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《愛の言葉》……気持ちを込めて
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観月は、母になった叔母の柚月に嵯峨がプロポーズをしたと聞き、本当に幸せな気持ちになった。
昔から、柚月には幸せになって欲しかった。
それだけではない、嵯峨は、
『観月ちゃんのお父さんになりたい』
と言ってくれたのだ。
優しく知的な嵯峨が父……戸惑いよりも、嬉しさと、もっともっと柚月を幸せにして欲しいと祈るのだった。
月曜日から、観月は風遊に頼み、あるものを作り始めた。
週末に行われるお祭りの準備をしつつ、もしかしたらお祭りに戻ってくるかもしれない両親に贈りたいと思ったのだ。
祐次は裏方で、少し痛みが引くと荷物を運んだり、変装をして祐也たちと町に出たり買い物に向かう。
限界集落の性で、若者は周囲の老人たちが病院や買い物に向かうのを手伝うのである。
それに、お祭りの準備の為の、飲み物や使い捨ての器などは買い集めなくてはいけないし、備品のチェックも必要である。
テントを張ったり、テーブルに椅子を用意して、出店は担当を決めていく。
祐次と観月と葵衣は表では活動しないが、裏方である。
それに、風遊や蛍を中心とした手作りの商品を売るブースもあり、観月は無理だが葵衣が羊毛フェルトでお人形を作っていく。
小さいキーホルダーの数々に、蛍は、
「器用やねぇ……」
「これ位は何とか。テディベアは無理だから」
えへへ。
葵衣は微笑む。
羊毛フェルトは小さいものを作るにしても、二、三時間、黙々とフェルトを固める為に専用の針を刺し続ける根気強さが必要である。
100円ショップでも売られているが、本当に二、三時間はかかる。
しかし、蛍や風遊はテディベアを縫って綿を詰める作業が楽しいので、時間を忘れる位している。
だが、一応炊事洗濯、掃除に子育て、畑の合間にちょこちょこ続けているので、本当に一週間に一体前後が限界である。
しかも、蛍のオールマイティーな夫の祐也も最近、風遊に教わって作るようになった。
親子のベアは可愛らしいベアが多いのだが、素朴で昔風……風遊のベアはシュタイフの雰囲気であり、蛍はメリーソートのチーキー風とすれば、祐也が作るとがっしりした温もりのあるハーマン社のテディベアに似ている。
実は昔は風遊に習って作り始めたが、風遊のブランドの共同出資者であるヴィヴィアン・マーキュリーが、祐也のテディベアを気に入り、Instagramに投稿したりイベントに連れていくようになった。
一応、蛍のブランド『アキト・アンジュ』のロゴで出品しているのだったが、予約まで入るようになると、本当に忙しくなる為、予約は受けず、ただ、地域の風遊の店の一角に置かせて貰い、もしくはテディベアイベントに風遊が行く時に出展させて貰っている。
「でも、今年のお祭りはどうかなぁ……天気は大丈夫そうだけど、観月ちゃんのお父さんとお母さんは来るのかな?」
「あぁ、祐也が言っとったけど、柚月さんのご両親にご挨拶と、まずは籍だけでも入れたいんだって言ってたよ~?」
「えぇ? じゃぁ、式は? 披露宴は後でも、挙式……チャペル? 神前? 仏前? 人前?」
「え~と、何かねぇ? 醍醐お父さんの伯父さんのおる下鴨神社で、6月の末に式を予約しとる夫婦がおったんやけど、準備もせんし、何度か段取りは? 言うて聞きよったのになーんもせぇへん言うて、しびれきらしてキャンセル料請求したみたいやわ。で、その日がぽっかり空いたけんね? その日にせんか? 言うて、醍醐お父さんの親族総出で準備や~! 言うて楽しそうやっていいよった」
