君のことを本当に……?

刹那玻璃

文字の大きさ
43 / 50

《和解》

しおりを挟む
 観月みづきは丁度、お手洗いにいた。
 お手洗いは倉庫がわりの体育館と学校の本館にあり、表向き、お客様は体育館を利用していたが、本館を裏側から入って出てきたところだった。

 マイクの声が響く。

『観月!』

 はっと振り返る。
 何処かで聞いた……マイクの声が、自分を呼ぶ。

 誰の声……?

 キョロキョロとすると、本館の音声施設室から血相を変えて出てきたのは、祐次ゆうじである。

「観月!」
「どうしたの?祐次くん」
「こっちに! 何か、警備していたじいちゃんを突っ切って、正面玄関に乗り込んできたんだ! こっちに行こう。彪流たける達がいた!」

 祐次は観月の手を引くと、閉鎖されている本館の正面の出入りができる場所に近い、職員室に身を隠す。
 職員室なら、校庭の様子も見られる。
 祐也ゆうや日向ひなたが、4人に近づいていく。

「何をしとんのや! 正面玄関から突っ込んできて! 警備員のおいちゃんも迷惑や、駐車場に案内も迷惑や、はよ帰ってくれへんかな!」
「何度も制止したでしょう? どうしてここに来たんですか?」
「私の両親を誘拐した人間がおりまして」
「は? 誘拐? 武田のじいちゃんとばあちゃんは過労で寝込んどるわ。あんたらみたいな馬鹿な親子のせいや!」

 祐也は嗤うと、早口の英語で武田大和たけだやまとと彪流に話しかける。

「へ?」

 祐也は帰国子女であり、ネイティブな英語にスラング混じりでもある。
 困惑する親子にせせら笑い、

「これ位も解らんのか? アホやな。俺はこう言ったんや! 『日本では礼儀を重んじる国で、その礼儀を忘れた阿呆が、ようのうのうと親に顔見せられるもんや!』て。武田大和。俺はあんたの実家の隣が生家の、安部朔夜あべさくやの息子や。父が迷惑しとったで? お前の息子がしでかしたことに謝ったり、お茶やお菓子を出しに行きよったんは師匠に奥さん。もう疲れたて奥さんが隣の家の母に言うて、俺の実家に行ったんや。それのどこが誘拐? いうてみい」

と言い放ち、日向も後ろから近づいてくる父親がわりの醍醐だいごの父、嵐山らんざんをちらっと見る。

「宮坂はんやないか。京都で忙しいあんさんが何しにきはったんや? 京都の上賀茂はん、下鴨はんとこ怒らして、結婚できんなったんやなかったんやないかいなぁ?」
「そう言えば、お孫はん。お宮参り、何時しはりましたん?」

 櫻子さくらこは問いかける。

「この後やと、梅雨になりますよってに、お孫はんも大変ですわ。早めにいかはらな……」
「あんさんとこの兄が言うたんやないか! あての娘夫婦の婚礼を潰した上に!」
「家のあにさんは、婚礼の準備の話し合いにもきぃへん、準備もせぇへん、しまひょか? と言うたら『その分はあては手をだしとらんさかいに、婚礼の費用から差し引いとくれやす』と言われるんやて困っとったあにさんは、弁護士はんに相談されたて聞きましたえ? 潰した言わはるけど、今月末の婚礼の準備に、新郎新婦や親も顔をださひん、相談もしに来ん言うんは、あてのあにさんにというよりも神はんに失礼やおへんか?」

 普段はコロコロとよく笑っている櫻子が、眉をつり上げている。
 生まれた家が賀茂の家であり、名家の令嬢、それ以前に厳しく自分の立場をしつけられた櫻子は、甘いものは知らないのだ。

「神はんに失礼や! それに、金がどうのよりも神はんにも思いはありますえ? 約束破りで、全く言うことも違うもんよりも、きちんと礼儀を尽くす相手を祝福しはるんやないですか?」
「何ぃ!」
「その前に宮坂の……」

