
 料理やお菓子、お酒の飾りや、ミントティーにしたり、精油にして、水に薄めてスプレーするのも良いそうだ。
 でも、とても繁殖力が強く、畑に植えると増えすぎて大変なことになるのだとか。
 その為、植木鉢に植えているのだと父は話していた。

 他にも、バジルにクレソン、タイムやセージ、ローズマリーやフェンネル、タラゴンなど基本的なハーブは揃っている。
 そして、ローリエやシナモン、そして、イヌバラも育てている。
 ローズヒップを取る為である。
 一番好きなのは、

「ラベンダー、良い匂いね」

紫色の小さな花の香りをかぐ。

 ラベンダーは鎮静と安眠効果があり、ポプリにするととても良い香りがする。
 母と一緒に作ったポプリ袋を父に売って来てもらう。
 そうすると時々、可愛いリボンなどを買ってくれた。

「あ、前に収穫してたラベンダーでポプリ作ろう。今度帰ってきたらお兄ちゃんにあげよう」

 どんな柄にしようと考えつつ、倉庫にラベンダーを運んで行った。



 ポプリを作った頃に、兄は一度戻って来た。

「あ、お兄ちゃん」

 玄関から入れば良いのに、私の部屋の窓を叩いて、慌てて開けると入ってきた。

「どうしたの?」
「ん?ちょっとな」

 ソワソワしている兄が、私を見る。

「なぁ、お前、ここを出て行かないか? 俺と一緒に。遠いところに行こう」
「えっ? 何で? 急に」
「……ん? 良いじゃないか。お前に可愛い格好もさせてやりたいし。大丈夫だ。味方がいるんだよ」
「お兄ちゃん……」
「俺は幸せになる。あいつと二人で……」

 遠くを見て微笑む。
 誰か好きな人ができたのだろうか……。

「おい、何かあったのか?」

と言う父の声に、

「あ、お父さん。何でもないよ」
「大丈夫か?」

ドアが開くと父が入ってきた。
 中に家出を繰り返す息子がいるのに驚く。

「お前……! 自分の家に玄関から入ってこずに、何故、妹の部屋をうろついているんだ!」
「うるさい! 親父!」
「良い加減にしないか! わし達の生き方は、わしも何とかしたいと思ってきた。でも、どうしようもないんだ! 何度も小さい頃から言い聞かせてきただろう! それに、ここしばらく戻っても来ず、そして、この子の部屋に……そそのかしにきたのか? 妹を危険な目に合わせたいのか!」

 いつになく激しい口調で父は言い、私を抱きしめると、

「もういい! 出て行け! 母を心配させ、幼い妹に何を騙るつもりだ! もう、お前はわしらの家族ではない! どこへでも行け! そして、わしのこの言葉を思い出しながら、のたれ死ぬがいい!」
「こっちこそ万々歳だ! こんな生活うんざりだ!」
「お兄ちゃん! 待って!」

ベッドの横に置いていたポプリを兄の手に握らせる。

「……じゃあな」

 兄は、ポプリを持ったまま窓から出て行った。

「お兄ちゃん……」

 父は、窓の外に誰もいないことを確認すると、窓を閉め鍵をかけて振り返る。

「……もうあいつのことは忘れなさい。いいな?」
「で、でも……」
「何かあってもわしが何とかする。あいつが来たことも、母さんにも言うんじゃないぞ?」
「はい……お父さん」
「いい子だ。もう遅い。お休み」

 父のゴツゴツとした手で頭を撫でられ、そしてベッドへ促されると素直に横になる。

「お父さん、お休みなさい」
「お休み」

 もう一度頭を撫でてくれた父は、蝋燭の火を消し部屋を出て行ったのだった。



 それから余り日をおかず、街1番の豪商のお嬢さんが一人の青年と駆け落ちをしたらしいと、布を買いに行った母から聞かされた。
 でも、一月もしないうちにそのお嬢さんは連れ戻され、青年は殺されたのだと言う。

「……その亡くなった人は、うちのラベンダーのポプリを持っていたらしいよ。気に入ってくれていたんだね」

 母はポツリと呟いた。

「ラベンダー?」
「あぁ、気に入ってくれていたんだね……とても良い香りをまとっていたそうだよ」

 目を見開く。
 この間、兄に渡したポプリ……。
 一番香りの良いものを選んで詰めた。
 定期的に精油を染み込ませると香りが持続するものの、一番優しい香りは作ってすぐのもの。
 もしかして……。

 外での作業を終えて帰ってきた父を見る。
 ただ静かに首を振る父に、小さく頷いた。



 後で兄は『処刑執行人の息子』だったことを隠していたけれど、恋人にばれ、騙されたと密告され捕まり、酷い暴行を受けて殺されたのだと伝え聞いた。



 そして、月が回りこの家の門の外に赤い髪と緑の瞳の赤ん坊が置かれていた。
 私はその子の姉として成長後、父の跡を継ぐことになった。



 いつか……この苦しみが、哀しみが終わりますように……。
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