「……じゃぁ、観月ちゃんはどこにすむんかなぁ……確か嵯峨さんの事務所は首都圏? それに、うちらはどこに行くんやろ……」
ポツンと葵衣は呟いた。
「ここにおってもえぇやろか? お兄ちゃんや観月ちゃんもそうやけど、騒ぎが収まったところで、あの街に帰りたないなぁ……。幾ら正しいこと言うても、色眼鏡で見るんもおるし……」
「それはお父さんたちに聞かんとなぁ。でも、愛お母さんはしばらく入院って言われてたね……」
「勉強もしたいけど、友達に会いたかったけど……でも、あんな風にお兄ちゃんのこと言われるなら……もうやめる」
小学校も高学年、子供用の携帯からスマホに変えて貰った葵衣だが、親友だと思っていた友人からの電話やメールに、とても傷ついていた。
『葵衣ちゃんのお兄さん。まだ高校生なのに』
『やだなぁ……気持ち悪い……』
その言葉に葵衣は、
「お兄ちゃんは何も悪くないんだから! そんなに言うなら、もう皆と遊ばないし、学校にも行かない! 弁護士さんにお願いしてるから、伝えておくね! もうかけてこないで!」
と電話を切り、メールと共に嵯峨に連絡した。
柚月にプロポーズしたとは言え、公私はわきまえた大人の嵯峨は電話の向こうで、
『もう、葵衣ちゃんも電話をとらないことですね……本当に、葵衣ちゃんは被害者なのに!』
と傷ついた葵衣をいたわってくれた。
『お母さんとお父さんですが、お母さんはだいぶん良くなったようです。でも、外に出てまた辛い思いをされるよりも、しばらく入院して良くなってから退院をお勧めしました。祐次くんにも伝えてくれますか?』
「はい。あ、そう言えば、嵯峨さん。観月ちゃんとお話ししますか? 隣にいますよ?」
『えっ? 観月ちゃん……じゃなく、観月は元気ですか?』
「元気ですよ? 代わりましょうか? 喜びますよ」
『えっ!』
おろおろとしている嵯峨の様子を笑いをこらえつつ、
「観月ちゃん。お父さんだよ~?」
「えっ? お、お父さんですか?」
頬を赤くして電話を受け取った観月は、
「あ、もしもし、お父さんですか?」
『観月ちゃん! 元気ですか?』
「はい! あ、あの、お父さんたちは、お祭りには来ますか?」
『えぇ、そのつもりです。醍醐の両親や兄弟、家族も行くそうですよ?』
「そ、そうなんですね! 良かった!」
本当に嬉しそうなので、つい、
『あ、柚月……お母さんに会えるからかな?』
「お父さんとお母さんにプレゼントがあるんです!……あっ! 内緒にしようと思っていたのに、言っちゃった!」
『あ、じゃぁ、お母さんには内緒にしておきましょう?』
「本当? 良かった! でも、お父さんもビックリしてくれると良いなぁ……」
『そんなに素敵なものですか? お父さんも楽しみです』
嵯峨は耳に届く可愛い声に、幸せな気持ちになる。
こんなに暖かいものだっただろうかと思える……。
『じゃぁ、観月ちゃん……観月。一緒に帰るから、待っていて?』
「はい! お父さんも頑張って下さい」
電話が切れると、
「どうしましたか? 嵯峨さん」
柚月が、携帯の画面を見続ける様子に問いかける。
「あ、柚月さん……葵衣ちゃんと話していたのですが、途中で観月ちゃん……観月と代わって……」
照れくさそうに、少し頬を上気させる。
「お、『お父さん』と呼んでくれました。『お父さん』と『お母さん』に会いたいって……本当にこんなに嬉しいものかと改めて知りました」
「本当ですか……」
本当に嬉しそうに笑う嵯峨に、目を細める柚月。
賢樹が、
「まぁ、式の日はお社で……そして、披露宴はまた後日かな?」
「そうですね……観月ちゃんの夏休みにしようかと思います。そして、家族旅行に行きたいので……」
「そうしたら一月丸々、どこかに行きたいなんて言うんですよ? 嵯峨さんに出来ますか? 仕事が忙しいのに……休んで貰いたいのは本音ですけど……」