 後ろから声が響く。
 櫻子と嵐山は唖然とする。

「悪いと思うとるさかいに、けど先に聞きたいことがあるんや。先日、あてとこの病院に、酷い症状の患者が運び込まれた。前日倒れて救急車で運ばれたけれど、ろくに診察もしてくれず帰された。でも、調子は悪くなる一方……で、診断をしたら、心筋梗塞寸前の狭心症やった。夜診断しとったら、もっと軽ぅて済んだのに。患者はんは長期入院や。名前言いまひょか? 誰が診断したか、そして患者はんの名前も! 患者はんの家族は本気で怒っとった。訴えるてな。あてもその時には、診断書などを提出することにしとるさかいに。前もってあんたの病院が証拠隠滅せんように、伝えときました。それと、弁護士の紹介もや」

 大原宇治おおはらひろはるである。

「ここで何をするんかしりまへんが、自分の起こしたことを何とかせんでかまいまへんのかな? 暇なんやな」
「お前に言われたく……」
「あては長期休暇中や。ばあちゃんをしばらく介護施設に預けてきたわ。最近本人には言えんけど、ボケが悪化してな……しばらく夜昼介護で厳しいわ。年は取りたないなぁ……それに比べ嵐山はんは、昔から変わらんなぁ。羨ましいわ」

 嵐山は苦笑する。

「あんさんは、あてとそうかわらしまへんわ。あての方が年下や」
「あてよりも嵐山はんは羨ましいわ。それに、真摯に仕事に家族に向き合えんかった……今さら、自分の身勝手さと老いに孤独と後悔に苛まれとる。あの時、自分の選択が……言うて」

 自嘲する。

「あっ! 祐次に観月!」

 キョロキョロしていた彪流が校舎の中にいる二人に気がつき、指を示す。

「黙れ!」

 一平が彪流を投げ飛ばし、祐也と日向達が3人を捕まえる。
 その間に醍醐が二人を守るようにして連れてくると、駐車場から降りてきていた嵯峨が、

「駐車場に登らずに、突っ込むとは……観月! 無事ですか?」
「お父さん! お帰りなさい!」
「あぁ、良かった! 大丈夫ですね?」

 駆け寄ってきた娘を抱き締め、そして怪我はないか確認する。

「お父さん! 祐次くんが、隠れていようって。さっきまで」
「祐次くん! ありがとう。それに皆さんも!」
「お父さん? お母さんは?」
「あっ!……すみません。観月のことが心配で、坂をかけ降りて来ました」

 ちょうど降りてきた柚月ゆづきは、

「もう、嵯峨さんは観月のことで頭が一杯になって、走っていったのよ? 大丈夫だと思って、お父さんたちとゆっくり降りてきたわ」

と嬉しそうに笑う。

「あ、先日はどうも。大原先生」
「あぁ、あんたかな……仕事の時とは本当に違う顔やなぁ……」
「一日中、あの顔はしませんよ。それに、会いに来て下さったんですか?」
「いや……あそこの……件でな」

 と言いつつ、昔から無表情の息子が、目の前で少年と娘になるらしい少女の取り合いを始めるのをちらっと見る。

「こんな子やったかいな」
「嵯峨さんはいつもこうですよ? 嵯峨さん。観月はいなくなりませんから、祐次くんと喧嘩しないんですよ」

 柚月はたしなめ、捕まえられた4人を見、

「……話は聞いていたけれど、本当に最低だわ! 兄さん……とも呼びたくもないわね。帰って下さい。観月は私の娘です! 私が婚約者である……今月末に結婚する嵯峨さんと育てます!」

厳しい声で、看護師の報告のように告げる。

「そして、武田彪流さん。貴方は解らないのですね? 自分の名前がTwitterでばらまかれてみて下さい。貴方の曖昧な情報で私の家族や祐次くんの家族、そして周辺が本当に迷惑を被りました。学校にも通えない、会社を辞めざるを得ない、生活費にも事欠くでしょう。その分の損害は弁護士に依頼しました。支払って下さい。お父様ですよね? 貴方も同様です。ネットで私たちの情報を盗み見る。最低ですよ? 個人情報保護法知らないのですか? 馬鹿ですか?」