柚月が苦笑する。
婚約指輪は、この後で選びに行く予定である。
「と言うか、嵯峨、今まで半日休みはあっても、一日休みてあったかいなぁ?」
嵯峨の幼馴染み、紫野が首を傾げる。
「いや、何年も、一日休日とってないなぁ……」
「過労死したらあかんで? 嵯峨。柚月はんと観月ちゃんがおるさかいに」
「そんな死に方したないわ! ちゃんと半年に一回、人間ドックで検査をしてもろとります!」
「まぁ、看護師はんの柚月はんがおって、可愛い娘泣かしたらあかんで?」
「……仕事を減らすのと、ちゃんと休みを取るようにする……」
仕事好きと責任感が強い嵯峨を見て、紫野は、
「本当に約束せな、柚月はんと観月ちゃんが泣くで?」
「あ、解っとります! あても、柚月と観月の夫でてておやや! 家族を大事にする!」
「おきばりや。まぁ、生活に関わらんかったら、ゆっくりするんもえぇやろ」
「あぁ、そう言えば、あては実はヨーロッパに、ゆっくり旅行がしたかったんです」
「あかんで、ゆっくりでけへん。観光地をあちこちめぐるようになるわ」
幼馴染のあっさりした言葉に、
「違う! ライン川下りと言うか、ロマンチック街道とも言われている地域を巡りたいんや。あの有名なノイシュヴァンシュタイン城とか……あぁ、大英博物館も行ってみたいなぁ。でも、のんびりしたい。あ、柚月は何処か行きたい?」
「私や観月にしてみたら、首都圏の遊園地でも立派な旅行ですよ? でも、ノイシュヴァンシュタイン城は素敵ですね」
「あぁ、良かった! 日程表は本当に大きく開けておいて、家族でゆっくりしたいんです」
目をキラキラさせる嵯峨に、周囲は本当に嬉しそうに笑う。
20才の時に母を失い、5年前に弟を亡くした後は、本当に一心不乱に働き続けてきた嵯峨が、ようやく落ち着き新しい家族と手を取り合い歩き始める……本当に、嬉しいことである。
すると、声もなくガラッと扉が開かれる。
入ってきた男二人に、赤ん坊を抱いた化粧の濃い女性。
「お久しぶりやなぁ。賀茂はん。娘夫婦の挙式の相談に来ましたんや」
嵯峨の父、宇治も、年を経て頑固なおっさんに、一応まだ中肉中背だったが、こちらは太りきったがめつい印象の爺である。
紅葉が出ていこうとするのを止め、賢樹が出ていく。
「何言うてはりますんでっか? あれほど何度も連絡させてもろたのに、返事一つ寄越さんかったんはあんさんでっしゃろ? もうすでに、新しい式の予約が入りましたわ。お帰りやす」
「何やて! あてらは予約して!」
「準備のことにも口だけだして、挨拶も顔も見せん。あてらというよりも、神さんに失礼や! お帰りやす! 上賀茂の方にも伝えとりますわ」
「……ん? 柚月?」
若い男……いや、柚月の兄ということは嵯峨とさほど年は変わらないはずだが、額が広がりつつある。
白髪は多いが代わりに身綺麗にしている嵯峨は、内々の婚約者である柚月から見て若く知的で凛々しい。
こちらの言葉で『エェ男』だが、5年ぶりに会った兄は老けている。
「何でお前がおるんや!」
「柚月? この人は?」
「あ、兄です。でも、すみません……余りにも老けていて、最初誰かと思ってしまいました。えと、貴方や紫野さんを見ているので……」
「……ぶっ!」
賢樹は噴き出す。
「そう言えば、キャンセルしたそちらの方は、あての甥の紫野よりも年下やと聞きましたなぁ……サキ。わこうてエェ男や言うてもろたなぁ」
「あっ! 賢樹おじさまも素敵ですよ!」
「紅葉に言われるのも嬉しいけど、柚月はんのようにべっぴんはんに言われると嬉しいなぁ」
クスクスと笑いつつ、箒を手にする。
「宮坂はん? あんさんも京生まれやったら、この意味は解りますなぁ? それとも、周囲の街の人に勘違いされてます茶漬け用意しまひょか?」