 冷たく言い放ち、娘を抱き締める。

「祐次くんだけでなく、私たちも被害者です。貴方方はご自分が被害者だと思ってますよね? バカ言わないで下さい。そして、こんな非常識な行為を慎んで下さい!」
「無職のお前が観月を育てられん! それに、その弁護士とも両方の利益で結婚したんやろが」
「恋愛結婚です! それに、職はすぐに探します。ご心配戴かなくとも結構です」
「あぁ、そうや……」

 宇治が声をかける。

「こんなところで悪いんやけど……柚月はんやったなぁ。お願いがあるんやけど、就職して貰えんやろか」
「就職ですか?」
「あぁ、あての病院の理事兼看護師として働いて貰えんやろか。あてもこの年や。ばあちゃんもボケ始めとる。後継者はおらん。どうやろか?」
「でも、京都のあの救急病院ですよね……」
「一応なぁ……あてのところは頭の固いんはあて位で、次第に若い人材が中心になって動いとる。小児病棟は周囲が小児科に力をいれんさかいに、優秀な人材を確保に必死や……柚月はんは個人情報と言うよりも前に勤めとった病院の院長と個人的に知り合いやて、聞いてみたんや……引き留めておけば良かったて、後悔しとるて……」
「あのっ!」

 嵯峨は口を挟もうとするが、宇治はじっと見る。

「あては優秀な人材を探しとる。あんさんは子育てしつつ仕事をして、環境を整えるんは考えとらんのかいな? どうやろう?」
「何をいっているんですか! 柚月は私の……」
「お前が、家を嫌がっとるんはよう解っとる。だが、あては患者はんの為を思って、看護師の資格を持っとる柚月はんに理事兼看護師として、病院の将来を考えなあかんと思たんや。考えて貰えんやろうか?」

 父親の腕の中で、両親と老齢に差し掛かった男を見上げていた観月は、目の端に映ったものに声をあげた。

「お父さん! おばあちゃんとおじさんのお墓から、風船が空に昇ってる!」
「えっ?」

 空を見上げると、昨日お祭りで購入して御供えした風船が、青い空に鮮やかに漂っている。

「お父さん。きっと、おじいちゃんにここにいるよっていってるんだよ、おばあちゃんとおじさん」
「……美園みその……伏見ふしみ……が、ここに……?」

 風船の昇ってきた辺りを必死に見つめる宇治を、嵯峨は柚月と目を合せ頷いたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~

スズキアカネ
恋愛
バイト三昧の変わり者な普通科の彼女と、美形・高身長・秀才の三拍子揃った特進科の彼。 何もかもが違う、相容れないはずの彼らの学園生活をハチャメチャに描いた和風青春現代ラブコメ。 ◇◆◇ 作品の転載転用は禁止です。著作権は放棄しておりません。 DO NOT REPOST.

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

結婚する事に決めたから

KONAN
恋愛
私は既婚者です。 新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。 まずは、離婚してから行動を起こします。 主な登場人物 東條なお 似ている芸能人 ○原隼人さん 32歳既婚。 中学、高校はテニス部 電気工事の資格と実務経験あり。 車、バイク、船の免許を持っている。 現在、新聞販売店所長代理。 趣味はイカ釣り。 竹田みさき 似ている芸能人 ○野芽衣さん 32歳未婚、シングルマザー 医療事務 息子1人 親分(大島) 似ている芸能人 ○田新太さん 70代 施設の送迎運転手 板金屋(大倉) 似ている芸能人 ○藤大樹さん 23歳 介護助手 理学療法士になる為、勉強中 よっしー課長(吉本) 似ている芸能人 ○倉涼子さん 施設医療事務課長 登山が趣味 o谷事務長 ○重豊さん 施設医療事務事務長 腰痛持ち 池さん 似ている芸能人 ○田あき子さん 居宅部門管理者 看護師 下山さん(ともさん) 似ている芸能人 ○地真央さん 医療事務 息子と娘はテニス選手 t助 似ている芸能人 ○ツオくん(アニメ) 施設医療事務事務長 o谷事務長異動後の事務長 雄一郎 ゆういちろう 似ている芸能人 ○鹿央士さん 弟の同級生 中学テニス部 高校陸上部 大学帰宅部 髪の赤い看護師(川木えみ) 似ている芸能人 ○田來未さん 准看護師 ヤンキー 怖い

処理中です...