「あんさんも、あてらをバカにしてはるのか! あてらに……」
「逆や! あんさんらがあてらを、いや、神さんを見下しとるんや! あんさんらに来てもろても、神さんは喜びまへん! お帰りやす! あんさんらの代わりに、神さんも柚月はんをお祝いされますわ」
「な、何! お前! 観月の親権を取る為にか!」
「私はもう、5年前から観月の母です! 観月を虐待し、首を絞め殺そうとした男が! 観月を置き去りにして出ていった男が! 親権がどうの言わんといてくれませんか? 子供を捨てた癖に! 生活費も3年以上前から入れようとしなかった癖に! 連絡もしてこなかった癖に! 観月がかけた電話もとらなかった癖に! 親の役目を放棄しておきながら、のうのうと私の娘の名前を呼ばないで!」
柚月は嫌悪感を露にして、兄とその妻という女性を見る。
「それに私は、観月の為に結婚するのではありません。好きになった人に、私と観月と家族になろうとプロポーズされたからです。私も3人で一緒に生きたいと思ったからです。私は夫になる人と、観月を育てます。観月を捨てた貴方が、今更口を挟まないで下さい」
「何だと!」
「お帰り下さい。私が貴方と話すのは弁護士さんを通じてです。観月にも、二度と連絡も近づくこともしないで下さい!」
おっとりとした柚月が、キッとした眼差しで言い放つ。
その姿に一瞬見とれてしまった嵯峨だが、すぐに、
「そうでした。急いで衣装を選びましょう。それに、電話ではお伝えしましたが、ご両親にご挨拶もしなくては……それに、観月は何が好きでしょう? お菓子とか、可愛い髪飾りとか……あぁぁ! 私は男兄弟だったので、女の子に何を贈りましょうか……着物とかどうでしょう?」
「甘いお父さんですね……貴方は」
「良いんです! 貴方の娘は私の娘ですから! 柚月。式の話が終わったら、早速行きましょうか?」
嵯峨の言葉に柚月は微笑み、賢樹は必要ない客人を追い出したのだった。
昔から、柚月には幸せになって欲しかった。
それだけではない、嵯峨は、
『観月ちゃんのお父さんになりたい』
と言ってくれたのだ。
優しく知的な嵯峨が父……戸惑いよりも、嬉しさと、もっともっと柚月を幸せにして欲しいと祈るのだった。
月曜日から、観月は風遊に頼み、あるものを作り始めた。
週末に行われるお祭りの準備をしつつ、もしかしたらお祭りに戻ってくるかもしれない両親に贈りたいと思ったのだ。
祐次は裏方で、少し痛みが引くと荷物を運んだり、変装をして祐也たちと町に出たり買い物に向かう。
限界集落の性で、若者は周囲の老人たちが病院や買い物に向かうのを手伝うのである。
それに、お祭りの準備の為の、飲み物や使い捨ての器などは買い集めなくてはいけないし、備品のチェックも必要である。
テントを張ったり、テーブルに椅子を用意して、出店は担当を決めていく。
祐次と観月と葵衣は表では活動しないが、裏方である。
それに、風遊や蛍を中心とした手作りの商品を売るブースもあり、観月は無理だが葵衣が羊毛フェルトでお人形を作っていく。
小さいキーホルダーの数々に、蛍は、
「器用やねぇ……」
「これ位は何とか。テディベアは無理だから」
えへへ。
葵衣は微笑む。
羊毛フェルトは小さいものを作るにしても、二、三時間、黙々とフェルトを固める為に専用の針を刺し続ける根気強さが必要である。
100円ショップでも売られているが、本当に二、三時間はかかる。
しかし、蛍や風遊はテディベアを縫って綿を詰める作業が楽しいので、時間を忘れる位している。
だが、一応炊事洗濯、掃除に子育て、畑の合間にちょこちょこ続けているので、本当に一週間に一体前後が限界である。
しかも、蛍のオールマイティーな夫の祐也も最近、風遊に教わって作るようになった。
親子のベアは可愛らしいベアが多いのだが、素朴で昔風……風遊のベアはシュタイフの雰囲気であり、蛍はメリーソートのチーキー風とすれば、祐也が作るとがっしりした温もりのあるハーマン社のテディベアに似ている。
実は昔は風遊に習って作り始めたが、風遊のブランドの共同出資者であるヴィヴィアン・マーキュリーが、祐也のテディベアを気に入り、Instagramに投稿したりイベントに連れていくようになった。
一応、蛍のブランド『アキト・アンジュ』のロゴで出品しているのだったが、予約まで入るようになると、本当に忙しくなる為、予約は受けず、ただ、地域の風遊の店の一角に置かせて貰い、もしくはテディベアイベントに風遊が行く時に出展させて貰っている。
「でも、今年のお祭りはどうかなぁ……天気は大丈夫そうだけど、観月ちゃんのお父さんとお母さんは来るのかな?」
「あぁ、祐也が言っとったけど、柚月さんのご両親にご挨拶と、まずは籍だけでも入れたいんだって言ってたよ~?」
「えぇ? じゃぁ、式は? 披露宴は後でも、挙式……チャペル? 神前? 仏前? 人前?」
「え~と、何かねぇ? 醍醐お父さんの伯父さんのおる下鴨神社で、6月の末に式を予約しとる夫婦がおったんやけど、準備もせんし、何度か段取りは? 言うて聞きよったのになーんもせぇへん言うて、しびれきらしてキャンセル料請求したみたいやわ。で、その日がぽっかり空いたけんね? その日にせんか? 言うて、醍醐お父さんの親族総出で準備や~! 言うて楽しそうやっていいよった」
「……じゃぁ、観月ちゃんはどこにすむんかなぁ……確か嵯峨さんの事務所は首都圏? それに、うちらはどこに行くんやろ……」
ポツンと葵衣は呟いた。
「ここにおってもえぇやろか? お兄ちゃんや観月ちゃんもそうやけど、騒ぎが収まったところで、あの街に帰りたないなぁ……。幾ら正しいこと言うても、色眼鏡で見るんもおるし……」
「それはお父さんたちに聞かんとなぁ。でも、愛お母さんはしばらく入院って言われてたね……」
「勉強もしたいけど、友達に会いたかったけど……でも、あんな風にお兄ちゃんのこと言われるなら……もうやめる」
小学校も高学年、子供用の携帯からスマホに変えて貰った葵衣だが、親友だと思っていた友人からの電話やメールに、とても傷ついていた。
『葵衣ちゃんのお兄さん。まだ高校生なのに』
『やだなぁ……気持ち悪い……』
その言葉に葵衣は、
「お兄ちゃんは何も悪くないんだから! そんなに言うなら、もう皆と遊ばないし、学校にも行かない! 弁護士さんにお願いしてるから、伝えておくね! もうかけてこないで!」
と電話を切り、メールと共に嵯峨に連絡した。
柚月にプロポーズしたとは言え、公私はわきまえた大人の嵯峨は電話の向こうで、
『もう、葵衣ちゃんも電話をとらないことですね……本当に、葵衣ちゃんは被害者なのに!』
と傷ついた葵衣をいたわってくれた。
『お母さんとお父さんですが、お母さんはだいぶん良くなったようです。でも、外に出てまた辛い思いをされるよりも、しばらく入院して良くなってから退院をお勧めしました。祐次くんにも伝えてくれますか?』
「はい。あ、そう言えば、嵯峨さん。観月ちゃんとお話ししますか? 隣にいますよ?」
『えっ? 観月ちゃん……じゃなく、観月は元気ですか?』
「元気ですよ? 代わりましょうか? 喜びますよ」
『えっ!』
おろおろとしている嵯峨の様子を笑いをこらえつつ、
「観月ちゃん。お父さんだよ~?」
「えっ? お、お父さんですか?」
頬を赤くして電話を受け取った観月は、
「あ、もしもし、お父さんですか?」
『観月ちゃん! 元気ですか?』
「はい! あ、あの、お父さんたちは、お祭りには来ますか?」
『えぇ、そのつもりです。醍醐の両親や兄弟、家族も行くそうですよ?』
「そ、そうなんですね! 良かった!」
本当に嬉しそうなので、つい、
『あ、柚月……お母さんに会えるからかな?』
「お父さんとお母さんにプレゼントがあるんです!……あっ! 内緒にしようと思っていたのに、言っちゃった!」
『あ、じゃぁ、お母さんには内緒にしておきましょう?』
「本当? 良かった! でも、お父さんもビックリしてくれると良いなぁ……」
『そんなに素敵なものですか? お父さんも楽しみです』
嵯峨は耳に届く可愛い声に、幸せな気持ちになる。
こんなに暖かいものだっただろうかと思える……。
『じゃぁ、観月ちゃん……観月。一緒に帰るから、待っていて?』
「はい! お父さんも頑張って下さい」
電話が切れると、
「どうしましたか? 嵯峨さん」
柚月が、携帯の画面を見続ける様子に問いかける。
「あ、柚月さん……葵衣ちゃんと話していたのですが、途中で観月ちゃん……観月と代わって……」
照れくさそうに、少し頬を上気させる。
「お、『お父さん』と呼んでくれました。『お父さん』と『お母さん』に会いたいって……本当にこんなに嬉しいものかと改めて知りました」
「本当ですか……」
本当に嬉しそうに笑う嵯峨に、目を細める柚月。
賢樹が、
「まぁ、式の日はお社で……そして、披露宴はまた後日かな?」
「そうですね……観月ちゃんの夏休みにしようかと思います。そして、家族旅行に行きたいので……」
「そうしたら一月丸々、どこかに行きたいなんて言うんですよ? 嵯峨さんに出来ますか? 仕事が忙しいのに……休んで貰いたいのは本音ですけど……」
柚月が苦笑する。
婚約指輪は、この後で選びに行く予定である。
「と言うか、嵯峨、今まで半日休みはあっても、一日休みてあったかいなぁ?」
嵯峨の幼馴染み、紫野が首を傾げる。
「いや、何年も、一日休日とってないなぁ……」
「過労死したらあかんで? 嵯峨。柚月はんと観月ちゃんがおるさかいに」
「そんな死に方したないわ! ちゃんと半年に一回、人間ドックで検査をしてもろとります!」
「まぁ、看護師はんの柚月はんがおって、可愛い娘泣かしたらあかんで?」
「……仕事を減らすのと、ちゃんと休みを取るようにする……」
仕事好きと責任感が強い嵯峨を見て、紫野は、
「本当に約束せな、柚月はんと観月ちゃんが泣くで?」
「あ、解っとります! あても、柚月と観月の夫でてておやや! 家族を大事にする!」
「おきばりや。まぁ、生活に関わらんかったら、ゆっくりするんもえぇやろ」
「あぁ、そう言えば、あては実はヨーロッパに、ゆっくり旅行がしたかったんです」
「あかんで、ゆっくりでけへん。観光地をあちこちめぐるようになるわ」
幼馴染のあっさりした言葉に、
「違う! ライン川下りと言うか、ロマンチック街道とも言われている地域を巡りたいんや。あの有名なノイシュヴァンシュタイン城とか……あぁ、大英博物館も行ってみたいなぁ。でも、のんびりしたい。あ、柚月は何処か行きたい?」
「私や観月にしてみたら、首都圏の遊園地でも立派な旅行ですよ? でも、ノイシュヴァンシュタイン城は素敵ですね」
「あぁ、良かった! 日程表は本当に大きく開けておいて、家族でゆっくりしたいんです」
目をキラキラさせる嵯峨に、周囲は本当に嬉しそうに笑う。
20才の時に母を失い、5年前に弟を亡くした後は、本当に一心不乱に働き続けてきた嵯峨が、ようやく落ち着き新しい家族と手を取り合い歩き始める……本当に、嬉しいことである。
すると、声もなくガラッと扉が開かれる。
入ってきた男二人に、赤ん坊を抱いた化粧の濃い女性。
「お久しぶりやなぁ。賀茂はん。娘夫婦の挙式の相談に来ましたんや」
嵯峨の父、宇治も、年を経て頑固なおっさんに、一応まだ中肉中背だったが、こちらは太りきったがめつい印象の爺である。
紅葉が出ていこうとするのを止め、賢樹が出ていく。
「何言うてはりますんでっか? あれほど何度も連絡させてもろたのに、返事一つ寄越さんかったんはあんさんでっしゃろ? もうすでに、新しい式の予約が入りましたわ。お帰りやす」
「何やて! あてらは予約して!」
「準備のことにも口だけだして、挨拶も顔も見せん。あてらというよりも、神さんに失礼や! お帰りやす! 上賀茂の方にも伝えとりますわ」
「……ん? 柚月?」
若い男……いや、柚月の兄ということは嵯峨とさほど年は変わらないはずだが、額が広がりつつある。
白髪は多いが代わりに身綺麗にしている嵯峨は、内々の婚約者である柚月から見て若く知的で凛々しい。
こちらの言葉で『エェ男』だが、5年ぶりに会った兄は老けている。
「何でお前がおるんや!」
「柚月? この人は?」
「あ、兄です。でも、すみません……余りにも老けていて、最初誰かと思ってしまいました。えと、貴方や紫野さんを見ているので……」
「……ぶっ!」
賢樹は噴き出す。
「そう言えば、キャンセルしたそちらの方は、あての甥の紫野よりも年下やと聞きましたなぁ……サキ。わこうてエェ男や言うてもろたなぁ」
「あっ! 賢樹おじさまも素敵ですよ!」
「紅葉に言われるのも嬉しいけど、柚月はんのようにべっぴんはんに言われると嬉しいなぁ」
クスクスと笑いつつ、箒を手にする。
「宮坂はん? あんさんも京生まれやったら、この意味は解りますなぁ? それとも、周囲の街の人に勘違いされてます茶漬け用意しまひょか?」
「あんさんも、あてらをバカにしてはるのか! あてらに……」
「逆や! あんさんらがあてらを、いや、神さんを見下しとるんや! あんさんらに来てもろても、神さんは喜びまへん! お帰りやす! あんさんらの代わりに、神さんも柚月はんをお祝いされますわ」
「な、何! お前! 観月の親権を取る為にか!」
「私はもう、5年前から観月の母です! 観月を虐待し、首を絞め殺そうとした男が! 観月を置き去りにして出ていった男が! 親権がどうの言わんといてくれませんか? 子供を捨てた癖に! 生活費も3年以上前から入れようとしなかった癖に! 連絡もしてこなかった癖に! 観月がかけた電話もとらなかった癖に! 親の役目を放棄しておきながら、のうのうと私の娘の名前を呼ばないで!」
柚月は嫌悪感を露にして、兄とその妻という女性を見る。
「それに私は、観月の為に結婚するのではありません。好きになった人に、私と観月と家族になろうとプロポーズされたからです。私も3人で一緒に生きたいと思ったからです。私は夫になる人と、観月を育てます。観月を捨てた貴方が、今更口を挟まないで下さい」
「何だと!」
「お帰り下さい。私が貴方と話すのは弁護士さんを通じてです。観月にも、二度と連絡も近づくこともしないで下さい!」
おっとりとした柚月が、キッとした眼差しで言い放つ。
その姿に一瞬見とれてしまった嵯峨だが、すぐに、
「そうでした。急いで衣装を選びましょう。それに、電話ではお伝えしましたが、ご両親にご挨拶もしなくては……それに、観月は何が好きでしょう? お菓子とか、可愛い髪飾りとか……あぁぁ! 私は男兄弟だったので、女の子に何を贈りましょうか……着物とかどうでしょう?」
「甘いお父さんですね……貴方は」
「良いんです! 貴方の娘は私の娘ですから! 柚月。式の話が終わったら、早速行きましょうか?」
嵯峨の言葉に柚月は微笑み、賢樹は必要ない客人を追い出したのだった。
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